Title: ひばり。
2021.01.31


2019年9月29日に放映されたNHKスペシャルで公開されたAIでつくられた美空ひばりの歌う「あれから」という曲がある。


生前の歌声を収集し、そこに含まれる美空ひばりの声や歌いまわしといった特徴を抽出しデータ化し、音声合成技術でどんな曲でもまるで本人が歌っているかのように再現する技術を使い、新曲としてつくりあげたもので、賛否両論物議を醸した一曲だ。


コロナのせいかどうかはわからないけど、最近、昭和ってよかったなとか思うようなことが多くなった。ふと、自分にとっての昭和とは何だったのか考えてみると、自分にとっての昭和とは、それは幼少期の記憶で、それはつまりは誰かや何かに守られていた時代といえるのかもしれない。そして自分はその時代がとても居心地がよく楽しかった。そして今、自分の行動の根本にその時の想いは生きている。


そして、昭和・平成・令和と時間を経ていくことで自分の中に訪れた変化は、守られる側から守らなければならない側になったということなのだと思う。


その変化は、ある日突然訪れるのではなく、少しづつ自分の中に浸透してきて、つまりそれは大人になったという言葉で片づくような類のものなのだけど「あれから」という曲には、気づけばそんな変化の中で、誰もが心の中で無意識にも求めているような、こころの中の柔らかい部分がじんわりと暖められるような寛容さと包容力がある。


様々な穿った思いを差し引いても、ついリピートしてしまって、車の中でも、お風呂の中でも、作業中にもひたすらに「あれから」を聴き、口ずさみながら、何かこんな時だからこそ乾いてしまっているどこかかを潤すような日々を過ごしていたのだけど、


そのリピートの合間に、ふとyoutubeが1988年4月、再起不能といわれるほど体調を壊していた美空ひばりが、東京ドームのこけら落とし公演「不死鳥コンサート」の時に歌った「愛燦燦」を再生した。


ふいに流れてきたイントロを何気なくきいていたのだけど、美空ひばりが第一声を発した瞬間に、おなかの底からこみあげてくるものがあった。ずっとリピートできいていた「あれから」で流れている声とは全く違う。生の声にしかない力、熱のこもった声に一瞬で引き込まれた。ずっと聴いていたからこそ、その違いを顕著に感じた。


言葉では言い表せない、人間の持っている目に見えない「何か」がそこに、しっかりとのっているような声に、人間にしか込めることのできない、熱のようなものはやはり違うのだなと、そしてその熱には理由もなく、無条件に人の心を大きく揺さぶる力があるのだなということを痛感した。


だから人間はおもしろい。


どんなに技術やITが進化しても、少なくとも自分の生きている時代には、この「何か」がなんなのか解き明かされなくていいし、そういう「何か」が社会や世界や、人を動かす、時に合理的ではない理由でありつづけてほしい。




 


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