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Title: 水鳥。
2012.10.30 思考が凝り固まって、初動とか処理が行き詰まりを迎えて、内圧が限界にきているときに、読んだ本や、聞いた言葉や、体験したことが、ばちっと繋がって、頭の中ではぜて、一気に脳の外殻が押し広げられるような感覚がする時がある。 がらくたが無二に輝くように、プロセスが意味を持って結果になる。 真っ最中にいるときは、そこがどこなのか、どのくらいの広さで、どのくらいの深さで、どのくらい音の響く場所なのかなんてことはわからない。 自分の立っているところから、一回り外にでるときに感じる、耳たぶの裏を突き破る時のような圧力を体感として味わうと、今自分の立っているところははいつだって内膜の中にいるのだという気がしてくる。 突き破っては、内圧に耐えて、また突き破る。 その繰り返し。 耳たぶを突き破った瞬間の開放感は、なににも代え難いのだが、そこもまたすぐに窮屈になるのだ。 そしてこのなんだかわからないけど、内側から押し広げられた外殻みたいなものが縮まることはもうないのだと確信してる。 生きてることとか、考えることとか、感じることとか。 本当におもしろい。 生まれることも、死ぬことも。 おもしろい。 久々に少し前にでた。 まえにまえに。 Title: ホトトサヤ。
2012.10.29 夜布団の中で、なにかとなにかが繋がったりして、それを言葉にしたときに、とてもいいフレーズが思いついたり、これは書き残しておきたいなと思うようなことが次から次にわいてくるのだけど、でも寒いし、眠いし、布団から出てパソコンの前にもいきたくないし、近くに紙やペンもないし、頭の中でこの記憶をHDDに書き込むみたいに、残しておいて明日の朝にまた読み込みたいと思うことがよくある。 でも大抵は次の朝には、なにかを考えていたことは覚えているのに、それが何だったのかすっかり思い出せなくて、そういう時に限って逃がした魚がとても大きく、まるで世紀の大発明を不意にしてしまったような、どうしょうもないような敗北感を感じる。 でも最近はそれは忘れるべくして忘れたのだと思うようにしている。 * 昨日一杯のんだ帰り道、駅のホームに大きなカバンが落ちていた。 カバンの口は半開きになっていたので、ちょいとのぞき込んだら、その中に遺影が入っていた。 遺影の顔までは見えなかったけど、この遺影は忘れていかれたのだろうか、それとも置き去りにされたのだろうかと考えたのだけど、でも少し考えて、そのどちらだったにせよ、このいま自分の感じているせつない気持ちの対象は、この遺影の故人ではなく、今どこかで生きているこれを置いていった人に向けてなのだと思った。 忘れていったのであれば今頃困っているだろうし、置き去りにしたのだとしたら、ここに遺影を置き去りにしなければならない事情を抱えていたのだろうし、どちらにせよ、その人の心の中にあるものを想像するとせつないような気持ちになる。 そんで、ホームにぽつんと取り残されている遺影というその滑稽なこの状況に、こういういう状況に立ち会うことがあるからこそ。人生というのは面白いし、生きているということはますます興味深いなと思った。 Title: 報恩。
2012.10.29 先日、釈徹宗先生とお話をさせていただく機会があった。 お話をする中で、今の仏教界は目が離せないという期待と希望の傍らで「開かれる」ということに対する危惧や、またその中で淘汰されていくであろう寺院や僧侶に対するシビアな感覚を持ちつつも、それすらも許容していくような寛容さのようなものを感じた。 熱すぎず、冷静すぎないとても心地の良い温度をもった方だなと感じた。 中でも印象に残ったのは、「バカの壁」を例に、人間は話してもわかるというのは嘘である。大抵の人間は、自分の脳の認識外にあるものは認識しないか、受け入れると言うことは難しい。 しかし、その自分の壁、自分の都合というのが苦しみの根源であって、それをいかに小さくし、とりはらっていくかということが宗教、また仏教の一番重要な部分であり、そのメカニズムと実践としての集大成が仏教であり教えであるという話。 又、養老孟司さんが、脳の研究を何十年もしてきて、自分で行き着いたと思っていた理論が2500年前の教典にすでに書かれていて驚愕したとおっしゃっていたいう話も付随して興味深かった。 あと、出家を「ライフスタイル」と表現されてることがすごく自分の中で腑に落ちた。 色々な話をする中で最後に、 「仏教は2500年かけてユーラシア大陸全体で作り上げた知恵の結晶である」 という言葉に仏教が好きだという気持ちがにじみ出ていると同時に、仏教に対する信頼感と安心感をしっかりともっておられるような気がした。 これから昨日の話を文章にまとめて、メモだけで取りこぼしている部分を改めて味わいたい。 自分の考えを改めて再構築させられるいい機会をいただいた。ありがたい。 Title: mun。
2012.10.25 心にひっかかってた案件が片付いたと言うだけで背中に羽が生えたようになるシンプルな構造なのだけど、でもずっと羽が生えたようなところにいると、真っ逆さまに落ちたくなる衝動に駆られるめんどくさい自分。 今日帰り道で考えていたこと。 昔、それがどれだけ昔は忘れたのだけど、タイムマシンがあったら過去に戻りたいと思うことが多々あったような気がするのだけど、今はもしタイムマシンがあったとしても1秒たりとも過去には戻りたくないと思っている。 それがいつからそう思い始めたのかどうかは定かじゃないけど、今の自分になるまでに、またこれだけの時間を費やさなければならないのかと思うと気が遠くなる。 きっと戻ったところで今以上の自分になれることはないような気がする。 * 今日、自分で話していて改めて思ったのだけど、学ぶということは知らないことを増やすことであるし、わからないということを認識することであるし、世界の広さを体感して、自分のサイズを正しく感じると言うことだ。 学べば学ぶほどに、自分のサイズをミリ単位で知ることが出来るのだと思う。 喉の渇いていない馬は水を飲まない。 どうやったらいつだって喉を渇かせていられるのかなのだきっと。 * 匂いとか温度を感じられる写真が撮りたい。 最近写真を撮っていないわけじゃないのだけど、撮れば撮るほど自分の感性の乏しさに悲しくなる。心がぶるぶる震えるような時間にそんなにあえていないというのも大きいのだろうと思うけど、なんていうか、最近自分の撮る写真は、機械に頼って自分に頼らなくなってしまったようなものばかりだ。 もっと感性を。選択肢を。引き出しを。 * 無理をしないと、そういうサイズになっちゃう。まだまだぶかぶだの靴をはいてるのに、さもぴったりなサイズのように大見得きっていたい。 * 感性は今を感じる力だ。 ありのままをありのままにうけとめる心だ。 思惑や算段や、自分の思い込みや過去の経験や、まだきてない未来への妄想ではなく、今をしっかりと感じる為のアンテナだ。 感性が鈍ると体感が鈍る。 心が震えなくなる。 文字や知識を血肉だと勘違いする。 一歩も動かず汗もかいてないのに、たくさん身体を動かしたような気になる。 そんなのくそくらえだと思ってる。 だから感性がほしい。 ぞっとするぐらいの感性が。 もっと。 * 無常の足跡を聞けなければ、切なる求道心は起きず、切なる求道心なくば聞く耳持たず。聞く耳もたば自分を知らず。 * 最近、ふざけてるのかまじめなのかわかんないときがあると言われることがあるのだけど、最高の褒め言葉だとおもっているし、ついに自分もそういうところまできたかと喜んでる。 * 星が見えないことに苦情をいうようなナンセンスなことはしなさんな。 * 最近偽僧侶があちこちで托鉢してるので気をつけましょうっていう呼びかけを見るのだけど、極論、お布施をするのに相手が本物か偽物かなんて関係ないんじゃないかと思う。 本物じゃなきゃお布施や托鉢しても意味がないと考えるのはそもそも、本来の意味をはき違えてるわ。 * mun Title: composition
2012.10.23 自己顕示欲を存分に満たせるほどの評価を、正当にもしくは過剰に受けられるほどの人間なんてのはほんの一握りで、ほとんどの人が思い描くものについてこない現実の中で、その現実と自分に理由付けをして動機付けをして生きているのだろうと思う。 あっちの水はにがいぞ。こっちの水は甘いぞって。 昇華というのはあまりにも稚拙な論理展開で。 その理由付けと動機付けの中で、一生懸命に自己保身して、時に嘘ついてでも虚栄心をはろうとして、そんな自分に悶々としながらも、自己肯定と自己否定を繰り返して、時にそれを投げだす理由を探したりもする。 怪我をしてもう闘わなくていいんだって思うように。 幸せっていう言葉を逃げ道にすることさえある。 でも、思い描くものに現実がついてきた一握りの人間と、思い描くものに現実のついてこない多くの人達を比べたときに、そこにある幸せと苦悩の比重はほぼ同比なんだろと思う。 幸せってなんなのかって考えたときに、昔ある人が、夜中にラーメン食べて散歩するとか、セックスした後そのまま疲れ果てて寝ちゃうとかそういうことだと言っていたのを思いだした。 例えば幸せになろうとしてなにか行動するのではなく、行動したことが幸せであると考えられることは大切な事だと思う。 結果はプロセスであるし、プロセスはもうそのまま結果でもある。 全く仏教って意地悪だな。 Title: bibo
2012.10.21 「苦しみから救われる」のではなく「苦しみが私を救う」ってすごい言葉だ。 バチカンにいた尻枝正行神父の言葉だそうだ。 死の宣告も仏の慈悲か。 そんな境地にはほとほと遠いし、微塵もわからん。でもわからないからこそ本願も頼もしいってか。 仏教に限らず宗教ってほんとおもしろいんだけどな。なんでこんなに宗教という言葉にアレルギー反応するような社会になってしまったのだろうか。 * 最近ぱっとみ格好いいと思えるようなことが格好悪く思えるようになったから始末が悪い。それを親父化というのだろうか。 例えば「かわらないこと」よりも「かわれること」のほうがぐっとくることとか「腹を切る」ことよりも「生き恥さらしても生き延びる」ことを選びたいとか、そういうことも含め。 * 30年ぶりに会ったのに、会った瞬間にその時のことが鮮明に呼び起こされるってこともあるんだな。三つ子の魂なんとやらじゃないけど、あの時の体験や記憶は自分の中に確実に残ってる。 Title: 犀。
2012.10.17 金木犀をいい香りだと感じるのも、トイレの芳香剤みたいだと感じるのも、結局は自分の心持ちの問題。 匂いはなんら変わらない。 世界は淡々と過ぎていくだけで、誰かにとっての素晴らしい今日も、誰かの絶望的な昨日であるし、誰かの生きられなかった明日でもある。 ニュートラルなものを脂っこく時に淡泊に。 塀の上に登ったり、木の上に登ったりするのが好きなのは、それを克服した充実感よりも、そこから落ちるかも知れない焦燥感を得たいからなのだ。きっと自分にとってはそれが生きた心地なんだと思う。そんでそれはすりむいた傷跡をなめて鉄の味を感じるようなもので、その味に自分を認識して安心するようなものなのかもしれない。 子どもの時はそういう経験をどんどんすべきだといって育てられるのに、大人になったとたんに体験を経験値に変えようとすると、いろいろな制約や責任がまとわりついてくる。 本音とか建て前とか、体裁とか見栄とか、そういうのは時に大切なのだけど、本当はそういうものだけでは取り繕えなくなってからが人間関係はおもしろいのに。 でもそういうものがぶつかり合うのは結局最後の最後だったりする。 大人になって許容範囲が狭くなるのは、きっと自分の築き上げたものを守りたいという自己保存が働くからなんだろうな。守らなきゃ保っておけないようなものなんか本当はそんなたいしたもんじゃないのに。 犀の角のように。 犀の角のように。 犀の角のように。 Title: いじめ。
2012.10.16 先日森口尚史氏が連日マスコミで叩かれているということを書いて、 それを許容して、追い詰めないということがいじめをなくすということだ。そういう奴もいるよね、そういう時もあるよね、そういう自分って誰の中にもあるよねと言えることがいじめをなくすことだ。それにそういう心持ちが結局は自分自身の首を絞めないと言うことであるし、もうすこし住みやすい社会をつくるということに繋がるのだと思う。 とか書いたのだけど。 夜中にふと目覚めて、そういうことを書くと多くの人が賛同してくれたり、共感してくれるのになんで世界は変わらないのだろうかとか思い始めて考えていたのだけど。 例えば、森口氏程度の事であれば、追い詰めたんなや。と言えるのかも知れないが。 仮に、本当に仮にイメージだけど、それがどこかの電力会社の社長だとしても、献金問題に揺れる大物政治家だろうと、森口氏の時と同じように、賛同して共感するのだろうか。 本当のことをいえば、相手が森口氏だろうとだれだろうと、追い詰めたんなや。といえなければいじめはなくならないと思う。 どの程度の悪いことまでなら追い詰めてもよくて、どの程度の悪いことなら追い詰めてはだめなんて線引きは曖昧だし、結局許せる許せないは自分に実害があるかどうかであるかもしれないし、その尺度は人の数だけある。 電力会社の社長や大物政治家は許せないけど、森口氏だけ許せるというのもあくまで自分の尺度だし、そんな関係ない人間はどうでもいけど、同じクラスのあいつだけは許せないというのも大差ない。 いじめを本気でなくすと言うことはそういうことだ。しかしそんな社会は必ずしもいい社会かといえばそんなことはない。 汚職も利権もはびこって、ばれても追い詰められないなら、正直者が馬鹿を見る世界だ。 そんな社会にしてはいけない!という想いがあるとするなら、マスコミが森口氏に執拗に質問をすることもそうなのだけど、やめたれや。と思っていても、ああいう姿はそういう意味では何らかの抑止力になっているのかもしれないし、一方的になくしたほうがいい!とも言い切れないのかも知れない。 それに、実際、震災後の政治家の対応や、電力会社の対応に対しても、同じようにやめたれやと思ったかといえば、今回ほど思ってない自分がいるわけで、ここで許したら何も変わらないし、国民は馬鹿じゃないぞ!謝って済むなら警察いらねぇんだ。なんて思ってたようななかったような。 そう考えると、いじめは大罪の抑止力という考え方もできるのかもしれない。 何が言いたいかって。 いじめのない社会は、ただいじめがない社会にすぎないという程度だし、もっとつっこんでいえば、そんな社会は今よりもいいかといえばそんなことはわからない。もっと根深い問題がでてくるだけのことだろう。 それにマザーテレサやガンジーなら別だけど、そもそもいじめをなくすことなんてできないのだろうな。 だからせめて、そういう時に命を絶たなくてすむにはどうしたらいいか、そういう時にどういう自分でいたらいいか、どう打破するか、ということを考える方が大事なのかも知れない。 生きると言うことは清濁併せ持ってて、正義も悪も、光も影も、どちらかだけが存在することは出来ないし、切っても切り離すことはできない。それをちゃんと自覚しなくちゃいけないのだろうな。 表だけをすっぱ抜いてみんなで拍手するのなんてそもそも絵に描いた餅であって、それもまた視野の狭さなのだろうな。 どんなことでも自分の尺度で物事判断してるのは紛れもない自分で、森口氏の事で、そうだそうだ!いじめはやめろ!と言ったところで、自分もいつ手のひら返すかもわからないし、一貫してないのは同じなのだ。 そういう自分をわかってないとすぐに天狗になって傲慢になって、自分だけは違うしわかってる見たいな顔しちゃうからな。そしたら、結局みんな同じところに陥る。 なんて。 深夜の手紙は読み直せというが、読み直さないでUPして寝る。 凡夫凡夫。 しかし仏教ってすごいよな。こういうことがもう何千年前にも考えられていて、すでに教典に書かれているのだから。 Title: おかみさん。
2012.10.15 大部分が嘘だったのか間違いだったのかはわからないけど、記者会見での記者の質問やマスコミでの叩かれようをみてると、本当にこれが今の日本社会の根底に流れてる暗部だとすら感じる。 これと同じ事が学校で起きたら、いじめと呼ばないのだろうか。 自己顕示欲なのか功名心なのかプライドなのかはわからないけど、つまらない見栄を張って嘘をついた奴がクラスにいたとして、そいつがそうしょうもない弁解をしたり、しどろもどろになりながらも、ヘラヘラしながら曖昧な受け答えをしていたとしたら、その姿にイラッとしたから、嘘を認めないからという理由があれば、毎日問い詰め続けて、嘘を認めるまで追い込んでもそれは正義なのだろうか。 いじめのきっかけなんてものは、本当に些細なもので、ちょっとした受け答えが気に入らないとか、受け答えがきもいとか、つまらない嘘をついたとか、そんなことが発端でいじめがはじまる。 よくいじめられる側にも理由があると言うが、理由があるとしたら、そういうつまらない間違いや嘘であるかもしれないし、時に自分でも気づかないような些細な癖とかそういうレベルのものかも知れない。それでも十分に相手にとってはいじめる理由になる。 いづれにせよ、今回の森口氏のようなことの縮小版のようなものなんだろうと思う。 それを許容して、追い詰めないということがいじめをなくすということだ。 そういう奴もいるよね、そういう時もあるよね、そういう自分って誰の中にもあるよねと言えることがいじめをなくすことだ。 それに結局そういう心持ちが結局は自分自身の首を絞めないと言うことであるし、もうすこし住みやすい社会をつくるということに繋がるのだと思う。 いじめ問題がとりあげている時は、マスコミもコメンテーターも、どうやったらいじめをなくせるか、どうしてなくならないのだろうか、まじめな顔で議論してる癖に、こういう時には手のひらを返したように誰かを追い詰める。 いじめがなくならない原因はまさにそういう自分自身の中にあるとなんで気づかないのだろうか。 ただ自分は森口氏を擁護してるわけでもないし、弱いものイジメする人を批判してるわけでもない、実際森口氏には、叩かれるだけの要素がぷんぷんしてると思うし、つまんない嘘ついてんなと思う。しかもどうしょうもない弁解すんなと思う。 でも好きでも嫌いでもないし、以上も以下もない。知らない人だしどうなっても知ったことない。 ただどうしても引っかかるのが、普段いじめをなくしたいといってる奴がこういう時に自分を棚に上げて、その原因が自分の中にあることにも気づかないで、手のひらを返したような矛盾した発言するのだけは見ていてモヤモヤがとまらない。 毎日こんなことがテレビで平然と流されて、多くの人が弱いものイジメをみながら、朝飯くってんだ。 いじめなんかなくなるわけない。 世界が平和にならないのは誰かのせいじゃない。 Title: えんぴつ。
2012.10.10 つくづく人生というのは、不可抗力の連続にどう向き合うかということなのだと思い知らされる。 理屈で片付くことは、所詮理屈で片付くことなのだ。 この不可抗力をどう処理するかを考えていくということが生きていくということなんだろうと思う。結局のところ生きるというのは、幸せになるためにあるのではなく、生きていれば時々幸せなこともあるかもしれないよってくらいのものなんだきっと。 小児病棟には、いろんな管に繋がれて、病室に横たわっている子どもたちがたくさんいて、あっちこっちでアラームが鳴ってて、泣いてるこがいて、そこにいる親たちや、そこで働いている人たちを他人事のように眺めながら、生死を語るには自分はまだまだ生死を知らなすぎると思った。 そして、あたりまえの日常をあたりまえに感じて、なにか物足りないと思うということは、つまりはそれを幸せと呼んでいいのだきっと。 もっと頭ではないところで知らなきゃならないことがたくさんある。 学ばされることばかりだ。 世界は善知識そのものだ。 しかし年をとればとるほど、自分の中に仏教がなかったらと思うと空恐ろしくなる。 Title: 静かな爆弾。
2012.10.10 子どもって誰かに伝えたいと思って、木に登るわけじゃない。木に登ったらどんな景色が見えるのか、ただ、それだけが知りたくて登るだけなんだよ。でもさ、年取ってくると、木に登らなくなる。万が一、登ったとしても、それを誰かに伝えたいって気持ちが先に立つ。 吉田修一の本の中にあったこの言葉が今の自分には、痛いほど染みる。 Title: しろいはな。
2012.10.07 先日「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為に」とかそういう事について自分の思うことを書いたのだけど、言葉たらずで、うまくまとめきれなくて、嫌な想いをした人ごめんなさい。 決して「感謝」や「おかげさま」や「誰かの為」を否定してるわけではない。 そんで昨日今日と、自分がなんでそんな小さなことにひっかかって、あんなことを書いたのかを考えたのだけど。 少し前に被災地である人の話を聞いたときに。 一族みんな津波で家を流されてしまって、唯一長男の家だけが流されずに残ったので、次男の家族と三男の家族みんなが、長男の家に暮らしている家があって、「家族のおかげさま」「こうやって助け合えることに感謝」と震災以後家族で手を取り合いながら、助け合いながら暮らしていた家があったそうだ。 きっと被災地ではこういうことはたくさんあるのだと思う。 でもそこの長男の家のお嫁さんは、心を病んでしまうほど苦しみを抱えていて、その苦しみを誰にも打ち明けられずに震災以降過ごしてきたそうだ。 ある日を境に、家族だから、一族だからという理由だけで、みんなの世話をしなければならないだけでも、大変なのに、「ありがたい」「おかげさま」という言葉をかけられ、ましてや震災でみんなが苦しんでいるときに、自分の苦しみや不平不満などいえるはずもなく、その想いを抱えてきた結果心を病んでしまったのだろうと思う。 「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為」とか、そういう言葉はとても大事だし、そういう想いはなくてはならないと思う。 でもその反面、その言葉は時に凶器にだってなる。 それが家族だろうと友達だろうと。 そういう自覚って大事なんじゃないかと思う。 それと。 例えば、友達に感謝、友達のおかげさま、親の為に、子どもの為にとか、そういう想いも同じで、それはあくまで自分にとって今の状況が都合がいいからそういう言葉がでてくるのだという可能性を忘れてはいけないのだと思う。 お寺にいて色々な家族や、色々な状況を見るから感じる事なのかも知れないけど。 友達の状況や環境が変わって、急につきあいが悪くなったり、自分よりもいい仕事をするようになったり、大金を稼ぐようになったりして、自分の思ってた状況と変わってきても、羨んだり、妬んだりせずに、それでも「感謝」とか「おかげさま」と言い続けることはできるのだろうか。 親の為とか子どもの為って一生懸命なにかに打ち込むことも大事だと思うのだけど、親孝行とか言っていてももし、親がが呆けてどうしょうもなくなって、自分に悪態ついて、排泄物をなげつけてきても、それでも親の為にと思い続けることができるのだろうか。 できる人もきっとたくさんいると思う。 でも正直言えば自分にはそんな自信はない。 いま色んな事に感謝してるけど、それは状況が変われば手のひら返したように憎くなるかもしれない。かもしれないというかきっとなる。 だからいま感謝をしないとかそういうわけではなくて。 いま自分のいう「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為」とかっていうのは、その程度のものだという認識をもっていたいと思ってるし、同時に他人が自分に向けてくれている「感謝」や「おかげさま」や「お前のため」もその程度のものだと思ってる。 だからこそ相手が気持ちが変わろうと、手のひらを返してきたとしても、それは既存設定だと思うし、それを許容して共感できる自分でいたいし、そういう言葉の1つにほだされて右往左往するような自分ではいたくないと思ってる。 「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為」とか。もっと言えば、「大好き」とか「愛してる」とか。 そういう類の言葉は全部、いま自分が思っているよりももっと深くて、自分の都合のいいときだけに振りかざせばいいようなものではなくて、ましてやキャッチコピーのように、印籠のような使い方をしてると、どんどん価値が下がっていって、言葉の価値が下がると、そこに引きずられて、心とか想いとか、そういうものまで表面をなぜたような所までしか感じられなくなってしまうそうな気がするし、自分自身への戒めとしても、そういう気持ちを忘れないようにしたいと思ってる。 「慈悲」の「悲」は、きっとそういう人間の既存設定に向けられたものであるし、それを自らが既存設定として受け入れられないことへの悲しみなんではないかと思った。 なんかあれを書いてから、なんで自分はあんなにムキになってそんな所に引っかかったのだろうかと思ったのだけど、結局のところ、自分は苦しいの嫌で、苦しみの原因みたいなものがなんであるかもおぼろげながら見えてきた中で、それを肯定してしまうことが、なにか相手に対して、そして自分に対して妥協みたいな感じがして嫌だったのだということで一件落着、自己解決したような気がする。 Title: あんぐら。
2012.10.05 昨日感じたこと。 自分がまだ未熟なのだという前置きをしたうえで。 真宗的にどうなのっていうことも全部無視するという前置きもしたうえで。 最近「感謝」とか「おかげさま」とか「誰々の為にがんばる」とかそういうことを口にする友達が増えたような気がする。たぶん一言で言えば、年をとってきて、いろんな経験や苦労をして丸くなったということであり、実際に視野が広がって、人間1人じゃなにもできないってことに気付かされたのかも知れないし、そういう気持ちになることは大切な事だと思う。 でもなんか違和感を感じるのは、年をとって大人になったら、それを言っておけばしっくりくるし、真っ向から否定されないみたいな、御守り的な使い方してやしないかいということで、それこそそれを盾にして、怠惰の言い訳にしたり、自己保身の大義名分にしてしまったら、成長も鈍るし、なによりも、その御守りを掲げておけば正義みたいな価値観に凝り固まってしまうと、自分が昔なりたくないと思ってたような、余力を常に残して、7割くらいの力をだしたら疲れちゃうような大人になっていってしまいそうな気がするのだ。 別に大人がいやだとか子どもがいいとか中2みたいなことが言いたいのではないのだけど。 例えば、だれかをぶっ殺しても自分1人だけが助かりたいとか思うことは忌むべきことではないと思うし、そういう感情がほとばしって、先走ってたような頃の気持ちは大人になると自然消滅するわけじゃない、ただ大人になるとそういう気持ちが、さもなくなったかのように振る舞うし、そういう感情を「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為に生きる」みたいな言葉で蓋をして奥底に押し込めるようなのってなんか違うと思う。 そういうことが習慣づいて、そういう感情を臭いもののように蓋して、知らん顔して過ごしてると、本当の部分で人の心がわかんなくなっちゃうのじゃないかと思う。 大人になるとなかなか親友ができずらいのはそれが理由だと思ってる。 表にでる部分をいくら取り繕ってたって、人間は心の中に混沌としたものが渦巻いていて、そういう混沌としたものと共存して、右往左往するからはじめて、人のことを許せるし、許容できるし、袖を振り合わせて、共感しあいながら、その中で自己認識して互いに生きていけるんじゃないか。 そもそも時に殴り合わなきゃ他人との距離をとれないのが人間なのだと思う。 話が飛躍してとっちらかりそうなので、なにがいいたいかって、とどのつまり。 昔自分の中にほとばしってた混沌とした想いだったり、熱さだったり、意欲だったり、好奇心だったり、そういうあふれださんばかりの気持ちみたいなものが、社会の荒波の中で、現実にもまれて、角が取れて丸くなってきたこの30代。 もう叩かれたくないし、現実も痛いほどわかったぜ、とりあえず今手の中にあるものをこれ以上傷つけたくないし疲れちゃったから、甲板に大きく「おかげさま」とか「感謝」とか「誰かの為に生きてる」とか掲げておけば、敵意ある海賊とも闘わなくてすむし、あわよくば大きな船にも助けてもらえるかも知れないしっていって、ぬくぬくと航海してる横で、未だに甲板に「ぶっ殺す」「かかってこいや」とか掲げて経験値積んでるルーキーを指さして、 あいつら子どもだな視野が狭いな、航海できるのは海の神様や、風が吹いてるから航海できてるのにまだそれに気付かずに旅してるけど、おれらはそれに気付いているからえらいよなぁ。それに省エネだし「感謝感謝」っていって自分を肯定しながら進んでたら、 知らぬ間に、お腹がぷよんぷよんしてきて、いざ目の前に大きなクラーケンがあらわれたときに、結局、誰も守れず、自分も守れず、いざその時になって、じたばたあがいたところで、何一つ守れないまま死んでいくだけだ。 「ぶっころす」とか「かかってこいや」とか掲げておけばいいとは思わないけど、「その気になったら刺し違えるぞ」くらいの旗印は掲げてなんぼだろうと思ってる。 自力の極み。どうしょうもない。しかも例えたことでよけいわかりずらくなった。 それがほとばしってた頃を知ってる友達であればあるほど、「ありがたい」とかいって手を合わせて、きれいに取り繕うとする姿勢はふぬけて見えるし、くそくらえと思う。 そもそも「感謝」とか「おかげさま」とかいう言葉の本当の意味がわかるにはにはまだまだ早いのではないかと思う。 Title: そうそう。
2012.10.02 ここ数日で感じたお寺とか僧侶っていうこと。 最近では法事で家にお参りに行って、家族3代くらいがみんなあつまって畳に正座してお経をみんなであげるみたいなスタイルは少なくなってきたのだけど、いまだそのスタイルをずっと貫いているお宅にお参りに行ってきて、法事が終わってみんなでお茶を飲みながら真宗の話なんぞをする。 そして、そこのおじさんが、亡くなったうちのおじさんの話や、おじいちゃんの話を教えてくれる。それと同時に自分がそこの息子さんやお孫さんに、その家のおばあちゃんに自分が小さいときに聞いた話を話したりする。お宅の先祖はもともと愛知から来てね、戦争中はここのおばあちゃんと、おじいちゃんが2人で焼け野原だったここに家をたてて、うちのお寺とはそこからのつきあいで、戦後はよくうちの先代のおばあちゃんと一緒に歌舞伎見にいってたみたいですねなんて。 お寺に来ると、自分の息子や親には話さないような話をしていく人もたくさんいるし、色々な話の中で、きっとその家の若い世代よりも、その家のルーツや、お墓にはいってる先祖の事を知ってるという場合もある。 前にトミーと呼ばれている犬がいて、その家のおばあちゃんが富十郎という歌舞伎役者が好きで、そこから名前をつけたのだけど、呼びにくいから通称トミーと呼んでいるという話をよくお寺でしていたので、その話をお孫さんにしたら、そんなことは知らずに初めからトミーが本名だと思っていたということがあったり。 また、お通夜に行って、何年も話だけ聞いていた息子さんに初めてお会いした時も、亡くなったお父さんがお寺に来る度にその息子さんの話をしていたので、むこうがびっくりするぐらいその人の情報を自分が持っている時もある。そんで息子さんは親父ってそんなに話好きな人だったんですねぇなんてこともある。 そんなやりとりをしながら、小さなことだけど、こうやってお寺や僧侶を介して少しづつ世代が繋がっていけるということは、とてもありがたいことだと思うし、大切な事だと思う。 それと。 先日めずらしくうちの住職(親父)と通夜葬儀にいったのだけど。火葬場で骨上げの時に、亡くなった人の娘さんが、アメリカに住んでいて、なかなかお墓参りにこれないので、骨を少し持ち帰っていいかと言われた。 そしたらいつもは、何を聞かれてもいいんじゃないんですかとか適当なことばっかいって、家でラジコンばっかやってる住職なのだけど、めずらしく、 よくそういう風に骨を持って帰りたいという人がいますが、一時的な感情でそうなさりたい気持ちもよくわかります。でもみなさん何年かして気持ちが落ち着いたときに、その骨をどうしていいかわからなくなったり、次の世代になったときに、お参りにいくと、仏壇や棚の隅でお骨が埃をかぶっているのみかけることがあります。 ですからできれば私はお骨を身につけたりせずに、お墓に納骨されたほうがいいと思います。正直いえば骨には特に意味はありません、そこに魂が残っているわけでもありません。気持ちはすごくわかりますが、お墓に手を合わせたり、お墓にこれなければ写真の前で手を合わせるだけでもいいです。大事なのはその気持ちですから、今の自分の気持ちを慰めるという意味で、家にお骨をおいておいたり、身につけたりするのはおすすめできません。 ときっぱりいった。 たまには住職らしいことをいうんだなと思いながらも、そこまできっぱりいうのがめずらしいので、ずいぶんはっきりいったなっていったら、だってまたお墓あけて骨戻したいとかいわれたらめんどくさいじゃんって言ってた。 それはそれで微妙な答えなんだけどでも、こういう会話をしておくことも、聞いておくことも、お寺にとって大事な事なのかも知れないと思った。 それと。 痴呆が進んで日常生活もままならなくて、言葉もほとんどでなくなってしまって、現在は介護ホームにはいっているおばあさんがいるのだけど、先日、ホームで暮らしている間に自宅でご主人が亡くなった。 おばあさんを葬儀に参列させるべきかどうか娘さん達は悩んだそうなのだけど、最後のお別れだし、いくらわからなくなったといっても、自分の亭主の葬儀に参列できないのはかわいそうだということになり葬儀に参列することになった。 おばあさんの元気な頃を知ってるだけに、久々にお会いしてその変わりようにびっくりしたのだけど、それでも終始みんなの話をにこにこしながら聞いてる姿を見ていると、本当に何にもわからないのだろうかと疑問に思うほどだった。 そして葬儀の後、出棺の時に葬儀屋さんが、最後のお別れをどうぞといったら、そのおばあさんが棺にとりすがって、亡くなったおじいさんの顔をなでながら「これから一体私はどうなるの」と涙をこぼした。 火葬場でも、棺の前から離れようとせず、最後までなにかぼそぼそとおじいさんに話しかけていた。 どこまでわかっているのかわかっていないのか、誰にもわからないし、きっと明日になったらまた何事もなかったように過ごすのかも知れない。 でも、そんな姿を見ていて、悲しみとか愛情とか、いろいろな想い出とか、そういうのは記憶に残っていなくても、心の奥底とか、もしくは遺伝子みたいなものに刻み込まれているのかも知れないと思った。 1日1日の些細な出来事の積み重ねで、自分の人生というのはできあがっていくのだと思う。 きっと家族でも好きな人でも、だれでもいいけど、その人に対する想いというのは、小さな感情の積み重ねで、煩わしい時もあるし、めんどくさい時もあるし、顔も見たくない時もあるかもしれないし、逆に頼りにしてる時もあるし、その存在に救われる事もある。 そういうコロコロ変わる感情の積み重ねが自分の人生にはしっかり刻み込まれていて、呆けてしまおうと、話せなくなろうと、耳が聞こえなくなろうと、自分が感情を表現する方法がすべて失われたとしても、そういう時間の積み重ねや、共有した相手への思いというのはきっと心の奥底には刻まれているのだと思う。 それをすごく実感させられた。 そしてそれはすごく大切な事だと思う。 いつか、この話や想いを、おばあちゃんの孫やその子どもに話す機会があったら、元気な時のおじいちゃんとおばあちゃんの話とともにしっかりと伝えたいと思う。 最近、こうやって世代を繋いでいくということが、お寺の持つ大事な役割であるし、僧侶の大事な仕事であると思う。そして自分の記憶や想い出がそこを担っていうということが継ぐということであり、世襲であることの大切な意味なのだと思う。 |
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