Title: 小暑
2026.07.03
昨年から、心のメモリーの一部を常に動かし続けていた仕事が、ようやくひと段落して少しだけ心に余裕が生まれたこのタイミングで、上半期を振り返りながら、ここ最近感じていることを、書き留めておこうと思う。
この数年、本当にさまざまな出会いと別れがあった。
その中で、今年の目標として、強く意識してきたのは、「今」の希少性を意識すること。
未来にばかり目を向けず、メモリーの割合を、7:3くらいで、今に置くこと。
とはいえちゃんと明日のことも考えるよ、大人になったから。
それでも少しだけ、今ここに腰を据え、この瞬間を味わい、楽しむことを大切に生きてみようということを目標に。
上半期を振り返ると、そのことを自分なりに実践できているように感じている。
その結果として、今見えている景色は、昨年見えていたものとは少し......いや、だいぶ違うものになっている気がする。
「違う」と言っても、それを言葉にするのはとても難しい。
景色そのものが変わったわけではない。
けれど、時間との向き合い方が少し変わったのだろうか。
うまく言えないけど、子どもの頃、見えていた景色に近づいてきた気がしている。
雨の匂いや、湿気がこみ上げる草むらのにおい。
そんな一つ一つの感覚が、これから何かが始まりそうで、わくわくするようなあの感覚。
そんな瞬間が、最近少しずつ増えてきたように思う。
そしてもう一つ不思議なのは、体感として時間の流れが以前より穏やかになったこと。
時計の針は変わらず同じ速さで進んでいるはずなのに、一日一日が以前よりもゆっくりと、
丁寧に流れていくように感じられるのである。
これがいい変化なのかどうか、立ち止まって思案したくもなるのだけど、今はまだしばらくこの感じを味わいたいと思う。
それと最近の生活の中で、考えていることはAIとの付き合い方だ。
最近は特にClaudeに作業をお願いすることが増えた。
パソコンと連携させることで、簡単な指示だけで複雑な作業を次々とこなしていく姿には、「ここまでできるのか」と驚かされることが少なくない。もちろん、日に日にAIに頼る仕事が増えていくことに、一抹の不安がないと言えば嘘になる。
考えるということがいまよりも億劫になり、考えるという行為そのものにかかる負荷を、ネガティブなものとして感じてしまうようになってしまうのではないか、その負荷のプロセスにこそ、本来の価値や、意味、そして喜びがあるということを忘れないようにしようと自分を戒める。
そんなことを考えながらも、それでもなお、AIが生み出してくれる「心の余白」と「時間の余白」という恩恵には、素直に感謝せずにはいられない。
そんな自分を少し離れたところから眺めていると、ふと思い出す作品がある。
子どもの頃、夢中になって観ていた『ナイトライダー』だ。
人工知能を搭載したナイト2000と、主人公マイケル・ナイト。
二人(いや、一人と一台だろうか)の軽妙な掛け合いに笑い、どんな困難もコンビで乗り越えていく姿に胸を躍らせた。
そして事件を通して、機械であるはずのナイト2000と、人間であるマイケルが、少しずつ信頼を深め、心を通わせていく。
子どもだった自分は、その世界に心を奪われ、テレビにかじりつくように観ていた。
そして今、AIと向き合うたびに、無意識のうちにあの頃のマイケルを思い浮かべている。
「これを手伝ってくれる?」
「もう少しこうしてみよう。」
そんなやり取りを重ねながら、一緒に考え、一緒に形にしていく。
もちろん、現実のAIはドラマのように人格を持っているわけではない。
それでも、不思議とあの頃夢見ていた未来を、今、生きているのだと感じる瞬間がある。
少年の頃にテレビの向こうで見ていた未来は、気がつけば、静かに日常の中へやって来ていたのである。
ただ、実際にその未来を生き始めてみて、予想していなかったこともある。
AIと対話を重ねるほど、AIのことよりも、自分自身のことを考える時間が増えたということだ。
AIは答えを与えてくれる存在というより、自分自身を映し出す鏡のような存在なのではないかと思うようになった。
同じAIを使っていても、人によって返ってくる会話はまるで違う。
それはAIの性能の違いではない。
どんな言葉を選び、どんな問いを投げかけ、何を大切にしているのか。
その人自身が、そこに映し出されるからだ。
AIに仕事の相談をする、頭に散らばったとこを壁打ちしたりもする、保育の話も宗教の話もする。
そうして振り返ってみると、AIから教わったこと以上に、自分が何を大切にしている人間なのかを、AIとの対話を通して教えられている気がする。
人は昔から、さまざまな「鏡」をつくってきた。
鏡は顔を映し、写真は一瞬を映し、文章は思考を映す。
そしてAIは、もしかすると、その人の「問い」を映す鏡なのかもしれない。
何を知りたいのか。
何に心を動かされるのか。
何を恐れ、何を愛しているのか。
それらはAIが教えてくれるものではなく、AIとの対話を通して、自分自身の中から浮かび上がってくるものだ。
ナイト2000に憧れていた少年の頃、
未来には、人間とAIが力を合わせて生きる時代が来るのだと胸を躍らせていた。
実際にその未来を生き始めてみて思う。
AIが賢くなるほど、問われるのは、その鏡の前に立つ自分が何を問い、何を大切にし、
どんな未来を見ようとしているのか。
結局のところ、あたりまえだけれど、未来をつくるのはAIではない。そのAIと向き合う自分自身なのだということを、
マイケルの気持ちになって考えてみたりする。
とかなんとかなんだかんだと、文章をきれいにまとめようとする癖も考え直さなきゃいけない。
もっと散文的に、むきだしの、おもうままの言葉をつづれるようには、どうしたらいいのか。
AIに相談しなきゃ。
添付の写真は、AIが自分とのいままでのチャット履歴全体から、その人物を最も象徴する「説明できない存在」を一つだけ選び。一般的な象徴を優先せず、その人に固有の雰囲気や価値観から導かれる唯一の存在を創造する。既成概念や定番モチーフには頼らない。
近未来的な美術館の展示作品として、その象徴だけを静かに展示しているというスクリプトで画像をつくりだしたもの。

|
コメントを書く (0) |
Trackback (0)