Title: 真宗
2023.05.17

「親鸞聖人生誕850年特別展 親鸞─生涯と名宝」をみてきた。

そこで感じたことを熱冷めやらぬうちに。

そもそもの自分が学ぶことの動機やきっかけが何なのかといってしまえば、お寺に生まれたからなので、学んでいくことは必然なのだけど、だからこそ、つかずはなれずも、途絶えることなく小さな頃から身近に仏教に、真宗に触れ続ける中で、経典や教えの中に書いてあることを理解しようとしたり、年を追うごといろいろな経験をする中に気づかされたり、つながったり、味わえる言葉も増えてきて、そんな瞬間に真宗の教えの面白さや寛容さや、ありがたさに実感をともなうことも多くなってきたように思う。

不惑をむかえても惑惑だらけだけど、自分なりに教義や教えについても考えを深めてきたつもりではあるし、知識は昔に比べて多少なりは増えたのかもしれないけれど、今回親鸞展をみて一番感じたのは、そんな知識としての文字や言葉を超えたとてもリアルな「息遣い」だった。

法然上人から写本をゆるされた親鸞聖人がどんな思いでこの写本をしたのだろうかとか、裏紙にまでびっしり写経された阿弥陀経、晩年にいたるまでにびっちり加筆を加えた教行信証の至る所にあるにじみや、しみの一つ一つまで、そこにとてもリアルな息遣いを感じた。ほかにもたくさんのひとつひとつの展示に思うことはたくさんありすぎてきりがないのだけど。

聖人の残されたものはもちろん、それ以前に多くの法然上人門下の僧侶や、聖人亡き後の門弟や子どもたちや孫にいたるまでに、さらにいえば、教えをつなぐために絵像や木像を残してきた多くの仏師や名もない写経生や、東西本願寺にかかわってきた宮大工や絵師にいたるまで、浄土教が紡がれてきた長い年月の、わずかこの数百年歴史の中にですら、これだけ多くの先人たち、その一人一人の想いと、それを形に残そうとしてきた途方もない時間と想いがあったということの、生々しさのような、まさにリアルな息遣いが心の琴線触れた。

いまさらかといわれてしまいそうだけど、そのたくさんのリアルに触れたことで、まさに身命を賭してまで、こんなにも多くの人が紡ごうとしてきた浄土教という教えというものが、聖人以前にまでさかのぼれば2500年という、途方もない時間の中で、どんな苦難の中でも、時代の中でも消えずに残ってきていて、そこまで人間を突き動かすものって一体何なんだろうとか、そんな途方もないものなのに、それは目にも見えなくて、触ることもできないくて、でもたしかにそこに存在しているんだとか、そこに何千何万の人たちがそこに人生をかけてきていたという事実にただただ深く感じ入ることがあったのです。

そして、その流れはこの現代にも続いていて、その末端の末端の端くれに自分の役割があるのだとしたらと考えたときに、必然でしか学んでこなかった自分自身に感じた自戒と慚愧。知識として知っているということだけでなく、その息遣いの一端に触れたことで、点が線になったような、学ぶ根っこの部分が少し太くなったような気がしました、という話。

あなかしこあなかしこ。




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Title: AI
2023.04.12

唐突に書きたくなったのだけど、

テクノロジーの進歩は、もはや人間の進化なのか退化なのかわからなくなるような日々の中で、最近のニュースを見ていて、人間はもう決してハッピーエンドではない未来に向けて転げ始めていて、そのスピードはもはや中道という言葉や思想ですら引き戻せないほどの速度になってしまったのではないかと思うことがある。

ChatGPT4が話題になってたけど、AIの進歩はとても便利ですごいことなのだけどふと、自分の妄想未来世界の中で、まるで映画のようなことがこの数年でリアルに起きるのではないだろうかとか、というよりももうすでに起きていることにすら気づかないくらい静かに大きなものに飲み込まれているのではないかとすら感じることがある。リリースされてすぐにAIが自己改善できるプログラムまで実装されてるとか、そのスピードの速さに恐怖すら感じる。

ふと気づけば、自分のスマホがまるで会話でも聞いてるのかのようにドンピシャな広告を提案してきたり、おすすめ動画は、気づけばいまの自分のアンテナにひっかかりそうな趣味趣向で満たされいて、その取捨選択された情報から情報へインプットを繰り返していく自分がいたりする。

そもそも思考も、ひいては自我は何から生まれるのかと考えたときに、それは何もない無から発露するようなものでなく、様々な情報を自身の環境において、取捨選択してつくりあげられるもので、もしその情報が、意図として自分自身も気づかないうちに操作されていたら、気づけば思考や自我すらも変容していくわけで、それはつまりは悪意をもって使えばマインドコントロールや洗脳にも応用されてしまうわけだけど、それがまことしやかに社会全体の中に、静かに侵食してきていたら、人間はそれに気づくことができるのだろうか。

民意すらも、最後は情報が統制していくもので、情報というものが、事実かどうかの裏付けのとれない時代で、民意というものがそもそも意味を成すのだろうかとか。

AIがすべての情報や、ネット環境にアクセスできるとしたら、AIにとって都合のいい情報をじんわりと侵食していくことも、都合の悪い情報を消し去ることも可能だろうし、ディープフェイクでつくられた情報で真実すらも上書きされてしまう世界で、戦争を煽り、イデオロギーの根幹を揺さぶり、人間同士を分断することなんか朝飯前なのかもしれない。

そんな世界が容易に想像できて、妄想の結末はマッドマックスのような、北斗の拳のような世界か、様々な理由で住むことのできなくなった地球に見切りをつけて、火星に喜んで追いやられていく人間の姿に帰着していくのだけど。

そんな世界が、1000年後とか遠い未来ではなく、自分の子どもや、孫や、すくなくとももう数10年もたたないうちにくるのではないかという危惧を覚える。

それはまさに末法も末法で、その末端で自分に何ができるのだろうかと問われれば、池のほとりでオタマジャクシを掬うことくらいしかできないし、大きな流れにまかせ日々をただその坂を転げ落ちていくのしかないのかなとか思うこともあるのだけど、

それでも心のどこかで、頭のどこかで、本来自分たちに備わった動物的な本能や五感と、そこから生まれるであろう、非効率で、非対称な中からしか生まれない調和や、心地よさみたいな、0,1だけでは決して表現できない「何か」のようなものが、抵抗値として機能してくれると信じたい。

でもその「何か」を生み出す脳をハックされたら人間なんぞすぐに支配されてしまうだろうし、そんな重要な脳こそがとてもシンプルな電気信号で動いているという事実が置き去りになったまま、理論やテクノロジーだけが先行していくことはもう止められないのかもしれないしれないし、そもそも事実とは何かとか、本物とは何かとか、そういう根本的な概念をアップデートしていかないと、議論すらも先に進まないのだろうな。

なんてことが堂々巡り。

外から破壊するか中から破壊するかの違いのようなもので、
すぐに核と同じくらいの脅威になるんではないのAIは。

あなかしこ。あなかしこ。







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Title: 2021
2021.07.24

雲が変わり、風が変わって、日々がじんわりと夏に包まれ始めた頃。
こんなに心の踊らない夏はないなんてことを考えていた。

様々な思惑や、想いや、それぞれの視点からの正義に辟易として、
自分の足元がおぼついて、どこに寄りかかり、どこに手をついていいかもわからなくなるような感覚の中で、色々なものから耳をふさぎ、目を閉じたくなったりもする。

なにを信じ、なにを伝え、どのように振舞うべきか考えあぐねればあぐねるほどに、
皮肉を込めて「信じる」ということの本質を突きつけられるような気持ちになる。

人間は何百年も変わらずに、振り上げた正義、信じて疑わぬ側面、
自分自身の深度から見える世界を頑なに守ろうとして、
様々な歪を生み続けてきた。

その歪を生み出す原因が何なのかといえば、
人間のつくりあげるものに、完璧なものなんて一つもないのに、
正解は自分の信じる完璧という幻想の通りであるべきだと信じて疑わない心なのかもしれない。

だから初めから人に、期待しなければいいということではなく、理想を言えば、人間同士、すべての人たちが深いところではつながり、まったく同じ立場にあるという認識を、頭の片隅に置いておくことなのかもしれないなんて思いながら、日々心はジェットコースターのように上下左右に揺さぶられ、遠心力でほおりだされそうになるのだけどね。

ただ、コースターが大きな坂を静かにのぼり、これから大きく落下してしこうとする前の一瞬に見える入道雲に無条件に心が躍り、すべてのもちゃもちゃが、全部暑さの中に溶けていくような感覚を思い出して、とにかくこの今を、自分の心が喜ぶことを大切にし、心が悲しむことを避けていこうと、シンプルに着地したような気にもなるのだ。


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Title: さくらさくら。
2020.04.04

気づけば桜も見頃を過ぎて、
満開に気づけないうちに、
いつのまにか舞い散り始めた花びらを見上げ
ふと立ち止まる。

志村けんのことを思うと、
幼少期の記憶であったり、家族の記憶であったり、
大人になる中で思い返すことも少なくなってしまった
「あの頃」の記憶が次々に呼び覚まされる。

その記憶が心の奥底にある柔らかい部分に触れて
なにか温かいものが流れ込んでくるような気持ちになる。

数年前に、自分が子供の頃に腹を抱えて笑い転げていたのと同じように、
自分の子供たちが、バカ殿を見ながら腹を抱えて笑っているのをみて、
なにかとても嬉しくなったのを覚えている。

間違いなく、自分は志村けんの笑いの中に育ってきたし、
変なおじさんも、だっふんだも、アイーンも、
これからも記憶の中にずっと生き続けるのだと思うし、
「あの頃」を共有できるたくさんの同世代の仲間の中で、
いつまでもこの笑いは消えることなく続いていくのだと思う。

感謝。

*

様々な情報や想いがあちこちで交錯して、
そのひとつひとつに、脊髄反射で心揺さぶられ、
いろいろなところが疲弊する毎日なのだけど、

先日ひたすらに土いじりをしていて思った。

目に見えぬ不安や、
日々変化する情報や
様々人たちの思惑や
反射的にわいてくる感情、

そんな形のないものに日々さらされ、
なにか心が疲弊している時には、
感触とか、体感とか、感覚とか、
五感を伴って、今自分の中に感じることのできる、
確かなものをしっかりと味わうことで、
心が少し落ち着いてくるような気がする。

心がふわふわしたら、鉢植えでも植えたらいいんだ。

皮肉にも今になって、
日常がいかに砂上の楼閣、
些細なことで簡単に一変してしまうのかということを痛感して、
あたりまえこそが、かけがえのないものなのだということを再認識したり、
誰かを想い、支え合おうとすることの温かさに触れたりして、

人間のいい面も悪い面もごちゃまぜのこの世の中で、
五感と感性と愛だけはロックダウンできないぜ。
などと嘯きながらフラカンを聴き、
昼間の高速を走る日々です。

今切実に望むことは、居酒屋で笑いながら、
生中を飲むことです。

だっふんだ。



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Title: 波。
2019.10.16

何度経験しても、あのほの暗い蓋の向こう側にいくことが、
終わりで、お別れであるという理解では、心が追い付かず、
やはり、あちら側への入り口で、またいつか倶会一処なのだと、
信じるしかないわが身に白旗。

涙の数だけ強くなれるというのなら、
強くなんてならなくていい、
強くないままに、どう生きねばならないのか。

それを問うのが大事なのだと思う。

*

様々な真実を、境遇を、背景を、
知るということは人を寛容にする。

知らないからこそできること、
生み出せるエネルギー、
成し遂げられること、
寛容では行き着けない場所、
そういう場所で、一歩一歩前に進んで、
不寛容を肯定する生き方の中では、
決して感じることのできない感覚があると思う。

その想いはおぼろげではなく、もはや確信に近いものになりつつある。

*

後悔しても取り返せないことというのがある。
その忸怩たる思いを、
この先自分の中で、大事な糧として、
心にささった棘をそのまま抜かずに、
大事にしていこうと思う。

そしていつか倶会一処、その時に、
改めてその後悔を伝えようと思う。

*

自分の身体の使い方を、頭の中で反芻しながら調整していく。
なんでうまく動けないのか、なんでさっきうまくいったことが今回はうまくいかないのか。

ひさしぶりに身体をおもいっきり動かして、
感覚と理屈をフル総動員しながら、同時に自分に足りない筋力にも気づかされながら、
ひとつひとつレベルアップしていく感覚を味わっている。

身体を動かすこと、できないことができるようになること、
自分自身に目を向けること、
つくづく自分はそういうことに心地よさを感じる脳みそなんだなと、
けだるい心地よさの中で幸福感に包まれる。

*

幸福感というと、

同じようなところを何周もまわって、
同じような穴に落ち、
同じような石にけ躓いて、
同じところに傷を負い、
同じじゃないところに立っている。

そんなもんなのかもしれない。

*

同じように身体を動かしていても、毎回同じ結果が出るとも限らない、
人生も同じで、その時の風や、熱量や、様々な要因が重なり、
その瞬間があるわけで、
経験は勝率を上げるけど、
経験だけで勝ち抜けるようなものではなく、

つねにその後ろにある、目に見えないなにかを感じる心を
さびつかせてはならないわけで。















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Title: |
2019.08.27

「目に光が灯る」という言葉がある。

若い時、なにかを形にしようと、何かに向かって頑張ろうと思う時には、気合いを入れて、身体のどこかに力を入れて自分自身を奮い立たせ、内側からみなぎるエネルギーを四肢に込め、全身で力を、勢いを想いをあふれんばかりに吐き出そうとしていたように思う。

それは思うに、それは自分の力でなにかを捻じ曲げてでも、ねじ伏せようという力なのだったと思う。

それから、いろいろなことを経験し、「頑張る」ということの素晴らしさも、残酷さも、喜びも怖さも感じてきて、最近思うのは、なにかを成し遂げるときに必要な力は、五体四肢に込めるだけではなくて、目に灯しておかなければならないのだということ。

全身に青あざを作り、汗流しながら必死に髪振り乱していても、目に灯る光が消えかけてしまったら何も進まない。
もう立ち上がれないと、心も身体もくたくたになったとしても、目に灯る光が消えなければ必ず先に進める。

いろいろな人を見ていて、どんなに熱く夢や希望を語っていても、なにか目に見える形を残している人でも、目に光の灯ってない人たちがいる。小手先だけで形は整えられても目の光は嘘をつけない。

逆になにをどうして始めていいのか、どうやって前に進んでいいのか迷いに迷っていても、目にしっかり光の灯っている人がいる。

その差はとても顕著なのだということをまざまざと感じた夏だった。

目に光を灯すために、自分に何が足りないのか、なにをみて、なにを感じて、なにを発して、自分自身の様々なフェーズの中で、右往左往翻弄される中で、いなし、逆らい、流され、おぼれかけながらも、目に光を灯せ続けられるように、もっと自分の取り扱いを、変わりゆくことを恐れずに、楽しんでいきたいと思う。

*

つくづく、自分の中のおぼろげな仏教が、
ことあるごとに、あぶりだしてくるのが、
「人間の分限」を知るということ。

分限というのは、限界とは違う。

分限はすなわちそれは、手を放すことなのだと思う。

そして手を放したときに、救われるしかない自分の現実というものが、
諦めや敗北とは違う意味で、すごく心の中の、
どうにも人の中から生まれてくるものだけでは埋めきれない、
重箱の隅のような部分を満たしてくれるような実感を感じている。

*

「夏にしか感じられないこと」は自分にとって特別なことなのだけど、
それはいつも同時に、冬にしか、秋にしか、春にしか、そして今日にしか、
今にしか感じられないことがあるということをまざまざと教えてくれる。





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Title: えれ。
2018.06.06

間違ってるといわれたり、大損こいたり、理解されなかったり、先行きに漠然と不安を抱えたり、
その度に感情の渦に飲み込まれて、右往左往して、
手足をばたつかせて、疲れては沈み、沈んでは浮かぶ。

本当は不自由な人なんかいないのだ。
本当は誰だって自由になれるのだ。

お金があろうとなかろうと、愛があろうとなかろうと、才能やスキルがあろうとなかろうと。

失わないようにと、維持しようと、嫌われまいと、称賛されようと、守ろうと、闘おうと、
もっと高みへと、勤勉であろうと、怠惰であるまいと、

常識とか、あたりまえとか、目に見えない大きな枠みたいな中で、
こうあろう、こうあるべき、こうなきゃいけないと不自由になってく。

でも、本来自由は不自由の土台の上にあって、
不自由との対比の中にあるもので、
どちらかの側に立ってる時にはその構造に気づけないし、
そのどちらか側の概念に正解不正解を求めてる構造上の問題を、
客観的に見なきゃいけないのだと思う。

人間は手の付くところがないと、簡単にころぶし、簡単に傷だらけになるのだけども、

人はそんなにやわじゃない。
誰かが誰かを動かすためにつくりあげた、概念のようなものに捕まって、
捕まってることにすら気づけないような、世界の中で、

やわらかさと同時にもちあわせたしなやかさをもっと信じたい。

それは誰かのために、そしてなによりも自分のために。



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Title: ST
2018.04.13

その行動にどんな意味があるのだろうと考えて、そこに意味を見出すことができなかったとしても、
いざ行動をしてみると、そこに考え付かなかったような意味や効果を感じることがある。

頭で考えることというのはあくまで想像の域をでないし、経験則が必ずしも真実とは限らない。
1度2度失敗しても3度目に開けることもある。

経験域が広がれば広がるほど、言い換えれば長く生きれば生きるほどに、
頭の中で描く設計図の上でだけ遊んでいると、楽しさはどんどん色褪せていく。

手を動かし、足を動かし、首を突っ込む。
そこで自分がなにを感じるか、それはいつだって未知数。
何度繰り返しても未知数。

未知数であるということ、わからないということが、楽しさをうみ、その楽しさがまた経験値になる。
経験のメリットを最大限にいかせるとしたら、経験が裏切られる体験ができるということなのかもしれない。

*

幼児教育と仏教の類似点は、めにみえるものだけがすべてではないということ。
本当に大事なことは目に見えないことがあるということ。

そして、快というのは、不快を取り除いた状態を指すということ。

*

本来目に見えないことを感じる力は人間には備わってるが、
それを曇らせるのは経験則。

歴史もまた経験則。

感じることをいつまでも感じたままに大切にしていいのだということを、
声を大にしていえる世界はきっと今よりも少しいい世界なのだろうと思う。

*

OFFになるというのは、日常からの切り離し。
それは物理的な部分だけでなく、精神的な部分も含めて。
むしろ精神的な部分で、日常から精神が切り離されないと、
いくら物理的な切り離しをしてもその効果は半減以下。




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Title: 重力。
2017.12.19

重力を断ち切って宇宙へ飛び出すにはそれ相応の速度が必要だそうだ。

詳しくはわからないけど、たかだか100キロ、されど100キロ。
東京~熱海くらいまでの距離で宇宙までいけるのに宇宙が遠いのは重力があるからだそうだ。

たかがこの少しの敷居をまたげばいいのに、そのほんの少しが越えられないということは往々にしてある。
最近思うのだけど、物事にはどんなことにも重力のようなものが働いている。

場所でも、出来事でも、人間関係でも、すべてのものには重力があって、外へ飛び出そうとするときにその力が足を引っ張るのだ。もちろん普段はその力がしっかり働いているおかげで、地に足をつけていられるのだけど、その力はいざというときにはとても重い。

例えば、生まれた場所や生活する場所の持つ重力、いろいろな関係性やしがらみの持つ重力、自分自身の心の問題が生み出す重力。

それは、仕事場や家庭を離れて旅に出て、物理的な距離をあけることでふと瞬間的に、ここちよい無重力の世界に行くことができることもあるし、季節の節目や、生活の変化や、自分自身の経験や出会いや成長の中で、いままでとらわれていたものがふと無重力に解き放たれることがあるかもしれない、そして月に向かっていってまた今度は月の重力に捕まって、同じことを繰り返していくのかもしれない。

人間は重力がなければ生きていけないのだけど、時にそこから生み出された重力が大きくなりすぎて、飛び出すどころか、自重で身体が押しつぶされそうになることもある。そこであらゆる方法でその重力と対峙していかなければいけないのが生きていくということなのかもしれない。

そして、この1年で痛いほど感じたのは、死というものの生み出す重力の強さだ。

死が生み出す重力はとても強い。

それがどこか遠くの誰かの死でも、身近な人の死でも、自分自身の死でも、程度は違えど、そこから生じる重力はとても強い。
その働きを断ち切って宇宙へ飛び出すということはとても大きな推進力と、とても膨大な燃料が必要になるし、ほおっておくとその自重はどんどんと重くなっていく。

その重力とどう対峙したらいいのかということを考えるほどに、その答えはやはり仏法の中にこそあるのではないかと思う。










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Title: 情熱の薔薇
2017.10.17

友達に別れを告げた帰り道、

ずっと頭の中に情熱の薔薇が流れていた。

いままで何百何千と聞いたこの曲の歌詞が、今この瞬間にまた心の中に染みわたって、
わかったようでなんにもわかってなかった自分を痛いほど思い知る。

永遠なのか本当か、時の流れは続くのか。
いつまでたっても変わらない、そんなものあるだろうか。

見てきたものや、聞いたこと、今まで覚えた全部。
でたらめだったらおもしろい、そんな気持ちわかるでしょう。
答えはきっと奥のほう、心のずっと奥のほう。

涙はそこからやってくる。
心のずっと奥のほう。

さみしい気持ちで冷たくなった心に、あたたかく火が灯るようなお通夜だった。
肩を組んだ輪の中で、あいつも一緒に歌ってるような気がした。

きっとみんなの日常はかわらずに回り続けるように見えるだろうし、変わらずに生きているように見えると思う。でもなにも変わらないように見えて、きっとこの別れの前と後では何かがきっと変わっているんだと思う。

いろいろなものの価値や重みが。

ありがとう。

またいつか一緒に飲もう。









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Title: 一輪の。
2017.09.21

比較的穏やかな時期。

*

有象無象いろいろな悩みや、解決しなければいけないことや、片づけなければならないものが重なって、無意識にも脳のメモリーがバックグラウンドで動いている時に忘れてしまう大事なこと、例えばそれは季節の変化や、それに伴う心や体の変化、腰を据える感覚とか、楽しむ姿勢とか、丁寧な生活とか。

そういう、目には見えないものを捕まえる目が閉じてしまうような時に、焦燥のようなものを感じるし、そういう焦りがまたいろいろな歯車を狂わせる。

そういう時、いままでの自分は環境を変えようとしたり、習慣に変化を加えたりしながら、やたらと楔をうつことに執着していたように思う。

でも最近、そういう時にも感覚的なアンテナはしっかりと立っていて、なにかに追われながらも意識とは別のところで、身体のゆがみを自然に補正するかのように、内側から働きかけていて、そのちゃんと働きは自分の中に沈殿している実感があって、

例えるなら、なにかに追われていると、心の中のコップのようなものが、蓋をされてしまうような気がして、その蓋を取り除かねばならないと焦っていたのだけど、でもよくよくみたら、蓋なんかなくて、コップのほうを向いてなくても、ちゃんとこの瞬間にも水は注いできていると思えるようになったということ。

この変化はとても大きな安定につながる。

その安心が物理的に負荷の少ない時の心の柔らかさを、負荷がかかった状態でも保てる一つの要因になる。

*

そしてやっぱりロックはやさしい。

臭いものに蓋をしない姿勢を教えてくれる。

さらけだす姿勢は、さらけだされた人を包み込む姿勢だ。

*

昔、船乗りは帰る場所があるからこそどこまでも遠くにいくことができるという言葉を聞いたことがある。

その言葉の意味が実感として、40を手前に少しお腹に落ちてきた気がする。帰る場所っていうのはどんなものでもいい、それが物理的な場所や、つながりの場合もあるし、抽象的な目的や理由でもいい。

旅にでようと思うとき、やはりゴールはここではないどこかではなくて、あくまでゴールは最初に一歩を踏み出したこの場所であるのだと思う。

いつだって旅人はスタートがゴールなんだ。
そう思えた時に、また一人旅にでたくなった。

*

泣き止まない子がいたり、へそを曲げる子がいたり、大人には理解できない理由で取り乱す子がいる時、
その子が求めているのは、慰めじゃなくて、受け止めてほしいだけなのだ。
そのまんまの肯定なんだと思う。

そのまんまを受け止める心がどれだけの人を救えるか。

*

戦える体になりたい。
それは物理的に。

いまの自分は戦える体じゃない。

戦にでたらすぐにへばって、取り囲まれて斬られる。

だからまず戦える体になりたいと思った。

なにと戦うかとか、敵はどこにいるのかとか、
そんなことはわかんないけど。

今わかっているのは、いま自分は戦える体をしていないということだ。

*

例えばはじめてクロールを覚えて、25メートルを泳ぎ切れたときのクロールと、
海で泳ぎ始めて、遠泳をしたあとのクロールは、同じクロールでも別物で。

力の入れ方も息継ぎの仕方も、心の持ちようも違う。

自分のクロールもだいぶ変わったのだと思う。
でもクロールはクロールなんだ。

*

ぐるっと回って同じところに立ってるような気がしても、それは同じところではなくて。
それは物理的な問題ではなく、そこに立つ自分の感覚と視点の問題。

*

"らしさ"みたいなものは単色をではなくグラデーション。

*

波風立てづに、長生きしたいと思うようになったけど、でも何かを守るために刺し違える覚悟は忘れまい。




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Title: 旺
2017.06.29

孤独は身体を蝕むし、それは時に人を殺しもする。

孤独とはなにを指すのかといえば、結局は清濁あわせもって、匂いまでも香るような距離感での継続した人間関係の欠如ということなんだと思う。それはつまりは、その関係を持続するうえで必要なお互いの許容とか、寛容への欠如といってもいいのかもしれない。

寛容の欠如は慢性的な自己承認の欠如を生む。

他者からの承認というのは人が生きる上で根幹にもなりうるもので、それが慢性的に不足している中で、その欠乏感を埋めようとしたときに、いまは簡単に他者とつながれるツールがあふれているけど、そこでその穴を埋めようとすることは、結局のところ海水でのどの渇きをいやそうとするようなものなのかもしれない。

手を伸ばすほどに、心は渇いていくかのように。

この焦燥はどこからくるものなのか。

自己に抱える問題の根源は、社会や世間という価値観の中から生まれてくるものではなく、あくまで自己の内面から、人間の内側の中から染みだしてくるようなものであり、その染みのような、影のような淀みを解決するには、まずはその現実を、耐え難く目を背けたくなるような現実を、ありのままに自分自身が寛容しなければならない。

寛容は理解とは違う、それは理解するかしないかは別としてその現実を腹の中に置いておくということだ。迷いながらも共存して、同居することだ。

その共存の中にこそ、今には見えないなにかが差し込むのではないだろうか。




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Title: ぶっとん。
2016.09.20

休日の昼下がりに窓をあけ
少し涼しくなった風を感じながら布団に転がる。
遠くで夏の終わりを告げるお囃子の音がする。
それを聞きながら目を閉じる。

夏の終わりには、いつも残念な気持ちになるのだけど、
今年は季節が変わっていくことに寂しさはあまり感じない。

それがなぜなのか深く考えたら、
きっとそこに答えをあてはめることができるのだろうけど、
そんなことをしなくても、なにかこの感覚が腑に落ちていて、

それはいうなれば、変わっていくことへの白旗。
でもその白旗は敗北ではなくて、降参。

変わりゆくものと仲良くしていこうということを
身体と心が受け入れ始めているのかもしれない。

ある時に過去と今がプツリと切れた気がして、
その感覚が「今」をとても客観視させてくれている。

線に見えて、点。

無数の点。

*

夜中に目が覚めて、なにか得も言われぬ孤独感に襲われて、
それをじっくりと味わっていて感じたこと。

人は、つながりの中に生きている。

肩書を何て呼ぶかはさまざまで、
それは時に、家族・友人・恋人、
仕事仲間、近所の人と呼ばれるもので、
それはときにしがらみとも言い方を変えるもの。

その、つながりの中に、一喜一憂して、
得たり、失ったり、
喜んだり、傷ついたりする。

その一つ一つの経験の中で、
つながりに意味を持たせ、
価値を見出し、
そこにいる自分を肯定したり
否定したりしながらその結びつきは強くなっていく。

しかし、その結びつきが、
さらなる結びつきを生んで、
どんなに強固になろうとも、

一人の自分という存在は、
簡単に変化していくことの波にのまれていく。
どんなにつよく、
そのつながりに根を張り、
がんじがらめになっているようでも、

変わりゆく流れの中で簡単に根こそぎ流されていく。

3代前の家族のことを、
知ってるようでなにも知らない、
自分自身がいるように、

自分にとって特別な今日も、
特別な人も、
特別な出来事も、
想い出も、

なにげない日常の中にある、
ささやかで暖かい時間も、

砂浜の小さな砂粒のように、
海に消えていくもの。

不都合な真実のようだけど、

今日のがんばりも、
今日の怠慢も、

明日への希望も、
昨日の絶望も、

なにがどうなっても、大きな波にのまれて
大海に帰す。

その現実を真っ向からうけとめるには、
まだまだなにか真っ黒な得体のしれないものに、頭を突っ込むような怖さがあって、
それが時々首をもたげようとするんだろうなきっと。












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Title: くも。
2016.07.08
人は変われるのか変われないのか。ということを考えたときに、

人というくくりで考えるのであれば、変われる人はいるし、変われない人もいるということになるのだと思う。
その差は、現実をどううけとめるかという部分の違いなのだと思う。

一つのつらい出来事が起きた時に、その苦しみに対する対処をすることで終わってしまえば人は変われない、しかしながらその一つの出来事に対して感じる、苦の大きさは人それぞれで、それもまた単一化できるものではなく、誰かの「ささいなこと」で命を落とす人がいることも事実。

変わるということは、その苦の価値観自体、苦を変える構造自体を組み替えなければならない、それには苦への対処だけでなく、自分がなぜ苦を感じるのかというメカニズムにまで踏み込んでいけるかどうかがカギだし、そこを客観的に判断できるかどうかというところが一番難しい部分。

そこを客観的に判断するというのは、つまりは他社と自分の比較、自分の中のコンプレックスや至らぬ点を受け止めねばならないということになるし、それは往々にして自分自身すらも正しく見ることができない状態で凝り固まっている可能性が高いからだ。

苦への対処療法的な心の動きに加えた根治するためのアクション、ここのつなぎが変われるか、変われないかの大きな差になるのだと思う。

最近強く感じるのはその根底にるものは「自尊心」ではないかということ。
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Title: すきるす。
2016.03.16

手放して、ふとあの頃のように身をゆだねるような、いたずらに笑えるような場所で、感じるままに、言葉を扱えるようになること。

*

理解の中から、知識の中から仏というものは決してみつからないのだろうな。

*

胃が弱っていて、スープばかりを飲んでいる。
 
スープという響きにはとても人間くさい優しさが含まれているように思う。
 
スープという響きの中には、色々な食材を煮込んでうまみを凝縮させた液体というリアルを越えて心に染みこむような温かさがある。
 
どこかでみた映画や絵本の一場面で、雪の中をさまよったり、森の中で途方にくれた誰かが、小さな山小屋に行き着いて、そこでたき火にかかった鍋の中にあるスープを、涙を流しながらがっつくというシーンを何度か見たことがあるような気がする。
 
その涙はスープのおいしさによってだけでてくるものではないような気がして、その涙の理由は、言葉では表しがたいスープを越えたスープの中にある何かによるものなのだと思う。
 
その何かは阿弥陀とて同じだと思うのだ。
 
本来は目にも見えない形すらもないアミターバ、アミターユスというものが、阿弥陀として形になっているということにとても人間くさい優しさを感じるのです。
 
スープと同じだとかいうと怒られるかもしれないけれど、一杯のスープに心が温まることと、阿弥陀の願いと言うことは一つの線の上で繋がっているのだと思う。
 
さてお彼岸。


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Title: めも。
2016.01.27

備忘のために。

人生は、すべてが結果である。結果しか教えられていないのだ。

一瞬一瞬が、なぜ生まれてきたのかという問いに対する答えである。
私たちには問いしか与えられていない。理不尽で不条理なことでしかない。

だから「なぜ」と問う。問いしか許されない。答えはすべて阿弥陀さんしか知らないのだ。

その「問い」が問いに満足すると、答えを必要としなくなるのだ。
そこで初めて「南無」が成立する。


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Title: 椿。
2016.01.18

気づけば日々にかまけて、足下見ることも振り返ることもしないでもう1月も終わる。

昨日は畳の縁をまたぐかのようにいとも簡単に今日をこえていく。

35歳の1年で感じたこと。

例えば遠くテロに想いを馳せ、崖から落ちたバスに心を痛め、
どこかのだれかの怒りや悲しみが、さも自分も同じであるかのように振る舞おうとするときに、
おまえになにがわかるんだってなもんで、

わかった振りして、涙を流し、
振り下ろしどころのみつからない拳を振り上げて、
それがさも悲しみや怒りを代弁するかのような振る舞いに見えれば見えるほど、
それを俯瞰してそれは恥ずべきことだと思わねばならないのだと、

この1年を過ごすまでの自分は、意識的にも無意識的にもそう思わねばならないのだと思っていた。
それはきっと、「いわんや悪人をや」が自分にもたらした影響の一つなのかもしれないのだけど、

でも、最近思うのは、

「いわんや悪人をや」なんだ、
でもそれでも考えも深度も浅いところで、
嘘みたいな涙を流し、嘘みたいな拳で、
理由なんかわからず、目の前の相手を殴ろうとする人間の気持ちこそが一つの真理なのだと思う。

一つの出来事を俯瞰して、目の前の悲しみには理由があって、
それを生み出したものは様々な業であり、そもそもそれが起きるまでに繋がってくる因果に、
ああでもないこうでもないと頭でものごと考えてでてくる「いわんや悪人をや」という文言は、
それ自体がもう、深度の浅い涙と同じであって、

そのどちらもが救われねばならなくて、
どちらも救われなければならないということこそが、
善も悪も越えた凡夫という存在を浮き彫りにして、
そこにはじめて本願が差しこむのかもしれないと。

つまりは、目の前の出来事に、心が動くことは頭ではどうにもならなくて、
そこに深度もなにもなく、どうしょうもなく浅いところで心を簡単にもっていかれ、
その共感に傷を癒しあえるという機能が既存に備わっている生き物であるということは、
恥ずべき事でも、忌むべき事でもなく、
むしろそのような極端な感情を持つことこそが、
一つのとらわれで、

そのすべてに愛おしいくらいに泣けるということが、慈悲だとしたら、
その慈悲を一身に受けて、ただただ浴びて、
その暖かさをちゃんと肌で感じられるような心持ちでいたいと。

そう思うようになったということです。

あなかしこ、あなかしこ。









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Title: 加筆。
2015.12.11

自分というものを作り上げているのは、ここに至るまでの多くの縁である。多くの偶然や必然が奇跡的に重なり合った結果である。生まれた瞬間から、人間はその不可抗力とも言える縁の蓄積によって変化し続ける。刻一刻と、この瞬間でさえもその縁は蓄積される。

気温、湿度、匂い、お腹の具合、そして疲労や眠気、そういうすべての要素が今の自分の今の行動、今の思考をつくる。

自分自身というものはそういう刻一刻変化する縁の中で常に流れ続けて存在している。無常の中のその存在は唯一無二である。生まれ落ちてここ至るまでの全ての要素を持ちうる他人はいないのだ。

天上天下唯我独尊という言葉は、ただ自分だけが尊いという意味ではない、生きとし生けるもの全て、この唯一無二の縁の中で刻一刻に生きている、すべてが唯一の存在であるという事実そのもの。

自分も、他人も、草も木も、生まれた場所や、そしてそこに繋がる人、たくさんの縁の中に今日まで生きている。

そのたくさんの縁は人間の範疇をゆうに超えていて、人間の分限をはるかに超えている。それは「運」というものとも違う。「運」という言葉には良し悪しがあるが、縁に良し悪しはない。縁は一見した善悪の範疇も超えている。

人間は寿命という限られた時間の中で、この不可抗力である「縁」と呼ばれるものの存在を認めざるをえない状況に何度も出会い、直面し翻弄される。

その縁を生み出している「なにか」が「何」であるかは人間にはとても量りようがない。その量りようのないものに、人は時に畏怖し、時に崇敬し、時に翻弄される。その過程の中でその「なにか」に様々な呼び名をつけるのだ。それは時に仏であり、神である。

そして阿弥陀でもある。

自分が選ぼうとも、選ばずとも、この瞬間にふりそそいでくる縁の中に生かされている自分は、もはやその「なにか」のもたらす縁の中に奇跡的なバランスに生きているともいえる。

「南無、阿弥陀仏」つまりは阿弥陀仏に(南無)帰依するというのは、その阿弥陀という何かに身を委ねるという意識の表れであるともいえるわけだが、その縁ともよべる働きはすでにもうこの瞬間自分自身の中に流れていると考えると、南無自分自身、南無空、南無草木、南無あなた、であったとしても、その響きはそれはそのまますなわち南無阿弥陀仏なのではないだろうか。

自分の外に仏があるということは、それはつまりは同時に自分の中に仏があるというなによりの証拠になりえるのではないだろうか。

私は仏である、という言葉はとてつもない危険性をはらんでいるのだけど、でも間違いなく、自分自身の中にこそ如来があるのかもしれないと思うことがある。

もし、仏が自分自身であり、同時にすべてのものであるのだとしたら、この一瞬の価値観は大きく変容する。目にうつるすべてのものに降り注ぐ縁がこの瞬間を、まさに刹那につくりあげているのだとしたら、次の刹那にある一瞬もまた、奇跡なのだ。そして生きるというのはその奇跡の中で、人間の介在できる範疇をはるかに超えた無常の中に浮かぶことなのだ。

この瞬間こそがもうすでに救いなのだ。そして次の刹那こそがもう掬い取られている証拠なのだと。

付随して。

誰かを想う時に。

本当の意味で求め合うということは、感情を超えた縁が先に来るもので、感情はそこに付随しているにすぎないのかもしれない。


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Title: げしゅ
2015.10.16

つくづく欲はつきないもので。

ここまでやったら満足だとおもって、ここいらでもう打ち止めだって思っていたことが、そこで打ち止まったことなんかありゃしない。少欲知足だなんてもっともらしく説きながら、足を知るなんてことできやしない。そんな自分をまるまる掬いとるっていわれたって、その言葉すらも自己肯定の材料にしかすることのできないこのどうしょうもない殻っぽの器。

なにかを与えるって事は、その与えたもので、同時にそこからなにかを奪うことでもあるのだなと。自由を与えられた瞬間に失うものがあるように。

それと必ずどこかにくるしわ寄せをどうやって処理するのか、覆い隠すのか、時々しわを伸ばすのか、やぶって捨てるのか。その方法に辟易しながら年齢分の1年を、ただ淡々と消費する中でいかに最小単位を細かくするか。そんで最後の最後は単位なんて言葉すらも薄れ消えゆくように。

佛にあったら佛を殺せってなもんで。

最小単位まで細かくする作業の途中で、その作業が習慣化して、そこに意識を向いたとたんに、それはすぐにゲシュタルト崩壊したかのように疑問符に捕まって本来の機能を失う。

その繰り返し。

人は対比の中にしか答えを見つけられないのだとしたら、宗教というものの役割はまさにそこにあるのだろうな。いやむしろ宗教というものがここに存在し続けていることこそが、その答えに他ならない。

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Title: りんご。
2015.07.09

近しい人がぱたぱたといなくなって、そのたびに人は死ぬんだと至極あたりまえの現実を思いしるわけで。お骨の前で、いつかあの人も、いつかこの人も、いつか自分もと心に刻んでいるつもりなのに、それでも何度も何度も釜前に立っていざはっとさせられるわけで。
 
人って死ぬんだよなぁ。ほんとに。あたりまえのことのようにすっと。
 
「近しい」って会った回数や距離だけじゃなくて、自分の中にこびりついている言葉や出来事、それを思い出す回数だって近しさの中にはあるわけで、いつも顔を合わせていれば必ずしも近しいと呼べるわけではなく、
 
近しいというととても抽象的だけど自分の感じる近しいの中には、そこに一瞬でも「本質的なこと」が含まれていているかどうかなのかもしれないなと。
 
今日思いました。
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Title: こころころころ。
2015.05.23

こころころころ。さだまらぬ。

さだまらぬ。



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Title: 七厘
2015.05.18


心が震える理由なんてのはきっといくつになってもかわらないのだろうと思う。

*

肌感覚とか空気とか。

そんな揺らぎみたいなもの。

目に見えるものの、目に見えないところに流れているその揺らぎのようなものにもっと鋭敏になりたい。

飲み込んだ言葉も、深いため息も、苦笑いも、投げつけられた言葉も、思惑も、算段も、謀も、切っ先の尖ったあれやこれも、その根底にあるものは血の通った暖かいもので、そこに温度があることに安心して生きていきたい。それが自分の資本となって、自分の元本になるのだとしんじて。

そんで打ちのめされたら両手両足を投げ出して、大の字にひっくりかえって、空でもあおいで、いぶりがっこでもかじって、また挑むのだ。

*

切っ先丸くして、竹光褒めあって。自分がぶら下げてるものだけは真剣だと疑わず。ときにでたらめにそれを振り回して、重さを感じることで安心して。たたかうこと自体を疑って、正義とはなんだとかかんだとかのたまって。

大人ってやさしいけど。

こわいな。

子どもはむきだしでこわいけど。

やさしいな。

*

自分の言葉を使えるようになるためには、普段から自分の言葉の精度をあげておかなければいけないなと。

それは「てにをは」とかそういう話ではなしに。

体裁の良さとか、通念とか、ルールとか、誰かの為に使う言葉ではない、自分の言葉の精度を。それがなんなのか、考えて、思い出して、使って、失敗して、言葉は自分のものになっていくのだと思う。

頭と心の呻吟する声を、摩擦なく柔和に吐き出すかのような言葉をつかえるようになりたい。


*

旅人はみんな泣いているって言われて、すごく腑に落ちたのだけど、でもいつかそうじゃない旅をしたい。



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Title: じゃき。
2015.04.18

最近邪気みたいなものにすごく敏感になったように思う。

それを邪気と呼んでいいのかわからないけど、

例えば、もっと自分を認めてよ的なものだったり、おれおまえより頑張ってるよ感だったり、お前にはおれの気持ちなんかわからないよだったり、おれはこれできるけど君にはこれできないよねだったり、おれ友達がたくさんいるんだよアピールだったり。みんな気付いてないところに自分は気づいているよだったり、それは言い換えれば、自分の優位性だったり、自分と他者の区別だったり、自己弁護だったり、自己肯定ともいえるのだけど。

それは意識的にも無意識的にも、いくら平身低頭それを見せまいとしても振る舞いや、言葉には醸されてしまうもので、その漏れてきたものの中に、その人が人からどうおもわれたいのかとか、逆にどうおもわれたくないのかとかそういうものが見え隠れして、そういうものが見え隠れする度に、人間とはどういう生き物なのかということが見えてきて、それが確固たるものになっていくような気がするのです。

そして同時に自分の言葉にはどんな邪気がでているのだろうかと自己観察したりするのです。

それと自分が邪気と呼んでるものが、もう近づいただけでぷんぷんしていて、しばらくそばにいると自分もその匂いに燻されてしまいそうな人をみつけたり、もしくは自分のした行動や、言葉からそういうものがふわっと漂ってくると、なんだかとても嬉しくなるのです。

どうして嬉しくなるのか、はっきりした理由はまだわからないのだけど、おそらくそれは人間ってほんとつくづく慈悲の対象なんだなと思うからかもしれないなと。

人間は、どこまでも救いようがなくて、だからこそ安心できるのだと思いたいということなのかもしれないなと。


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Title: いそぎ。
2015.03.05

少年の殺害のニュースも、どこかの家具屋の話も、昨日の自分の愚痴も、ひいてはなんちゃら国だって。

つきつめていくと、人間ってほんと、環境とか育ってきた背景とか、そういうものの影響で、意図してまた意図せずとも、どんなことでもするし何色にでも染まる。そこにある壁をぶちやぶるのはなまじっか簡単なことではない。

信念というと聞こえはいいが、頭で考えて行動すること発言すること全て、なんらかの思惑や動機付けがあって、その思惑や動機付けはもう意志をこえて、様々な縁に左右され翻弄され、時に都合良く歪曲される。

人間はその影響を決して無視できないし、その影響に簡単に飲み込まれるくらいからっぽな生き物なんだなぁと。そのうえ厄介なのは、それに気づきもしないで、自分の分限をどこまでも主張したくなるし、時にそれをしないと喪失感すら感じることもある。

そんな存在そのものを、悲しむ心、慈しみ哀れむ心を大慈悲と呼ぶのだとしたら、いそぎ仏になりての言葉にとても深く頷ける。

お念仏しかないわほんと。

なむなむ。

そして粛々と、淡々と前に。

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Title: にく。
2015.02.23
 
お坊さんってのは、仏教かじってるから苦への対処方を知識として知ってるのかもしれないけど、それができてるかどうかとは全然別物で、僧衣で手を合わせてると、まわりからそこそこできるもんだと思われたり、そう扱われたりするうちに自分でも「知ってる」を「実践できてる」と混同しちゃってわかんなくなったり、そこでジレンマに悶々としたりもするのだと思う。
 
それに昨今、べつに僧侶でなくとも、聞く人の心を捉える言葉はあちらこちらで聞くことができるし、むしろその方がはるかに多い。結果そこに取って代わられてるわけだけど、そもそものお寺や僧侶の担ってた役割を。
 
でもお坊さんも一生懸命なんだ。それを自分のものにしようと。
 
あなかしこ。あなかしこ。じたばた。
 
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Title: なんちゃら国。
2015.02.05
 
ここのところのニュースをみていて思うのは、

結局の所、なにが正しくて、なにが間違っていて、自分はなにをすればいいのか、それをじっくりと立ち止まって向き合うにはあまりにも世界のスピードが速すぎる。
 
そのスピード感についていくためにはどうしたって表面をなでるようにわかった振りをして、飽和した情報の中から自分の主観や主張に近い物をみつけてむりくりつなぎ合わせて、それがさも自分の姿勢であるように振る舞うしかない。
 
そこには震えるような怒りも、悲しみもない。それはたかだか数ヶ月もすれば、何事もなかったようにビールで流し込めるようなくらいの感情でしかない。
 
そうやって感情に直結しないような自己表現を疑いもせずに習慣にしていたら、いつかなにをしたってつまらなくなるし、心の震えない人間が何をしたって熱量なんて持たない。
  
どうやったら一つの事実に自分の気持ちをしっかりと寄り添えるか。それを足を動かして考えて言葉にすることは、あたりまえなようでこのスピード感の中でそれを行うのはとても難しい。
 
経済をまわすためにはスピード感は失うわけにはいかないのだろうけど、その速度に心や体をついていかそうとしたら必ずどこかに無理が生じる、無理が生じないために、そこに付随するはずの感情を受け流していると「感じる」ってことがどういうことなのか、その機能が人間のなにを補っているのかがわからなくなってしまうように思う。
  
ブルースリーも言うんだ。
  
ドントシンクフィールって。
 
 
*
 
 
僧侶として感じる事。
 
ここの所のニュースをみていて、自分がどうありたいかを思うに、浮かんできたのは、「安心決定鈔」の中の「朝な朝な仏と共に起き、夕な夕なに仏を抱きて臥す」という言葉。
 
次々に報道される情報をみて、その事実の一つ一つに自分が感じる事をつなぎ合わせていくと、本当になにが正しくて間違っていて、なにをどう断ち切ったら負の連鎖が消えるのか「命」というものの価値観すら自分がいまこの日本にいる感覚だけで善悪を決められることなのかどうかわからなくなってきて立ち止まる。
 
歎異抄の4章には
 
慈悲に聖道・浄土のかわりめあり。聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり。しかれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし。浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益するをいうべきなり。今生に、いかに、いとおし不便とおもうとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。かれば、念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろうべきと云々。
 
と書かれている。
 
聖道・浄土のかわりめありがあるとしたら、いまこの瞬間、それがいつであれ「この今」にこそ、そのかはりめがあるのだと思う。
 
この平和な日本で画面に流れる情報をみているだけの人間が考える極めて側面的な事実は、自分の人生をかけて世界を変えようとするモチベーションになるには薄すぎるし、かといって世界の隅々まで足を運び、拘束される危険も顧みずに自分の手と足と目で情報を得ようとするだけの動機付けは自分にはもてない。
 
せめて自分にできるのは表面をなぜてわかった振りをして心を痛めたふりを数ヶ月して、その合間に手の中にある幸せを愛でるくらいのものだ。
 
また真宗の僧侶はそうやって自虐的にも自分がなにかを発すること、そして自らが働きかけることに消極的で、結局なにもしないのだといわれるかもしれないが、いま「いそぎ仏になりて」という言葉の中にある、ふつふつとした静かで、そして確かな強さのようなものを感じる。
 
「朝な朝な仏と共に起き、夕な夕なに仏を抱きて臥す」
 
はげしい怒り、憤り、悲しみ、そこに捕まれば捕まるほどに、自分と彼らを隔てるものはなにもない。
 
目の前の事実がどこからきて、なにが起きて、どこへ向かうのか。そんな無限の可能性と方法論を考えることの中に答えはみつけられないのだと思う。みつけられたとしてもその答えにはいつかまたほころびがでる。もし完璧な答えがあるのだとしたらそれはもう歴史が証明しているはずだ。
 
自分の考える答えがどこにあるのかと考えたときに、自分の身近にはたまたま仏教があり、そこにあるものを指針として確かな手応えを感じているので、いまの自分にできることは、強く確かに「朝な朝な仏と共に起き、夕な夕なに仏を抱きて臥す」ことではないかと感じている。
 
急激な温度変化は持続しない、持続しない感情で事をなしたところでその行動のもつ熱量はなにかをかえるには低すぎるのかもしれない。煮えたぎるような感情を腹の底にマグマのようにたたえている時だからこそ、いま自分のすべきことをもう一度立ち止まって確認したいと思った。
 
救えるのか、救われるのか、自分の役割はなんなのか、命とはなんなのか、その迷い、それすらも丸ごと人間の生み出すものすべてが、慈しみ悲しみの対象であるということは、真理だとか、教えだとかいう言葉に後ろ盾を得るまでもなく、まぎれもない事実だということをここ数日改めて深く感じた。
 
強く深く静かに。


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Title: 無用の長物。
2015.01.09

「自己とは何ぞや。これ人世の根本的問題なり」臘扇記の中の一文。

今日清沢満之が臘扇記を書いた年と同い年になった。

34歳の1年間はいつにもまして色々な縁とそれを取り巻く様々な業みたいなものに翻弄された1年だった。頭の中にあることを残らず言葉に変換して隅々まではきだせるほどの変換力がないので言葉足らずになるかもしれないけど、今の自分が感じていること。

自己とは、無数の縁の最前線の点みたいなもので、それはつねに変化しつづけているということ。

今の自分を作りあげているのは、ここに至るまでの多くの縁、多くの偶然や必然が奇跡的に重なり合った結果で、生まれた瞬間からその不可抗力とも言える縁の蓄積によって変化し続ける。刻一刻と、この瞬間もその縁は蓄積される。気温、湿度、匂い、お腹の具合、そして疲労や眠気、そういうすべての要素が今の自分の今の行動、今の思考をつくる。自分自身というものはそういう刻一刻変化する縁の中で常に流れ続けて存在しているということ。

その縁というものは人間の影響できる範疇をゆうに超えていて、人間の分限をはるかに超えている。それは「運」というものとも違う。「運」という言葉には良し悪しがあるが、縁は一見した善悪の範疇も超えている。人間は寿命という限られた時間の中で、この不可抗力である「縁」と呼ばれるものの存在を認めざるをえない状況に何度も出会い、直面し翻弄される。

その縁を生み出している「なにか」が「何」であるかは人間にはとても量りようがない。その量りようのないものを、時に畏怖し、時に崇敬し、時に翻弄され、その過程の中でその「なにか」に様々な呼び名をつける。それは時に神であり仏でもあり、時に悪魔とも呼ばれるものかも知れない。それが自分にとっては阿弥陀であるということ。

自分が選ぼうとも、選ばずとも、固執しようともしまいとも、抗おうとも抗うまいとも。この瞬間にふりそそいでくる縁の中に生かされている自分は、もはやその「なにか」のもたらす流れの中に奇跡的なバランスに生きているともいえる。生きるというのは人間の介在できる範疇をはるかに超えた無常の中に浮かぶということ。

人間の本質はその不可抗力の流れの中で何千年も前からなにも変わらない。

人間の創るもの、社会も、共同体も、イデオロギーも、大概は大きなリサイクルの中にあって、その本質はなにも変わっていない、そこにあるメリットやデメリット、生まれ落ちる苦悩には古代も現代も大差ない。技術や科学がいかに進歩したとしても、それは人間の本質を変えるには至らないということ。

その事実の前では、粛々とただただ1日を過ごしていくこと自体にもう大きな意味があるような気がしていて、そこに大きな目標やりっぱ生き様を掲げようとも、掲げまいとも大差ないように思う。ようは「ただただ」であることがいかなることかを認識できる心持ちの問題。

それはすべてを受け入れて、なすがままされるがままに、自分から作用をすることにたいして価値を見いだしていないとか、さじを投げているわけでもなく、今に受動的であるということは、すなわちそれ自体はとても能動的であると感じていて、そこを研ぎ澄ませていくことでつながるものもあるのではないかと思っているのです。

朝な朝な仏とともに起き夕な夕な仏をいだきて臥す。

その言葉の響きには、ただの枯れた諦めではない、強い姿勢を感じるのです。

いつかそんな人生を悠々と生きていきたいものです。

いざ35歳。



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Title: 2015。
2015.01.02
あけましておめでとうございます。ビバ2015年。
 
なぜか今年は元旦から、さだまさしの案山子が頭の中でリフレインしています。
 
昨年は色々なことがありました、毎年のことながら、ゆくとしくるとし、去る人来る人、着々と時間は流れていくのだなと。
 
先日あるお坊さんが、
 
「8歳の子が感じる1年は8年生きたうちの1年なので8分の1年。60歳の人は60年生きたので1年も60分の1年を過ごしたことになる。だから大人は1年を短く感じるんですよ」
 
と言っていました。ああ、なるほどうまいことをいう。今度どこかでパクって使おうとおもいつつも、時間を長く感じるかどうかは最後は自分の気持ち次第だと思うのです。そして短く感じるからこそ生じる価値もあると思うのです。
 
昨年を通して一番深く刻まれたことは、今の自分をつくっているもの、思考も思想も、動機付けも言い訳も、好きも嫌いも、いままでの自分の人生の蓄積で、生まれた場所や、偶然とか必然とか、出会いや別れとか、弱さとか、守りたいものとか、それを取り巻く気温や湿度や匂いとか、お腹の具合とか、疲労や眠気とか、そんな類の結果であって、そこには自分の意識や想像もはるかに及ばないたくさんの縁の集大成で、それは同時にこの瞬間も刻一刻と変化していていてまさに無常なのだなと。それはきっと抗っても抗いきれない途方もないものなのだなと。
 
それは自分に限ったことでなくて、みんながみんなそれぞれの人生の蓄積の中で、色々な事を考えて、思って生きていて。それはつねに変化し続けていて、唯一無二で、だれかと同じ自分なんてものはあり得ないのだなと。そんなあたりまえのことに深く心が動いたのです。
 
だからこそ、生きてることも、人と出会うことも面白くて。2015年は人との縁をもっと楽しんでいきたいなと。顔をあわせて話がしたいなと。そんでもって、最近は何かになろうとするのではなく、この流れの先にある何かが何であれそれでいいのかもとか思います。
 
とりあえず、2015年もお酒とおもしろい話があればそれで十分満足だと思える人生でいたいです。苦しみは味付けに少々ってなもんで。
 
今年もどうぞ宜しくお願いします。
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Title: 範疇。
2014.12.30

自分の範疇は、言葉や、表情や、空気や、同じ気温や同じ匂いを共有できるくらいの範囲。

そこでできることを精一杯する。

そこでできることの完成度をもっと高める。

そこから生み出せるものの完成度をもっと高める。

そこでできることは、言葉を知ることでもあるし、多面的であることで、後の先をとることでもあり、心を絶えず動かしていることでもあり、あれとこれを結びつける発想でもあるし、それを遊ぶ心でもある。

それは人を好きでいることでもあるし、自分を知りたいと願うことでもあって、結果として満たされるとか満たされないとか、そういう言葉の壁に翻弄されながらも、それを乗りこなすこと。

そんでもがいてあがいて、そのなかからがむしゃらになにかをつかみとろうとして隻手の声をきくこと。




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Title: ひと。
2014.12.30

苦しいも、悲しいも、忙しいも、つらいも、嬉しいも、人にはそれぞれに基準があって、誰かにとってのつらいは誰かにとっては屁でもないことで、誰かにとっての嬉しいも、誰かにとっては屁でもないことで。

だから、つらいや、苦しいや、悲しいも、忙しいも、嬉しいも、幸せも、誰かと誰かを比べる事なんてできないのだけど、最近は比べられないから比べることはナンセンスなんだというのではなくて、そんな雲を掴むようなことをやめられなくて、そんな雲を掴むような話に翻弄されるということが生きるということそのもので、その絶対的な基準を持っていないからこそ人は惑うのだということと、絶対的な基準がないからこそ救われる可能性があるのだと思う。

惑うというのはおもいろいもので、苦しみを苦しみだと感じているときに、そこに迷いはなくて、本当に迷っているというのは自分が迷子だということに気づいていないときだけなのだと思う。

自分は迷っていない。惑っていない。はたしてそうかと。

いやはやそう思う自分はそこに気づいているから惑わないのだと。

はたしてそうかと。

つねに自分を二重にも三重にも無明は取り巻いていて、それは地球が宇宙に浮かんでいて、太陽系の外側には、銀河系があって、その外にもその外にも真っ暗な闇が広がっているような物で。

人間は、地球を知ろうとしても、宇宙を知ろうとしても、太陽系の起源をさがしても、銀河系を目指しても、肉体の限界は80年やそこいらなのだ。人間の脳の使い方にも、肉体の使い方にも限界はある、思考の限界というのは、脳を動かせる時間の限界に比例していて、それはたかだか寿命の範囲内なのだ。

自分が脳と肉体をどこまでフル稼働できるかはわからないし、その日がいつやってくるのかわからない中で、人は惑い続けなければならなくて、それは人間に科せられたものでも、背負わされたものでもなく、それを「生きる」ということだけのことで。耳障りのいい「生きる」定義なんてものは、誰かのいう幸せと自分の幸せ、誰かの苦しみと自分の苦しみに公約数をみつけているというただそれだけのことなのだと思う。

得るも、失うも同じだ。

今日も昨日も。

大晦日も元旦も。






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Title: 鱶。
2014.10.31

最近自分の考えることは反芻であり、その精度をあげる作業が多いように思う。

あたらしく思いつくことというよりも、新しく思いついたようなことでも、前に一度考えてきたことととつながっていて、そのつながりに新たに考えていることが深まっていくような。考えるということはとてもおもしろく不思議な作業。

考えて考えた挙げ句の果ては、考えているということには限界があって、最後の最後は身体にきくしかないのだという。

日常にも、どこもかしこも紐が繋がっていて、苦しみも喜びも、すべてがすべて紐が繋がって、断ち切れているものなんてのは一つもない。

引けば張る。たわめば緩む。

言葉や文字はいつか消える。

脳への蓄積。

経験の習慣化。

最後はこの身、この脳ミソ一つが生きることの証明であり、自分自身の財産であり。不可侵な領域。

そいつ一つで勝負するのさ。

積みあげたもので勝負するのではなく、積みあげたものと勝負するって歌が、脳裏にこびりつきました。







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Title: すにーか。
2014.10.27

人間というのはつくづく、不確かで脆く、理解している以上に、様々な不可抗力の影響を受けていて。

それは夜風が気持ちいいことでもあるし、夕立が降ることかも知れないし、夕方にどこかの家から夕飯の匂いが漂ってくることかも知れないし、月がきれいだなんてことでもある。

自分というものは、そういう刻々と変わる一瞬の変化をぐんぐんと吸収して、自分の意識の及ばないようなレベルで心に作用する。

そのレベルでの変化はつねに身体の中を渦巻いていて、自分で想う、自分で決める、自分で歩く、自分で生きるなんてことは、あくまで刹那的な経過にしか過ぎない。

だからこそ自分の身をおく環境に心を巡らせることは大事なのかも知れないし、戒というのは、その場所に身をおくことで、心におこる作用をある程度制限するということなのかも知れない。

その粒子のような縁とよばれる類のものがつねに自分を取り巻いていて、それがまとわりついてつねに変化して、有象無象の混沌としたような作用の中で、自分はつねに変わり続けていて、つねに影響を受け続けていて、流れ流れて、同じ瞬間なんてものは一瞬もない。

それを無常というのであれば、やはり実体するすべてのものは如しにすぎなくて、空であることが紛れもない実相。

だからなんだってなはなしで。

だから拠り所なんてものにたいさ意味はなくて、変化して然りなことが人間の本来のどこにも負荷のかからない自然なことなのだ。

どう生きるかということを考えたときに。どうありたいかということは状態や実体によってのみ理解することができるのだけど、でも本来の自分がどうありたいかという問題の答えというのは、本来状態や実体の中に見つけることができないはずだ。

しかしながら、答えのないところに答えを求め続けようとすることを課せられて、そこを回り続けることを強要され、そこで生まれる苦しみを、対処療法で回避していくことしかできないという、それでいてそこに大きな疑問をもつことすらできないという縁を生まれながらに備えているのが人間で、その故は寿命というものをもって動物として生まれたということで、種としての共存共栄をすることが、保存の第一であるという前提であれ、そのぬぐい去ることができない事実によってもたらされる。

だからこそ、意識的に、そして無意識的にも、その不確かで朧気な存在そのものが根底から揺さぶりをかけてくることがあって、そのゆさぶりはなにかその人間という存在の枠組みを超えた「なにかに」拠り所を生み出そうとする働きであり、それはつまりは祈りや願いを生みだす。

宗教というのは人間の本質が必然的にうみだしたものである。

どうして人がすがるのか、それは人間そのものの存在がある故で、だからこそ信仰において、人が救われるということにおいて、宗教においてその方法がなにであるのか、その解決策がなにであるかということは最も重要視されねばならない。

それが宗教としての柱であり、宗教の意義でもある。



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Title: 絵本。
2014.10.07

たまに絵本を読んでいて思うことがあったのです。

この絵本のなにが面白いのだろうと。ただ、豚が餌を食べてるだけの話じゃないか。ただうんこをしたというだけの話じゃないかと。

そんで自分の選ぶ本はどうしても道徳がましい、蘊蓄がましい本ばかりを選んでしまうのです、例えば、喧嘩をして仲直りをする話だとか、心の優しい赤鬼が泣いちゃう話だとか。

そういう、これを読ませたい、ここから教訓を得て欲しいなどと思って買い与えた本は、少なくとも、3歳から5歳くらいの子どもたちには不評だ。

例えば、本を読んであげるからなんでもいいから持っておいでというと、大抵は「この絵本のなにが面白いのだろう」がくる。そしてその本を読んだときの子どもの反応はものすごくいい。

なぜだろうかと思って考えたのだけど。

おそらく幼少期3~5歳の子どもは絵本を読んでいるときに、それは絵本の内容を聞いているのではなく、うまくいえないけど、絵本の中にはいっているような気がするのだ。

絵本を読んでいるときの反応をみていると、例えば、次のページで大きな魚が迫ってくるであろうシーンのページをめくろうとすると、多くの子どもは目を閉じたり、きゃーといったり、あぶな~いといったりする。(むろん絵本を読むのがうまいという前提のもとだけど)

それをみていて、ああ子どもたちはこの本の中にいるのだなと。

大人が本を読むときは、それを第三者として読むことが多いと思うのだけど、子どもは絵本を読むときに案外当事者なのだなと。そう考えて子どもの好きな絵本を並べてみると、たしかに、子どもの感情移入しやすい言葉選び、場面選び、そして感情移入しやすい工夫がされていたりする。絵本を作る人というのはすごいものだ。そういうものを巧に織り交ぜているのだ。

そこで自分がその世界に入り込むことでイメージの世界を広げ「想像する」という力を育んでいくのだなと。人間は想像できないことは実現できないし、想像できることは必ず実現できるなんてことを誰かがいってたななんて。

そんなことを考えている時に、ふと阿弥陀経をあげていて。

舎利佛~というところにはいってみようと思ったのです。いつもは第三者として、仏陀が舎利佛に話しかけている場面を眺めているだけだったのだけど、実際にインドでみた祇園精舎を思い出して、そこに座って、自分が舎利佛だとして、これを自分に言われているのだと思って読んだのです。

ってか聞いてるし。他に1250人も人いるのに、名指しされすぎて逆に集中できないわ!恥ずかしいわ!って思いました。


*

子どもに、一番好きな遊びをしようとか、一番好きなものの絵を書こうとかいう声かけをたまに聞くのだけど、黙ってたら二番目に好きなもので遊び、三番目に好きな絵をかくってこたないし、そもそも一番ってなにっていうひねくれたことをおもっちゃうのさ。

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Title: くも。
2014.10.07

蜘蛛の巣というのは、本当に絶妙なところにあるものだなと。

トンボとかみてて思うのだけど" けものみち "というのがあるように、虫にも虫の通りたくなるところ、飛びたくなるところ、おもわず留まりたくなるような所があって、その絶妙にトンボが飛びたく、留まりたくなるようなところに蜘蛛は巣を張っているように思うのだ。

蜘蛛自体のスペックというのは、自分でトンボや蝶に飛びついて捕食するということはできなくて、巣にかかって弱った虫を喰らうくらいのものなのだけど、だからこそ巣をどこに張るのかそういう戦略的なものを研ぎすまして本能に刻んであるように思う。

蜘蛛にも色んな種類がいて、それぞれ捕食対象も違うわけで、それぞれの捕食対象に癖や好き嫌いがあるわけで、それによって巣の張り方も違うわけだ、それを蜘蛛というやつは、それぞれの虫がひっかかりそうなところを本能的に熟知して巣をはるわけで。

いうなれば、酔っ払いがとおりそうな所に空き缶を転がしておくような。

公園に1つだけあるベンチをいつもペンキ塗り立てにしておくような。

絶対に押してはダメですとかいてあるボタンに瞬間接着剤を塗っておくような。

そんな狡猾な空恐ろしさを感じるのです。その研ぎすまされた戦略をもっといいことにつかえないものだろうかとかなんてことを蜘蛛のやつに思ったのだけど。

相手の落ち込みやすいところ、はまりやすいところ、道を外れそうな所に、先回りして、罠を張るのか、セーフティネットをはるのか。その違いには雲泥の差があるのだけど。でも共通しているのは、相手を熟知しているということだ。

相手を熟知する力というのは、何をする上でも重要な能力で、相手がどういう時にどういう道を選ぶのか、どういう所を好んで、どういう行動をするのか。ビオトープというものに関わっているとその相互関係はとても興味深い。

そして思うにそれはそのまま人間社会にも活用できることだらけのような気もするのだ。

相手の落ち込みやすいところに狡猾に罠を張り、高齢者に「オレオレ」って電話をかける。これだけ注意をされていても年間何億円もの被害をだすということに、人間の本能的なもの、高齢者の抗いきれないなにかを熟知している「オレ達」にある種、蜘蛛に感じるような空恐ろしさを感じるわけで。

その才能をなにか別のことに使えばいいのにとか思うのです。

いま思ったけど、お坊さんって本気だしたらそんじょそこらのオレオレに負けてるようじゃダメだと思うのです。オレオレが先回りして罠を張るところにセーフティネットを張れなきゃだめで、むしろ時にオレオレを罠にかけてひっぱりあげるくらいの狡猾さも必要なのかもしれないと。

人間の業によるだまくらかしあいに勝てないようじゃまだまだなのかもしれないっす。まさに紙一重なのかもしれないっす。

それを方便だとか、待機説法だとかいうところにこじつける気はないのですけど。

今日蜘蛛を眺めながらそんなことを考えていたのです。



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Title: つくつくぼうし。
2014.08.31

気づけばミンミンゼミももう力なく、ツクツクボウシがなくやいなや、赤とんぼがとんでます。暑さ寒さもなんとやらといいますが、彼岸を待たずして秋のかぜ。

今年の夏は、いや今年の夏も存分に満喫充電できた。

今年の夏に感じたこと。

人間って迷うと、やっぱり理屈や理論や、規範や道徳や、そういうガイドラインにそって迷いをねじ伏せようとするのだけど、最後の最後で迷いを振り払うのは、理屈やガイドラインじゃなくて、祈りや、願いや、暖かさや、優しさや、愛や、感謝とか、そういう類のものなんだということで。年をとったからなのか、ますます人生は数式ではなくて、文章問題なんだと感じる。

文章問題を解くために必要なものは、行間を読む力なのかもしれなくて、大事なものはいつだって行間にあるのかもしれなくて、そういう余白みたいなものの不確かさと曖昧さが絶妙に絡み合っているのが人生で、それはとても歪で、左右不対称なのだけど。だからこそ唯一無二で、味があって、愛すべきものなんだろうと思う。

1+1=2じゃなくて、いろんな可能性があって、むしろ2が正解だと思い込むことで、人生が全然見えてなくて、人生の中では、1+1=3にも4にもなって、でも、3になるにはちゃんと理由があって、その理由に作用してるのは、公式では表せないもので、それは不正解じゃない。

正解か不正解かじゃないところにあるもの。それが人の心をつかむものだ。

旅先で写真を撮っていても感じた。だれがあの場所で同じようにシャッターを切っても同じ写真は撮れない。そこにあるものは1+1=2じゃなくて、3にも4にもなっててその理由は、言葉にするなら「想い」としかいえないようなもので、そういう目に見えないなにかみたいなものが間違いなくそこにはある。

質量だけが存在だけじゃない。

視界にはいらないものがすべて見えないわけじゃない。そして"見えない"ものはわからないと片付けてしまえばいいわけではない。見えないものが見えていないのは、自分の問題であることがほとんどだと思う。

15歳の時の自分が何もかもわかったような顔で、人生に悪態ついていたのを思い出して、その頃からここに来るまでの道程に自分が通っていた道や、かけてきた時間や、得てきたものや、失ってきたものや、いろいろなものが熟成して、いい感じに臭くなってきた。鼻をつくスメル。

くさくてなんぼ。くさや並。





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Title: 悪人正機。
2014.08.22

ほぼ日の引用。備忘のために。

袋小路に追いつめた状態で、なにかをするというのは、なんでも、だいたい、よろしくないことです。それをやりがちなのは、ほとんどが、じぶんが「善いこと」をしていると思っている人です。じぶんがやっていることが「善いこと」でないと、人を動かしにくいから、じぶんのしていることを、どんどん「善いこと」だと思いこむように、じぶんをも「追いつめて」いってるのかもしれません。「善いことをしているときは、悪いことをしていると思っているくらいで、ちょうどいいんだよ」とは、吉本隆明さんのことばです。正義のお面をかぶりたがる人は、かないまへんな。
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Title: おぼうさん。
2014.07.15

お坊さんという仕事には、長距離ランナー的なスタミナ配分が求められるのだなということを、毎年お盆やお彼岸を迎えると感じるのです。100m走りきれば終わり!というような境目がなく、お盆が終わったら終わり!かといえばそういうわけでもなく、そのままお通夜や葬儀が重なってはいることもあるわけで、一区切りを出し尽くして寝込むなんてことはなかなかできないわけです。

いい意味で余力を残しつつ、長いレースの途中でエネルギー切れにならないようなペース配分をしなければならないわけで。

そうおもって、お寺に生まれ、お寺に育った人たちを思い浮かべてみるに、その長距離ランナー的スタミナ配分が自然に身についている人が多いように感じる。大きなイベントや行事のあとにそのままお通夜にいく姿や、自分なら座り込んでしまいそうな時にも顔色一つ変えず月参りにいく姿や、どんなにプライベートに大事な予定があっても、通夜葬儀の為になんのためらいもなくキャンセルできる姿に幾度となく頭が下がる思いを覚えるわけです。

それは言い換えれば、いつもどこか、体力と心に余力と残しているともいえるのだけど、つまりはお坊さんっていい意味で手の抜き方もうまいんだろうと思う。がんばりすぎず、出し切りすぎず、思いつめすぎない、休みどころにはしっかりさぼるという特性があるように思うのです。

なので、普通に社会で生きている人から見たときに、なにかのらりくらりしているような、出し切っていないような、だらしないように見える部分があるのも事実なんだろうと思う。どこか飄々としていて調子がいいような。具体的にいえば、自分の印象だけど、お坊さんってどこかゆるい所がある、一緒に仕事をしていると、時間や、〆切や、効率や時間配分など、ちょっとゆるい。

でも、そういうデメリットはしっかりと、お坊さんとしてのメリットに繋がっていて、ここまでしっかり働いたら週末は休み!とかここまでがんばったら座ってられる!とか、ここまでがんばれは電話にはでなくていい!とかそういう公私の切り替えができない中で、自分の気持ちと体力を持たせて、いつ何時不測の事態が起きても動けないということがないように、無意識に余力をのこしている結果なのかもしれない。

お寺に育ったか、育っていないかという部分でも変わってくるだろうし一口には言えないけど、お坊さんのそういうどこかちょいとゆるいところや、だらしなくみえるところをさしおいても、淡々とどんなときにもお参りに向かう姿や、だれかのために立ち上がる姿をみると格好いいなと思うのです。




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Title: ネバーランド。
2014.06.19

ネバーランドに行ったら幸せになれるかどうか。

ある人がピーターパンになれたらいいのに、それが無理でも、せめてネバーランドに住んでいれたらいいのにと言っていた。

それを聞きながら、果たして来週ネバーランドに家でも借りることができて、引っ越しもとんとん拍子で進んだとしたら、自分は幸せになれるのだろうかと考えてみた。

否、自分はきっとネバーランドに行って、年をとらなくなって、妖精たちと空を飛び回って、毎日をおもしろおかしく過ごしても、いいところ1ヶ月くらいしたら日本の東京の自分の部屋で悶々としているときと同じような気持ちに舞い戻るに違いない。例えウェンデイが一緒だとしても。

ネバーランドで心から楽しんでいられるかどうかということは、いうなれば今を生きられるかどうかということなのではないかと思うのです。「今を生きる」というととても素敵な響きに聞こえるのだけど、それはそれは勇気も根性も覚悟も必要な事だと思うわけです。詰まるところ、自分にはその強さを貫き通せるかといわれたらその自信はない。

「今を生きている」ということは、今目の前にあることや、出来事や、感覚に100%を注ぎ込むこと。

ピーターパンに置き換えるのであれば、ネバーランドにむけて外に飛び上がるときに、上空は寒いのではないだろうか、航空機の経路を横切ってしまったりしないだろうか、飛んでるところを人にみられないだろうか、飛ぶ前にトイレにいっておいたほうがいいのではないだろうか、明日までに戻れないのだとしたら職場にメールでもいれておいたほうがいいのではないだろうかとか。

そんなことを考えたりしない、いや考えつきもしないということだ。考えつきもしないから空を飛べるのだ。

今の自分にはなにも考えずに空に飛び上がることができるのだろうか。ネバーランドに行く前にこんなことを考える人間がネバーランドにいったところで心から楽しめるはずなどない。

子どもが遊んでいるときに、目の前に水と泥があったとして、泥遊びしたいなぁ、でも着替えがないしやめとくかとか、爪の間が泥だらけになると困るからやめようとか、まだ月曜日だし、ここで出し切ると1週間持たないし今日は日陰で本でも読んでいようとか、そんなことは考えない。ネバーランドに子どもしかいないのはきっとそういう理由なんだろう。

転ばぬ先に杖はない。だから転ぶ。だから傷だらけの泥だらけ。

「今を生きる」というのは、転んで傷だらけになる恐怖との同居でもある。しかしながらそれでも子どもは毎日今を生きてる、それはなぜかといえば、そんな恐怖よりも世界はキラキラとした好奇心と刺激に満ちあふれているからで、池に氷が張ったという現実だけで界はバラ色に見えるからだ。

その世界がキラキラと見えるということは、経験の少ない子どもが一寸先は闇の大海原に踏み出すなによりの原動力であるということ。そしてネバーランドがとても素晴らしい世界に感じられるのは、その世界を作る人達の原動力があってこそなのだと思う。

転ばぬ先の杖があるから、安全に安定して人生を歩くことができるのだけど、その杖があるからこそ、時に自分でも気づかないうちに杖をうまくつけないと歩くことすらできなくなってることもある。

つまりは経験をすることで、かえって原動力を失っているという場合もあるということだ。その原動力がなければ、ネバーランドにいても東京砂漠にいても大差ないのだ。

それに、転ばぬ先に杖をついても思い通りにいかず、杖をつきたいのに現実はうまく杖がつけないこともあれば、うまくついていたはずの杖が他人に簡単にへし折られるなんてこともあるわけで、杖がそのまま苦に変わることもしばしば、それなのにまた同じ杖を迷いなく同じようにつこうとする。

大人になって経験をすることで、転ぶことも、傷だらけになることもすくなくなるし、そうしないと守るものもまもれないし、社会の中ではいきてはいけないので、転ばぬ先の杖をうまくつくことはとても大切のだけど、それは絶対的に正しいことではなく、ましてやそれが成長なのだと思い込んでしまうことで成長が止まってしまうということもある。経験して見える深度が深くなって、先を見通せるようになって、できることが増えるようになることで失っているものもある。

できないことが、できるようになることが成長なのであれば、できるようになることで、できなくなることが増えるということに気づくこともまた成長と呼べるのだと思う。

今ふと、思い出したのだけど、ジブリ美術館に行って、案内図もパンフレットもなくて、どこになにがあるかわかんないなぁと思っていたら、「迷子になろうよ。いっしょに。」と書かれていたのを思い出した。地図に頼っていると、迷子になることができなくなっちゃう、迷子にならないと見えないものもあるよってなことね。

付随して、人を惹きつける人の多くの人は、ネバーランドと現実世界をいったりきてるしているような人で、大人と子どもの視点の両方を熟知している人であることが多い。それをカリスマ性と呼ぶのであれば、カリスマ性というのは、いかに幼児性を内包しているかということになるのかもしれない。幼児性の中には、ほっとけないとか、力になりたいとか、そういう気持ちを呼び起こすものも含まれるわけで、なにかを大きく変えるときには、その力はとても重要になるということだ。

しかしながら、いつだってこの瞬間に命をかけてやるぜくらいの熱さを持っていたいという気持ちは健在だし、ここぞとばかりにそういうある種の熱量に心を奪われる姿勢は忘れまいぞ。








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Title: ぱふぉぱんす。
2014.06.06

自分が自分らしくいるということは、パフォーマンスを発揮するときにはとても大事なこと。その為には自分らしい状態がどういう状態か把握していなければならないわけで、それもこの年になると、自分がどういう状態であればパフォーマンスを発揮できるかということも、昔よりつかめてきたし、その状態に持って行くためのプロセスも、身体と心の持っていきかたもだいぶんうまくなってきた。

しかしそこで、大きな割合で作用してくるのが、自分の身を置く環境や状況で、それは直接関係ないようなことでも自分の心には意識的にも無意識的にも作用してくる。

自分の抱えるものはどんなことであってもパフォーマンスに作用する。それに厄介なのは、パフォーマンスを劇的に上げるカンフル的な要素は、そのままパフォーマンスを劇的に下げる要素も兼ね備えていて、そういうそれぞれの持ちうる特性を見極めた上で、自分がなにを抱えればいいのかを考えなければならないのかもしれない。

それがわかっていても、どうにもいつも同じパフォーマンスを保てないのは、自分の身をおく環境や状況というのは、不可抗力にも刻一刻と変化するし、それにつられて自分の心すらも刻一刻と変化するからだ。

誰かの心も。

世は無常。

何度も耳にたこができるくらいに聞いても、何度わかったように語っても、この至言を腹に落とすことはできない。

わかっているのに、無常である今や、無常である心や、無常である喜びや、そういうものをいつまでもいつまでも、もっともっとと切望して、流れゆくことに抵抗する。

その抵抗は、もう反射みたいなもので、意識下で行われているものではないということだ、本来は意識下で行われることなのかもしれないけど、それを意識で制御するのは極めて難しい。

人が限りある時間の中で生きて、限りある時間の中で、この命の充実を願うことは本能だ。その本能自身が人間を根底で苦しませ続ける。

本能的反射を意識で押さえ込めるかどうかもがいて、そしていざ押さえ込めないのであれば、その押さえ込めない心をどこかにいったんほおりだすしかないわけで、そのほおりだした先が、誰かなのか、何かなのか、神なのか、佛なのか、それがなんでもいいけど、いつか誰もが必ずどこかでそれをほおりだす作業をしなければ前に進めない時にぶつかるということだ。

それは今日かも知れないし、明日かも知れないし、そのきっかけは何も、大それたものであるかどうかもわからないということだ、桜が散ることであるかもしれないし、誰かを想うことかもしれないし、親になることであるかもしれないし、ほんの些細なことなのかも知れない。

腹の底に鉛のようなものをいつも置き忘れているような気持ちにぶつかって、どうしょうもないときに、その鉛の塊をどうするのかという命題を人間はずっと、何千年も考え続けて、考え抜いて、それでも未だアップデートを繰り返し続けている。

その現実こそ無駄に進化した厄介ないきものの背負った宿命なんだろうな。

そりゃ慈しみつつも悲しみたくもなるってなもんで。





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Title: マイナス。
2014.04.16

泣いている子どもを見ていて思うのだけど、この時期幼稚園の中で子どもの泣いている理由は、大抵は、寂しいか、不安か、もしくは痛いとか、眠いとか、暑いとか、お腹が空いたとか、おしっこをもらしたとか。そのくらいの範囲の中にある。

いわばその不快な要素を取り除いてあげれば、子どもは満足して表情もぐっとよくなるし笑顔になる。

子どもにとっての笑顔の条件というのは、いかに不快要素を取り除けるかと言うことであると思うし、その不快な要素の深度もそんなに深いものでもない。

でも、それが大人になると、不快要素の根っこも少し深くなる。でもそれが何で深くなるのかといえば、寂しいとか、不安だとか、そういう気持ちを気づかないふりをして、心の奥底に押し込むからじゃないかと思う。

押し込んで気づかない振りをしているうちに、いつのまにか根っこを深く張り巡らせてしまうのかもしれない。

それと、もう一つ決定的に大人と子どもで違うのは、大人というのは、仮に目に見える不快要素を取り除けたとしても、それだけでは飽きたらずに、もうそんなに不快でもないのに、より快楽を、より快適を、得なければ笑顔になれないときがあるということだ。

今の自分の苦をマイナスするだけでは飽きたらず、いかにプラスして、いかに自分になにかをのっけるのか、そんなことばかり考えてしまうのだ。

幸せっていうのは、なにも苦のないことをいうのだきっと。そしてその苦というもののほとんどは、自分がより何かを得たいと思う心が産んでいるんだろうな。

そしてなによりも厄介なのは、それがわかっているのにもかかわらず、もっともっとというこの心と、心を生み出す脳。






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Title: 杲
2014.04.15

無量寿 花咲くも 花散るも。


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Title: こんや。
2014.03.21

ほんと。どんなに掴んだと思ってもなんにも掴んでなくて、安穏としたかと思えば、取りつかれたかのようにどうしょうもない事があたまを駆け巡る。

あげくのはてに、そのどうしょうもないことに、平気でこれが自分なんだっていって胡座をかこうとする。こんちくしょう。

えらそうに、何事にも答えがあるわけではないし、何事にも答えをださなければいけないなんて思わない方がいいなんていいながら、結局の所白黒つけないと前にすすめないのだ。

それが白でも、黒でも、結局同じとこにいきつくのにね。







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Title: 欺瞞。
2014.03.17

社会の中に生きているから、社会の規範や、モラルやルールは守らねばならないのだけど、人間は社会の為にだけ生きているわけではない。最後に自分の心や願いや想いや、自分自身の苦を支えうるのは社会じゃない、自分自身だ。そこで社会はなんの役にもたたない。

いざそこにきて、いままでまじめに、社会や誰かのために生きてきたのにと愚痴をこぼして死んでいくなんて、なんてナンセンスなんだろうと思う。

「親鸞一人がためなりけり」の意味が最近少し腑に落ちた気がする。阿弥陀の願いはどこまでも一人の人間の為だけにある。子とか父とか夫とか、そんな肩書きを背負った自分の為ではない、それをひんむいた先にあるただただ一人の自分の為だけに、本願を発しているのだ。

そうおもえばおもうほどに、ありがたいことだと思えるのは、真宗僧侶のただの自己満足か自己欺瞞なのだろうか。



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Title: 境界。
2014.03.17

想いとか願いとか、慈しむ気持ちとか、祈りとか、目に見えないけれど、でも確実にそこにあるというものがあって、その場にいる人達の気持ちが一つになにかを紡ぎ出したときにしかでない空気というものがある。

先日、園の卒園式があった。

目に見えないたくさんの想いが、渦巻いて一つになって、ぴんとはりつめているように感じた。人間はそういう空気の中にいると性根が凜とする。そしてその節目でその空気に背中を押され、今一歩を踏み出す力を得るのだ。

式典も儀式もそうだけど、そういう空気を醸し出すための室礼や、進行や、作法というのは、その全てがかみ合ったときに、間違いなく荘厳な空気がでるように工夫されているのだろう。その空気、その空間を意識して、醸し出せる能力ももっともっと磨きたいと思った。

ほんの少しの間やずれの"のりしろ"はあるにせよ、それを大きく外れると、間延びして、ほんの少しのことで張り詰めていたものがかき消えてしまうということはよくある。

目に見えないけれど、そこに存在するもの、そのひとつひとつをつかみ取りたい。つかみとって掌握したい。掌握したと慢心して、打ちひしがれたい。それを死ぬまで繰り返していたい。



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Title: 風。
2014.02.23

気の抜けないことが次々におこるものだ。おもうに、それをさばくために心の置き所をみつけることを成長というのかも知れないと。

歴史物の小説を読んでいて、主に忍びのでてくる話を読んでいると、多少自分の心の置き所に苦しんでも、当時の人間の無常に対する心の置き方に比べたら屁でもないなと思えてしまう。

決定的な不条理の中で己が信条なんて物はゴミにもならない。なにがなんでも生き延びようと、思えるからこそに人は成長するのかもしれない、己が信条己がプライドなんていうのは、平和ボケの戯れ言なのかもな。




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Title: 宗。
2014.02.21

宗教はさ、やっぱ問いあってのものなんだとおもう。あくまで問う心に対する解答例なんだ。だから問いないところに、解答だけが独り歩きするのはおかしいとおもう。いわんや問いを掘り起こすのも僧侶の仕事なのだけど。


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Title: 対話。
2014.02.18

先日祖父の書いた原稿をみつけた。こんな人が身近にいたのに、どうして生きているうちにもっと話を聞いておかなかったのだろうと思ったし、当時の自分にまだその時がきていなかったことがとても悔やまれた。

祖父の書いたものを読んで、そこに書いていることのどれだけが自分の中に落ちて、どれだけのことを受け取れたかわからないけど、今の自分に理解できたこと、腑に落ちたことだけでも、今の自分の言葉で書き下してまとめておこうと思う。

*

いつの時代でも同じだと思うのだけど、人間の内心に生じる動揺や悩みを語り合うということはとても難しい事で、ときに人はそれを恥ずかしいと感じてしまう。

それにその心の動揺がなにによって生じたのか、なにが原因なのか、悩みそのものの内容が何であるのか、それを明らかにすることは、ときに人間として、自己の現実を突きつけられ、もしかすると目の覆いたくなるような、耐え難いようなみじめさと対面しなければならない。

それが耐え難いければ耐え難いこそ、そこに多くの曲折と、転嫁と、昇華を繰り返して生きていくことになる。しかしそれを繰り返すことで、本来の問題の所存すら見失って、結局のところ空転する解答に呻吟してしまうのではないだろうか。

そして、人間はそこで生じる感情を受け止めて、共感してくれる友をつねに探し求めているのだと思う。その友は誰でもいいというのではなく、無数の問いと解答の中に、移ろう心に答え得る友が欲しいのだ。

自分の周りには、群衆としての人間というのは無数にいるけど、その多くは自分とは無縁の存在だ。意識の表面に流れては去っていく幻のようなものだ。ともに酒を飲み交わし、仕事をして、はげましあい、笑いあい、泣き合っても、多くはお互いに人間であることを確かめ合うことはできない。

文明が進歩して、人間の視野は拡大して世界は縮小して、その視野によって捉え得る群衆の量は増大されたけど、果たしてじかに手を触れ体温をたしかめ得る人間が増えただろうか。

現代では時にあらゆる世界の人間とも心を通い、無数の同朋をもっているかのような錯覚に陥ってしまって、本来あるべき人間関係を軽視する。SNSなどがいい例なのかもしれない。そのことによってかえって無数の大衆からはじきだされているようにも感じる。現代ほど人に触れることを拒否して、心を許すことを拒絶している時代はないのではないかと感じる。孤独を孤独と感じることなく疎外されていることが既存設定になっているような。

神に対しても無感動である。人間に対しても不信である。すべてに対して麻痺された感覚が、虚無を底流として刺激を求めている。外面のはなやかさに比して、その底を流れるものはきわめて冷え冷えしたむなしさであることも少なくない。そのむなしさを正確にとらえているのが肉体だろう。自らの血を流すことも、性への執着も孤独な心そのものなんだろうと思う。それは肉体で人間であることを確認しようとする原始的な本能であり、自らが人間であることを主張しているのかもしれない。

それは、刺激に満ちたはなやかな「社会」にかいま見る人間主張の悲哀である。悲哀を内に秘めつつも、作為された「社会」に救いを求め続けなければならないというこのスパイラルが人には課せられているのだ。

何をしてもつまらない。何をしても本質的には退屈なのだ。そして孤独なのだ。それが人間を無感動にして、ドライにする。

思うに、現代の人がドライな生活スタイルをとるには、そうせざるを得ないからなのかもしれない。それは内心の動揺が生みだす絶妙なバランスを保つための手段であるように思う。それはどこかに比重がかかれば脆くも崩れ去ろうとするようなバランスである。

そのバランスが崩れるときに、それは問答無用に刹那的な行動となって無感動に人を殺すこともある反面、その衝動は無条件に涙を流させることもある。その涙を流す顔は、父を求め、母を求めてる幼い子どもの顔なのだ。この顔は10代の少年の中だけにあるのではなく、30代になっても、40代になっても、老人の中にさえもある。それはいわば、人間の体温を求めている顔だ。人間をとりもどしたときの顔だ。

だから、人は、この顔に出会うとホッとしながらも、どうしていいのかとまどうのだ。この顔を懐かしみつつも、その顔をどう受けとめていいのか困惑するのだ。ここに現代人の感傷と脆さが隠れているように思う。

簡単に善悪をきめ、簡単に善悪を放棄する。単純な価値観の設定だけに急かされて、内面的な思索が行われないのだ。すぐに頭にきて、衝動に身をまかせ、あとは無責任な感傷に涙を流す。その感傷はあくまで表面的で、深い世界まで結びついていないのだ。

それは生活の多様性が意識の分散させ、思考の転換を要求するために、思いつめて物を考える習慣をうばい去った結果である。機械的に物事を判断して、機械的に行動する、それは多様性に対応するためのテンポの早さを生活の中で常に要求されるからだ。

「社会人」に最も要求されるものは、適応力だ。それには敏捷な価値判断とそれに基づく行動力が必要なのだ。だから、人物評価も、学歴、特技といった生活能力に表され、いわば敵か味方か、善人か悪人かという、用意されたレッテルによって色分けされる単純化が行われる。そうしなければスピード感を失うからだ。

しかしそれは人間不在で、いわば冷酷な単純化でもあると感じる。その単純化された中で、今年の景気は、世界の情勢は、今年の流行はと、時代や経済や流行に敏感に触角をとぎすまして刹那的に適応化が行われているのだ。

その適応性に裏付けされて、生活は高められたというが、高められたものは、生活の様式、あるいは生活の技術といったものである。もちろんそこにはそれなりの生活の喜びもある。しかしながらいつまでたっても近代生活の根底に、多忙を抱えながらも、退屈を覚えて、むなしさを感ずるのはいったいどういうことなのか。

最近仏教に関心が高いという若い人が増えたように思う。しかしこれは決して意外なことなのではなく、あるいは当然のことのように思う。つまりはこれこそが、「生活」の陰にかくれた、人間回復の願いのようなものなのかもしれない。

生活様式がどう変わろうと、人間が人間であることに変わりはないのだ。人間とは何か、ほんとうの幸福とは何か、真実の喜びとは何か、こうした問いが、多様な生活の中で問い続けられている。つまりは生活とはこうした二面性を持っているのだろう。

一面では、生活様式の合理化を技術的に追求しながらも、一面において、人間の存在の本質を問い続けているのが人間というものである。

「生」とは、生きることであり、生まれてくるということである。永劫の生命の流れの中に現に生まれて、限られた命で生きているのである。死は必然にしのびよってくる。そこに無限な延長はない。その限られた生命をいかすのが「活」なのではないだろうか。「活」の中には、限られた生命の充実が切実に願われていて、無常ゆえに、限られた生命の安全を願い、有限なるがゆえに、限られた肉体の快楽を願うのだ。

「活」は無常をはらみつつ、無常の忘却を願うものだろう。生まれおちたこの人間の存在をあるがままに、いかに主体的に受けとめるかであり、無常にさらされて、有限の肉体をいかに生きぬくか、これが生活をすることの根底にある苦悩なのだ。

その苦悩の中で、「愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑する」ものが迷情の「活」なのだ。「真証の証に近づくことを快しまざるを、恥づべし傷むべし」というのが「生」なのだ。

社会的な名誉や、地位や、お金は、身を守るために最も必要なものだ。人間はその名誉や利益という名利によって永遠を幻想し、身の安全の上に、生命の燃焼を欲望する。それは歴史上何人も願ってやまないところである。しかし、それをして沈没といわせ、迷惑といわしめる何か人間の中にはがうずいているのだ。

その「活」の根底に深い問いを投げかけてくるものこそが「生」ではないだろうか。それは聖人が750年前に悲嘆した世界も現代においてもなんら変わりもなく。

昔の人は単純であったというが、単純だったのは生活様式であって、生活そのものではない。過去の時代において生きた人間も、それぞれにその当時の現代を生きているのである。人間はつねに「今」ここに生きている。昔は単純で、現代は複雑である、だから昔の人間の祈りは幼稚であったということは決してできない。

中には幼稚な迷信に翻弄された過去もあるかもしれないし、現代に多くの迷信もあるけれど、様々な生活様式の変遷の中で願われてきた願いそのものの本質はなんら変わらない。

真実を求める求道の心に過去はない。祈りの響きに過去というものはあり得ない。無限の解答を求め、無限の解答を産み出し、その解答に流されつつも、問い続ける問に過去というものはありえない。

その生きた心において問いを発し続けているのが人間だ。

解答は過去に押し流されることはあっても、問いそのものは、常に現在において問われている。解答は過去に押し流される宿命なのかもしれないけれど、産み出す問いそのものは、常に「今」であり「現在」なのだ。

人間は、いつだって現在において問いを発していて、その問いの歴史をたずねるものこそ、宗教というものなのかもしれない。その問いの世界を明らかにするものが仏法であって、仏法とは、問いの中にあって問いそのものの世界を明らかに聞き開くことなのだ。

まえにまえに。


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Title: まわるまわる。
2014.02.18


「先日よく当たると評判の占い師に見てもらったんですよ」

「なんていってました?」

「なんか私の前世はすごい徳の高い高僧だったらしいんですよ」

「そうなんだ、でもたぶんそのお坊さんそんなにすごくないと思うよ」

「なんでそんなことわかるんですか?!」

「だって輪廻してるし」

っていう小話を、うきうきしながら友達に話したのにくすりとも笑いやがらない。

無宗教か。

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Title: 。。。
2014.02.13

自分の中で根拠がとれないと本気で向き合えない性格とそこにいたるまでのごちゃごちゃとした理屈っぽいこの自分のことは嫌いでもないのだけど、でもそろそろ次の段階へいかなきゃ、まだ自分はこんなところなのかというという気持ちとその狭間でなんか悶々する。

つまりは今の自分は、理由や答えがわからないままとにかく手を動かす、足を動かすということが極端に苦手なのだ。だからそこで見えるものしか見えていないのだ。

ちっさっ。


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Title: ぢっと。
2014.02.05

雪降れど、我が心ウキウキならざり、ぢっと手を見る。

*

先日の法事で白骨の御文を読んでいるときに感じたこと。

その法事には3世代+故人の友人がきていたのだけど、つまりは亡くなったおじいちゃんの奥さんである、おばあちゃん、その娘、そして孫、そして親族と、おじいちゃんの友人がいたのだけど。

そこで白骨の御文を読んでいて、ふと、今日ここにいる人達はこの、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なりの文章を聞いていて、この「白骨」になにを重ねているのだろうかということが浮かんできて、それはきっとそれぞれの立場によってこの「白骨」がだれのものであるのか変わるのかも知れないと思った。

この「白骨」に自分を重ねている人もいるだろうし、自分の親を重ねてる人もいるだろうし、おじいちゃんやおばあちゃんを重ねている人もいるだろうし、親しい友人を重ねている人もいるかも知れない。あたりまえといえばあたりまえだし、いまさらかといわれそうだけど、いまさらそのあたりまえのことがなんか妙に心にひっかかった。

そこになにを思うかは、すなわち受け手の死がどの距離にあるのかに比例するわけで。そうおもって白骨の御文を読んでみると、読み手によってこの文章の染み方は全然ちがうものになるように思う。またそれは同時に、死に付随する悲しみについても受け手によって深さを変える。

最終的に、この白骨は紛れもない自分であるのだというところにいきつくことが、後生の一大事だとしても、白骨の御文の引用で「他人事でない我が事として死を受け入れる」というだけでなく「白骨」を今の自分がどこにおいているのかという入り口から、それぞれが死と悲しみの距離感をさぐるというプロセスとしてもこの御文はとても意味があるのではないかと思った。

教えっていうのは、自分がこうだと解釈していても、突然違う見方にうけとれたり、同じ文章でも自分のフェーズが変わったときに、新しい意味を見いだせることがあったりして、自分のフェーズや、心の変化って本来は目に見えるものではないけど、こういう時に間違いなく自分が変化していることが目に見える気がする。それは時に良くも悪くもあるのだけど・・・でもいまの自分の解釈を絶対的に鵜呑みにしないことは大事なのかも知れない。ああ無常。

何百回も読んでいる文章にいまだにはっとすることとか、ほんとおもしろい。仏教おもしろい。真宗おもしろい。結局の所、自分の目に見えるものすべて、次の瞬間、よくもわるくも、いかようにでも変わっていくのが生きているということなんだろうに。ああおもろ。

本当に年をとればとるほど、手の届くところに、宗教とか仏教とか真宗があってよかったと思うし、その絶妙さに心躍る。


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Title: サマタとヴィパッサナ。
2014.01.22

昨日久しぶりに瞑想してみて思ったこと。

たしかに日常と切り離されたときの思考とか感覚の気持ちよさとか、心が"しん"とする感じはとても気持ちがいいし、何かに追われているときには特にすごく頭がすっきりするし落ち着くのは間違いない。そして、よし。とりあえずここから一歩。と思える経験は何にも代え難い。

でも家に帰り日常が戻ってくる中で、その時のおだやかな感覚はだんだん薄れていくし、また気づかないうちに思考も、思考に至る道筋までもがまた娑婆よりになる。

そうなればまた瞑想をして落ち着けばいいのかもしれないのだけど、

やはり昨晩布団の中で改めて感じたのは、浄土教のすさまじさみたいなもので。瞑想して、心持ちや、心の置き方を学ぶのはとても大切だし、苦への対処法としてもとても有効だと思う。その反面、それでもぬぐい去れない深い部分で人間が人間であるが故に抱えるものや、また深い瞑想にはいることなどできない人間の根幹に向き合おうと試みたのが浄土教の強さであり覚悟ではないかということだ。

娑婆をどううけとめるか、今の自分をどう受け止めるか、どこに線を引くべきか。その線の引き方はつまりは生き様であり、もっといえば覚悟でもあるのだと思う。

瞑想というのは、心乱れる自分と乱れない自分に、線を引いているように感じるのだけど、でもその両方を決別させないで、同居させるための方法論がつまりは浄土教なのではないかと思った。リトリートとは避難という意味だけど、避難して避けられる苦しみには有効なのだけど、避難しても避けられない類の苦しみにどう向き合うか、それは瞑想によって解決できるのか、それはこれからもっと学ばなきゃいけない部分なんだろうと思う。

最後は本願に掬い取られる身なのだけど、それでもこの娑婆に腰を据え、腹を据える覚悟、それが浄土教の意義ではないかと思う。きっと瞑想だって付け焼き刃でなにもわかっていない身なのだけど、その覚悟というか、意識だけは忘れないようにしようと思った。

改めて、法然さんや親鸞さんのすさまじさ、覚悟というものの深さが、瞑想をすることで垣間見えた気がした。そんでもってそれって全然易行じゃないし、むしろこわい。




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Title: 牛。
2014.01.17

悟りというものを考えるときに、それはなにか明確な真理であったり、一つの答えのようなものではないかと思っていたのだけど、どうももしかするとそれは、答えに至るまでの、思考方法や、視野の開き方や、そういうプロセスを身につけることを指すのではないかという気がしてる。

つまりはそれが身につきさえすれば、答えなんていうものは自ずとどこでも見つけることができるような類の物ではないかと思う。

そうおもって十牛図を見直してみると、だいぶすっきり見直せるような気がする。



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Title: 唐揚げとハイボール。49。赤い羽。
2014.01.02

想いっていうのは、とてもシンプルなものだ。

人間というのがなんなのか、なにを信じて、なにを想って死んでいくのか。それはとてもとてもシンプルなこと。

例えばそれは、暖かいご飯で結んだおにぎりなんかにほっこりするようなものなんだきっと。その程度でしかないのだ。でもその程度のことに、心から笑ったり泣いたりできるのが人間なんだ。

ただそれだけなのだけど。ただそれだけのことがわかるのにすごく時間がかかった。時間がかかったけどよくわかった。ぷちっとわかった。

死んでいくまでにできることや、考えられることとか、成し遂げられることというのはたかが知れていて、たかがしれている中で必死にばたつくのだけど、でもやっぱり暖かいご飯で結んだおにぎりにできることなんか超えられないんだ。

だから、だれかを言葉で頷かせたり、やりこめたり、立派になることなんかよりも、おむすびを結べるほうがきっと大切な事なんだ。

正直言えば、それは自分がずっと浅いことだと思い込んでいたところなのだけど、その浅さというものが、深さの対比ではなくて、まさに人間のそのものであると思えたことは自分にとっては大きな一歩で。

この一歩が退化なのか進化なのかとか。

そんな言葉もおにぎりの前では無力であり、不言なのだと。深く確信する。生きる意味とか、出会った意味とか、あの時のたらればとか。それもまた無力で不言だ。

自分が30数年で作り上げてきた世界のなかで、価値がないに等しい物が、ある瞬間に一番価値にある物に変わる。この感覚、この気持ちよさ。この体感こそが生きてることだ。

世界はとてもシンプルに出来ている。
シンプルという言葉も無意味なくらいに。

それをややこしく、がんじらめにしたり、ときに派手なミラーボールで着飾ったり、ヤニくらしたりしたりして、必要以上に魅力的に、そして灰だらけにしてばたつくのが娑婆ダバダ。

今年は、いまこの手の中にのった気持ちを確たるものにする。それだけに費やす。

音と空気をもっと。


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Title: 108つ。
2013.11.22

「凡夫」を考えるときに、動物として生命を維持し、種の保存のために、食欲、性欲、睡眠欲があるということ、つまりは生存本能を持ちうるということと、生命又は精神維持機能としての脳の働きを正しく理解するということは避けてとおれない。

思うに、仏教における修行っていうのは、動物的な本能と、生命精神維持機能としての脳の働きを、極限まで余計な部分をそぎおとしていく過程なのではないだろうか。その余計な部分が大きければ大きいほど苦しみに変わりやすいということなのではないかと思う。

それでも人が人である以上、削ぎ落としきれない部分というのが、数%くらいあってその数%とどうつきあっていくのかということの中に仏教の本質があるように思う。真宗においていえば、そのどうにも削り落とせない数パーセントを、無条件に救いとるのがつまりは阿弥陀であり、お念仏になるのだろう。

しかしながらそこで一つ問題になるのは、その数パーセントが3%なのか、10%なのか、50%なのかに差異があるということで、その差がつまりは凡夫への認識の差異を生むだろう。

3%まで無駄を省いた人が、10%省いた人へまだ無駄があると指摘して、10%まで無駄を省いた人が、30%にそれは本願ぼこりだと指摘してしまうのが人間であるのだけど、その数パーセントの差をどう許容していくか、その指針はつまりは自信教人信にあたるのではないだろうか。

それはシートベルトをしないで、スピード違反を注意するようなもので、阿弥陀の前にはどちらも救われるしかない存在だし、差異はないし、その差異を生み出す心こそを聖人は悪人正機と言う言葉で戒められたのかもしれない。

*

釈尊にとって苦行は覚りにいたる道ではなかったといいきれるかというとそうではなくて、苦行の前と後で、思考に変化がないわけがない、むしろ苦行をしてここに覚りはないと感じる事こそも一つのプロセスで、それがあってこその寂静だったのではないかと思う。

そんなことを考えていたら、ふと、苦行を終えてスジャータに乳粥を与えられた釈尊と、比叡山を下りられて法然上人にお念仏を与えられた親鸞聖人に通づるところはあるまいか・・・いやこじつけか。




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Title: ダライラマ14世。
2013.11.20

ダライラマ猊下の話を聞いて感じたことを忘れないために。

いつお話を聞いても、現代の僧侶や僧侶だけでなく、答えをつけかねるような問題や事例に対して、仏教に基づいた明確な答えを示される姿をみていて、本当に仏教を実践して深めていくと答えはとてもシンプルなところに還っていくのだなと感じた。

例えば、第三者として、質問者と猊下という構図をみていると、質問に対する答えはとてもシンプルで、いわれてみれば「そう、そうなんだよ答えは」と思えるようなものばかりで、いかにあたりまえでシンプルなものが見えなくなることこそが迷いに繋がるのかということを再認識させられた気がする。

例えば、ゲイの人の結婚式をお寺でやりたいと頼まれて悩んでいるという僧侶に対する答えに、それは法律の問題もあるのでそこに即して考えなければならないとしつつも、なによりも大切なのはそこに信仰があるかないか。そこに立ち戻り考えるべきという答えは、自分にとってはとてもシンプルでありながらも、とてもストンとはいる解答だった。

他にも恋愛のアドバイスをくださいという質問に、自分は僧侶なので、恋愛はしたことはないが、愛と慈悲、この「宗教」というものの根本にあるものを大切にすること、自分の欲望や執着を押しつけるのではなく、利他的な心を持つことだろうと思います。の解答もあたりまえのようだけど、仏教的な解答としては明白であり、真実であると思う。

ふと一休さんや蓮如さんの逸話を目の前で見ているような気持ちになった。自分の思惑や周りからの目や、様々な算段が無意識にも自分の目を曇らせてるのだということを端的に伝えられているように見えた。

*

質問の中で印象に残ったもの。

幼稚園をされている僧侶からの質問で、園に不審者が侵入した場合、自分は暴力をもって侵入者を排除すると思いますが、仏教徒としてそこに葛藤が生じるという質問。

この質問に猊下は即座に、暴力か非暴力の境目というのは、それがどういう心で行われたのかが重要になる、例えば一つの行動が利己的な目的で行われたものであるならば、それが一見して非暴力であっても私は暴力であると思うし、それが利他の心で行われる場合には、一見して暴力的であってもそれは非暴力であると述べられた。

政治的な立場を退いているとはいえ、受け取り方によってはとてもドキドキするような答えだなと感じたのだけど、でもそれを教典に基づいて明確に示されたことにはとても感銘をうけたし、なによりも仏教というものがなんなのか、「教え」というのはあくまで1人の人間に向けられたものであるのだということを感じた。

それと同時に真宗の僧侶として感じるのは、自分が利他であると考える行動についての信用性についてで、そこにもうすこし言及したくなってしまうのだけど、これを機に「凡夫」ということについて、もっと深めて考えていかなければならないと思った。

上座部→大乗の流れの中ではこの「凡夫」をどう受け止めるか、さらにいえば、真宗においても「凡夫」とは何かということを突き詰めていかなければ、本願がなんたるか感覚的な部分でわかりっこないのだと思った。なにが本願ぼこりで、何がぼこりではないのか。その辺りのことを猊下に聞きたいなと思って頭をかけめぐったのだけど。でもきっと猊下なら、他人を思いやる気持ちや、いたわる気持ち、慈悲の心を育てること、まずはここに励むこと、行動は自然とそこに即してくるので、実践としてその心を育む努力をすべしというのだろうと、勝手に腑に落ちたりしたのです。

*

焼身抗議について意見を求められたときの、とても悲しいことです、そして利他のために人を傷つけることなく自分の身体を傷つけてそしてなにかを訴えようとする行為はとても尊い行為であると思いますとはっきり述べられたときには、自分はチベットの苦しみも現状も髪の毛の先ほどもわかってないけど、その言葉に胸にこみ上げてくるものがあった。

昔チベットに行った時に、たくさんのラマ僧に助けてもらった。本当にたくさん。そしてデプン寺院でのショトン祭で、何百人ものラマ僧たちの地鳴りのような声明に心が打ち震えた時の気持ちがよみがえってきて、もしあの時に関わった僧侶たちが今とても苦しい思いをしているのであれば自分にもなにかできないだろうかとも思った。そしてなによりもまたあのチベット空気を味わいたいし、ダラムサラにも足を運びたいという気持ちがふつふつと湧いてきた。

*
物事のきっかけというのはどこに落ちているかわからない。

なにかが自分の背中を押すときに、必ずしも目の前の現実が劇的にパンチをくれてくるわけではなくて、最後の一藁みたいに、積み重なったものが些細なことでがらがらと音を立てて現状を変えると言うことはよくあるのだと思う。

なにか心のチャンネルが変わった時には、後になってあれがチャンネルの変わった時だったのかもとわかる程度のことだと思う。つまりはそれは捜して見つかるものではないし、そのきっかけが必ずしも万人に同じ変化をもたらすかというとそうじゃない。

そう思うと、何事も積もり積もっていくもので、未来は間違いなくこの瞬間に繋がっているのだと思える。

誤解を恐れずにいうのであれば、昨日の猊下の話に目新しい話はなかったし、新しい発見があったというよりは、再確認であったり、復習のような感じだったのだけど、それでもこの経験は自分に蓄積されたし、それがきっとどこかにつながるのだと強く感じた。

昨日の今日でうまく整理できないことだらけなのだけど、改めて仏教のおもしろさや、悩みや迷いがどこから生じてくるのかということ、それをつきつめていくことへの興味がむくむくと湧いてきたことだけは間違いない。

*

まだうまくまとめきれないけど、昨日印象にのこった言葉と考えたいこと。

色即是空・空即是色:色は空ではあるけれど、それ自体は現存するものであり、関係性によりなりたつ物事の本質でもある。空であるがゆえに何物にもなりうる。

感情が起こる前の静かな沈黙。心が起こる前の心、止観
呼吸法、呼吸と一つになる。

五蘊に無関係な自我はない。

量子化学的に物質を最小まで解析していったときに、その一粒だけで成り立っているものというのはない、その関係性、依存性というのは、仏教的な因果の法にもとても似ている。依存をして存在しているということは、それはすなわち無常であるということを表している。苦の要因を探るときに、その依存関係を正しく理解をするとこが大切である。

チベット医学の話、人間の体が成り立つ時、五大元素を元にルン、ティーパ、ペーケンの三つの体質がある。

苦集滅道と浄土観






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Title: むみょう。
2013.11.14

わからないものしかすきになれない。という言葉の中には、自分にはわかるんだという傲慢が見え隠れしているんだよ。勘違いだぜそれは10年前の自分よ。

遊んであげるのと一緒に遊ぶのは違うわけで。それはいわんやお念仏も同じかもしれない。

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Title: 「自分」と「なにか」
2013.11.14

「自分」と「なにか」

そのなにかは、白紙の紙でも、季節でも、日本酒でも、人でも、時間でも、空気でも雨でも、それはなんでもいいのだけど。そのなにかと自分の間になにもない、なにも隔てない時にだけわき上がってくるものというのがあって、なんていうか余計な雑音もなく、「自分」と「なにか」だけになった時に自分の中で感じる事のできる感覚を持っているかどうかというのは、人と人がわかり合うときにとても大事なる。

その感覚はなんていうか、眉唾なものなどではなく、たとえばそれは、学校を休んで昼間に家の布団の中にもぐっている時のような感覚や、運動会の徒競走で負けたときの感覚や、富士山の頂上で日が昇るのを見た時の感覚とか、そういう類のもので、同じ所にいるときに同じように感じるであろう、とても感覚的なものだ。

その感覚の中にすとんと落ちたときに、自分となにかの境目がぼやけて、自分ではないその何かと自分がとけこむような感じ。その感じの中にいると、世界はどこまでも広く遠いのだけど、でもそれは間違いなくこの自分の手の中に繋がっているような気持ちがして、どこまでも言葉は言葉で、自分となにかを隔ててるこの身体すらも、またただの身体なのだなとすら感じる。

しばらくそこに浮かんでいて、ふとこの心地よさをずっと保ちたいなとか、捕まえておきたいなと思った瞬間に、それがかき消える。かき消えてはまたそこに出会って、出会ってはまたかき消える。

それを何度も何度も繰り返してきて、やっと最近すこし、その心地よさを自分の手の届くくらいのところにとどめておけるようになって、正確にはとどめているかどうかはわからないけど、離れてしまったときにはわかるようになってきたように思う。

なんかこう書くと、とても正気な人間の言葉とは思えないかもしれないけど、ようは、自分の取扱説明書がとても効率よく書けるようになってきたということかもしれない。

答えは一つもないとかいいながらも、その言葉は結局のところ一つの答えに帰着するんだきっと。

つまるところ、1も2も。3も4も。5も6も。春も夏も秋も冬も。雨の日も晴れの日も。好きも嫌いも。ぜんぶ一緒で。現実には匂いも色もなくて、色も匂いもないからこそどこまでも広く深く、自由で寛容で非情なんだ。

生きてる事とか現実を0だとして、そこには本当は匂いも色も影も形もない。ただの0で。

人が生きていくということは、そこに1や2やπや√をプラスして生きているのかもしれない。ある人は0+1+π+√かもしれない。ある人は0+5×35(2+1)かもしれない。

みんな自分なりの数式をくみ上げて、その中で共通項をみつけて、時に一緒にいる相手の数式に公約数をみつけたりしながら生きてるんだ。

でもそれは結局のところ計算上の話で、夢うつつみたいなもので、あくまで0になにかをプラスしているにすぎないんだなと。

その数式をうまく華麗にくみ上げることよりも、一つでもとっぱらって、0に近づいてみたい。そもそも数式は自分でくみ上げるというよりは、それはほっておいても周りが数字を当てはめてくみ上げられてしまったものにすぎないのだし。

ぶっこわして0に。0に。

それはきっと前に前にと同じ意味なのだと思う。

そんなことをおもいますた。



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Title: いちぬけ。
2013.10.24

子どもたちがよくいう「いち抜けた」って実はものすごい言葉だよな。大人になると諸々、本当に諸々が作用して色々なものから「いち抜け」できなくて苦しみが振ってくるのだな。一体いくつになったら「いち抜け」できるのだろうか。はたまたいくつになってもできやしないのか。

しかしながら本当に「いち抜け」できない理由は決して外的なものではなくて、どこまでいっても内側からくるものなんだろな。

つまるところ覚りって「いち抜けた」だもんな。



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Title: 拈華微笑。
2013.09.11

志村けんのだいじょぶだぁをみながら、子どもが大爆笑している。抱腹絶倒とはまさにこの状態をいうのだろうなというくらいに転げ回っている。

思えば自分もそのくらいの頃、カトちゃんケンちゃんやバカ殿、ドリフをみては抱腹絶倒していたのだけど、今改めて、ドリフやバカ殿をみて、面白いことは面白いのだけど、こんなに床を転げ回るほどに笑えないし、むしろ悲しいかなこれの何がこんなにツボにはまるのだろうかとか思ってしまうこともある。

それは自分が大人になったということで片付けてしまうことができるのだけど、その変化は、一体いままで自分が心から笑えていた感性をどこにやってしまったのだろうか。そしてそこで失ってしまったものは一体何なんだろうか。

そんなことを考えていたら、子どもの感性に直接響く笑いを、意図として今も変わらず作り続ける志村けんは本当にすごい人なのだなと思った。目に見えないその感性をさびさせることなく、意識して維持するだけでもきっと常人には想像できないくらいの努力をしているに違いないと。

そしてその感覚は子どもと関わる時にはとても大切なことのように感じる。

昔、園で子どもが自分の目の前におもむろに花を差し出してきたことがあった。

その時、自分は、ありがとう、くれるの?と聞いたら、その子どもは首を横に振った。そしてまたおもむろに自分のほうに花を差し出してくる。

はて、くれるのではないとしたら何なんだろうか、一体どうしたいのだろうか。なにか袋にいれて持ち帰りたいのだろうかなんてことを考えていたら、その子どもは走り去ってしまった。

その後、その子どもは近くにいた友達に、同じように花を差し出した。するとその差し出された子どもは一言、きれいだね、といった。そうしたら花を差し出した子どもは嬉しそうに園庭にかけだしていった。

その出来事をふと思い出したのです。

志村けんを笑えなくなったことと、きれいだねの一言が即座に出てこなかったことはきっとどこかで繋がっているのだと思う。そしてそれがきっと大人になる過程でどこかに置き忘れてしまった感覚であり、感性なのだろうと思う。

その感性や感覚が何なのかは、朧気すぎるのだけど、でもきっとそれは人間を根底で支える類のものではないかと思ってる。


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Title: 生楽。
2013.08.18

生活を楽しむということはとても大切な事なのではないかと感じている。そこでの楽しみは、人生における彩りであり、幅でもあり、余力でもあり、地力でもあるのだと思う。

生活と楽しみを切り離して考えるのではなく、生活自体を楽しむという姿勢は簡単なようでとても難しくセンスの試されることだと思う。こと現代においては、ただ時間を過ごすということ、時間をつぶすということが難しい事ではない、テレビを眺めてればいいし、スマホをいじっていればいい、ゲームをしていればいい、そうやって1日の中の何時間を簡単に消費することが出来るし、それはとても合理的でメリットもたくさんある。それに対して昔の人は合理的に時間をつぶす術が今よりも極端に少なかったっからこそ、いまよりもずっといかにして時間を過ごすかということを考えるのに時間を費やしてきたのかもしれない。

その中で、ただ単に時間を消耗するのではなく、時間そのものを楽しみに変えることで、時間という概念を、「つぶすもの」「消費するもの」から、一つ価値を押し上げたのだと思う。それができるのが日本人の独自性、素晴らしい民族性なのだと思う。こういう意識のコンバージョンができたからこそ、「風流」や「わびさび」なんていう概念が出来たのではないかと思う。

「時間をつぶす」「消費する」ときに、それを方法論で解決するか、抜本的なコンバージョンをするかということはとても大事な事で、これは仏教における意識の変革にも似ている。

でも言いたいのはそんな難しい話ではなくて、生活自体を楽しめるという心持ちは、とても大事な事で、その心持ちを維持すると言うことは心の安穏にもすごく結びついていて、ありのままをありのまま受け止めるという仏教的な心持ちにも通じていて、現代においてはそれが著しく薄れているのだと感じるわけです。

部屋に風鈴一つぶらさげて、風の通り道を捜したり、その音に、目には見えないはずの夏を捕まえるという作業するだけで、なにかくさくさした気持ちが晴れるということもあるよということがいいたいわけです。そしてそういう感性をいつも生活の中にぶらさげておけるくらいの余裕をもっていたいなと。


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Title: 備忘。
2013.08.11

大人になるというのは欲を満たす方法をしるということなのかもな。欲を満たす方法を知れば知るほどずぶずぶとぬかるみにはまっていく。子どもはその方法を知らないから時々かんしゃく起こすけど、大人より苦しみも浅い。

欲を満たす方法は最小限で十分なのに、社会も世界もそれがお金に替わるのであれば次から次にそれがスタンダードであるかのように嘯いてくる。そこに子どももどんどん巻き込まれていく。

巻き込まれて巻き込まれて大人になっていく。

*

宗教っていうのは、自分都合にへばりついた狭い視点を、自分から引きはがして俯瞰的にさせてくれるもので、信仰とはつまりはその視点を得ることのメリットを認めて、いつもその視点をもっていたいという姿勢のあらわれでもあるのだろうな。

自分の事しか見えてない時と俯瞰的に物事が見えている時と、どちらがしなやかで強いかは一目瞭然で、信仰を持つことの強さは、拳しか見えていなかったらパンチは避ける事ができないが相手の身体の動きを俯瞰的にみる事ができて初めて繰り出される拳に反応することができるようになるボクサーにも似てる

*

いきなり目の前に花を一輪さしだされたらキョトンとしてしまう。そのキョトンとはこの花の意図はなにか、この花がどうしたというのだろうか、この花をどうしろというのかという思惑だらけのキョトンであって、そのキョトンがそのまま苦しみの根源なのだろうな。

ただきれいだね。その一言が大人になればなるほどでなくなる。やっぱり子どもは仏かね。

*

宗派という道しるべがあるからこそ、芯に近づくことが出来るのだけど、往々にして宗派があることで本来の芯を見失ってしまうということがある。宗派も宗祖も仏教の何たるかを必死に伝えようとしている。大乗小乗の区別もしかり。

釈尊が何を説き宗祖がそこに何を聞いたのかそれを自らで紐解き、尋ねる姿勢はなによりも大切だと思う。

べつにいつ死んだってかまわないとかいうのは何か違うなと思ってしまうのだけど、でも今日もし命を落としたとしてもそれはしかたないと思えることにはとても共感できるのよ。

死ぬにはもってこいな今日をどれだけ生きられるか。

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Title: 啓示とか。
2013.07.27

昔はよく自分探しに旅に出ちゃったり、インドにいってしまうような人たちに対して、自分なんてものはそもそもどこにもいないし、捜したところで見つかるはずもない、青い鳥みたいなものでしょ、なんてわかったようなことを得意げにいっていたのだけど、そんな自分は言葉に捕まって大事な事の欠片もわかっていなかったのかもしれない。

たしかに自分なんてものはどこにもないのだけど、そのどこにもないものが、日々の習慣とか日常とかの中で凝り固まって、むしろ幻想的に作り上げられてしまって、その自分像が凝り固まれば凝り固まるほどに、そこから抜け出せなくなってがんじがらめになってしまうということは往々にある話で、むしろその凝り固まってしまっている概念をどう打ち崩すかということがとても大事なことなのだと思う。

それをぶちこわすという意味では、あながち旅にでることで、凝り固まったものから解放されるということはあるのかも知れない。

そこで色々なことに忙殺されて、影を潜めた自我や、むき身のゆで卵のような自分がつるっと顔をだしてきて、こんな感情や感覚がまだ生きていたんだとか思ったり、こんな事を言える自分がまだ残っていたんだとか、そういう自分と鉢合わせることで、自分を自分たらしめるものがなんなのかの本質が見えてくるのかも知れない。

瓶ビールを2本ほど飲んで、フワッとしたところに、すこし粘りのある温泉につかる。頭の芯からとろりとほどけて、臓腑のひとつひとつにまでお湯が染み渡るような感覚の中でそんなことを思っていたら、唐突に目の前の山に虹が架かった。

それを見て、啓示や予言なんてくだらないなんていつも思っているし、そんな非科学的なものと仏教を一緒にしないでほしいとすら思うこともあるのだけど、なんか自分がなにかを決意したり、なにかに気づかされた時に、ふと目の前の山に虹が架かる。そんなことはただの偶然なのだけど、そんなただの偶然に、すごく背中を押されるような、まるで光がさしたような気になるなんてこともあるのだなと。自分の中に湧いてきたこの感覚がまさにそれなんだなと。

それが例え偶然でも奇跡でも、そんなささいなことでどこまでも希望を持てるのも、どこまでも絶望するのも人間。それがわかってはじめてみえてくるものもあるのかもしれない。くわばらくわばら。今しばらくはへそが沸かしたお茶でものんで一服。

まえにまえに。

痛みに屈せず。



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Title: いんぷっとあうとぷっと。
2013.07.21

ここ数ヶ月で、自分にとってのアウトプットはあくまで、インプットの飽和なんだということがよくよくわかった気がする。

なにかに追われているような気になって、インプット不足を環境や状況のせいにしてただけなのだ。本でも映画でも、舞台でも酒をのむでも、なんでもいいけど、誰かの頭の中や、誰かのアウトプットが自分のインプットになって、それをまた自分がアウトプットする。

その歯車の1つに自分が組み込まれているということが生きるということであり、そこから得られる居場所感のもたらしてくれる安穏はとても大きい。それはきっと何かに近づいていく感覚というか、山を登っているような感覚にも近いのかも知れない。

何回も何回も、何年も何十年も何百年も、形のないままに誰かの頭から頭へこねくり回され、練りまわされて表現されている何かが何なのかはわからないけど、いつの時代にもこねくり回されているアウトプットも、そこに至るインプットも、芯の芯にある部分というのは変わっていなくて、この手垢がついたアウトプットの根源も、多様なインプットの根源も、どこか1つの所につながっているような気がして、その1つとはきっと人間の根源的な何かなのだと思う。

表現とは結局の所は、その芯というか、共通項というか、すべての表現の中に脈々と流れている1つの答えに少しでも近づくということなのかもしれない。それが陶芸でも、文章でも、写真でも、文字でも、言葉でも。

きっと自分というものも同じなのかも知れない、この自分、この心をつくるものは、ひょっとすると人間の歴史そのものなのかもしれないし、自分に繋がるまでの何千人、何万人の中に沈殿してきたものから絞り落ちてきた一滴なのかも知れなくて、その一滴が結局は自分というものであって、それは同時に人間そのものといっても過言じゃないのかもしれない。

なんて。

ほんと、世界は心持ちでどこまでも広くもなるし、どこまでも窮屈になるし、どこまでも非情になるし、どこまでも寛容になる。自分がいまところの人生の中で体得したことの中で一番重要だったのは、その事実に気づかさせてもらえたことだと思う。




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Title: 四と五
2013.07.01

子どもの頃と今と大きく違うのは、自分の行動を誰が決めるかということ。

子どもの頃は、今日何をするのか、明日には何をするのか、夏休みはどこにいくのか。その選択権の多くは自分にはなくて親にあるように思う。少なくとも夏休みの先には何も見えていなかった。

与えられた時間を過ごすことしかできないからこそ、その瞬間をいかに楽しむか、その瞬間になにを感じるか、今に意識を集中できていたのかもしれない。

先に意識が巡るようになればなるほど手元がおろそかになる。

そう考えれば、先日ある人に、老後のことを考えると不安でしょうがない、先が見えないことが怖くて仕方がないという話をされたのだけど、先が見えないからこそ、見えないなにかに心を奪われるのではなくて、見えないからこそ今を大切に、今を一生懸命に大事にすればいいのではないかと思う。

一瞬一瞬の連続がその見えない闇をおどろおどろしいものから、ただの"くらやみ"に変えてくれるのだ。

先が見えないことはとても素晴らしいことだ。その中でこそ今を、今の手の中にあるものを愛おしみ、めでる心が湧いてくるのかも知れない。

そんなことを考えていたら、因幡の源左の言葉で、雨が降ってきて、ずぶ濡れになった源左にある住職が「ずぶぬれになって大変だな」と声をかけたら、源左が「鼻が下に向いとるで有り難いぞなぁ」といったという話を思い出した。

" 委ねる "という感覚の根底はそういうところにあるのかもしれない。源左が、阿弥陀さんを親様と呼ぶのも妙に納得できた。

こんな事でもつながるのだ。教えは生活の中にいくらでも落ちてる。

ここが四と五あたりであってほしい。


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Title: 旅
2013.06.16

弾丸ツアーでアジアのどこかに旅にでる夢をみた。

思い立って飛行機に飛び乗って、深夜の空港につくとそこからすぐに車を乗り継いでどこかの遺跡に向かった。とてもリアルな夢で、目がさめたときにバスで揺られて痛かった腰がまだ痛かったし、ふわっとした高揚感がお腹の底でくすぶっていた。

みたことのない景色がみたいとか、したことないことをしたいとか、まだまだ世界には知らないことがたくさんあるとか。そういう気持ちはいつだって心のどこかにあって、ほおっておけばマンネリ化する日常の中にいつだってそれを求めているのかもしれない。

昔はそれを外に外に求めていたのだけど、最近では自分が旅をしているときとしていないときの心の置き方の違いがよくわかったし、旅はどこにいてもできることもよくわかった。

「人生は旅である」という格言を耳にしたことがあるが、人生は旅だというのは字面だけにその深さがあるのではないのだと思う、人生を旅だというには、まず旅がなんたるかを知らなければならないのだと思うし、そもそも旅がなにをもたらすものなのかをしらなければならないのだと思う。

旅において目的地は1つの手段で、手段に至る過程に自分が何を得て、どう動機付けをして足をだすかということは、本当に人生と似ていると思う。

雨を、忌むも、詫びるも、尊ぶも、同じ心から繰り出される。

*

人と関わる時に大事なのは「素をむき出す作業」だなと思った。

一枚一枚皮をむいていくように、言葉と姿勢と行動をつかって、相手の表皮をむいていく、簡単にむけるときもあればむけないときもある。それをむくのがうまい人が、つまりは人との距離の詰め方の得意な人なのだろうと思う。

最近は会話にはいくつか段階と種類かあるように感じていて、その段階のギャップをどのタイミングで、どの言葉を使って超えるかということを考えたり、相手の使う言葉や姿勢の変化を感じ取ることでコミュニケーションは格段に面白くなるし、自分自身の中でもコミュニケーションが楽しみとして確立されてきたように思う。

意識しないで言葉を使うのであれば、意識して使う方が何倍も楽しめる。楽しまなければなにもうまくはならないと思ってる。

*

この間とある場所のエレベーターで乗り合わせた貴婦人達の会話。

「先日○○さん、車をぽんとプレゼントしてくれたのよ~」

「すごいわね、私はこの間旦那に銀座に連れて行かれてバーキンを現金で買ってもらったわ」

「すごいわね~うちなんか息子が海外に留学してるからお金がかかってしかたがないわ~」

それを聞いていてなにか気持ちが悪いというか違和感が残った。エレベーターを降りてから、どうして自分の中でその会話に違和感を感じるのか、どうしてなにか嫌な気分がするのかを考えた。

朧気ながら、その理由はきっと、会話に顔が見えないからだろうと思った。例えるなら、顔を両手で覆い隠しているのに、それでも自分はこんな顔をしているのよと、CGで作られた自分の顔のパネルを見せ合っているような類の違和感なのだと思う。

情報の伝達というのであれば、それが会話であれ文章であれ顔は見えなくてもいいし、むしろ顔を見せない方が効率はいい、しかし会話の種類がお互いを知ることであったり、例えそれが雑談なのだとしても、たわいもなければたわいもないほどに、そこに顔を見せなければ会話は本来の力を発揮できていないし、そこに違和感しか残さないし、その違和感は疲れを生むし、その疲れは次へのコミュニケーションにつながらない。

世間には顔の見えない言葉や行動や姿勢があふれていて、むしろ今やそれがあたりまえなんだという慢性的な思い込みも蔓延している。それは世の中にある問題の切っ先なのかも知れない。

閉塞感や孤独感というのは、人とうまく繋がれないことから生まれるのだと思っている。人が人とうまく繋がれない要因の1つは、世の中が顔が見えないことを問題視するどころか、それを助長していくような科学や、生活の進歩を加速化させているからだと思う。

その加速にブレーキをかけたり、そこに反比例させる力で行動をしていくのは、これから自分が大切にしていかなければいけないことの1つだと思う。

*

1人の人が体験できる人生は一種類だけ。

当たり前なのだけど、先日ふと自分が成し遂げられる人生は1つだけなのだというごく当たり前のことが腑に落ちた。

自分は変身もできないし、悪の組織と闘うこともない。世界の為に、社会の為に身を粉にする気もない。では残りわずかな時間で、自分の1つの人生を芯のある形で、楽しんで終えるためにしなければならないことはなにか、何を得て、何を捨て、何を残していくのか。

きっと昔の自分であれば、得るために何をして、いらないものを選別して切り捨てて、そして残したいものから逆算で今の行動を決めていたかも知れないが、今思うのは、どこにいても得れるし、なにも捨てるものはないし、その結果に残るものが残すべきものなのだと思えるようになったことだ。

それがいいのか悪いのかはまだわからない。でも昔よりもずっと生きやすい。

*

湯圧のすさまじいシャワーで頭の先から湯を浴びる。

なにか自分の中の悪いものまで一緒にこそがれて、流されていくような錯覚を覚える瞬間の、逃避と自己肯定の入り交じったような生々しい感じが生きているということなんだろうと思う。



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Title: 鐘。
2013.06.10

わからないことがわかると、また1つわからないことが増える。この連鎖はいつかどこかで終わるのだろうかと思っていたのだけど、最近わかったのは、旅は歩き続けているうちは終わらないし、歩くのをやめたときに終わるだけなのだ。それ以上も以下もない。

そしても1つわかったのは、歩き続けている限りは見たことのない景色を見ることは出来るのは間違いないのだけど、歩くのをやめたら新しい景色が見えないかといえばそうでもないということ。

歩くのをやめたときに見える景色は、歩くのをやめたときにしか見えないものでもある。

世界には1つも0か1で証明できるものはない。

諸行無常であるこの現実はとても慈悲に満ちていると思う。



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Title: 動機付け
2013.06.05

ここ最近感じていること。

改めて再認識したのだけど、やはり人間がなにか行動するときの理由、動機付けというのは、自分の中の欠損した部分を埋める為なのだと思う。もしかしたらとかではなく、最近は確信に近くそう思うようになった。

自分のしてる活動、人に対する姿勢、使う言葉も、誰かを嫌いになるのも、好きになるのも、誰かを批判したくなるのも、わくわくするのも、目を背けたくなるのも、もっといえば、原発に反対するのも、歌を歌うのも、炊き出しをするのも、サッカーをみて興奮するのも、ツイッターでつぶやくことも、FBに写真を載せることも。必ず自分の中にある何かを満たすか、もしくは守る為なのだと思う。

その何かというのは、自分自身の存在であって、存在とは何かといえば自分を自分たらしめる概念だ。

自分の思う自分、友達の思う自分、他人の思う自分、家族の思う自分、自分というものは本来概念に過ぎないし、目に見えないし、本当はどこにあるかもわからないようなものなのだけど、そのどこにあるかもわからないようなものに、時に揺さぶられ、振り回されて、苦悩して、幸福を感じたりする。

そのなんだかわからないけど、間違いなくそこにある自分という概念を、ある程度の大きさの範囲にとどめておくために、つねに自己肯定をしてとどめておかないと不安になるのが既存設定なので、つまりは人間はつねに自己肯定されたい生き物だと断言してもいい。

覚りでも開いていない限り、娑婆に生きてる人は僧侶だろうと在家だろうとみんな自分のことを認められたくてしかたがない。表面的にそれを否定したとしても、その否定すらも自分の中にあるなにかを満たすか守るための行動なのだと思う。

これは思い込みでもなんでもない事実だと思う。

そしてその自己肯定をするという作業はとても厄介で、それは他者との比較によってしかできないので、つねに人と自分を見比べているし、人からの評価を自分の存在価値として結びつけたりする。

自分はその大前提を信じているので、自分の中では「誰かの為に」とか「何かの為に」という動機付けがあまり好きではない。きっと表面的な部分では、誰かの為や何かの為に見えるようなことでも、本質はそうではないと思ってる。本質はそうでないのに、そう思い込むことで、そこに生まれるギャップは時に誰かを傷つけるし、自分自身の足をひっぱるのだとも思ってる。

それを自分で認識している人としていない人がいたら、認識している人の言葉のほうを信用しているし、自分の為になにかをしている人と、誰かの為になにかをしている人がいたら、自分の為に何かをしている人を信用する。

それはきっと自分はきっとここ一番で人間自体を信用してないからだと思う。なんで信用できないかといえば、それはきっと自分自身がろくでもない人間だからだきっと。

なもなも。

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Title: 法要。
2013.05.21

大きな法要に出仕すると思うのだけど、満堂の本堂で何百人もいるような法会でしか湧いてこない高揚感とか、一体感とか、何とも口で説明するのは難しいのだけどとても他では体感できないような感覚というのがあって、その体感は「宗教」というカテゴリーの中ではとても大切な事だと思う。

結讃が繰上位上曲とかで、御調声の声が響いた後にそれに呼応するように、附膚から外陣が一斉に発声する瞬間のあの教本がびりびりする感じとか、満堂の本堂が一斉にお念仏をあげる瞬間の地鳴りのような感じとか、その場にいないと感じられない空気感と、なんかよくわからないけど、それに包まれていることの心地よさみたいなものは、言葉では絶対に表現できないし伝えられない。

なんかよくわかないけど、お念仏の力のすごさというものを目に見える形にするとこういうことなんだということが腑に落ちる気がするのだ。なんか頭でちまちまかんがえる範疇をずどんと飛び越えてくるような凄味すら感じる。

その体感がなに。といわれればそれまでなのだけど、頭で理解したり、覚えたり、勉強したりするのではなくて、よくわからないけど自分の中にある何かが揺り動かされる体験というのが確実にあるということを知ってくか知っておかないかということだけで、物事に対する見方は大きくかわるのだと思う。

これは別に宗教でしか体感できないわけではないし、自然をみて心打たれるのも、太陽に手を合わせたくなるのも同じところからくるのだと思うのだし、それでも十分、なにも必ずしも宗教に向き合うべきだというつもりはないし、むしろ仏教というテキストを使わずともその視点、感覚を持っていられるのであれば、仏教なんか必要ないと思う。

お寺や僧侶は役に立たなければいけない。社会の中に価値を見いださなければいけないということが声高にいわれる昨今、そういわれる度に感じるのだけど。

いままでお寺も、僧侶も長い時間をかけて、儀式、作法、法式、声明というものをしっかりと守ってきている。それははっきりいってしまえば社会の役にはなんにもたたない。もしかすると僧侶がみんなでゴミを拾う方がよほど社会役には立つかも知れない。

でも今のお寺や僧侶の基盤を築いてきたそういう土台の部分、その一つ一つをしっかりとこなすこと、意味がないと片付けづけないで、しっかり向き合うことでしか見えてこないものは確実にあるのだと思う。

そこに付随して、よく僧侶は説明責任を果たすべきだと、自慰のような法要をしても意味がないといわれることがあるのだが、そもそも儀式も法要も、ましてや教典にかかれていることも、簡単に口で説明してわかるようなことじゃない。ましてや、頭で理解をしようと思っている人に言葉で説明するということはかえって本質から遠ざかるような気すらする。

やはり仏陀のすごいのは、体感を共有させるための方法論を自分の中で確立させて、それを言葉をつかい、理解をさせることではなく、体感させるところへ持って行くための道筋を方便をとおして示したということなんだろうと思う。

頭や理屈でまかり通るのが社会ならなおさら、人はいつか理解や理屈では決して超えられないところにくると教えるのが仏教、宗教の役目ではないかと思う。

なんでもそうだけど、感覚とか体感とか、そういう理屈でわからないことを役にたたないものだと片付ける、もしくは頭でわかることだけを優先させるから、人間大事なものがわからなくなるのに、僧侶がそれを先導してたら本末転倒。

ただお念仏が無碍の一道というのは、ぐるっと一周して、一緒にお念仏してみよう。そこで「それ」を感じてみようという風にとらえてもいいのかもしれない。

その「それ」がみえないと仏教は表面をなぜるだけで終わってしまうような気がする。


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Title: 餅
2013.05.01

はるうららかな日、桜の下でもちをつく。臼に落ちる花片こそがわびさび。そんな心穏やかな時間と陸に打ち上げられた船とのコントラストがとても印象に残った。

感じたことをそのままに。

とてもいい餅つきだった。日差しも風も時間も。すべてがとてもかみ合っていて、意図的には決して作れない時間、いつまでも続いて欲しいと思うけれど終わることでこそ完結する時間。

一期一会という言葉をじわじわとお腹で感じることができた。やっぱり自分は人と関わっていることが好きなのだと思う。楽しかったしありがたかった。

被災者という言葉ができてから、意識的にもしくは無意識的にも被災者と、被災者じゃない人という線引きがしっかりとされてしまって、知らず知らずのうちにそのカテゴリーわけが、それぞれの立場の中にバイアスをかけてしまっているように感じた。

時に共通意識のバイアスをかけないと人はまとまらないから、それは絶対に必要。家族、友人、恋人、夫。被災者。親子。大人。子ども。日本人。なんでもそうだ、バイアスかけないと人は自分すら認識できない。でもバイアスをかけた時点で、世界は最大公約数にくくられてしまって、自分と他者は分断されてしまって、その壁や枠や、境界線を越えることを忘れてしまう。

その超えられない境界やカテゴリーこそが人間の深い部分で苦しみに変わる。だからこそ、そこに楔をうてなきゃいけないし、そのバイアスを意識してぶっ壊さなきゃ苦しみの根源は見えないし、根源が見えなければ戦えない、前に進めない。

苦を生み出した直接の原因はいつだって不可抗力な外的な要因だし、そこにまちがいなく大小もあるのだけど、多かれ少なかれそれを抱えずに生涯を終える人なんていない。悲しみから立ち上がるのも、苦しみをかみしめるのも既存設定、削除できないプリインストールされたくそアプリケーションみたいなもの。

気仙沼から戻ってきて、東京の朝の通勤ラッシュの人たちをみてると、ここもまた東京砂漠なのだなと感じるし、家に戻って悲しみに打ち震えてたり、どうしょうもない不安に押しつぶされそうになる要因はなにも震災だけが運んでくるわけではないのだと思う。

今回宿泊した気仙沼の宿の壁に毛筆されていた言葉「311、海はすべてを奪っていった。しかし今、海はまた何もなかったように穏やかな顔をしている。いったい海は何を伝えたかったのだろうか」というようなことが書かれていた。

その言葉に、そこにいる人達の心のあり方、生き方が凝縮されているように感じた。

もしかすると人間には大きすぎる苦は自己防衛的に小さく、逆に小さな苦は自己肯定のために大きくして、ある一定の質量の幅に自己調整する機能が備わっているのかもしれないということを感じた。時々癌のように、その機能が過剰動作してしまうと心のバランスを崩してしまうのかも知れない。

ともあれ、そんなことを思いながら改めて、これからも自分の取り扱い説明書をしっかり書き込む作業に邁進しようと思った。たぶん自分にできることはそれなのだと思う。最近になってやっとその作業の意味や、それがどこに繋がっていくのか、道筋が少し見えてきた気がする。まえにまえに。

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Title: さっち。
2013.04.24

社会の役に立つことをするということと、自分の行動が結果社会の役に立つということは少し違う。

あくまで自分の中の仏教の感覚からいえば、社会は憂うものだと思うし、社会のものさし、世俗の物差しにあわせることで多くの苦しみは生まれてくる、その苦しみは社会からはずれる、もしくは物差しを持ち替えることでこそ薄れていくのではないかと思っている。そもそもが社会という通年自体がどれだけ曖昧で、不確かで、誰かにとって都合のいいものか。

ほしがりません勝つまではがいつのまにかこの大量消費社会になるくらい流動的だ。

それに気づくいうことが仏教の1つのあり方ではないかと思う。その思惑、枠組み、通念から少し距離をとる。別に反社会活動をするというわけではなく、精神的な部分で自由になる。とらわれない心をもつという意味で。社会の"こうあるべき"は必ずしも自分に幸せをもたらすわけではないと。

なので、はなから社会の為にというのは本来ある仏教の道理からはずれているように見えるし、社会の為になることは仏教において副産物としてあるのかもしれないけど、それは目的ではないはずだ。むしろ社会の為の自分というベクトルは苦しみを増やすのではないかと危惧してしまう。こうあれば幸せは、いつだってこうなければ幸せではないを生み出す。

貧しいものが救われる対象で、富めるものは後回しだという社会の通念、弱きものを強きものが守るのが社会の通念。それははたして本当にそうか?富めるもの強きものは本当に貧しきものや弱きものよりも幸せか?そう投げかけること、そこに疑問を持つこと、そういう視点で物事を考えることはとても大事な事だと思う。

インドにいくと、街の中の牛たちはガリガリでどろどろ。骨と皮で糞まみれ。それをみて多くの日本人にはかわいそうだな、憐れだなという感情がわき起こるかも知れない。でもそれは自分の知っている牛との違いからそう思うのだと思う。

自分の知っている牛はまるっとふとって、のんびりと牧草を食んでいる姿だから、インドの牛がかわいそうに見えるのかも知れない。でもその日本の牛は、牛乳のために、食肉の為に品種改良され、よいサシをいれるためにストレスフルにされているだけなのかもしれない。本来牛は痩せているのだ。

どちらが幸せかなんていうのは自分の世界との相対でしかない。

みんながみんなではないけれど、自分の目には、社会貢献、社会活動をしている人の中には少なからず、そのインドの牛は救うべきものだと決めつけている人がいるように見える。ましてや助けるのか助けないのか?と他者に二択を迫るようなやり方は間違っていると思う。僧侶ならなおさら。

何度も言うがみんながみんなではないけれど。

それに付随して考えてみるに、仏教にとっては社会からイイネ!されないほうがきっと健全なのだ。そして仏教はつねにマイノリティであるべきなのかもしれない。蟻の巣の法則のように。

別に反社会派なわけではないが、かといって社会派なわけでもない。この立ち位置を中道ということでとらえるのは自己肯定しすぎだろうか。

なむさん。



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Title: 転ばぬ。
2013.04.09

子どもというのは、何回同じ事を注意しても同じ事を繰り返すし、何度も同じ失敗を繰り返す。今言ったことも3歩歩いたら忘れてしまう。ニワトリもびっくり。

子どもたちに小言をいいながら気づかされたのだけど、自分の注意することは、いつもまだきてない未来の為の事ばかりなのだ。いつか大人になったときにそんな食べ方では恥ずかしいよ。後ろ前の服をきてたら気づいた人に笑われるよ、目を見て歩いていないと電柱にぶつかるよ。

どれも先の心配していう小言であって、それはいわば転ばぬ先の杖。自分は大人だから、いままでの経験の中で、おそらくそうなるであろう予測をして、そうならないようにと杖をだしているのだけど、子どもからしたら、今目の前にあることや、この世界は新鮮な刺激ばかりで、まだきてないことなんかに心を巡らせてる暇なんてないのかもしれない。

だからなにをしてもいいというわけではないのだけど、この大人と子どもの視点の深度の違いの中には、それぞれメリットとデメリットがある。

大人になると、数時間先、数日先、数年先のことを考えるようになる、実際最近友人と話していても、何年後かの自分を想定して、結婚するなり、家を買うなり、引っ越しをするなり、転職をするなり、自分の身の置き方を考えながら今を行動しているし、一杯飲んでいたってそんな話題で持ちきりになることも少なくない。

無論30も超えれば、刹那に生きるなんてことにあこがれはするものの、一か八かで生きることが出来る人なんて一握りで、先のことを考えて行動しないと、困る事も失うものもたくさんある。

でも最近思うのは、苦しみや悩みのほとんどは、そのまだ来てない先の自分の身の置き方や、ありもしない自分のあるべき姿のことだったり、もしくはそこから生まれてくるギャップによるものばかりだ。先を見据えた目のスパンが長くなればなるほど、苦しみや苦悩の種もふえていくように感じる。

それに対して子どもの視点の深度はとても浅い。どんなに長く見積もっても明日か、明後日、来週のことまで考えて行動できればりっぱなもんだと思う。その分今をしっかり受け止めて、今の幸せ、今の楽しさや、今の心地よさを見つけて、感じる心は大人の何十杯も敏感だし上手だと思う。

そしてそのメリットがあるからこそ、小さな身体で、この社会の荒波にこぎ出すことが出来るのだと思う。経験や知識がないまま航海に出ることは大人の思うよりもずっとエネルギーを使うし心も消耗する。だからこそ視点を浅く、今のすばらしさを感じる感受性が豊かなのだと思う。なによりも世界が眼にキラキラとうつらなければ足をだせないのだ。

この大人と子どもの視点の深さにはそれぞれにメリットとデメリットがあって、社会でいきていく以上、いつまでも子どもの視点のままでもいられない。でも大人の視点で物事を考えることの方が優れているかといえばそうでもない。

子どもの心がしっかりと育つ前から、はやくに先を先を考えて、数年先の事を見据えるような視線をみにつけてしまうと、それはぱっとみれば、良くできた優等生なのかも知れないが、それでは見落としてしまうことがたくさんあることを忘れてはいけないし、先を見据えたスパンが長くなればなるほど抱える苦しみが増えているのだということを忘れてはいけないのだと思う。いつだって苦しみや苦悩は、過ぎ去った過去かまだ来ていない未来からくるのだ。

いつかの幸せの為に今の幸せを犠牲にしないというのは教育に関わるすべてにおいて忘れていけないことで、この瞬間から学べることはたくさんあるということをわからないまま未来を見据えることだけを教えるのは教育ではないと思う。

子どもは子どもでいられるだけ子どもでいさせてあげたいものだ。いつかその時が来れば必ず未来を見据えなければ生きていけなくなるのだし、あまり急いで大人にならなくていいし、大人の仕事は子どもに世界をキラキラと輝かせて見せることなのかも知れない。

なんてことを小言をいいながら考える自分が、すごく大人になってしまったような気がして、すこし悲しくなったりもするのです。


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Title: ぽーら。
2013.04.06


つまりは、世間とは違う価値観とか、常識とは違う視点で物事を捉える目を養うということが仏教のいうところであって、その結果その視点と価値観をもってすれば、幸せとは何か苦しみとは何かが自然と、そして自ずとわかるってくる、それがわかってくると、それをなんとかするにはまずどこに手をつけなければいけないかわかってくるという流れだろうか。



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Title: 空喰う。
2013.04.06

備忘の為に。

仏教というのは、空を知ること、だから深めていけば深めていくほどに仏教すらも空なのだ。

僧侶という呼び方も、教典も。そこにあるのは、ただの空を知る道だということにつきるのかもしれない。

空とは、すべてがすべて絡み合って、支え合って、こんがらがって、一見ぐちゃぐちゃにみえるけど、よくみりゃみんなバラバラで、何一つ実体なんかないということだ。

言葉も匂いも、想いも願いも、すべてがすべて、この自分の脳ミソが自分に絡みついている様々な要因から生み出した、自分の色の自分にしか見えない、自分だけの世界なのだ。

そんなものははなからうそっぱちだ。でもみんな自分の見えてる世界だけはうそぱちじゃないとおもってるだけのことなのだ。

自分はいままで、仏教があれば幸せになれると思っていたし、少なくとも苦しみが軽くなると思ってたし、実際に何度も救われてきたのだけど。でもよくよく考えれば、救われたのは、その方法が自分の中で意識的に、もしくは無意識的に、実践されたからであって決して仏教という概念に救われたのではないし、阿弥陀によってでもない。でも仏教という概念と阿弥陀がいなければそこには自力では絶対に辿り着けないというパラドックスこそが仏教のミソなのだ。

あえて言うのであれば、仏教では人は救えないし、ましてや僧侶なんて呼び名は大切な事を曇らせ真実から遠ざかる要因だ。

僧侶であればこそ僧侶を離れ、仏教を実践するからこそ仏教を離れることが出来なければいけないし、この「離れる」という感覚を実感として体験していくことが、仏教を深めていく過程における1つの目安なのかも知れない。

僧侶が仏教を広めて人を救うなんて言うのは、私は仏教のことがなんにもわかってませんと言っているのと同じなんだきっと。

それともう1つ。目の前にいるのが誰であれ本当はフラットなのだ。その人がいくつであれなにものであれ。人間が人間である以上はフラットなのだ。みんな飯食ってうんこして、セックスして、死んでいくだけ。その中でおいしいものを食べる自分、隠れてうんこする自分、セックスする自分にきれいに理由付けをして、自分自身、人間自身を少し高い所へ押し上げることで、限られた時間に生きていることをごまかすのだ。

そしてごまかしが生み出す歪みこそを苦悩と呼ぶのだ。

まえにまえに。


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Title: いつか。
2013.04.06

いつかね、といって思ったのだけど。

昔、いつか、というのは、すごく先のまだまだ来ることのない遠い未来のことを指していたのだけど。それはきっと自分にはまだまだ先にたくさん時間があって、当たり前に大人になって、当たり前に年をとることを信じて疑わなかったからなんだろうと思う。

最近、いつかという言葉のもつ時間の尺の長さが昔より短くなったというか、いつかが昔よりも近くなったような気がする。

いつかは、本当はいつかじゃないのだ。

いつかなんてものは、はじめからないんだ。

こういうのをきっと空というんだ。


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Title: えにし。
2013.03.31

つくづく人と人の縁というのは不思議なものだな。出来た縁、繋がるも切れるもそれまた縁。自然に繋がったものを、意図してしまうは人の欲ってか。



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Title: さくらなみき。
2013.03.26

子どもの時、テレビのいうことは真実で、大人のいうことは社会の道理で、世界はどこまでもひろく繋がっているのだと思っていた。少しづつ大人になって自分の了見が広がってくると、世界はどこまでも繋がってなくて、社会の道理はひんまがっていて、テレビのいうことにはたくさんの利害が絡んでいるのだということが見えてくる。

その現実と心のギャップに心の置き所がわからなくて感情がうまく処理できないことを思春期と呼んだり、反抗期と呼んだりするのだろう。いくら思い悩んでも世界の現実は何も変わらないし、なによりも本当は自分だって特別な存在でもなくて、そのひんまがった社会の一要因に過ぎない。

その現実とどう向き合っていくのかということで、生き方というのは変わってくるのだと思う。気づけば気づくほどに、見えれば見えるほどに社会はひんまがって、世界ははハリボテのようなものなのだ。でもその世界に生きていくということこそがのが人生そのもの。

白も黒もいわば執着なのだ。

*

何かを輝かせる為の光は、誰かを日陰に引きずり込むのだ。

*

予想より早い開花にあちらこちらで大わらわな様子だけど、そもそも花見というのは人間が花の予定に合わせるからこそ風情があるのだろうに。どこまでいっても人は人間の物差し。花の時間に合わせようという心意気がなければ花見酒もただの酒。

*

自分の中にある思いや考えを過去の文献や、古い書物の中の言葉に見つけることで、自分の型というのは明確になってくるのかもしれない、時に反証する言葉に襟を正しつつも、その作業を繰り返し繰り返し行うことで身につくものを自信と呼ぶのかも知れない。

仏教は絡まりあって、もうどこが結び目かもわからなくて、がんじがらめの塊をばらばらにしていくための作業行程みたいなものなのだと思ってる。

*

「語りかけてくる」という言葉を使うときに自分の中に響いてる言葉は誰でもない自分自身の中にある声であり、声なき声を聞くと言うことは自分自身にしっかりと向き合うという事なんだろうな。





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Title: こころ。
2013.03.05

久々に夏目漱石の「こころ」を読み終えたのだけど、昔と今と自分の中でこの物語に共感できる部分と感情移入できる部分が全く変わっていておどろいた。おもにKに対して。しかし改めて読み直して再認識したが、この本はすさまじい本だ。考えさせられポイントが多すぎて鼻血がでそう。

「明治の精神」だけで数時間はつばとばしながら話せそうだ。

昔は時代背景もわからないまま読んでいたから思い入れもいまほど深くなかったのかもな。特に夏目漱石の空気感や文脈でわかることは読者に任せる的なスタンスは読み手によって作品の印象を大きく変えるのだろう。

Kや先生の死と藤村操の死となにか通ずるものがあるのではないだろうか。そう思えば思うほどその時代に清沢満之の残した言葉に触れることで改めて浄土教の深さを感じる。


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Title: いんてるはいってない。
2013.03.01

例えば、やらなければならないことを抱えていたり、誰かに伝えなければならないことがあったり、〆切に終われていたり、忘れてはならない事があったりするときには、頭のメモリの一部を常に稼働させておいて、その大切な事を保留させておくために使わなければならない。

自分の少ないメモリに例えるならば、その稼働領域が30%を超えてくると、色々なところに負荷がかかりはじめて、動きが鈍くなりだす。フリーズ寸前、インテルはってない。それに残りの70%のメモリは、いかに常駐メモリを解放させるかに使われてしまうので、頭の中ではいつも先のことばかりを考えるようになる。

そんな自分にふと我に返って、今に向けられているメモリ領域が少なくなればなるほどに、生きているという実感が自分の手から離れていくのだろうなと思った。

今ここにある、音や、光や、匂いや、季節がめぐってくる空気や、この瞬間に自分を取り巻いているものにしっかりと意識を向けることで、世界は自分の領域を超えた不思議で満たされているのだということに気づかされる。きっとその気づきこそが安穏とか、幸せとかそういう類のものにつながっていくのだろうと思う。

生きてるはここにしかないのに、ここで生きるのがどんなに難しいことか。

人間は、自分の領域を超えた不思議を見つけた時に、セオリーもルールも、規則性もなければ、時に非情にも無常なるこの生きるということの本質と向き合うことになる。その本質を突きつけられた時に生きるということははっきりと質感伴うのだろう。

その質感を自分の中でどううけとめるかということは人生の命題であり、その質感をどううけとめていくのかということこそが仏教の意義でもあるのではないかと思っている。

藤村操は下記の言葉を残して華厳の滝に身を投げた。

*

悠々たる哉、天壤。遼々なる哉、古今。五尺の小躯を以て、この大を計らんとす。ホレーショの哲学、竟に何等のオーソリチィーを價するものぞ。

万有の相は唯だ一言にして悉す、曰く、「不可解」。

我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大なる悲觀は大なる樂觀に一致するを。

*

生きることは「不可解」であるということであれば、夢も希望もない。いくら考えても考えなくても、何もかもが一陣の風で吹き飛ぶこの人生が大きな悲観につながるという理屈はとても筋が通っている。

しかし、時を同じくして、清沢満之の著書の中にはこんな言葉が残されている。

*

私が如来を信ずるのは、私の智慧の究極である。人生の事に真面目でなかりし間は、措いて云はず、少しく真面目になり来りてからは、どうも人生の意義に就いて研究せずには居られないことになり、

其研究が遂に人生の意義は「不可解」であると云う所に到達して、ここに如来を信ずると云ふことを惹起したのであります。

*

この対比は、今この時代においてはとても重要な対比ではないかと思う。不可解で思い通りにいかないこの「生きる」という流れの中で、泳ぎ続けることに意味はないから泳ぐのをやめるか。または思い通りにいかないのであれば、その流れにぷかぷか身をゆだねればいいと思えるかどうか。

その思考の切り替えに必要なものが宗教であり仏教であるのだと思う。

現代には多様な選択肢がある。自分に向き合う暇もないくらいの娯楽もある。その中で多くの人は自分に向き合うこともなく、自分を取り巻く不思議や無常には気づかないままなのだと思う。なんとかプランナーは人生は画一化されたもののように説明してくれて、資本主義は生きるということのモデルケースをお金に換える。

一体どれだけの人が今を生きているのだろうか。生きることが不可解だなどということにすら気づかないまま、いざ年をとって、いざ病伏して、いざ愛別離苦に合い、その時にはじめて、生きることの本質を突きつけられて、そこで無常を恨み、無常に苦しんでいるのではないだろうか。

藤村操と清沢満之の残したこの言葉は決して特別なことではなくて、いまこの瞬間の自分にむけられた大きな命題の本質なのだ。

ステマでも布教でもなんでもなしに、自分の手の届くところに仏教があって本当によかったと切に思う。そしてつくづく阿弥陀さまを本尊とする必然的な理由というのは他でもない自分の側にあるのだなと感じるわけです。




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Title: 合。
2013.02.22

ふと思いだしたんだけ。インドやチベットにいったときに、ご遺体ってまさに亡骸なのよ。ああ亡骸なんだなっていうのをすごく感じた。だからなんだよって話なんだけど、慣れるのとは違うし、軽く扱うのともちがうのだけど、肉体は亡骸になるのだよな。

尊厳というのは、おもにご遺体に対するものではなく死に対してあるべきものなのかもしれないな、同じようだけど、その違いによって手を合わせるべきがどこなのかには大きな違いが出てくるのかもしれない。


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Title: 姿見
2013.01.25

僧侶は姿見なのかもしれない。

仏法はよく鏡に例えられるが、僧侶とはその仏法を自分の中にしっかりと落とし込んで、自分自身が姿見となっていくことが理想なのかもしれない。

目の前の人と対峙したときに、相手が姿見を通して、自分のネクタイが曲がっていたり、鼻毛が出てたり、襟に皺がよってることに気づいて、それを自分自身で正せるようなきっかけになりうるということが大事なのではないだろうか。

姿見は、決して、そのネクタイおかしいよ、きっとあなたにはストライプの方がいいよとは言わないし、鼻毛がでてるから切ってあげるようなこともしなければ、その襟、皺がよってるよ、クリーニング屋変えた方がいいよともいわない。

どこまでもニュートラルに、ただありのままに相手の姿を映しだすだけ。

教典の中に書いてある言葉をかみ砕いて自分のものとして、時に引用して、どうやったら相手を映し出せるのか考えるということが待機説法ということであり、縁無き衆生は度し難しという言葉の意味なのかも知れないし、八万四千の法門がある所以なのかもしれない。

ただそこで自分への戒めとして、言葉にするのが難しいのだけど、誰かを映しだすということは、これみよがしに鏡を相手の鼻先に突きつけるのとも違うし、頼まれてもいないのに、腕を引っ張ってきて鏡の前に立たせるのとも違う。あの手この手で合わせ鏡や拡大鏡を駆使して、相手のアラを探すように鏡を使うのも違う。

相手を映しだすという時に、自分がすべきはひたすらに鏡を磨くことだけでいいのだと思う。ひたすらに鏡を磨いて、歪みがないか、曇ってないか、その点検を繰り返すことこそが、いつか鏡の前に立った人を映しだすということなのだと思う。

受動的な行動も突き詰めていけば、それは能動的な行動になる。

鏡の前に人を立たせることが教化なのだとしたら、自分は教化なんかしたくないし、そこに使う頭と時間を違うことに使いたい。

通りすがりの人がふと立ち止まった時に、たまたまショーウインドウに映った自分のすがたにはっとして、身を正して、また歩き去っていくくらいのきっかけで、それはもう十分に法縁なのだと思う。


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Title: 皆苦。
2013.01.22

仏陀の中にも苦はあったけど、苦しくはなかった。

一切皆苦っていうのは慈悲に満ちたとても温かい表現だという風にも解釈できるのではないだろうか。苦が既存設定なのだから、それははじめから幸せの対極ではないという認識をもつことで、苦は雨が降ることのように変えようのないことなのだと気づかされる。

そこで傘を差すのか、濡れることを気にしないのか、もしくは晴れだけを待ち望み、家にこもるのか、どうありたいかを明確にしていくのが仏道であると思う。

仏陀の中にも苦はあったけど、苦しくはなかった。

というのはつまりは毎日土砂降りだった、けど全然鬱々としなかった。なぜなら雨がふっているだけだからのようなもので。

一切皆苦の「苦」は、自分にとって嫌なことを指す「苦」ではない。という部分を掘り下げていかないと、慈悲がみえてこないのかもな。むろん本願も。



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Title: 嘘をつくこと。
2013.01.10

嘘をつくということ。

子どもたちがあからさまに嘘をつくということはよくある。

叩かれてもいないのに叩かれたとか、本当は自分にできないことをできるとか、悪いことをしてしまったのにしてないとか。

子どもと関わる上で、このような嘘にどう向き合うかということはとても大切な事で、現場にいて感じるのは、子どもが嘘をつくときというのは、その子を知る上でとてもチャンスだということ。

あからさまに嘘をついている子どもをみると、ついどうしてそんな嘘をつくのか、平気で嘘をついていると嘘つきの子どもになってしまうから、それだけは厳しく注意しなければ、親であれば、どうしてこんな子になってしまったのか、育て方を間違ったかなどと思ってしまったり、つい嘘をついたということにばかり目がいってしまうのだけど、幼少期につく嘘のほとんどはここで直さなければ平気で嘘をつくようになってしまうなどと思うまでもないようなものだし、、ずるがしこく、人を陥れるような類のものではないので、たいして心配するようなことではないと思う。それよりもそこで大事なのは、なぜそんな嘘をついたのかということにしっかりと目を向けることだと思う。

なぜ叩かれてもいないのに叩かれたというのか、なんでできないことをできるというのか、どうして目の前で悪いことをしたのに、平気でしらをきるのか。

そこにはたくさんの子どもからの想いがこめられていて、それは「もっと自分をみてほしい」とか「さみしい」とか「ほめられたい」とか「おこられたくない」「認めてほしい」の裏返しであることがほとんどで、その原因をつくっているものはなんなのかということを考えなければならない。

その原因は親にあるかも知れない、友達関係の中にあるかもしれない、弟や妹が生まれたことかも知れない。いづれにせよ子どものつく嘘はその子のおかれてる状況や環境を映し出す鏡であるし、むしろ嘘という形で、表にサインがでてくるほうがありがたいことなのだと思う。

そのサインを見落とさずに、しっかりとひろうということが「育てる」ということなのだと思う。これは子育てに限らず「育てる」ということはすべて、サインを見落とさずにしっかりとそれをひろって紐解いていくということなのだと思う。

幼児教育と仏教がとても似ているなと感じるのはこういう部分で、仏教のいう因果とはまさにこういうことなのだと思う。因果を考えるということの矢印を子どもではなく自分自身に向ければそれはそのまま仏教になる。

なぜ苦しいのか、なぜ妬むのか、なぜ嘘をつくのか。

自分を自分たらしめるものはなんなのか、それを紐解いて、そしてその自分とどう向き合っていったらいいのかということが「教え」ということになるわけで、そのための方法論が教典にかいてあるわけで。

その中で、最近、教典というのは教科書のように、教典を読んで自分の生活に照らし合わせるのではなくて、まず自分の生活を見直してみて、そこから湧いてきた疑問や苦しみをしっかりと認めた上で、教典の中にその解決策を探すいう順序ではなければならないのだということを強く感じるようになった。

微妙な違いなのだけど、教典はマニュアルじゃないし、漠然とその通りにしたら何かが変わるかといえばそういう類のものではなくて、それはあくまで過去の先人達の生き様や思考の集大成であり、例題集であるわけで、自分の中の問題点はなんなのか、いま自分をとりまく環境はどうであるのか、それを考えるということが前提になければなんの意味もなさないのだと思う。そこから自分はどの教えを選択していくのかということにも繋がっていくのだろうと思う。

独楽を回して窓を割ったり、朝からけん玉をしながらもたまにはちゃんと考えているのです。

遊んでいるばかりではないのです。

というサイン。




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Title: 8日。
2013.01.08

明日には33歳の誕生日がやってくる。

坂本龍馬は33歳の誕生日に凶刃に倒れたそうです。幸い自分は命を狙われることもなく平穏無事に誕生日を迎えるのだろう。

例年のごとく32歳分のブログを読み直してみると、昨年は「幸せ」とはなにかということを強く考えさせられた1年だったように思う。

おじさんたちがみんな亡くなってしまって、今年のお正月ははじめて、おじさんたちの独りも居ない正月を迎えたこともあるのだけど、最近いままでにもまして無常ということを強く感じる。

昨年の暮れ、中村勘三郎さんが亡くなった時に、坂東三津五郎さんが弔辞の中で、「肉体の芸術って、つらいね。すべてが消えちゃうんだもの。本当にさみしい」といっていた言葉が妙に心の中にこびりついた。

その言葉を何度も反芻する。

今、自分の考えていることや、人生をかけて積み上げてきたことや、誰かと共有してきた時間とか、自分と誰かにしかわからないようなちっぽけな約束とか言葉とか、その瞬間に間違いなくあった安心感とか、まとわりつくような温かさとか、誰かにとったら既製品と代わり映えしないがらくたのようなものでも、それはまさに「自分」をつくる要素であって、その要素が渦巻いてひとつになって「自分」そのものになる。

その自分もいつか跡形もなくなる。今も遠い過去になるし、たわいもない今日は、そこに1日があったという事実すら跡形もなく忘れ去られる。

あとどれくらい生きていられるかわからないけど、これから先、何年か何十年かたって自分の人生を振り返った時に、「今思えば32歳の頃の自分が全盛だったのかもしれない」と思えるくらいにこの1年を十分に過ごせたと思ってる。

そして、充実していると思えば思うほどに、今は「幸せ」なのだけど、刻々と今が過去になっていくことに漠然と不安になったり、いつまで続くかわからない自分自身に怖さを感じたりする。そう思えば思うほどに、「幸せ」というものの本質が浮き彫りになってきて、「幸せ」にとっては何が必要で何が不必要なのかということがはっきりとわかったし、色々な場面での選択に迷いが少なくなったように思う。

自分がそういう心境になってきて、改めて仏教の役割や宗教の役割ということもよくみえてきた。

こういうのをメメント・モリというのだろうか。

ありきたりなのだけど、今は、いつ来るのかわからないその日までの時間を丁寧に過ごしたいと思ってる。強烈に今を、1年ではなく、1ヶ月を、1週間を、1日を、1時間を、1分を、1秒を。その感触を手に、目に、心に感じて過ごしていきたいと思っている。

この32年間もっちゃもっちゃと、いろんなことをこねくり回して、抹香臭く、理屈っぽく、どうしょうもない堂々巡りをしてきた結果に、行き着いた帰着点が、「日々を丁寧に」なんて、あまりにありきたりで、手垢のついたシンプルな表現なのだけど、今その言葉に重さと質感を感じている。

そんな32歳最後の日。

まえにまえに。

さて。33歳。

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Title: 2012〆。
2013.01.01

2012年の最後に、新幹線の中で幸せってなんだろうかということを考えた。

そこで思ったこと。

どこかの国では、銃が乱射されて多くの人が犠牲になり、どこかの国では、なにが本当でなにが嘘なのかもわからない政治がまかり通ってるかと思えば、世界が滅亡するということがまことしやかに広まっては、たくさんの人が簡単に振り回されるようなそんな世界のなのだけど。

幸せというのはいつだって、どんな過酷な状況の中にですら見つけることは出来る類のものだ。

幸せは認識の中にこそ生まれる極めて流動的なもので、その不確かな連続性こそをまさに幸せと呼ぶ。

幸せは決して状況や環境によってもたらされるものではなくて、幸せは今への強烈な認識だ。そしていつだって結果論であって、決して予期して訪れるものではない。

今日もどこかで誰かが死んで、今日もどこかで誰かが生まれている。その事実こそが幸せであり、そのまっただ中にいる自分を掴むことこそがまさに幸せを掴むことなのだ。

そして、人はつながりの中でしか生きられないけれど、そのつながりによってこそ死んでいくのだという現実に立ち向かうということこそが幸せなのだ。

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Title: 承認。
2012.12.14

今年は承認ということについてよく考えた。

他人からの承認、社会からの承認、親からの承認、家族からの承認、そして自己承認。

「承認を得る」ということが人に与える影響や、自分に与える影響のメリットとデメリットを自分なりに考えて、実践してきて、いままで見えなかったことやわからなかったことにだいぶ整理がついたし、いままで何となくこなしてきた自分の中のルールみたいなものがはっきりと体系化できたことで、より考え方に厚みがでたような気がする。

承認の持つ力は大きい、人間は人から承認されることではじめて、自己承認できる生き物なのだということがつくづくわかった。

そこに付随して、「居場所」というのも一種の承認で、自分がいてもいい場所があるとか、誰かが必要としてくれる場所というものが与えてくれる力は大きい。

「お寺」ということを考えたときに、この承認ということはとても重要な役割を果たしていて、承認の扱いに長けるということは僧侶の資質としても1つ大切な事のような気がしている。

承認を制するものはすべてを制す、といっても過言ではないと思えるくらい、自分にとっては大きな命題の1つになった。これからもそれについては考察を重ねていきたい。

*

承認の中でも、自己承認というのは厄介なもので、他人からの承認によってしか自己承認できないようでは、それは本当の意味での安穏、安住には結びつかないということだ。その流れをどこで断ち切るかということはすごく大きな課題であるように思う。

特に、ここ最近、あちらこちらでコミュニティが希薄になって、ネットが既存設定になった世の中においては、絶対的に承認が枯渇しているように感じる。

SNSを通じて評価を得れば得るほど、安心する自分がいる反面、そこで評価されている自分と現実との些細なギャップがうまれ、その歪みはさらなる承認欲求へと繋がる。まるで中毒症状みたいに。

本来、承認というのは、イイネ!とか、共感だけを差すわけでなくて、時に同じ土俵で意見をぶつけあったり、口うるさい人の言葉に耳をふさいだり、へこんだり落ち込んだり、そういう関わりの中で相手の存在を認めたり、認めてもらったりしながら育まれてくるようなものなんだろうと思う。好敵手だって大切な承認の1つでもある。

そういうつながりの中で得る承認は、体感の伴うものであり、体感が伴った承認を得ることではじめて自信というものが生まれるのではないかと思う。

ただ大前提として、注意しておかなければならないのは、完璧な承認なんてものははなから存在しないということ。

他人が自分が100%理解するなんてことは不可能だし、それが親であれ子であれ、大好きな人であれ親友であれ、承認というのは、自分にとって都合のいい事実をすっぱぬいているにすぎなくて、そもそもがそういうものであるという自覚は大切なのだと思う。

承認は間違いなく動力になる。今年を振り返ってみて、今年は自分自身、承認よってすごく力をもらったし、承認をエネルギーにしなければ人生の荒波を乗り越えられないときというのは間違いなくある。

でもそれはあくまでカンフル的な要素であって、カンフルとはあくまで+αであって、普段歩くときの動力までも承認によって得なければならないような所に陥ってしまっては駄目なのだ。

自戒を込めて。

つくづく。

結局人生に目的なんかなくて、全部手段なんだよな。

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Title: 選挙
2012.12.14

乙武さんがTwitter上でフォロワーに向け「選挙に行かない理由」の意見を求めて、そこにたくさんの意見が寄せられているようだ。

自分は選挙に行くし、選挙権をもらってから一度も欠かさずに投票にいっている。どちらかというと選挙が好きだ。軽率な言い方かも知れないけど、あの非日常的なお祭り的なノリにわくわくするのだ。

という前提をした上で、今回の選挙について政見放送を聞いたり候補者のことを調べたりしていて、選挙に行かない理由として、「僧侶だから」ということは、浄土真宗の僧侶としてすごく筋の通った大義名分であるのかもしれないと思った。

政見放送をみたり、マニフェストを吟味したり、候補者の言葉に耳を傾けたりしながら思ったのだけど、結局の所、どの候補者にいれたら日本がよくなるだろうかということは、どの候補者にいれたら幸せになるだろうかということであるし、それは突き詰めていけば、どの候補者にいれたら自分にとってより都合のよい社会ができるのだろうかということなのではないかと思う。

こうなったら幸せであるという価値観で物事を判断すると言うことは、同時に、そうならなければ不幸であるという価値観を抱え込むことになるのではないかと思う。

仏教というのは、「幸せ」というものがあくまで自分の都合の上に成り立っていて、その都合をいかに小さくしていくかと言うことを、実践をとおして体現していくものだと思っている。

浄土真宗においていえば、自分の都合や、想像や、もっといえば予定や計画も、いつどこでどんな要因によって変わってしまうかも知れないし、いつだって一寸先は闇であるという現実、事実、それがあくまで既存設定であるということををしっかりと自覚することが大切で。

同時に、その現実の中で、自分の都合や、想像や予定というのは、あくまでその瞬間の自分の都合に過ぎなくて、例えその通りに進んだら必ず幸せになるかといえばそうではないし、その通りに進まなかったら不幸になるかといえばそうでない。幸せか不幸かというものは、自分一人の脳みそで想像できる範疇を超えた、たくさんの縁によってなりたっている。

そんな無常でいてたくさんの不確定な流れの中で生きて行かざるを得ないのが人生なのだということに気づいて、その現実をしっかりと受け止めていくという覚悟と姿勢を持って生きていくということこそが、浄土真宗の根幹ではないかと思っている。

あえてエッジの効いた言い方をするのであれば、表面的にそこそこ幸せに生きていくために、社会というのは切っても切り離せないものなので、真剣に自分の一票の行き先を考えると言うことは大切なことだと思う。

でもその一票で得られる幸せよりももう一歩踏み込んだところに、そういう執着に左右されない、人間の本来得るべきである安穏とか、充足というのがある。

ということを僧侶として胸を張って言えるということは、とても格好いいし、選挙にいかない大義名分としてとても筋の通ったことなのではないかと思う。真宗僧侶はそもそも出家してないけど、そもそも出社会、出世間をするということが、出家であるわけで、出家した僧侶が選挙にいくなんてことは本来は根本的な矛盾を抱えているだろうな。

とはいえ、今の自分にはまだ、その言葉に行動を伴わせるなんてことはできないし、とりあえず目の前のそこそこの幸せのほうが大事なので選挙にいく。

でもいつかそういう老僧になりたい。という志だけは高く掲げておこうと思う。


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Title: 見。
2012.11.08

人生大概のことは、考えても考えなくても結果に大きな影響はないし、良くも悪くもだけど、がんばったら報われるというのも嘘だし、がんばらなかったら報われないというのも嘘で。 

ただ目の前にボールが来たら、自分が一番いいとおもうスイングでバットを振れればそれでいいのだと思う。

その結果がヒットになるか凡打になるか三振するかは、しったこっちゃない。

最近なにかに臨むときや、心がざわついているときに、自分に言い聞かせるように心の中で「きた球を打てばいい」と思うようにしている。

例えば、昔はバッターボックスに立つときに、どんな球が来るんだろうか、ピッチャーはどんな奴なんだろうか、いままでどんな経歴で、何キロくらいの球を投げてくるんだろうか、変化球は何種類くらいあるんだろうか、傾向と対策を立てなくてはいけないのではないだろうかとか。

みんなが注目してるのに、空振り三振したらどうしよう。かっこわるい転び方したらどうしよう。それならせめて空振りしたときにも格好よく見えるような転び方でも練習しておこうかなんてことまで考えたりして、すぐに空気にのまれてしまっていたし、バッターボックスをでたあとも、もっといいスイングあったんじゃないか、もっといい空振りがあったんじゃないかとかばかり考えていた。

でも最近は「きた球を打てばいい」のだと思うことで、昔よりも少し気楽にバッターボックスに立てるようになった。

自信に充ち満ちてどんな球でも打ってやるぜという気負いがあるわけでもなく、かといって自信がないわけでもなくて、ホームランは打てなくても、飛んできたボールにある程度バットを合わせていけるくらいの年の取り方はできてると思えてる。

そして一番大きいのは、空振りが怖くなくなったということ。

むしろ、今待ってるのは絶好球を芯で捕らえるホームランよりも、完璧に捕らえたと思ったのに、ボールがミットの中にあって、完全に空振り三振をとられるような経験であるということで、尚且つ、昔はそういう経験をしたら、バットをホームベースにたたきつけて悔しがったと思うのだけど、今がきっとそれが嬉しくてしょうがないと感じるのだろうし、そういう球を投げるピッチャーがいるということに、わくわくできるような気がするということ。

無論ふつふつとお腹の底で、次は必ず打つという思いが煮えたぎっている点では変わらないのだけど。

今の自分は昔よりも少し嫌なバッターになれたと思う。

でもそれでは、まだ野球というルールの中で、自分がどう見えるかとか、どういうバッターなのかとか、そういう所に捕らわれていて、ただの打者に過ぎないのだということも何となく感じていて。

願わくば。

遠いいつかには。バットを持っていなくても、バッターボックスに立っていなくともピッチャーに恐れられるようなバッターになりたいと思っている。

野球とか全然やったことないんだけど。

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Title: 冬蝉。
2012.11.07

兵士でも。子どもでも。博士でも。宇宙飛行士でも。大社長でも。赤道直下に住む人でも。大好きなあの子でも。

食べることと、寝ることだけは毎日していて。

魚を捕る合間とか、鉄砲を担ぎながらとか、難しい本を読みながらとか、携帯をいじりながらとか。

朝起きて、何かを食べて、生きて、そして寝ているわけで。

1日のうちの数時間、数分は、お腹が空いたなとか、なにを食べようかなとか、眠いなとか、考えているのだというあたりまえのことに、今更思いを巡らせてみると、それがなんかとても嬉しかったりする。

世界とつながってる感じがして。

*

自分が平和だなと感じて、隣にいる人も平和だなと感じて、どこかにいる人も平和だなと感じて、そういう粒みたいな平和が地球の過半数を覆ったら世界は平和であると言うことになるのだろうか。

だとしたら世界を平和にすることは不可能ではないような気がする。

*

好きだとか、ツボだとか。

そういう言葉を使わずに感情を表現する方法をもっと練習したい。

*

大丈夫。これでいい。の力は大きい。

前に進むときにはこれが絶対に必要になる。

今をしっかりと認める力。

*

布教教化について、耳障りのいい話、1つ2つをもっていてもしょうがない。

求道が先にあり、そのプロセスの産物として布教教化がある。

布教教化が先に来て話術や、小ネタばかり磨いていてもしょうがないし、それが賞賛されると、そこに甘んじていたくなるから気を付けなきゃいけないと思う。

本末転倒になる。

*

人によって使い方や向き合い方は様々なのだけど、自分にとってtwitterが心の声だとしたらフェイスブックは表情。

その使い分けが最近やっとしっくりくるようになった。

表情はできるだけ豊かでありたいし、格好いい顔も悪い顔もくったくなくだせる自分でありたいとは思っているのだけど、そんな簡単そうに見えることが本当に難しいのだ。

結局の所、人間は意識的には人に見せても問題ない顔しか作れないのだ。


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Title: 報恩。
2012.10.29

先日、釈徹宗先生とお話をさせていただく機会があった。

お話をする中で、今の仏教界は目が離せないという期待と希望の傍らで「開かれる」ということに対する危惧や、またその中で淘汰されていくであろう寺院や僧侶に対するシビアな感覚を持ちつつも、それすらも許容していくような寛容さのようなものを感じた。

熱すぎず、冷静すぎないとても心地の良い温度をもった方だなと感じた。

中でも印象に残ったのは、「バカの壁」を例に、人間は話してもわかるというのは嘘である。大抵の人間は、自分の脳の認識外にあるものは認識しないか、受け入れると言うことは難しい。

しかし、その自分の壁、自分の都合というのが苦しみの根源であって、それをいかに小さくし、とりはらっていくかということが宗教、また仏教の一番重要な部分であり、そのメカニズムと実践としての集大成が仏教であり教えであるという話。

又、養老孟司さんが、脳の研究を何十年もしてきて、自分で行き着いたと思っていた理論が2500年前の教典にすでに書かれていて驚愕したとおっしゃっていたいう話も付随して興味深かった。

あと、出家を「ライフスタイル」と表現されてることがすごく自分の中で腑に落ちた。

色々な話をする中で最後に、

「仏教は2500年かけてユーラシア大陸全体で作り上げた知恵の結晶である」

という言葉に仏教が好きだという気持ちがにじみ出ていると同時に、仏教に対する信頼感と安心感をしっかりともっておられるような気がした。

これから昨日の話を文章にまとめて、メモだけで取りこぼしている部分を改めて味わいたい。

自分の考えを改めて再構築させられるいい機会をいただいた。ありがたい。

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Title: mun。
2012.10.25

心にひっかかってた案件が片付いたと言うだけで背中に羽が生えたようになるシンプルな構造なのだけど、でもずっと羽が生えたようなところにいると、真っ逆さまに落ちたくなる衝動に駆られるめんどくさい自分。

今日帰り道で考えていたこと。

昔、それがどれだけ昔は忘れたのだけど、タイムマシンがあったら過去に戻りたいと思うことが多々あったような気がするのだけど、今はもしタイムマシンがあったとしても1秒たりとも過去には戻りたくないと思っている。

それがいつからそう思い始めたのかどうかは定かじゃないけど、今の自分になるまでに、またこれだけの時間を費やさなければならないのかと思うと気が遠くなる。

きっと戻ったところで今以上の自分になれることはないような気がする。

*

今日、自分で話していて改めて思ったのだけど、学ぶということは知らないことを増やすことであるし、わからないということを認識することであるし、世界の広さを体感して、自分のサイズを正しく感じると言うことだ。

学べば学ぶほどに、自分のサイズをミリ単位で知ることが出来るのだと思う。

喉の渇いていない馬は水を飲まない。

どうやったらいつだって喉を渇かせていられるのかなのだきっと。

*

匂いとか温度を感じられる写真が撮りたい。

最近写真を撮っていないわけじゃないのだけど、撮れば撮るほど自分の感性の乏しさに悲しくなる。心がぶるぶる震えるような時間にそんなにあえていないというのも大きいのだろうと思うけど、なんていうか、最近自分の撮る写真は、機械に頼って自分に頼らなくなってしまったようなものばかりだ。

もっと感性を。選択肢を。引き出しを。

*

無理をしないと、そういうサイズになっちゃう。まだまだぶかぶだの靴をはいてるのに、さもぴったりなサイズのように大見得きっていたい。

*

感性は今を感じる力だ。

ありのままをありのままにうけとめる心だ。

思惑や算段や、自分の思い込みや過去の経験や、まだきてない未来への妄想ではなく、今をしっかりと感じる為のアンテナだ。

感性が鈍ると体感が鈍る。

心が震えなくなる。

文字や知識を血肉だと勘違いする。

一歩も動かず汗もかいてないのに、たくさん身体を動かしたような気になる。

そんなのくそくらえだと思ってる。

だから感性がほしい。

ぞっとするぐらいの感性が。

もっと。

*

無常の足跡を聞けなければ、切なる求道心は起きず、切なる求道心なくば聞く耳持たず。聞く耳もたば自分を知らず。

*

最近、ふざけてるのかまじめなのかわかんないときがあると言われることがあるのだけど、最高の褒め言葉だとおもっているし、ついに自分もそういうところまできたかと喜んでる。

*

星が見えないことに苦情をいうようなナンセンスなことはしなさんな。

*

最近偽僧侶があちこちで托鉢してるので気をつけましょうっていう呼びかけを見るのだけど、極論、お布施をするのに相手が本物か偽物かなんて関係ないんじゃないかと思う。

本物じゃなきゃお布施や托鉢しても意味がないと考えるのはそもそも、本来の意味をはき違えてるわ。

*

mun



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Title: bibo
2012.10.21

「苦しみから救われる」のではなく「苦しみが私を救う」ってすごい言葉だ。

バチカンにいた尻枝正行神父の言葉だそうだ。

死の宣告も仏の慈悲か。

そんな境地にはほとほと遠いし、微塵もわからん。でもわからないからこそ本願も頼もしいってか。

仏教に限らず宗教ってほんとおもしろいんだけどな。なんでこんなに宗教という言葉にアレルギー反応するような社会になってしまったのだろうか。

*

最近ぱっとみ格好いいと思えるようなことが格好悪く思えるようになったから始末が悪い。それを親父化というのだろうか。

例えば「かわらないこと」よりも「かわれること」のほうがぐっとくることとか「腹を切る」ことよりも「生き恥さらしても生き延びる」ことを選びたいとか、そういうことも含め。

*

30年ぶりに会ったのに、会った瞬間にその時のことが鮮明に呼び起こされるってこともあるんだな。三つ子の魂なんとやらじゃないけど、あの時の体験や記憶は自分の中に確実に残ってる。


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Title: いじめ。
2012.10.16

先日森口尚史氏が連日マスコミで叩かれているということを書いて、

それを許容して、追い詰めないということがいじめをなくすということだ。そういう奴もいるよね、そういう時もあるよね、そういう自分って誰の中にもあるよねと言えることがいじめをなくすことだ。それにそういう心持ちが結局は自分自身の首を絞めないと言うことであるし、もうすこし住みやすい社会をつくるということに繋がるのだと思う。

とか書いたのだけど。

夜中にふと目覚めて、そういうことを書くと多くの人が賛同してくれたり、共感してくれるのになんで世界は変わらないのだろうかとか思い始めて考えていたのだけど。

例えば、森口氏程度の事であれば、追い詰めたんなや。と言えるのかも知れないが。

仮に、本当に仮にイメージだけど、それがどこかの電力会社の社長だとしても、献金問題に揺れる大物政治家だろうと、森口氏の時と同じように、賛同して共感するのだろうか。

本当のことをいえば、相手が森口氏だろうとだれだろうと、追い詰めたんなや。といえなければいじめはなくならないと思う。

どの程度の悪いことまでなら追い詰めてもよくて、どの程度の悪いことなら追い詰めてはだめなんて線引きは曖昧だし、結局許せる許せないは自分に実害があるかどうかであるかもしれないし、その尺度は人の数だけある。

電力会社の社長や大物政治家は許せないけど、森口氏だけ許せるというのもあくまで自分の尺度だし、そんな関係ない人間はどうでもいけど、同じクラスのあいつだけは許せないというのも大差ない。

いじめを本気でなくすと言うことはそういうことだ。しかしそんな社会は必ずしもいい社会かといえばそんなことはない。

汚職も利権もはびこって、ばれても追い詰められないなら、正直者が馬鹿を見る世界だ。

そんな社会にしてはいけない!という想いがあるとするなら、マスコミが森口氏に執拗に質問をすることもそうなのだけど、やめたれや。と思っていても、ああいう姿はそういう意味では何らかの抑止力になっているのかもしれないし、一方的になくしたほうがいい!とも言い切れないのかも知れない。

それに、実際、震災後の政治家の対応や、電力会社の対応に対しても、同じようにやめたれやと思ったかといえば、今回ほど思ってない自分がいるわけで、ここで許したら何も変わらないし、国民は馬鹿じゃないぞ!謝って済むなら警察いらねぇんだ。なんて思ってたようななかったような。

そう考えると、いじめは大罪の抑止力という考え方もできるのかもしれない。

何が言いたいかって。

いじめのない社会は、ただいじめがない社会にすぎないという程度だし、もっとつっこんでいえば、そんな社会は今よりもいいかといえばそんなことはわからない。もっと根深い問題がでてくるだけのことだろう。

それにマザーテレサやガンジーなら別だけど、そもそもいじめをなくすことなんてできないのだろうな。

だからせめて、そういう時に命を絶たなくてすむにはどうしたらいいか、そういう時にどういう自分でいたらいいか、どう打破するか、ということを考える方が大事なのかも知れない。

生きると言うことは清濁併せ持ってて、正義も悪も、光も影も、どちらかだけが存在することは出来ないし、切っても切り離すことはできない。それをちゃんと自覚しなくちゃいけないのだろうな。

表だけをすっぱ抜いてみんなで拍手するのなんてそもそも絵に描いた餅であって、それもまた視野の狭さなのだろうな。

どんなことでも自分の尺度で物事判断してるのは紛れもない自分で、森口氏の事で、そうだそうだ!いじめはやめろ!と言ったところで、自分もいつ手のひら返すかもわからないし、一貫してないのは同じなのだ。

そういう自分をわかってないとすぐに天狗になって傲慢になって、自分だけは違うしわかってる見たいな顔しちゃうからな。そしたら、結局みんな同じところに陥る。

なんて。

深夜の手紙は読み直せというが、読み直さないでUPして寝る。

凡夫凡夫。

しかし仏教ってすごいよな。こういうことがもう何千年前にも考えられていて、すでに教典に書かれているのだから。


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Title: おかみさん。
2012.10.15

 iPS細胞を使った世界初の治療をおこなったと言っていた、森口尚史氏が連日マスコミで叩かれている。

大部分が嘘だったのか間違いだったのかはわからないけど、記者会見での記者の質問やマスコミでの叩かれようをみてると、本当にこれが今の日本社会の根底に流れてる暗部だとすら感じる。

これと同じ事が学校で起きたら、いじめと呼ばないのだろうか。

自己顕示欲なのか功名心なのかプライドなのかはわからないけど、つまらない見栄を張って嘘をついた奴がクラスにいたとして、そいつがそうしょうもない弁解をしたり、しどろもどろになりながらも、ヘラヘラしながら曖昧な受け答えをしていたとしたら、その姿にイラッとしたから、嘘を認めないからという理由があれば、毎日問い詰め続けて、嘘を認めるまで追い込んでもそれは正義なのだろうか。

いじめのきっかけなんてものは、本当に些細なもので、ちょっとした受け答えが気に入らないとか、受け答えがきもいとか、つまらない嘘をついたとか、そんなことが発端でいじめがはじまる。

よくいじめられる側にも理由があると言うが、理由があるとしたら、そういうつまらない間違いや嘘であるかもしれないし、時に自分でも気づかないような些細な癖とかそういうレベルのものかも知れない。それでも十分に相手にとってはいじめる理由になる。

いづれにせよ、今回の森口氏のようなことの縮小版のようなものなんだろうと思う。

それを許容して、追い詰めないということがいじめをなくすということだ。

そういう奴もいるよね、そういう時もあるよね、そういう自分って誰の中にもあるよねと言えることがいじめをなくすことだ。

それに結局そういう心持ちが結局は自分自身の首を絞めないと言うことであるし、もうすこし住みやすい社会をつくるということに繋がるのだと思う。

いじめ問題がとりあげている時は、マスコミもコメンテーターも、どうやったらいじめをなくせるか、どうしてなくならないのだろうか、まじめな顔で議論してる癖に、こういう時には手のひらを返したように誰かを追い詰める。

いじめがなくならない原因はまさにそういう自分自身の中にあるとなんで気づかないのだろうか。

ただ自分は森口氏を擁護してるわけでもないし、弱いものイジメする人を批判してるわけでもない、実際森口氏には、叩かれるだけの要素がぷんぷんしてると思うし、つまんない嘘ついてんなと思う。しかもどうしょうもない弁解すんなと思う。

でも好きでも嫌いでもないし、以上も以下もない。知らない人だしどうなっても知ったことない。

ただどうしても引っかかるのが、普段いじめをなくしたいといってる奴がこういう時に自分を棚に上げて、その原因が自分の中にあることにも気づかないで、手のひらを返したような矛盾した発言するのだけは見ていてモヤモヤがとまらない。

毎日こんなことがテレビで平然と流されて、多くの人が弱いものイジメをみながら、朝飯くってんだ。

いじめなんかなくなるわけない。

世界が平和にならないのは誰かのせいじゃない。



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Title: えんぴつ。
2012.10.10

つくづく人生というのは、不可抗力の連続にどう向き合うかということなのだと思い知らされる。

理屈で片付くことは、所詮理屈で片付くことなのだ。

この不可抗力をどう処理するかを考えていくということが生きていくということなんだろうと思う。結局のところ生きるというのは、幸せになるためにあるのではなく、生きていれば時々幸せなこともあるかもしれないよってくらいのものなんだきっと。

小児病棟には、いろんな管に繋がれて、病室に横たわっている子どもたちがたくさんいて、あっちこっちでアラームが鳴ってて、泣いてるこがいて、そこにいる親たちや、そこで働いている人たちを他人事のように眺めながら、生死を語るには自分はまだまだ生死を知らなすぎると思った。

そして、あたりまえの日常をあたりまえに感じて、なにか物足りないと思うということは、つまりはそれを幸せと呼んでいいのだきっと。

もっと頭ではないところで知らなきゃならないことがたくさんある。

学ばされることばかりだ。

世界は善知識そのものだ。

しかし年をとればとるほど、自分の中に仏教がなかったらと思うと空恐ろしくなる。


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Title: しろいはな。
2012.10.07

先日「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為に」とかそういう事について自分の思うことを書いたのだけど、言葉たらずで、うまくまとめきれなくて、嫌な想いをした人ごめんなさい。

決して「感謝」や「おかげさま」や「誰かの為」を否定してるわけではない。

そんで昨日今日と、自分がなんでそんな小さなことにひっかかって、あんなことを書いたのかを考えたのだけど。

少し前に被災地である人の話を聞いたときに。

一族みんな津波で家を流されてしまって、唯一長男の家だけが流されずに残ったので、次男の家族と三男の家族みんなが、長男の家に暮らしている家があって、「家族のおかげさま」「こうやって助け合えることに感謝」と震災以後家族で手を取り合いながら、助け合いながら暮らしていた家があったそうだ。

きっと被災地ではこういうことはたくさんあるのだと思う。

でもそこの長男の家のお嫁さんは、心を病んでしまうほど苦しみを抱えていて、その苦しみを誰にも打ち明けられずに震災以降過ごしてきたそうだ。

ある日を境に、家族だから、一族だからという理由だけで、みんなの世話をしなければならないだけでも、大変なのに、「ありがたい」「おかげさま」という言葉をかけられ、ましてや震災でみんなが苦しんでいるときに、自分の苦しみや不平不満などいえるはずもなく、その想いを抱えてきた結果心を病んでしまったのだろうと思う。

「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為」とか、そういう言葉はとても大事だし、そういう想いはなくてはならないと思う。

でもその反面、その言葉は時に凶器にだってなる。

それが家族だろうと友達だろうと。

そういう自覚って大事なんじゃないかと思う。

それと。

例えば、友達に感謝、友達のおかげさま、親の為に、子どもの為にとか、そういう想いも同じで、それはあくまで自分にとって今の状況が都合がいいからそういう言葉がでてくるのだという可能性を忘れてはいけないのだと思う。

お寺にいて色々な家族や、色々な状況を見るから感じる事なのかも知れないけど。

友達の状況や環境が変わって、急につきあいが悪くなったり、自分よりもいい仕事をするようになったり、大金を稼ぐようになったりして、自分の思ってた状況と変わってきても、羨んだり、妬んだりせずに、それでも「感謝」とか「おかげさま」と言い続けることはできるのだろうか。

親の為とか子どもの為って一生懸命なにかに打ち込むことも大事だと思うのだけど、親孝行とか言っていてももし、親がが呆けてどうしょうもなくなって、自分に悪態ついて、排泄物をなげつけてきても、それでも親の為にと思い続けることができるのだろうか。

できる人もきっとたくさんいると思う。

でも正直言えば自分にはそんな自信はない。

いま色んな事に感謝してるけど、それは状況が変われば手のひら返したように憎くなるかもしれない。かもしれないというかきっとなる。

だからいま感謝をしないとかそういうわけではなくて。

いま自分のいう「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為」とかっていうのは、その程度のものだという認識をもっていたいと思ってるし、同時に他人が自分に向けてくれている「感謝」や「おかげさま」や「お前のため」もその程度のものだと思ってる。

だからこそ相手が気持ちが変わろうと、手のひらを返してきたとしても、それは既存設定だと思うし、それを許容して共感できる自分でいたいし、そういう言葉の1つにほだされて右往左往するような自分ではいたくないと思ってる。

「感謝」とか「おかげさま」とか「誰かの為」とか。もっと言えば、「大好き」とか「愛してる」とか。

そういう類の言葉は全部、いま自分が思っているよりももっと深くて、自分の都合のいいときだけに振りかざせばいいようなものではなくて、ましてやキャッチコピーのように、印籠のような使い方をしてると、どんどん価値が下がっていって、言葉の価値が下がると、そこに引きずられて、心とか想いとか、そういうものまで表面をなぜたような所までしか感じられなくなってしまうそうな気がするし、自分自身への戒めとしても、そういう気持ちを忘れないようにしたいと思ってる。

「慈悲」の「悲」は、きっとそういう人間の既存設定に向けられたものであるし、それを自らが既存設定として受け入れられないことへの悲しみなんではないかと思った。

なんかあれを書いてから、なんで自分はあんなにムキになってそんな所に引っかかったのだろうかと思ったのだけど、結局のところ、自分は苦しいの嫌で、苦しみの原因みたいなものがなんであるかもおぼろげながら見えてきた中で、それを肯定してしまうことが、なにか相手に対して、そして自分に対して妥協みたいな感じがして嫌だったのだということで一件落着、自己解決したような気がする。




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Title: そうそう。
2012.10.02

ここ数日で感じたお寺とか僧侶っていうこと。

最近では法事で家にお参りに行って、家族3代くらいがみんなあつまって畳に正座してお経をみんなであげるみたいなスタイルは少なくなってきたのだけど、いまだそのスタイルをずっと貫いているお宅にお参りに行ってきて、法事が終わってみんなでお茶を飲みながら真宗の話なんぞをする。

そして、そこのおじさんが、亡くなったうちのおじさんの話や、おじいちゃんの話を教えてくれる。それと同時に自分がそこの息子さんやお孫さんに、その家のおばあちゃんに自分が小さいときに聞いた話を話したりする。お宅の先祖はもともと愛知から来てね、戦争中はここのおばあちゃんと、おじいちゃんが2人で焼け野原だったここに家をたてて、うちのお寺とはそこからのつきあいで、戦後はよくうちの先代のおばあちゃんと一緒に歌舞伎見にいってたみたいですねなんて。

お寺に来ると、自分の息子や親には話さないような話をしていく人もたくさんいるし、色々な話の中で、きっとその家の若い世代よりも、その家のルーツや、お墓にはいってる先祖の事を知ってるという場合もある。

前にトミーと呼ばれている犬がいて、その家のおばあちゃんが富十郎という歌舞伎役者が好きで、そこから名前をつけたのだけど、呼びにくいから通称トミーと呼んでいるという話をよくお寺でしていたので、その話をお孫さんにしたら、そんなことは知らずに初めからトミーが本名だと思っていたということがあったり。

また、お通夜に行って、何年も話だけ聞いていた息子さんに初めてお会いした時も、亡くなったお父さんがお寺に来る度にその息子さんの話をしていたので、むこうがびっくりするぐらいその人の情報を自分が持っている時もある。そんで息子さんは親父ってそんなに話好きな人だったんですねぇなんてこともある。

そんなやりとりをしながら、小さなことだけど、こうやってお寺や僧侶を介して少しづつ世代が繋がっていけるということは、とてもありがたいことだと思うし、大切な事だと思う。

それと。

先日めずらしくうちの住職(親父)と通夜葬儀にいったのだけど。火葬場で骨上げの時に、亡くなった人の娘さんが、アメリカに住んでいて、なかなかお墓参りにこれないので、骨を少し持ち帰っていいかと言われた。

そしたらいつもは、何を聞かれてもいいんじゃないんですかとか適当なことばっかいって、家でラジコンばっかやってる住職なのだけど、めずらしく、

よくそういう風に骨を持って帰りたいという人がいますが、一時的な感情でそうなさりたい気持ちもよくわかります。でもみなさん何年かして気持ちが落ち着いたときに、その骨をどうしていいかわからなくなったり、次の世代になったときに、お参りにいくと、仏壇や棚の隅でお骨が埃をかぶっているのみかけることがあります。

ですからできれば私はお骨を身につけたりせずに、お墓に納骨されたほうがいいと思います。正直いえば骨には特に意味はありません、そこに魂が残っているわけでもありません。気持ちはすごくわかりますが、お墓に手を合わせたり、お墓にこれなければ写真の前で手を合わせるだけでもいいです。大事なのはその気持ちですから、今の自分の気持ちを慰めるという意味で、家にお骨をおいておいたり、身につけたりするのはおすすめできません。

ときっぱりいった。

たまには住職らしいことをいうんだなと思いながらも、そこまできっぱりいうのがめずらしいので、ずいぶんはっきりいったなっていったら、だってまたお墓あけて骨戻したいとかいわれたらめんどくさいじゃんって言ってた。

それはそれで微妙な答えなんだけどでも、こういう会話をしておくことも、聞いておくことも、お寺にとって大事な事なのかも知れないと思った。

それと。

痴呆が進んで日常生活もままならなくて、言葉もほとんどでなくなってしまって、現在は介護ホームにはいっているおばあさんがいるのだけど、先日、ホームで暮らしている間に自宅でご主人が亡くなった。

おばあさんを葬儀に参列させるべきかどうか娘さん達は悩んだそうなのだけど、最後のお別れだし、いくらわからなくなったといっても、自分の亭主の葬儀に参列できないのはかわいそうだということになり葬儀に参列することになった。

おばあさんの元気な頃を知ってるだけに、久々にお会いしてその変わりようにびっくりしたのだけど、それでも終始みんなの話をにこにこしながら聞いてる姿を見ていると、本当に何にもわからないのだろうかと疑問に思うほどだった。

そして葬儀の後、出棺の時に葬儀屋さんが、最後のお別れをどうぞといったら、そのおばあさんが棺にとりすがって、亡くなったおじいさんの顔をなでながら「これから一体私はどうなるの」と涙をこぼした。

火葬場でも、棺の前から離れようとせず、最後までなにかぼそぼそとおじいさんに話しかけていた。

どこまでわかっているのかわかっていないのか、誰にもわからないし、きっと明日になったらまた何事もなかったように過ごすのかも知れない。

でも、そんな姿を見ていて、悲しみとか愛情とか、いろいろな想い出とか、そういうのは記憶に残っていなくても、心の奥底とか、もしくは遺伝子みたいなものに刻み込まれているのかも知れないと思った。

1日1日の些細な出来事の積み重ねで、自分の人生というのはできあがっていくのだと思う。

きっと家族でも好きな人でも、だれでもいいけど、その人に対する想いというのは、小さな感情の積み重ねで、煩わしい時もあるし、めんどくさい時もあるし、顔も見たくない時もあるかもしれないし、逆に頼りにしてる時もあるし、その存在に救われる事もある。

そういうコロコロ変わる感情の積み重ねが自分の人生にはしっかり刻み込まれていて、呆けてしまおうと、話せなくなろうと、耳が聞こえなくなろうと、自分が感情を表現する方法がすべて失われたとしても、そういう時間の積み重ねや、共有した相手への思いというのはきっと心の奥底には刻まれているのだと思う。

それをすごく実感させられた。

そしてそれはすごく大切な事だと思う。

いつか、この話や想いを、おばあちゃんの孫やその子どもに話す機会があったら、元気な時のおじいちゃんとおばあちゃんの話とともにしっかりと伝えたいと思う。

最近、こうやって世代を繋いでいくということが、お寺の持つ大事な役割であるし、僧侶の大事な仕事であると思う。そして自分の記憶や想い出がそこを担っていうということが継ぐということであり、世襲であることの大切な意味なのだと思う。



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Title: ぱーぱす。
2012.09.28


仏教ってきっと幸せになるためのものだと思ってると絶対にわからない部分があるんだと思う。苦しみを取り除くことと幸せになることは全くの別問題。


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Title: Φ。
2012.09.24

しばらく身体を動かしていないと、身体がなまってくる感じがする。

それがどうにも気持ち悪いのですこし身体を動かすと、全身に血流がまわって、身体がほぐれてすっきりする。

頭も同じなんだろうと思う。

なにかを考えている時に、頭の中を血流が回って、ほぐれてすっきりするような感じが心地よかったりする。「脳は大食いだから」と3月のライオンの中の台詞、身体の疲労は休めば回復するけど、脳の疲労はブトウ糖でしか補給できないそうだ。

考えるっていうのは、言い換えると、自分の経験の中から、様々な例を目の前の事例に重ね合わせて、自分の中でカテゴリーわけして、納得する理由、もしくは大義名分であったり、動機付けを探すことなんだろうと思う。

だからきっとある程度まで来たときには、そのスパイラルをぶっ壊さないと思考の幅って広がらないのかも知れない。

つまりはわからないということに気持ち悪さを感じるのではなく、わからないことをにわくわくできるような感覚を取り戻すことができて初めて次のステップに進むのかも知れない。

最近なんでもその繰り返しなんだということを痛いほど感じる。

長年できた常識とか習慣に埋もれたところで成長はおしまいだ。

*

めんどくさいやつだと思われたくないという気持ちと、めんどくさいと思われてもいいやという気持ちと、そのバランスが自分の心のバランスそのものなんだろうと思う。

*

どんなことでも、いくらでも難しく伝えられるし、いくらでも簡単に伝えることはできるのだと思う。
ただ後者の方が極めて難易度が高いという話で。

どうで挑むなら難易度の高い方に挑みたいっていう気概だけは忘れないようにしたい。

*

言葉ではなく、文字でなく、仏教を伝えることができる方法が必ずあるはずだと思う。

今の自分にそれができないのは、まだまだ言葉や、文字や、小手先でしか仏教をいじくりたおしてないからだと思う。

*

仏法って、丸太の上に立ってバランスをとるようなものだと思う。それがなんでなのか昨晩夢うつつの中でだいぶ説得力のあるところまで検証できていたのに、目がさめたらその肝心な部分が思い出せない。

*

世界はΦでできているのだ。

*








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Title: しかみ像。
2012.09.21

実は、すこし前に資金運用に失敗して多額の損失をだした。

書こうか迷ったのだけど、その一件のできごとの中で感じたことや、わかったことはとても大切なことであると同時に、この教訓を忘れないために書き残しておこうと思う。

昨年くらいから、仕事に関しても、プライベートにおいても、色々なことがうまく回っていて、大きな仕事を任されてもしっかりと結果も数字もだせていたし、なによりも人前で話すことや、人と関わるという仕事の中で、おもしろいようにいい結果がでて、それにともなって自信もついてきたし、自分の成長に自分ですごく納得をしていた。

でもそれが間違いなく過信だったのだと思うし、自分の力で大概のことはなんとかできるとか思って天狗になっていたのだと思う。

自分のやりたいことや、思い描いてるものが大きくなってきた時に、心の中でもっともっとという欲が先走って、足下おろそかになっていたのだと思う。

身の丈に合わない金額を運用して、為替が一銭が動く度に、一喜一憂している自分を客観的にみて思ったのだけど、うかれてる真っ最中にいる時は、すべてが追い風で、どんな風でも順風満帆に感じるのだけど、ひとたび状況が変わるとすべてが向かい風になって、どんなに帆を張っても面白いように風は船を避けて吹くのだということをすごく実感した。

まさにこの世は無常の世で、一寸先は闇なのだと言うことが、どういうこのとなのか頭ではなくお腹の底から感じたような気がする。


それを実感する中で感じたのだけど。

なにかに迷っているときや、人生において大きな決断をするときに、様々な情報や、過去の例や、色々な人の経験を元に、自分なりの予測をして、ベストだと思う答えを選択して進んでいくのだけど、それは結局の所、いい結果に結びついていると信じたい自分の背中をおすための口実がほしいだけなのだ。

冷静に情報や状況を分析しているように思えても、自分の心に追い風が吹いているか、向かい風が吹いているか、それによって、最後に背中を押してくれる材料を探しているにすぎないのだ。

追い風の時は足をだす勇気になる情報を、向かい風の時は、あきらめる勇気になる情報を、無意識に選択しているにすぎない。

この世の中で情報はとても大切だ、情報に勝るものはないと言っても過言ではないくらい。情報をもっているかもっていないかということで人生に大きな影響を与える可能性すらある。でも情報自体もいつも動いていて、24時間刻々と変わる情報を捕まえ続けるということはとても難しいし、とても消耗する。

そして情報は、仕事でも恋愛でもなんでもいいけど、結果の善し悪しの確立を左右するものではあるが、人生が確立で成り立つのであれば、大抵の事は思い通りに進むはずだし、運命は手中におさめられる。でも現実をみれば、確立の及ぼす影響なんてものは人生においてたかが知れていると思っていた方がいいのだと思う。

その確立以外の何かをなんて呼ぶかは自由だけど、それは、運とか、運命とか、本願とか呼ばれている類のものであることは間違いないと思う。今回の事で、そういうものの影響を頭じゃなくて身体で受け止める体験、経験というのは、なんであれ大事な事だなと思った。

それと、含み損が大きくなってきた時に、それを取り返そうとしている時の自分の心の状況は本当に、ひどいもので修羅の心というか、普段平気な顔で、心穏やかになんていって、自分もそんな気になって、充実してすごしていたつもりなのに、一銭が動く度に、心がざわついて、損失が出る度に、誰かを妬んだり、怒ったりしたくなったり、逆に利益がでているときは、もっもっともうちょいいけるなどと思って欲望丸出しで、自分で自分の嫌なところが包み隠せないくらいに凡夫丸出しで、そういう自分に目を覆いたくなりつつも、そこにどっぷりと足を突っ込んでいるときは、そういう自分ですら肯定するための材料を探そうとするから始末が悪い。

なんかある程度の損失をだして、これはもういよいよだめだと思って損切りをして、損失が確定して、もう取り返す事への気持ちも折れてた時に、しばらくどうしょうもない気持ちと、損失がなければ何ができたのだろうか、なんとか取り返す方法はないかとか、そんなことばかり考えていて、その間に法事や葬儀をして、色々な話をしなければいけない時にも、話をしていて、自分の心の中がこんな状況なのに、人になにかを説いてる自分のギャップに、またどうしょうもなく落ち込んだりもしたのだけど。

でも何日か悶々として、全ての取引を終わらせて、もうチャートを気にしなくていいのだと思ったら、すごく心が軽くなったのと、当たり前にいままであったものの大切さとか、すでに手の中にあるものがすごくありがたいことなのだと再認識した気がする。

布施という言葉があるけど、手放してみると楽になるということが布施ということなんだろうと思う。お金をあげて損だとか、ものをあげて見返りを求めるとかそういうことではなく、手を離すことで楽になるのは間違いなく自分自身であるのだと感じた。

お金やものなど、財産はなければ困るし、あった方がいいのだけど、でもそれを手放すとか、不相応の中で満足することで、心がかき乱されないということがあって、それをまさに布施行というのだと思う。

為替のチャートをみていて、数字の上下に極楽の心にも地獄の心にもなり、最後は手放すことでそのどちらかも解放されたような気持ちになって、そんで今になっては今ここでこういう経験をして、もう二度と同じ轍はふまないし、自分にとってお金がどういうものであるかも嫌と言うほどわかったし、いくら悟ったような顔してても、数秒後には簡単に心がぶらんぶらんする自分にも出会えて本当によかったと思う。

むしろそういう自分に出会えないと浄土教は意義を失ってしまうのかもしれない。

為替もまた善知識だとすら思う。

そしてチャートの中にも聖道浄土のかわりめがあった。

恥ずかしながらお金にまつわることで、欲望を丸出しにして痛い目にあったという今回のことは1ミリも無駄にしない。

徳川家康は、武田信玄率いる騎馬隊に惨敗した時、敗走後の自分の情けない姿の肖像画を絵師に描かせ生涯教訓にしたという。そういう意味でも今回の教訓は忘れないように書き記しておいて、たまに思い出して今後の糧にしようと思う。

なむさん。

幸いにも家族や仕事で路頭に迷うような金額ではないのでご心配なく。








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Title: 居心地。
2012.09.16

結局一番大切なことはなにかといえば、承認されること、受け入れてもらうこと、共感してもらえることで、これが欠けることで人の心は様々な問題を抱えてしまうのだろうと思う。

そしてそれが確保できる場所を守りたいというこという動機はとても強い。

人間の行動のほぼ8割はこれがほしい為にすることといっても過言じゃないような気がする。

悲しみも、喜びも、愛も、恋も、友情も、家族も。

結局のところ、そこまでしてでもそういう居場所を確保していないと、人間は自分で自分の認識をしっかりと保てない生き物なんだろうと思う。

それがすべての答えのような気がする。

そしていつもその喪失と隣り合わせに生きていて、その潜在的にある喪失の怖さというのが、人間の弱さと脆さであって、同時に愛おしい部分であるのだろうと思う。

なんか結局そういうことなのだな。

最近自分の中に仏教があってほんとによかったと思う。

その居場所を自分の外に求めて、さがし回っていて、居場所があるうちはいいけど、いつか歩けなくなったとき、いつか自力で立てなくなったときに、その喪失感に苦しまなくていいように、その居場所がなんで居心地がいいのか、その居心地のよさを生み出しているのはなんなのか、それをちゃんと考えて、解明していくことで、その居心地のよさも悪さも、他でもない自分自身でつくりあげているものだということに気づきなさいと、そう教えてくれるのが仏教なんだと思う。

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Title: 向日葵。
2012.09.16

ものすごい嫌のことがああったり、とりかえしがつかないことをしてしまって、ああ時間を戻すことができたら絶対にこの状況は避けたかった・・・などと悶々とするということが人生には時々ある。

そういう時には大抵今手の内のあるもののありがたさに気づかされたりする。

昨日まではなんてことないあたりまえのことが、実はありがたいことだったと気づかされるような経験をすると、自分にとっての悪いことは、おい調子にのって、悟ったような顔してると痛い目見るし、満ち足りたような顔して勘違いして生きていると、大切な事を見失うぞといわれてるのじゃないかとすら感じる。

なんてポジティブシンキング。

いいのかわるいのかわからないけど、いいことも悪いことも、マイナスなことは1つもないと思ってる。

たまには冷や水浴びせられないと木に登っちゃうこの愚鈍な我が身。

どうしょうもないことをどうにかしようとおもってもどうしょうもないのだ。

またたんたんと歩いて、また調子にのって、またこけて、そんでまた歩けばいいだろう。

*

アメリカにいるいけすかない友人とこないだ話していて、そのアメリカ人は小学校からのつきあいなのだけど、その友達が、「最近思うのだけど、おれら公園に恵まれてたよね」と言っていた。

小学生の頃そいつは日本にいて、近所に住んでいてよく遊んでいたのだけど、たしかに住んでいた所の周りには恵まれた公園がたくさんあったし、大学の時に、そいつが留学してきて京都で一緒に遊んでいたときにも、自分の下宿先の前の公園でよく遊んだ。

言われてみれば、いつも自分の住んでいる場所の近くにはいい感じの公園があって、うかれてるときも、落ち込んでるときも、どんなときでも公園でその思いを消化したりしていて、公園での思い出というのは自分の中に多いかも知れない。

なんか言われておもったのだけど、自分の今していることや、やりたいと思っていることというのは、そういう小さな記憶や体験の蓄積が影響を及ぼしているのだろうな。

*

遅ればせながら、夏にもらって、子どもたちと蒔いたひまわりが花をつけた。

夏真っ盛りに咲かなかったので心配していたのだけど、このお彼岸前に小ぶりなんだけど、ものすごく生き生きとした花を咲かせてくれた。

みんなの期待を一心にうけつつもいつまでも花をつけずに、じらしにじらして、しらっとこの後に及んで花をつけたとおもったら、すぐに種をのこして枯れていく。

なんかすごく粋なひまわりだった。

*

小学校にあがってできることは小学校でやればいい。幼少期にしかできないこと、その時期にしか学べないことはなんなのかを真剣に考えて実践することと、園児を確保するためになにを打ち出すのかということは時に相反する部分があって、そのギャップを埋められるようなカリスマ性は自分にはまだない。

*

himawariii.jpg








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Title: 國権
2012.09.12

自分の中ですっきりとしたこと。

正直にいうと、そもそもカウンセリングとか傾聴とかそういう類の人の関わり方を懐疑的に感じていた。

自分が昔カウンセリングを受けた時に感じた違和感がぬぐい去れなかったというのもあるのだろうけど、それだけでは片付けられない違和感みたいなものをいつも感じていた。

なにか自分の手の内をさらさないで相手に両手をだせというようなスタンスで人に関わっているように感じてしまって、性に合わないというのが正直な気持ちかもしれない。

しかし明確になんで違和感を感じるのかということにはずっと答えをだせずにいたのだけど、昨日ある精神科医の先生の話を聞いて、その喉につかえたような違和感がすっきりした。

その先生は、ひきこもりをはじめPTSDや心に傷を抱えた人達へのケアの方法を学術的にお話してくださったのだけど、一番印象的だったのは「人薬」という言葉だ。

喪失感によって心を痛めた人達をどう癒していくかという話の中で、その先生は喪失感は自己愛の欠落であると表現された、何かを喪失したことで、自らの自己愛も欠落し、そこから自信失い、自分を見失い判断力すら失っている状態を心の病の状態であるという。

その状態を正常な状態にもっていく時に、まず人と関わる中で、相手からの共感、承認を得ることで、しっかりと自己愛を取り戻し、そして自信を取り戻していくという。そしてプロセスにおいて人は癒されていく、人と関わることで人は癒されていく、もちろん通常の薬を使うこともあるけれど、それは万能なわけではなく、最後は人でしか人は治していけないというニュアンスの話をされていた。

そしてそれは決してバーチャルでは代替えできないと強く断言されていたのが印象的だった。

実はこの喪失感を自己愛と表現されたことが自分の中ですごく安心したというか、自分の中でのどのつかえのとれる一番の要因になったと思う。

正直にいうと、例えば葬儀の時や火葬場で家族を失って、泣き崩れている人を見ているときに、ふとその涙は誰のための涙なんだろうかということを感じることがよくあった。

そういうことをいうと引かれそうだから、あまり口にはできなかったのだけど、泣くということは、何かを失ったかわいそうな自分に流す涙であって、寂しいとか悲しいも、すべて主観的な感情であって、結局の所人間というのは、最後の最後も自分の為に涙を流しているのだなと感じることがよくあって、むしろ浄土真宗である自分は、だからこそそこに本願の頼もしさを感じたりするのだけど、そういう思いをうまく言葉にすることもできず、誰かに伝えることもできずに、いつも自分の中でその答えを探していたように思う。

仏教においてもまさに、喪失感や苦しみに対して、その要因となるものは何かといえばそれは自己愛であり、執着によるものであるといえる。

その点で、精神科医の視点と、僧侶と視点というのは、同じベクトルを向いているといえると思う。

しかしここからが自分の中でなぜ違和感を感じていたのかという部分なのだけど。

「人薬」というのは、人の作り出したものであり、むしろ言い方を変えれば、その薬は普遍なものではない。他人からの承認や共感によって傷が癒されていくというプロセスは間違いないと思うのだけど、そこで癒された人がまた何かを喪失したときには、きっとまた「人薬」を求めるのではないかと思う。

しかしそれはそこに人がいなければ成り立たないとも言い換えられるのではないかと思う。

それと同時に必ずしも人は薬になるとも限らない。人薬を頼って、だれかに寄りかかったときに、さらに深く傷つくということもありえる。それは癒してくれる対象が不完全な人間だからだといえると思う。

精神科医の先生達は異論をとなえるだろうし、カウンセリングや傾聴をしている人達からしたら納得してもらえないと思うけど、どんなに訓練をしても、どんなに人と向き合おうと、人間は所詮不完全だ。だから必ずしもいつまでも薬で居続けられるかどうかはわからない。

苦しみや喪失感がある程度のレベルまで来たときに、「人薬」には限界がくると思う。

しかしこれもフェーズの問題であり、「人薬」できれいに回復する人達がいることも間違いなく、それを否定する訳ではなく、その範囲の中で掬える人を救っていくということは絶対になくてはならないと思う。そこで1人でも多くの人が立ち上がり歩きだせるようになってほしいと思う。

それを踏まえた上で、僧侶の立ち位置というのが、精神科医の観点と違うのは、僧侶はその治療を仏法で行う、仏法をその人の中に落とし込むことで、その人が人薬を自己精製できるようにすることが大切といえばいいのかもしれない。

うまく言葉にできないけど、心理的な治療というのは、有限対有限の対比であるのに対して、宗教というのは、有限と無限の対比であるということではないかと思う。

もっと例えるなら、心理的な治療が外科治療だとしたら、宗教的な治療は、外科治療であるのと同時に、習慣予防みたいなものまでが含まれるのだと思う。そして最終的には自分で外科手術ができるようになるようになることなのだけど、それを代わりにやってしまうのではなくて、自分でできるように良くできたマニュアルを渡してあげることなのだと思う。

僧侶の仕事はそのマニュアルをいかにわかりやすく、現代語に訳してあげるかということであり、そのうまさこそ僧侶の資質なのだと思う。

仏法による救いは、いくつになっても、どこにいても、だれかがいようといまいと、絶対に変わらないし、個別の苦に対してしか対応できないわけではなく、あらゆる場面での苦に対応できるもので、仏教を自分の中に落とし込むというのはそういうことなのだと思う。

仏法に限ったことではなく、宗教というのはそういうものだと思う。

逆にいえば宗教はそうでなくてはならないと思う。だから救いを与えてくれる対象が有限である宗教は、カルトと呼んでいいと思ってる。

仏教には「自灯明・法灯明」という言葉がある。自らを灯火とし、法を灯火としなさいと書いてある。法というのは普遍的な教えということになると思う。普遍的な教えというのは、何百年も前から同じ事を繰り返し、かわらない人間の取り扱い説明書みたいなもので、それを紐解きながら、自分と照らし合わせて自分の扱いにもっとうまくなりなさいとうことなのではないかと思ってる。

これは自分の中では、自分の心の主導権を自分の外に置いてはいけないといっているのだと思っている。

なんか一言にしてしまうととてもシンプルになってしまうのだけど、

「自灯明・法灯明」

僧侶が自分で誰かを救ったら、それは仏法ではない。

これがいままでカウンセリングや傾聴、心理学的なアプローチ全般に対して、自分の感じていた違和感の答えであり帰着点なのだと思う。

その違和感は自分が僧侶であるがゆえであるのだと思う。

文章にすると難しいし誤解も招きそうな書き方をしたのだけど、僧侶である以上、仏法に根拠を求める姿勢を忘れてはいけないということで、仏法に根拠を求めて変えるべきは、誰かではなくまず自分であるということも忘れてはいけないことであるように思う。

なんか昨日の今日でまだ頭の中がちらかっているし、うまくまとめきれないのだけど、備忘の為に残しておこうと思う。




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Title: じがむが。
2012.09.06

自分の意識、自我をどこに置くかということについて、自分の中ですっきりとしたことがある。

ここ数年、色々な人の活動をみていて、この年になると、それぞれの生活や、人生を取り巻く環境というのはおもしろいくらい違いがでてきていて、FBを見ていてもそうなんだけど、会社を起こす人、会社に勤める人、社会活動をする人、家族と日々を穏やかに暮らす人、それぞれが今の生活を大切にしていて、それぞれの想いをもって生きている。

そんな中で自分は、世界で活躍する人を見て、自分もがんばらねばと思ったり、家族を大事にする人をみて、自分もそうあらねばとおもったり、会社でがんばってる人を見て頭がさがるおもいがするわけです。

そして同時に誰かと自分を比べてそのギャップにモヤモヤしたり、自分の小ささを思い知らされたりするわけです。

そういうぐずぐずとした思いをするたびに、FBやめようかなとか逃げ出したくなったり、人は人だからとか思いながらも、自分はこんなにがんばってるんだとか、こんなことやってるんだぜと自己顕示したくなっている自分に嫌気がさしたりしながら悶々とした日々を過ごしたりすることもあるのだけど。

でもなんかふと思ったのだけど。

それは、自我をどこにおくかという問題なのだ。

自我を会社というものにおけば、会社でがんばる自分が自分を支るアイデンティティとして確立されて、自然と行動も言動もそういう風になっていく。同時になにかが二の次になる。

それが、社会活動をすることでも、家族でも、遊ぶことでも、どこにおいたとしても、どこかに自我を置くことで、その環境における自分を自分で支え、大義名分をみつけて、その場所にいる自分を肯定して、保身するようになる。

その固執が、なにかを二の次にする。

そして自分の二の次にしたものが、だれかの自我の置き場所であったりする。

家族と一緒にいて幸せにいることに自我をおいている人間が、社会活動に自我をおいている人を指して、まず自分の家族でしょといったり、会社に自我をおいている人が、趣味に自我をおいている人に、遊ぶ前にまずやることあるでしょとかいっても、それは堂々巡りなんだ。

結局これのぶつかりあいなんだと思う。生きるということは。

そうおもってさらに考えてみたのだけど。

仏教というのは、自我をどこにおくのだろうか。

一見その答えは「人間」なのではないかと思ったのだけど、それだと人間において都合のいいことはいいけど、動物や植物や地球はどうでもいいことになってしまうし、それよりもなにより生命至上主義になってしまう。

そうすると生きることが何よりも一番大切だというおかしなところに落ち込んでしまう。

たぶん、ここを勘違いしてる僧侶は多いと思う。

でもそうじゃなくて、きっと仏教でいうならば自我をおくべきはもう一つ上の場所なんだろうと思う。

もう一つ上というのを言葉で表現すると急に宗教じみた言葉でしか表現できなくなるのが嫌なのだけど、人間も動物も、植物も、もっとっもっと大きな部分に自我をおくということは、同時にそのはかりしれないサイズに自我は無我になってくるのだと思う。

究極のところの話なのだけど。

どこかに置くというよりも、どこにでもおいていいのだけど、それはどこか特定の場所ではなく、流動的にあるべきであるということなんだろうと思う。

それは芯をなくして、主体性をなくすということとは違う。

まだうまく言葉にできないのだけど、生きてると生かされているの感覚の差はここから生まれるのだと思う。

仏教においてこの生きてると生かされているの感覚的な違いは、些細なことのようでとても大きな事なのだと思う。


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Title: どうどうとどうどうめぐり。
2012.09.01

最近の自分の書いたものを読み返したり、言ってることややってることを改めて見直してみると。

なにかにとらわれたり、固執したり、捕まったりする類の感覚や状況に陥らないようになりたい。

ということに捕まっているように思えた。

捕まるまいと思えば、捕まらないということに捕まる。

このどうどうめぐりの鎖はどこかで断ちきれるのだろうか。

きっとたちきろうと思ったらそれももう堂々巡りのひとかけらなのだきっと。

非想非非想処ってか。

しばらくはこうやって、どうどうとどうどうめぐりするばい。


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Title: むじつのつみ。
2012.08.29

なつおわっちゃうのかね。

もう秋はそこまできてるのかね。

足音に聞こえないふりをできる時間はあとどのくらいあるのだろうか。

年をとると時が過ぎるのが早く感じると言うが、最近1日がながくてしかたねぇ。

*

出生前診断で99%ダウン症がわかるようになったそうだ。

しかも検査方法が簡単であれば、これからこの検査は一気に普及するだろうし、その結果によっては、生まれるべきはずだった命が間引かれることになっていくのだろう。

こういう技術が進歩して、実用レベルになってきたときに必ずぶつかるのが倫理感というもので、こういう問題が持ち上がると必ず一部の僧侶が倫理感に反する、命の選別はやめろ的なことをいうことがあるのだけど。

自分が僧侶として思うことは、この検査をして、自分の子どもがダウン症であることがわかった時に、堕胎するか、それでも生むかということはその人の置かれた環境や、立場や、それこそたくさんの縁によって判断されることであり、その判断自体に是も非もないと思ってる。無論堕胎をすること、命を間引くことに対して、肯定はしないし、むしろそういうことが起きなくていいなら根絶したいと思う。

でも自分だって、その状況になったらどちらを選択するかもわからない。

選択というものには、いろいろな想像を超えた様々なものが作用する、それは一人の人間の脳みそのはじきだせる限界をこえていて、考えたって答えの出るようなものではない。

いづれにせよ、どちらの選択をしたところで、いづれにも苦しみが生じる。その生じた苦しみにいかに向き合うかが僧侶の仕事だと思っているし、その答えと解答を1つでもおおく教典の中に学んでおきたいと思っている。

苦しみを生み出す元を絶たなければ意味がないという意見もあるかも知れない、焼け石に水みたいな作業かも知れないけど、目の前にいる袖ふれあうところにいるところの人達の中に生まれた苦をとりあえず、船底の水を掻き出すみたいに対処していくことが自分のできることであり、やるべきことだと思ってる。

*

つらいときとか、悲しいときに、昔の良かったときや、楽しかったことを思い出して、そこにすがりたくなったり、さもそれがまだそのまま残ってるかのような幻想に癒されて、そこで背中を押されてまた歩き出せると言うことはよくある。

自分自身いままで何度もそれでまた歩き始めることができたし、何度も救われたのだけど、そういう自分は好きじゃない。

過去に癒されるほど今に絶望するまえになんとか立て直す術くらい身につけていたいし、今よりも過去が素晴らしいと思うのは自分の努力不足だと思ってる。

環境や状況や、その他諸々の諸事情を自分の力で変えたくても変えられないし、どうしょうもなく今に絶望しているとしても、やはり自分を変えられるのは自分しかいないと信じてる。

*

年をとればとるほどに遊ぶということの価値は重要性を増すし、遊ぶにもうまいとへたの差が顕著になってくる。

周りを見渡せば、世の中には本当に遊ぶのがうまい人が多いなぁと思う。どんな遊びでもいいけど、時間もお金も錬金術のようにつくりだして遊んでいる人をみていると自分もまだまだ遊び足りないなと思う。遊ぶのがうまいっていうのは才能だな。

遊ぶということは好奇心と想像力を研ぎ澄ませることだと思う。自分からしたらどうでもいいようなことを夢中になっているおじさんとか見てると、そんな感性をもって年をとれたら幸せなんだろうなと思う。

時間がない、お金がない、だから遊びは二の次だというのはよくわかるけど、でも二の次になっても遊ばなくていいということではないと思う。遊ぶと言うことは、無理に時間を作っても、無理にお金をかけてもするべきだと思うし、若いうちにそこにお金をかけることは自分への投資だ。

無駄遣いかどうかは目先の損得だけがバロメータじゃない。

本当の豊かさは無駄の中からしかうまれないのだと思う。

何をしてたって人間最後はおもしろいかおもしろくないかで、人間関係だって年をとればとるほど、おもしろいかおもしろくないかで人を判断するようになってくると思う。

おもしろいことをしてない人が、おもしろいことを語れるはずもない。もし少し長く生きることができたとしたら、いくつになっても、おもしろいことを追いかけ回して楽しんでいたいし、おもしろいことの1つや2つくらい、子どもや孫に語れるような大人になりたいと思っているから、無駄遣いもするし、たくさん遊ぶことにする。

というただの自己肯定と、自己鼓舞。

*

昔はもやっとしてる状態で、なんとか文章に書き出して、そこから自分の中にあるものを俯瞰的に見て、自分の中にあるものを整理することが多かったと思う。今でも最後はそうやって考えるのだけど。

最近書き出す前の状態のもやっとした状態を頭の中でねかせてこねて、熟成させるという過程を楽しめるようになったかもしれない。

まだ書かない。まだ選別しないと。

書くということは結局どこかに無理矢理ねじ込んで、そこに後付けで意味をのせるようなものだから、それはそれで大事なのだけど、もう一つ頭の中でちゅうぶらりんのまま、思い出したように手垢をつけていくことではじめて見えてくるものがあるのかもしれないと思えるようになったら、感情や想いや願いとか、そういう抽象的なものに幅を持って、少しのりしろを多くとれるようになったような気がする。

*

あっちゃん(前田敦子)は顔から表情が読みづらい、感情を想定しづらいというところが最大の武器なのではないだろうか、人間はわからないもの予想できないものには無条件に畏怖するの法則であり、往々にして男子は追い続けてもわからないものを追いかけ続ける習性がある故にアイドルは天職だと思う。

*

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Title: ちんこん。
2012.08.15

葉っぱが緑色なこととか。空が青いこととか。雲が白いこととか。

それっていつだって目に入っているのだけど、でもそれは目に入ってるだけで、時々それをちゃんと見てみると、その1つ1つが纏っているものが本当に素晴らしく愛おしいことなのだと思う。

そうおもうと世界は限りなく広い。

なんて妄想を、耳障りよく言葉に紡いだところで、そんなものはウニ1つ踏んづけたら立ち所にかき消えてしまうのだ。

足の裏がズキズキして、なんで自分がこんな目にとか思うのだ。

たった1つのウニで、有頂天から真っ逆さま。

それが人生なのだな。

もやっとのほほんと、夢見心地でいる時に、顔に水をかけてくれる存在こそが善知識なのかもしれない。

そう思えばウニも善知識なのだ。

そういうきっかけがあちらこちらに落ちているからこそ人生は面白い。

足の裏のトゲをさすりながら、やるなウニめ。とかのたまわってみる。

そんな終戦記念日。

目を覚ますのはまず自分だな。


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Title: 傷。
2012.07.17

ダライラマ14世の言葉、備忘の為にめもめも。

仏教は論理的に物事を捉えることで、真理にアプローチしようという宗教です。人間とは何か、心とは何か、幸せとは何か、世界とは何か、幸せとは何か、世界とは何か、その概念を見直し、徹底的に探求し、その中にある真理や法則を説き明かします。その上で、一人の人間としてどう生きていくべきかを見定める。だからこそ、自分だけでなく、仏教徒だけでなく、全ての人人間に当てはまる答えに帰結するのです。


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Title: 無常。
2012.07.17

原発がなくなれば今よりもより幸せになれると思う所に苦しみというのが生じているのだ。中道に依らない価値観で僧侶が自分の物差しを振り回すのは苦を拡散しているに等しい。人は原発があろうとなかろうと幸せにも不幸せにもなれるということをしっかりと伝えるのが僧侶の役目ではないかと思う。

人間というのは、次から次に救いようのないことをするからこそ、大慈大悲があるのだ。それは紛れもなく何千年も前から変わらない事実だからこそ仏教に意義がある。仏教における幸福、幸せがなんたるかは教典を読めばしっかり書いてあるわけで、まずはそこを紐解くのが僧侶の役目なのではないか。

それは諦観とかあきらめとも違うし、目の前の事実から目を背けてるわけでも逃げてるわけでもない。むしろそれが逃げないことであり、僧侶として目を向けていなければいけないことだと思ってる。そこに依ることができなければ仏法は意義を失う。






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Title: 無常。
2012.07.04

仏教の根本的な思想として「無常」というものがある。

よく聞く言葉だし、それを言葉ではわかっているような気になるのだけど「無常」というのは、理解するだけでなく、自分の中に落とし込めたときに初めて行動としてそれが表れるようなものだと思う。

「無常」というのは言い換えれば、明日が必ずくるとは限らないとうことであり、今がずっと続くということはないということだし、今目の前の人との関係は、この瞬間の積み重ねであるということであり、いつまでも惰性で永遠に続くものなんてないということである。

それを体感として感じることができたらそこで「幸せ」の価値観は一変するし、そもそもの「苦」とはなにかということは必然的に浮き彫りになってくるのではないかと思う。

よりよい社会や未来の地球の為になにかを変えようとしたって、原発がなくなっても、極端なことを言えば、温暖化が進めばいずれ地球を捨てるときがくるかもしれないし、隕石でもかすめれば地球も終わりかもしれない。そんな大きな話じゃなくたって、隣の家が火事になって自分の家も丸焼けになるかも知れないし、地震や洪水に巻き込まれるかもしれないし、いつ戦争がおきるかだってわからない。

今は平和だからこそ、余計な苦しみを自分から生み出して、それを憂うことで自らの首を絞めてしまいがちなのだと思う。

自分の生活や、生きると言うことはそういう何時起きるかわからない不可抗力の上にあるのだということが、いわば「無常」の中に生きているということなのだと思う。そして「無常」というのはなにも特別な事ではなく、既存設定名あたりまえのルールなのだ。そのあたりまえのルールすら自分の都合でなんとかしようとするのが人間なのだ。

その「無常」に生きる自分たちがいかに幸せに生きるかということを説くのが仏教であると思う。

それはつまり、例えるならば、朝起きて一杯お茶を入れて静かにお茶を飲むときに安らぐ気持ちや、ここちよい風に吹かれて幸せだなと思う心、お風呂にはいっておもわず声をもらす気持ち。目の前にいる大切な人と顔を合わせてたわいもない話をするときの気持ち。

幸せは、その積み重ねであり、今この瞬間にあるものをしっかりと認識して生きると言うことではないかと思う。

人間というのはそこしかないのだと思う。

その点の積み重ねが人生であり、幸せの形なのではないかと思う。過去は過ぎ去って、未来はまだ来ていない、自分の手の中にあるものは今しかないのだ。

状況や環境を変えることで幸せが得れるというのだとしたら、仏教は、もっといえば宗教というものは意義を失う。

それがわからなければ決して救いはないのだと思う。

仏陀は貧乏な人にお金持ちになれとはいわない。お金持ちに平民になれともいわない。仕事のない人に仕事をしろとはいわないし、仕事で苦しんでいる人にやめればいいともいわない。

置かれた状況の中でそれぞれにそれぞれが苦を抱えている、その苦を生み出しているものはなにかしっかりと智慧の目を開いてみろといっているのだ。

環境を変えることがたやすいのなら、みんながみんな苦を遠ざけていきればいい、それができないからこそ宗教があるのだ。そして仏教おける救い、特に浄土教においては、そこがわからなければ、決して救いは見えてこないのだと思う。

ここでじゃあ救いってなにさとか、そういうことを数珠玉のように話しながら、考えられる環境があったら幸せだ・・・なんて思った自分もまた明日ありと思って生きているわけで、どんなに意識をしようと思っても難しいからこそ、それをまるっと救ってくれる存在が必要になってくるわけで。

それを阿弥陀というわけです。


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Title: 吊り橋。
2012.06.21


例えば、自然があふれるとても綺麗な小さな村があって、その村には今にも落ちかけている吊り橋が架かっているとする。

便利な大きな街に行くためには、どうしてもその吊り橋を通らなければならないとする。

でもとても危険な橋なので、その橋を渡ろうとすると転落して怪我をしたり、時には命を落とす人もいるとする。

この橋をはやく直してもらうために、村の人を集めてこの橋を作った王様の所に通って、大きな声ではやく橋を直してください!と主張を続けるのも1つの道だし、王様の所へいく仲間を一生懸命あつめることも大事な事かも知れない。村の自然のすばらしさを多くの人に知ってもらうこともきっと必要だ。

そして、それと同時に、その橋から転落して命を落とした人を弔うために崖を降りて骨を拾う人間が必要だし、橋から落ちて怪我した人を治すために奔走する人も必要なのだ。

これは例え話なのだけど。

僧侶として自分は後者でありたいし、苦に向き合うといういうことはそういうことだと思っている。

目をこらしてみれば、今日電車でとなりの隣の席に座ったおじさんも、キヨスクのおばさんも、本屋のおねえさんも、自分の親も、子どもも、友達も、家族も、そして紛れもなく自分も、みんなその橋から落ちてるのだ。

目をこらせばこらすほど、みんな傷だらけで、うかうかしてる余裕なんてないくらいに、自分の身近な人達が傷だらけだったと気づくべきなのだ。

自分や家族が自分の親しい人が、出血多量になるなんてことを思えば、自分のすべきは橋の修復ではなくで止血なのだと思ってる。そしてどうやったらうまく止血できるかを考えることこそが誓願なのだ。

生老病死は今この瞬間も自分に差し迫ってきていて、自分の大切な人ののど元に迫ってきているし、そこに向き合うことが僧侶としてなによりも大切な事であるし、そこにある苦に気づかずして他人の苦が理解できるはずなんてないと思ってる。

例えそれが、焼け石に水だとしても、今自分の手の中に仏法があるということは、そうやって焼け石に水をかけ続けてきてくれた人達がいるから脈々と法統が続いているのだし、自分の役割はその一端で、焼け石に水をかけることだと思う。

それと、隣国で大きな戦争が起きたとする、そこで多くの人が負傷をして、多くの人が家を家族を失っているという話を聞いたとして。その事実に心が痛いし、できることなら駆けつけて自分のできることをしたいと思ってる。

でも今の自分は崖の下にいる人達の骨をそのままにしていけないし、自分本位で器の小さな考え方だけど、自分の止血をやめるわけにいかないし、自分の身近なところにいる人や、ここまで生きてくる上で支えてくれた人の止血を優先させたい。それが必ず誰かを生かすと信じてる。

正直そんな自分でごめんなさいと思うこともあるのだけど。

今自分信じる仏教というものはそういうことなのだ。

これは時間をかけてできあがった自分の味わいであり御了解の集大成なのだ。

むしろこの想いががらりと変わるような言葉や、出逢いや体験があったとしたらはやくそれに出会いたいし、その時に、今ここで感じていたことが通過点だったのだと感じることができたらどんなに幸せかと思う。

追記:このブログを書き終わってから思ったのだけど、そもそもその橋が新しいものに架け直されて、新しい安全な橋ができたとたんに街から人が流れてきて、いままであった村の自然がなくなるってことだってありえるのだよな。






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Title: 土(ツイート備忘)
2012.06.16

もちゃもちゃもちゃ。小手先で土を練る。土は大地で大地は地球なのに。もちゃもちゃ。

よりよい未来を思い描くと言うことも、土こねるようなものなのかもな。土は大地で大地は地球なのに。

人間の脳みそがすくなくとも1日先のことまでしか考えられないようになったとしたら、世界はもうすこし平和になるのかも知れない。まだ来ていない未来をよりよくしようと思う気持ちがいつだって争いや諍いの火種なのだ。

いま自分が描くよりよい未来の為に怒り、憤り、悲しんでいることこそが、世界が平和にならないなによりの証拠なのかもしれない。

未来をよりよくしよう、明るい未来の為に動こうというのは素晴らしいことだと思うし自分もそうありたい。ただ明日までしか時間がないとしたときに自分のとる行動がなによりも一番大切なことなのじゃないかと思う。





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Title: 32
2012.06.16

笑うって事は、表情を作ることではなくて、笑う気持ちになるということなのだ。

だから笑う気持ちになれれば笑顔でなくてもそれは笑っているのだ。怒りも悲しみも喜びもきっとそうだ。

目に見えるということはとても大切だ、目に見える部分を意識すると言うこともとても大切だ。

でもそれがすべてではない、それが終着点でもない。

目に見えるところを大切にすると言うことは他者と自分の距離を測ると言うことだ。

他者と自分の距離を測ると言うことは、自分のサイズを知ることだ。

そして自分のサイズを知ることとは、つまりは世界の広さを、有限のもっと先があると言うことを知ることだ。

笑わずに笑い、怒らずとも怒り、悲しまずとも泣く。

それを慈悲というのかも知れない。

言葉の先のもっと先。

体感によって得ることができないもの。

前後もきっかけもなにもない。

朝起きて布団の中で天井を見上げながら唐突にそんなことを思った。



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Title: 海月。
2012.06.13

食わず嫌いというのはやはりよくない。

なんでも素直にやってみて、嫌々ながらも体験してみて、改めて自分の中に落とし込めると言うことがあるということを感じた。やってみてやはり嫌いなら、よりつよく嫌いになるということも大事な経験で、そこではじめてその反対側にある自分の好きなことが浮き彫りにされてくるのだきっと。

*

ある方が、社会の僧侶に対するイメージをよくしたいとおっしゃる。

そして、今現在、「坊主頭」という言葉が市民権を得てるのは、いままで僧侶が頭をまるめることで社会の中で認められてきた証拠でもあるし、姿形からはいるのは大事だとおっしゃった。

だからまず、すべての僧侶はまず飲酒をやめれば、さらに僧侶に対する社会のイメージや尊敬の念みたいなものはあがるし、そういう決まりをつくってみんな守っていくことが大事だとおっしゃる。

それを聞いていて感じたこと。

そうやって僧侶っぽい格好をして世の中に一目置かれてきて、その上に胡座をかいてきたからこそ、今世の中で僧侶の価値が下がってしまったのではないだろうか。僧侶の格好して、僧侶っぽいことして、それなのに、認められてないからこそ今現状があるのではないか。

無頓着でいればいいというものではないけど、自分がどんな僧侶になりたいかという明確なイメージがあればあるほど、どこに頓着してどこに頓着しないかというのは自然に行動にでるのだろうと思う。

その行動が僧侶のすべてであって、口では僧侶たるものはとかいうのであれば、本尊の前や、食事をするときくらい手を合わせるくらいの所作が身についているべきではないのだろうか。

言ってることとやってることがちぐはぐだなべいべ。

頭を丸めて飲酒しないことよりも、食べるものに感謝して、しっかりと残さずに味わって全部たべることのほうがよほど大事だぜべいべ。

そんで人の目を見て話を聞くことの方がよほど大事だぜべいべ。

その積み重ねだべいべ。

*

本当に頭のいい人の議論の切り口はとてもするどい。

痛みを感じないくらいにするどい。

そんで傷だらけになっても、その傷も一晩寝たらしっかりとくっついているくらいに鮮やかだ。

*

それと自分の仏教感の中で、反比例の一石を投じ続けること、投じ続けなくても反比例の先になにがあるのかということに思いを巡らせると言うことはとても大事だと思っている。

被害者をたたくなら、加害者に目を向けるべきだし、絶対的な社会悪が断罪されるのなら、絶対的な社会善を疑うべきだと思ってる。

善にしても悪にしても右でも左でも。大きな天秤がどちらかに傾いたときに、その反対側に体重をかけて天秤を真ん中にもってくるということが中道の精神だと思ってる。

自分の微々たる力でその天秤を傾けられるとは思わないけど、そういう姿勢を大事にしたいと思ってる。

*

まかせよ。

はい。

ほんとにこれなんだよな究極は。

ほど遠いわ。


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Title: ツイート備忘。
2012.06.09

苦ってなんなんだろうなぁ。そもそも苦って物理的な要因で生まれるものではないのではないだろうか。物理的になにかが取り除ければ苦がなくなるって信じることで深みにはまる恐れはないのだろうか。

原発に対するアクションは様々な視点と思想とその人達の置かれた立場が影響している。そのそれぞれの人の置かれた立場によって思いや願いは180度違う。180度違う答えがぶつかるときにこそ中道ってとても大事なのではないかと信じてる。

なにかを否定せずに自分の目的を叶える方法があればいいのに。でもそんな方法は1つもおもいつかないのだ。

でかい幸せや、まだきてない未来の幸せを願うことで手元にある幸せや、今自分の手の届くところにいるものへ気持ちをおろそかにはしたくないし、先を見据えすぎて足下にある花を踏みつぶさないようにだけはしたいと思っている。たかだか人生残りいいとこ30年くらいだからな。

ただただ静かに達観してるわけでも、あきらめてるわけでもない、自分の中にふつふつと湧いてくるこの気持ちは大事にしたいし、お念仏を掲げてデモをするのだけは絶対におかしいと思っている。お念仏をプロパガンダにつかうことを恥ずかしいと思わないのか。

結局のところ人間というのは、自分の置かれた環境や視点や、見えてる世界を存分に自己肯定することで満足してそこに評価を伴わせることで安心できる生き物なのだということを痛いほど感じる。


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Title: どろ。
2012.06.08

梅雨の季節がやってくる。

じめじめむしむし。けどそれも夏への布石。梅雨がすぎればまた今年も充電期間がやってくるわけで。

ここのところ毎日ひたすらに泥団子をつくり、田植えをしたり、木に登ったり、戯れ三昧なのだけど。

こんな穏やかに見える幼稚園というほのぼのとした日常の中にも、たくさんの苦とかがあって。大人とは違うもっとシンプルだけど根源的な悩みや苦しみと共に子どもたちも生きているのだなとつくづく思う。

取り繕ったり、我慢したり、上辺だけでつきあえるほど器用じゃない分、子どもの世界は時に冷酷だし、好奇心を理性で押さえ込めない分、時に残虐だったりもする。

そんなひとつひとつの出来事や、ひとつひとつの子どもの表情は、そのまま人間そのものなんだと思う。そこに向き合うことはきっとそのまま自分への戒めであり、鏡であって、大人というものに対する警鐘ですらあるのかもしれない。

昔みたいに、だから子どもがいいとか、子どもの頃に戻りたいとか、子どもの心が素晴らしいのだ!とかナンセンスで暑苦しいことをいうつもりなんてもうさらさらなくて、むしろ子どもと関わることすらも自分の糧にしてやろうと思っている。自分のことだからこそ本気でやれるし覚悟ももって望めるのかもしれない。

なんて。

ただ毎日遊んでいるような毎日だという後ろめたさに対する大義名分をこじつけただけなのだけど。

けど昨日泥団子つくってて、僧侶っていうのは、僧侶っていう言葉に捕まっていると、何をしていてもそれは僧侶っぽいものでしかなくて、僧侶という言葉を離れてこそ、結果として僧侶になっていくのではなかろうか。

僧侶だけじゃない、どんな道でもそうだけど。言葉のもつ自分の作り上げたイメージとか、枠に捕らわれてるうちは、なんかそれっぽいもの止まりで、実はそれは本質ではないような気がしている。

自分のなりたい僧侶像が昔よりもはっきりしてくるに比例して、他者に対する許容の幅が断然広がったような気がするのは、きっと他人はどうでもよくなったからなのかもしれない。

なんて。

*

竹原ピストルの感性はすごい。すごいというかすげぇ。すげぇというか、すんげぇ。

がつんと直球を投げ込まれたような気がした。

*

たぶん自分は、例えば死んだ時に、悲しいとか寂しいとか言ってくれる人が100人いるよりも、自分がいなくなることで、楽しくないとか、つまんないって思ってくれる人が1人でもいるほうが嬉しい人間なんだと思う。


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Title: べいべ。
2012.05.30

金環日食自体もとてもドキドキしたのだけど、自分の中では、みんなが同じ時間に同じように空を見上げてるかと思うとその事実のほうによっぽどドキドキした。

*

高速道路脇の看板に、Don't Worry Be Happyと書いてあるのを横目で見ながら。

Happyがなんなのかわかりもしないのに、心配すんなとかいうのって無責任だぜべいべーと思いながらも、それがわかってて、何の根拠も確証もないくせに、眼をキラキラさせながら面と向かってこの言葉をはき出せる人だけにしか変えられないものがあるのだろうなと思う。

*

結局の所、他者と自分を、もっといえば自分と自分以外を隔ててるものは自我でしかなくて、自我によってすべてをカテゴリー分けしているわけで、世界の広さも狭さも、それはそのまま自分の狭さであり広さである。

それを突き詰めていくと、生きてることも死んでることも結局の所、それを隔てているものは自分の自我なのだと思う。

自分にとって、生きてるのに死んでるのと変わらないような人もたくさんいるし、死んでるのに生きてる人と変わらないような人もいる。物理的な隔たりなんて、畳縁くらいのもんなんだと思う。

*

例えば、できたばかりの誰もすんでいない、新築のマンションのベランダはなんてことないただのベランダなのだけど、例えばそこに人が住み始めて、そのベランダに、色とりどりの布団や洗濯物が干されて、それを眺めると言うことは、それはきっとアートとして成り立つのではないかと思った。

なんかそれが、芸術か芸術じゃないかの差なんてそんなもので。

もっといえば、もしかするとそれは人間の共通意識に対する、深度の問題で、断片的なものにどれだけの深度を込められるかと言うことなのかもしれない。


*


最近基本というものの大切さを痛感する。

ざっくりと視野を広げたいとか、人間の幅を広げたいとか、人間として大きくなりたいとか思った時にも同様で、基礎の上にしか+αは乗っからないのだと思う。

人間的な基本って、挨拶とか、感謝とか、思いやりとか、そういうことをただの美談として語るだけでなく、自分の中で実践されているかどうかなのだろうと思う。

それができなくて、人間がわかるもんかい。

*

思春期真っ盛りの人の言葉を聞きながら、今の自分と比較をする。

自分がその人と同じくらいの年に見えていた世界なんてちっぽけなもんで、側面的で、世界の広さも知らなかったし、自分の狭さもしらなかった。

でもだからこそ学べることがたくさんあったのだ。

そんなことを考えながら、やはり年をとっていくという過程の中で、その年には、その年にしか学べないことがあるし、その年にしか感じられないことがあって、それを少しづつ自分の上に積み重ねていくようなものが人生で、それが結局の所、幅にも功みたいなものにもなっていくのだろうな。

人生はプロセスの連続で、最終的にもプロセスの途中で終わってしまうのだろうと思う。

ゴールも結果もない。

だからこそおもしろいのだ。

年をとるのはしぼんでいくのでも枯れていくのでもない、いままで見えなかったものがどんどんみえるようになることだいべいべー。

*

旅をしていて、夜眠れなくて、窓もない狭い部屋で真っ暗な中で、何をするでもなく座って夜が明けるのを待っている時がある。外の音に耳を澄ませながら、ただ何時間も、ごろごろしたり、座ったりしながら部屋の中で過ごす。

そういう時間を過ごしていると、真っ暗で自分の身体も見えないから、ふと自分の境界と、世界の境界が曖昧になるような感覚に陥るときがある。

昨日夜眠れなくて、真っ暗なリビングで座ってたら、ふとそんな感覚を思い出した。

境界なんてそんなもんで、目に見えるものだけに絶対的な価値観があるかというとそうじゃない、もしかすると本当に大事な事は目をつぶらないと見えないのかもしれないとすら思う。

*

自分は、いきたここちがするときに幸せを感じるのだ。

そう考えるといろんなことにつじつまが合うのだ。

旅にでたくなるのもなにもかも。

だからもしかすると自分にとっての幸せは決して満たされることではないのかもしれない。

*

ずばぬけられる人は、何かを非情にも切り捨てられる勇気と覚悟を兼ね備えている人なのだとか言い放った後に、そう思うこと自体がもう自分のサイズなのだと知る。

その人達はなにかを切り捨ててる感覚も、勇気を持って足を出してる感覚も、覚悟すらない場合もあるのだ。

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Title: ツイート備忘。
2012.05.15

若此のわざの外に渡世の計略あらば、速やかに此の悪縁を離すべし。たとひよの計略なしという共、身命を顧みざる志あらば、又此の業を捨てるべし。若 又世の計略もなし、身命を捨てる志もなくば、ただ その身ながら 専ら念仏すべき也。

念仏の前提にはやはり厭離穢土があるんだよな。その前提がないとどうしても欣求浄土にはならないし、ここがどこまでも娑婆であるということと、この世とあの世が隔絶された対比の中にあると思えなきゃやはり浄土教は意義を失ってしまうのですよね。曽我先生。

推敲されてない思いつきなうえに感覚的で乱暴な表現だけど、自分が念仏をしているという時にはまだ、自分と念仏の間には隔たりがあって、自分と念仏の間には溝があるようなきがして、最後の最後は自分自身が念仏そのものになれるかどうかみたいな感覚なんだよな・・・

究極、浄土教の意義にそって考えれば考えるほどに、誰かを救うのは自分ではないし、困ってる人や苦しんでる人はおれじゃなくて阿弥陀が救うよって話になってしまうのだよ。でもそれが言えないからこそに誓願がますます頼もしくなるのか・・・ああおもしろい。

そこで親鸞聖人はきっと歎異抄の4章のようなことを口走ったのだと考えると妙に納得いく。


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Title: ツイート備忘。
2012.05.14

アミターバが無限だと言うことが、なによりも親鸞が為一人なりけりけりということを裏付けしていて、それは言い換えれば、衆生の数だけの阿弥陀があるのだということであり、つまりはその確信が法然上人の信心も、親鸞の信心も全く異なったところはないと言い切れた所以でもあるのだろうな。

阿弥陀という概念を絵像や偶像化をするということはとても大事だし、その概念を物語の中に落とし込むと言うこともとても大事な事だと思う。でもそれは同時にそれはそうでもしなければ表せないと言うことを指しているわけであり、本質はそこにはないということでもあるのだろうな。

「たらふく」っていう言葉はさ、ただお腹いっぱい食べたということだけを指すわけではなく、「たらふく」食べられるくらいおいしいものだったということも含まれているんだよな。むりむりお腹にぶち込んだものを「たらふく」とはいわないもんな。


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Title: 昆布×梅干し。
2012.05.12

ここのところの総括。

この3週間で一番感じたのは、人の死は間違いなく縁であって、その一つの死によって残された人の中にはなにかを残していくのだということ。

その縁は近い遠いに関係なく、意識するもしないも関係なく、人が死ぬということは、きっとめぐりめぐって自分に何らかの影響を及ぼしているのだと思う。

そう考えれば、日々自分はいろんな影響を受けているし、日々自分の周りは縁に満たされている。

自分の想いや思想や心は、環境の投影であり、環境が変わればいくらでもかわりうるものであり、変わらないなんてことは幻想だ。無常という言葉は、なにか特別な真理でもなんでもない、ただのあたりまえ体操だ。

それと変化しないものは死んだものだけだっていままで思っていたのだけど。

この3週間少しずつ朽ちていく亡骸をみていて、死んでも人はつねに変化をしているし、それはお骨になっておしまいかと言えばそうでもなくて、実存がなくなっても変化をしていて、その変化は間違いなく世界に影響を及ぼし続けているということを、まざまざと感じた気がする。

それとなんとなくだけど、ざっくり括れば「すごい人」というものの持っているオーラというものが何なのか少しわかった気がする。

それは自分のやるべき事をしっかりわかっていることであり、その責任を果たすためにまっすぐであることであるし、それは言い換えれば腰を据えて自分のやるべきことをやっているという姿勢なんだろう。

正直言えば、自分のやるべきことや、進むべき道、そして自分の責任を果たすという事へしっかりと腰を据えている人ってたぶんそんなに多くないんだろうと思う。自分に関して言えば、いつもここ一番で言い訳しているし、まだ自分にできることはなんなのか、自分がどこへいきたいのかつかみ損ねているし、そのつかみ損ねているということを、なによりも自分の言い訳にしている。

しかし世にいうなんかオーラあるよね、と言われる人には、環境的に腰を据えるしかないところで生きていて、そこに覚悟と責任を背負ってて、その顔こそが力を生み出すのだろうと思う。そのデメリットはその過程において、自分の道の外にあることには、恐ろしく冷静で、無関心にも冷酷にもなれるということなんだろう。

なんかそれがよくわかった。

あと。ひたすら毎日昆布と梅干しのおにぎりをたべていて。

いままで昆布のおにぎりなんて嫌いだ。好き好んで食べるもんかい。と思ってたのだけど、選択肢が2つしかないと嫌でも食べないとしかたないので食べていたら、この3週間で昆布のうまさに気づかされた。

現代は選択肢が多いし、自由度が高いから、自分の好きなものを自由に選べるのが当たり前だけど、きっとだからこそ幅も世界も広がりにくいのだな。

入り口ぐらいではあまり好きになれないものこそ、本当は心の底から好きになる可能性っていうのを秘めてるかもしれないのだ。

そう昆布が教えてくれたのだ。






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Title: UDGODIE十勝。
2012.05.03

ここ数日に感じたことはこれから先の自分の思考にもきっと少なからず影響を与えるようなことばかりだった。

たぶん話しても信じてもらえないような不思議な体験をして、そこで自分の中にわいてきた気持ちがあまりにも生々しく人間臭くて、なんか自分の底が見えたような気がした。なんか色んなもので覆われてない、自分の元素みたいなところが垣間見えた気がした。

そしてやはり何事も経験が大事だということ。年をとると自分の手の中にあるものだけで行動し、手の中にあるものだけで判断し、思考し、そしてそれに伴う感情を使いまわしていても十分に生きていけるようになる。

それにはそれでメリットはあるのかもしれないけど、でもやはりいつまでも、自分にはまだ感じたことのない感情があって、感じたこともないような気持ちになりうることがたくさんあるのだと言うことを信じていたいし、同じような日常の使い回しだけじゃつまんないし、新しい世界も開けなければ自分自身にも出会えない。

それと意識というのはおもしろいもので、同じように行動していても、同じように生活をしているつもりでも、意識や心の持ちようの与える影響は大きい。そしてその小さな目に見えない意識や心の持ちようが人に与える影響も計り知れない。

平常心っていうのは簡単に口にすることはできるけど、それを保つというのは難しい、難しいということばですらなんか形骸化した言い回しのようにきこえるのだけど、でも難しいけど、それはそんなに難しくないのだということもよくわかった。

なんかここのところ自分に起きた3つの経験が、全部繋がって思ったのは、結局の所何かを分け隔ててるものなんてたかだか1cmくらいのものなんだということ。

この1cmを高いと見るか低いと見るかということを心の持ちようというんだろうと思う。生きてることも死んでることも、戦争も平和も、誰かを好きになるもならないも、誰かを尊敬できるのもできないのも、安心できるのもできないのも、たかだが1cmの境目で隔てられてるだけ。

そして人生の大事な部分はこの1cm程度のことなんだろうということ。

そんでもっと突っ込んで言えば、本当はこの1cmの敷居を作り出しているのは他でもない自分だということで、その1cmの敷居をものともしなくなるための鍵がきっとオフバランスということなんだろう。

数日の間に別々に体験したり、聞いたり浮かんだりしたことが、ふらっと繋がって朧気ながらも一つの答えに結びつく。

まだここで一区切りでもないくらいに色んなものに追われているのだけど。でもこの想いや経験や気持ちを風化させたくないし、これをもっともっと熟成させて自分のものにしたい。

そんなここ数日なのです。


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Title: 鍵。
2012.04.20


祈るとか願うとかそういう行為に懐疑的というか、そんなことしても腹の足しにもなりはしないと思っていた気持ちが震災以後自分の中ではすこし変化して、その変化は小さいけどとても大きな事なのではないかと感じている。その変化が何なのかじっくり暖めながら考えている。

それと同時に「素朴」という言葉の意味はとても深い。そして素朴であることこそが日本人としての特有の個性でもあるように感じるようになった、これ見よがしでも、裏になにか意図があろうとなかろうと、素朴でわかりやすく、そして謙虚に感謝して生きる。

それが自然にできるようになるためには、この小さな変化が重要な鍵になってくるような気がするのだ。


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Title: 山登り。
2012.04.20

仏教の基本は「苦」に向き合うことだと思う。仏教を扱う上でそれを忘れてしまったら、なんの意味もないし「苦」と向き合わない人間が、僧衣を纏っていたとしてもそれは僧侶でも何でもないと思う。

向き合うと言うことは、知ることであるし、そこに足を踏み込むことであるし、光だけでなく、陰の部分にも目を背けないことで、そして陰までも含めてその事実をどかんと受け止めることだ。

最近思うのは、その「苦」をどこに見いだすのかということで、僧侶や宗教者のカテゴリー分けができるように思う。それを自分の中に見いだす人、他人の中に見いだす人、社会に見いだす人、世界に見いだす人。

そのどれも正解だと思うし、どういう形であり、手の届く範囲に「苦」をおいて活動していればそれは、すべて仏教になりえるし、結局の所どの道を通っても、同じ所にいきつくのだろうと思う。

その「苦」をどこに見いだすかという部分で、僧侶や宗教者にも性格はあるし、好き嫌いもあるし、たぶん自分が違和感を感じる僧侶や宗教者はきっとそのカテゴリーがあわない人なんだろうということがわかったような気がする。

でもそれは山登りのルート選択の違いのようなものなのかもしれない。

しかし時々山登りの重装備をして、格好だけは一人前なのに、山には登らず山の解説ばかりしている人がいるのも事実なので、自分はそうなりたくないなと思った。

という今日この頃。

自分のあり方としては、自己に自己に、人に人に。安穏としたかと思ったら、一転して怒りに打ち震えたり落ち込んだり、そんな捕まえようのない自分に捕まって、それを楽しみつつも、その扱いにもっともっとうまくなる方法や、自分を納得させられるだけの体感を見つけようという姿勢の僧侶でありたい。









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Title: たましい。
2012.04.18

原発職員と、東電職員の人と話をしてて思ったこと。

人の数だけ背景や状況があるのだ。

目の前の事実は、たくさんの相互関係によって成り立っているのだ。

その様々な状況に想いを巡らせることのできる視野と、心と、許容範囲をもっていたいし、僧侶という仕事はそういう立場なんじゃないかと思う。

自分の主張とか想いとか、願いとか、そういうものが全面にでるのではなく、いかなる主張や想いや願いに対しても、その中にある本質的な自己の問題や、心の置き方に目を向けて、そのベクトルの切っ先が誰かや、なにかを傷つけないように、さきっぽを丸くするような心持ちがなによりも大切なのだと思う。

だから目の前にいる人によって、心を痛める範囲が変わってもいいし、目の前にいる人によって、共感できる範囲が変わったっていいのだ。それはどっちつかずなのではなくて、どっちもまるごとなのだ。

もっとミクロにミクロに、手の届くところ目の届くところ、両手の伸びる範囲を全力で慈しめばそれで十分なんだと思ってる。

信念を持った受動的な立ち位置は、もっとも能動的なんだと信じてる。

まだきてない未来のことに思い煩い、すぎさった過去に思い煩うのではなくと仏陀もぶったぎっているのだ。そしてそこの延長線上にはじめて、どう生き、どう死ぬかということの答えがあって、生と死の価値観をどこに置くべきかということの答えがあるのだと思う。

中道ってはんぱなくでかすぎる視野と、はんぱなく狭すぎる視野を意識した上で、そのちょうど真ん中に立っていなさいってことなのかもしれないと思ったのです。



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Title: 人間模様哀愁交差点。
2012.04.18

桜が散って、ツバメが来て、桃が咲く。

季節は巡り巡る。

巡り巡って堂々巡り。どうせ巡るのなら堂々と巡りたい。

人生は結局はただの暇つぶしみたいなものなんだ。どうせいつか終わる時間を過ごすなら自分の為に、もっともっとわがままに楽しんで、自分の舞台の主役はあくまで自分なのだ、誰にも主演を譲る気はないぜってなもんで生きていってなにが悪い。

誰かの為とか、社会の為とか、あの人の為とか、そうやってがんばってる人よりも、自分の行動が自分の何を満たしていて、満たされるからこそやめられないのだと開き直れる方がよほど信用できる。

自分の問題をなにかにすり替えかえたとしても、昇華させたとしても、あくまで自分の中にある問題がなんであるのか問い続けてなんぼだと思ってる。

はてさて。

昨日は自分のVAIOを忘れて仕事場に来てしまった、たぶん初めてだと思う。さて仕事仕事と思って愕然として、さてどうしたもんかと思ったのだけど、でも結局他のパソコンを借りて予定してた仕事を終えることができたのだけど。

でもなにげに自分のパソコンがない方がものすごく仕事がはかどったし頭が活性化された気がする。

自分のパソコンで仕事すると、合間にメールをチェックして横やりが入ったり、SNSをのぞき見したり、こうやって文章を書きたくなってしまったりして仕事が中断するのだけど、でもそれもできないってなもんで、案外集中できるということに気づいたのですな。

てもちぶさたとか、暇とか。そういう時間は大事なのだと言うことを久しぶりに感じた。てもちぶさたと暇は、無駄ではなく、それにはそれのちゃんとした意義があるのだな。

それと「てもちぶさた」の使い方にこそ個性ってでるのだろうなと思った。

はてさて。

ヒーローっていうものがマイノリティを黙殺した象徴であるとしても、ヒーロになりたいという気持ちがどこかにある自分は好きだし、でもヒーローであり続けたいとは思わない自分も好きだ。

こないだ原発職員の人と話をした。自分とさほど年もかわらない中で、地元に残り原発に勤めて、子どもと家族を支えている彼の目を見て、それでも原発は不要です。根絶すべきです、自分は人生をかけて再稼働を阻止しますと言える人とは友達にはなれないと思った。

いいかわるいかじゃない。ただ自分は友達にはなりたくない。ただそれだけのこと。

それとそういう僧侶には絶対になりたくないし、本音と建て前を使い分けるなんてまっぴらごめんだとも思う。

はてさて。

はてさて。

いいかわるいかまえがどこかわからなくてもはしるしかない。

哀愁交差点。


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Title: 桜。
2012.04.07

「桜が我は是桜でござる、梅が我は是梅でござると名乗って出はせぬぞ」

安心法門の中の言葉。

桜はおれ桜だぜ、おれをみろよ。キレイだろなんていわないだろって。

今日桜を撮っててすごくその言葉を思い出した。

そんでなんかほっとした。

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Title: 坊や。
2012.03.18

いくつになっても、檀家のおじいちゃん、おばあちゃんからしたら、自分は坊やみたいなものなんだろうな。と思って思い出したのだけど、

昔あるお寺の先輩が、ちょっとやさぐれてたときに、特攻服きて単車をおして家をでると、近所のあばあちゃんたちに、「あれあんたまたお出かけかいね、どこいくね?」といつも声をかけられるもんで、その度に「ちょっとそこまで・・・」とかいって苦笑いをしながら家をでていたという、さすがにそれが続いて、決まり悪くなって最終的には暴走やめたという話を思い出したのだけど、そうやって声をかけてくれる人がいることは時に煩わしいのだけど、でもやはり今になって、自分の成長やなりゆきを見守ってくれる人が多いにこしたことないなと思う。

いまはそういう煩わしさには蓋をしがちだけど、そこにも必ずメリットはある。そのメリットがこれから先の社会形成に大きな力になると思う。

お寺という場所が誰にとっても、そういう関係を築くための媒体になれればいいと思っている。


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Title: ふつふつ。
2012.03.09

なんか昨日はいい酔い方をして、夜道を歩いていたら、お腹の底からふつふつといろんなものが湧いてきて。

そのふつふつが朝になってもまだぐつぐつしてて。

なぜか世の中に悪態つきたい気分なので野狐禅を聞きながらぐちぐち。

# Facebookについて

Facebookをはじめて、なんかひっかかっていた違和感が最近自分の中で確かなものになってきた。

初めに断っておきたいのは、決してFacebook批判をしたいわけじゃなくて、使い方と、心の置き方の問題に対して思うことがあるというだけの話なのだけど。

はじめに、Facebookに違和感を感じたのは、リアルな友達の反応をみていて、Facebookの上でのコメントやイイネ!とかそういうものが、面と向かって飲んでいるときの反応とはあまりにもかけ離れているからだ。

いつからみんなそんな大人になっちまったんだと思って寂しく思ってたら、一緒に飲むと全然そんなことなくて、なんだよそう思ってるならそう言えばいいのに。みたいなのが多くて、結局の所Facebook上の人格は、建前と体裁であることが多いということだ。

それをみんな平気でもう大人だしねという言葉で片付けたりすると言うことがどうにも腑に落ちない。

無論みんながみんなそうではないし、なかにはこんなことを言われても「??」と思う人がいることも事実なのだけど。それは割合の問題。

それとある人がFacebookは鬱を助長してるといっていたのだけど。

思うにFacebookで発信することは、言い換えればそれはそのまま、自分が他人からどうみられたいかなのだし、それを真に受けて、みんなあんなに充実してるのに、自分は・・・なんて思う必要もなければ、更新の頻度や内容なんて、寂しさや孤独感でもあるし、自己顕示欲と、承認欲の強さみたいなものなんだから、決してきれいなもんじゃないと思えばいいのだと思う。

それと、しばらくFacebookに記事を書いていると、なんとなくどんな記事を書くと、イイネ!がもらえて、どういう記事を書くと反応が悪いかとか、そういうことがわかってくる気がする。

というよりも言い方を変えれば、どういう記事をかくとみんながイイネを押さざるを得ないかということがわかるような気がするのだ。

それが顕著なのは、ちょっといい話やがんばってる話や、被災地に関わることや、自分にはそれがわかるよ!みたいなことで自分のアイデンティティを誇示できるような記事など、そういう記事を書いたときに、それにイイネを押さないと自分が浮いているような錯覚をおこさせられるということだ。

それに、例えば今書いているこの文章をFacebookにのせたときに、イイネを押す人と押さない人と、コメントを残す人と残さない人で、ある程度カテゴリーがわかれると思うし、つまりはそれも自分がどのカテゴリーにいると見られたいかによって反応が変わるのだろうと思う。

それと、イイネ!機能について、自戒を込めて言うのなら、一方的に記事を書いて、その内容が平面的でたいしたことを言ってないのに、たくさんの人からイイネ!をもらうと、さも自分の意見が正しいかのように錯覚してしまうのだ、面と向かって話してれば、それは違うよというニュアンスをお互いに感じ取れるのに、SNS上ではそれができないので、そうして自分の思考が変な形で凝り固まってしまう可能性というのを頭に入れておかなきゃいけないのだと思う。そしてイイネの数は決して正しいか間違っているかのバロメーターではない。

特に、宗教に関していえば、イイネ!をたくさんもらえるようなことしか言えないような宗教者なんてたかがしれているのだと思う。

Facebookが生み出された背景というのは、おそらく人間が人間を知りたい、身近な人と簡単につながりたいという欲求から生まれたものなのだろうけど、こうしてこのシステムが普及してくる中で、本来の意図は消え去り、よく見えるようになったことで、いままでよりも見えなくなったようにしか思えないのだ。

その大きな原因はやはり原則実名での登録ということなのだろうけど、Facebookをやっていて、人間というのは、自分を見られれば見られるほど、手を後ろ手に隠すのだと言うことがよくわかった気がする。

その中で、強い人間というのはそれだけ見られても、手を後ろ手に隠さない人間であり、そういう人間だけがもっている力というものが存在するのだということもよくわかった。

なんか書き始めたらとまらないのだけど。

なにがいいたいかと言えば、やっぱり人間に関わる問題において、本質は目に見えるところよりも、目に見えないところにこそたくさんあるのだということなのだと思う。

こんなことを言いながらもきっと自分はこれからもFacebookを使うし、イイネ!とかコメントとか書いたり書かれたりしながら人との距離を測っていくのだろうなと思う。

この世の中は、家にいながら直接顔を見ないでも、簡単に人の心をかき乱すことができるツールがあふれている。だからこそそのつきあい方や心の置き方を自分で学んで、ある種の自衛能力と、心構えをしっかりしておかないと、ツールを使っているようで使われてるのに、それにすら気づかないという状況に陥ってしまうような気がする。

ご用心ご用心。

蓮は泥の中にしか咲かないのだよ。

# 被災地のこと #

少し前に、被災地で見つかった携帯に、娘から父親にあてたメッセージが残っていたという記事を見た。

それをシェアしながら、多くの人がいろいろなことを言っていたのだけど、もし自分が最後の最後に誰か大切な人に向けてメッセージを残したとしたら、それをネットにさらされて、全然関係ない人に色々なことを言われたくない。そんなのわかったふりされたってたまんないもんと思う。

なんか、きっとそれを読むことで、いろいろな想いや行動が生まれたりすることもあると思うし、いいとか悪いとかではとても判断できることではないけど。

自分としては、人の手紙をみんなで回し読みしてるみたいで、あんまり気分良くないし、なによりもそういうのって無粋だと思う。

それともうすぐ震災から1年だけど、美談やちょっといい話をひたすら流すのだけはもうやめてほしい。それが一体なんだというのだ。

熱に中てられたような曇った目では現実はなにも変わらないのだ。

# お金の話 #

どこかに所属してサラリーをもらうということ以外に、お金を得る方法をいくつ知っているかということは大事な事だと思う。金額の問題ではない、肩もんで100円もらうでもいい。なんでもいいけど、その方法を考えると言うことが大事なのだと思う。

いまの世の中は、お金はある一定のところでぐるぐると循環させられてるにすぎないと思う。その循環の流れをつくっている人間が確実にいて、その循環はちょっと考えれば抜け出せるのだということに気づかないといつまでたっても浮き上がることはできないのだと思う。

ある本に、民という字は、目がつぶされていることを表しているということが書いてあった。

自分の目がしっかり開いてるかどうか、たまに確認をすることを怠らないようにしようと思う。

# 足知 #

iphoneやipadをみてて思うのだけど、appleのすごいのは、ほんとはなくてもいいものを、いつのまにかなくては困るものに変えてしまうということなのだな。

正直iphoneなんてなくても、仕事にも遊びのも大きな支障はきたさない、でもあるとより便利でより楽しくなるだけなのだ。どんな大義名分をつけても、なくても困らないものは、なくても困らない、それなのにないと困ると誰も疑わなくなるのだ。

これって、なににでも応用できるテクニックなのだと思う。

このテクニックをちゃんと使える人だけが、それに気づかない人達を魔法にかけて、思い通りに動かすことができるのだろうなと思う。

たまにそういうことを確認して、自分はそういうものにはまかれまいという想いを強くするのです。

思い通りになんてならないぞ。

自分は性格が悪いのだ。

ちなみに、このテクニックは探せば探すほどにあらゆる所に潜んでいる気がしてならない。

くわばらくわばら。

#

なにもそんな難しい事じゃないのだ。

もっと世界はシンプルでいいのだと思う。

でもシンプルな世界をシンプルに受け止めることができるようになるには、もっとしっかりと目を開けないといけないのだと思ってる。


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Title: 救い。
2012.03.05

例えば、徐々に弱っていって2時間後に死ぬ毒を打たれたとして、最後の最後まで解毒剤の調合方法を探し、なんとか解毒をすることも「救い」なのだけど、最後の2時間、その人と手を取って見送るということもある意味では「救い」なのかもしれない。そういう意味では「救い」という状態は最終的にどこに価値をおくかということで大きく変わってくるのだろうな。

ナイトライダーネクストをみててそう思った。


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Title: 総幸福量
2012.03.04

国や制度や社会や、もっといえば家族でも友達でも、そもそも自分以外の誰かに幸せにしてもらおうなんて考えはどこかで捨てた方がいいのだと思う。自分にとっていいことも悪いことも淡々と起きるのが現実で、自分が干渉することで変えられる現実なんてものはたかがしれている。その中で幸せかどうかというのは、あくまで超個人的な問題であり、物理的な状態を越えた上に幸せを乗せるしかないのだと思う。

まもなく震災から1年が経つ。ここにくるまでの復興や世論の流れをみていて、個人レベルでの絆であったり、人と人のつながりであったり、本当に人間というものの強さをみたような気がする、そしていつも自分に何ができるのだろうかということを考えさせられている。

しかしその反面、結局のところこれから数年の間に、復興に乗じて新たな、そしてとても大きな利権が作られる、そしてきっと国内の原発も何事もなかったように再稼働をすると思う。

そこにあるのは、避けようのない人間の根底に関わる問題であり、人類が生まれてこの方一度も変わったことのない事実なのだと思う。

国家という組織の中で生きている以上、国家レベルの幸せと、個人レベルの幸せというのは決して同じベクトルを向くことはないのだろうと思う。

ブータンの国民が本当に幸せかどうかはわからないけど、少なからず国家としては裕福でもないし、人々の暮らしも日本とは比べものにならなければ、日本で治るべき病気で簡単に人が死んでいくのが現状だ。

しかし総幸福量というやつはとても高いらしい。

いいねブータンなんて簡単にいってる人をみると、まずは自分がその水準で生活をしてみてから言えと思う。それでも幸せだというのがどれだけ至難なことか。

結局の所、今の自分の幸せは誰かによって保たれていて、普段そこに甘んじて生きているのに、それを簡単に棚に上げて、棚に上げてる自分に気づかないうちは本当に幸せになんてなれない、死ぬ間際になっても、なにかに怒り、不安におびえ、生活に追われ死んでくのだろう。

幸せとはいったいなんのか。

幸せを作るのは誰なのだ。

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Title: 歩兵
2012.02.29


うちの寺の一室に、清沢満之の言葉をおじいちゃんが毛書したものがかけてある。

「我らは死せざるべからず。我らは死するも我らは滅せず。生のみが我らに非ず、死もまた我らなり。我らは生死を並有するものなり。我等は生死以外に霊存するものなり」

そこにはこう書かれている。

正直言うと、この霊存と言う言葉が自分の中では引っかかっていて、なんで真宗の寺で霊存とかいう言葉をこんなに堂々と掲げてるんだと思っていた。本当に今日まで。

今日叔父さんの葬儀が終わって、繰り上げての初七日を終えて、お斎の席がこの一室で振る舞われたのだけど、その額の下に、叔父さんのお骨をおいて、その横に写真をおいて、その向かい側に座って、一杯飲んでいて思ったのだ。

叔父さんというのは、おじいちゃんの兄弟なのだけど、男5人兄弟の叔父さん達は、この数年でみんな亡くなってしまって、今日いった叔父さんで、おじいちゃんの兄弟はみんないなくなってしまったのだ。

自分にとっては、小さい頃から色んなことを、本当に色んなことを教えてくれて、本当に遊び好きな人達だったから、将棋も囲碁も、軍人将棋も、車もバイクも、カメラも山登りも、スキーもなにもかも初めに教えてくれたのは、親ではなくて、叔父さん達だった。

今日棺の中に、いつも叔父さんと一緒に打っていた将棋盤から駒を一つ持ち出してきて。「歩」の駒を一ついれた。みんなは何で「歩」なんだ、王とか金とかせめて飛車くらいにしたら?といっていた。

でも駒を選ぶ時に、「歩」の駒にしようと決めていたのだ、小学生の頃に、叔父さんに将棋を教えてもらって、その時に、叔父さんは「歩のない将棋は負け将棋なんだぞ」といっていた。そのことが今でも頭の中にあって、将棋をするときには必ずその教えを守っている。

小学生の頃、叔父さん達の会話や、やることや、遊んでいることの仲間に入りたくて、将棋や囲碁を覚えて、それで叔父さん達に褒められたり、勝ったりすることで自分が大人になったような気がしていたのだ。

先月一緒に将棋を打ったときは、少しの差で自分が勝った。その時の叔父さんの悔しそうな顔と、年はとりたくねぇなぁといった顔が忘れられないのだけど、勝ち越しは勝ち越し。

続きはお浄土で打とうと思う。

そんなことを想いながら、お釜の前に立っていて、すごく寂しいのだけど、これで浄土に兄弟みんなそろって、先にいったひいおばあちゃんと一緒に今頃、おおやっときたか、なんて言われながら、みんなでわいわいと酒でも飲んでるんじゃないかと思ったら、なんか心からほっとして、本当によかったなと思えたのだ。

そして同時に、この世じゃないところにに行くのも悪くないなと思ったし、会いたい人がだいぶ増えてきて、その時までに、自分ももっともっといっぱしの口を聞けるくらいに大きくなろうとも思った。

なんか、涙がでてくるのも、頭でわかって泣いているうちはいいのだけど、本当に全然悲しみにあふれているわけでもないし、むしろ納得して安心して、お浄土に行ったと体感して、ほっとしているつもりなのに、それでも気づいたら自然に流れてくるものにはもうどうしょうもないのだということもよくわかった。これが人間なのだ。

そんなことを感じて寺に戻り、その一室で、清沢満之の額縁と、叔父さんのお骨と写真をみながら、日本酒を飲んでいたら、霊存しているとは、つまりはこういうことなのかと突然腑に落ちたのだ。

霊がいるとかいないとか、そんなことではなくて、正直お浄土があるとかないとかそんなこともわからないけど。

でも叔父さん達が自分にたくさんのことを残して死んでいって、その人達はもうこの世ではないどこかにいって、それはきっと浄土というところで、自分もいつかこの世の縁尽きてそこにいくときに、もしまた会えたらいいなと思うことであるし、ときどき夢に見たり、思いだしたりしながら、自分の人生を軌道修正したり、気づかされたり、その度に叔父さん達も、おじいちゃんも、ひいおばあちゃんも、この世じゃないところから自分に作用をしてくるのだ。

だから、死んでもう終わりではないし、死んでなお、人は浄土で生きるのだ。

霊存するというのは、つまりは娑婆の縁尽きるということであり、浄土に生き続けている体感を得るということなのかもしれない。

そして自分もそこにいく。

そう思わせてくれることが、本願であり、回向なのだとしたら、自分は心から浄土真宗でよかったと思うし、これからも、この教えを灯火として生きていく。そう強く思った。

そして、人間の寿命がそこそこの長さで、よかったと思うし、絶対に不死になんかなりたくないなと思う。

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Title: 犀
2012.02.22

夜風の中に冬の終わる気配を感じて、朝の冷たさの中に春を感じる。

明けない夜もなければ、巡らない季節もない。

この無常こそが優しさであると思う。

すべてをのみこんでいく現実こそが慈しみだ。

帰り道にすこし遠回りをして自由について考えた、帰り道にすこし遠回りをしていい人について考えた。

そのどちらの答えも結局は同じところでみつかったりするのだ。

自由だといっても足を動かさなければそれは自由ではない。自由がないといっても足を動かしていればそれは自由なんだ。

いい人も同じだ。

自分が何をしていて何者かなんてことは、後からだれかが決めるのだ。

すきなように呼べばよい。

自分は不自由でもあるし限りなく自由でもある。

きっと善人でもあるし、悪人でもある。

自分が何になるのか。自分がどこに行くのか。

取捨択一の向こう側。

もう何者でもいいのだ。

ああもなりたくないしこうもなりたくない。

そうやってあぶり出されたものに結果としてなっていくだけでいいのだ。

否定と肯定も再生と破壊も。

その関係性さえも、その連鎖さえも手のひらの上なのだな。





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Title: 阿弥陀。
2012.02.21

光市の事件に関して、真宗の人間として本当に救われるべきは加害者の元少年である。そして自分がこういう発言をしたときに、少なからず不快な気持ちをしたり、こういう発言がまったく理解できないと人がいるということこそが、阿弥陀が本願を立てられたなによりの理由である。と言い放たねばならないのだろう。

昔の自分であれば、それを迷いもなくいい、あくまで加害者の元少年に目を向けるということを忘れたくがない為に、意識的にそうしていたのかのかもしれない。

でも今は少し違う。

元少年こそ救われてほしいと思う気持ちには変わらないのだけど、しかし当然被害者も救われなければならないし、元少年の対する死刑に安堵する人もまた救われるべき人であり、それを取り巻き、ああでもないこうでもないという人達もまた救われるべき人なのだ。

うまく言えないのだけど、場面や状況や、その事象に応じて、それぞれの立場が違えばどこに立っても人間は同じことをいい、同じことをする可能性を秘めた生き物なのだ。

つまりは阿弥陀の本願は、どこか個別の状況やケースなんていう視野の狭いものではなく、もっと大きな所をみていたのだなと、いうことを最近実感するのだ。

阿弥陀のサイズを体感としてどう感じるかという点で、方便法身としての絵像や立像の枠を体感として越えていくような感覚が少しづつわかってきたような気がする。

最近こういうニュースを見る度に阿弥陀がやっと本来の姿形のないものになってきたような気がする。


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Title: 葬儀の話。
2012.02.18

こないだ行った葬儀のこと。

先日、癌を宣告されて1年間の闘病生活をして亡くなったお檀家の葬儀に行ってきた。骨上げまでの間に奥さんが横に来てぽつりぽつりと闘病のことを話してくれた。

そしたらふと奥さんが、

「いやね、実は私たち夫婦は、今だから言えますけどね、いままで特に仲がいい夫婦ではなかったんですよ」と言った。

いつも一緒にお参りや法話にきてたイメージがあるのでびっくりしたのだけど、続けて奥さんは

「あの人は家ではいつも怒っていて、むすっと言葉も少なくて、昭和の人というか、みんな機嫌をそこねないように戦々恐々としてたんです、いつもこの人はなんでこんなに怒っているんだろうかと思って暮らしてたんです」

「でもね」

「癌になって、この1年、本当に人が変わったように、よくしゃべるようになって、いままで冗談の一つも言ったことない人が、隙あらばなにかおもしろいことを言おうとしてるんですよ」

「だからつい、あなた癌になってずいぶん明るくなって、いい人になったわねっていっちゃったんです」

「そしたらあの人は、たしかにそうかもねと言ってました」

「そして死ぬまでの1年の間に一生分、ありがとうという言葉を言ってもらえました」

「癌の中でも痛いと言われている癌なのに、文句も言わずに最後までありがとうで死んでいって、本当にこの1年、変な話ですが夫が癌になって、夫との最後をこうやって過ごすことができてよかったなぁと思ってるんです」

「ただ病人の手本のような逝き方をされてしまって、私も娘も困ってるんです」

といって笑っていた。

色々と考えさせられた。色々な死に方がある中で、どんな死に方をするか選べないし、どの死がよい死だとか、悪い死だとかそんなのはないと思うし、死にいいもわるいも評価するのは人間のエゴだというのは頭ではわかってる。

でもこの奥さんや家族にとって、そして亡くなったご主人にとって、この死はとてもいい死だったのかもしれないと思った。

そしてこの葬儀ではもう一つ考えさせられたことがある。

出棺に際して、このご主人のお母さん、つまりはもうおばあちゃんなのだけど、おばあちゃんはまだ90過ぎて元気なのだけど、そのおばあちゃんが棺桶にすがって、自分が先に逝くべきなのに、ごめんねごめんねとおいおい泣いていたのだ。

こういう場面に出くわすことはよくあるのだけど、そしたら娘さん、おばあちゃんの孫が自分の所に来て、

「人の死ぬ順番は思い通りにいかないものだから、順番に次は自分が死ぬだなんていってるおばあちゃんに、順番なんか気にしないでいつまでも長生きするように、おばあちゃんがそう思えるような法話をしてください」

といって頭をさげたのだ。

おばあちゃんは火葬場には行かないといって帰ってしまい、そのあとに話す時間がなかったので、49日の納骨の時にその話をしますと約束をした。

死ぬ順番。こればっかりはこの世の縁尽きた順番だから、後も先もないのだ。頭ではみんなわかっているのだ。でもそれを受け入れられないのが人間なんだな。90過ぎたおばあさんが、嗚咽するほどおいおい泣いている姿をみて、自分になにが言えるかわからないけど、なにかを伝えねばならないと思ったのだ。

そんな1日

帰りの車の中で、その日初めての葬儀デビューだった後輩(70才)は、これが葬儀なんですね、本当にいい経験をしました、またこれからもよろしくおねがいしますと自分に頭を下げた。

なんか、その最後のとどめで、自分の中にあったものが堰を切ったように、こみ上げてきて、なんか悶々とした想いが止まらなくなった。

いったい僧侶ってなんなんだろうな。

たいした力もないのに、人の最後に、人の人生に土足ではいっていくような感じ。そこに対する後ろめたさと、70を過ぎた老人が、自分の後輩になって自分に教えを請い頭をさげる、なんかそういうすべてになんともいえない気持ちになって、それがなんの悶々なんかは未だにわかんないけど、家に帰ってからも悶々とした一夜を過ごしたのだ。

そしたらインフルエンザになったのだ。

そんなこないだの葬儀の話

落ちもないうえに、どうってことのない話だが、忘れたくないので書き残しておく。


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Title: 追記。
2012.02.16

質の高いコミュニティについて、布団の中にはいっていたら言いたいことが少しまとまってきた。

例えばだけど、お朝事(毎朝あがる朝のお勤め)の時に毎日できたてのパンが境内で焼き上がるという計画を立てるとする。それは別にお朝事に出た人が食べれるとかどうこうとかいうわけでなく、ただ単純にパンだけで勝負できるくらいのものを提供して、パンから派生してコミュニティを作っていこうという狙いがあるとする。例えばだけどね。

その時に、じゃあそれを実行に移して、客単価をいくらにして、毎朝いくつ売れば、月にどのくらいで元が取れるのだろうか、土地の賃借料は法人から借りる形にする場合は、別法人を立ち上げなければならない、無論その会社を維持するだけでもランニングコストはかかる。

また人件費や経費、工事費用だけでなく、それを役員会で承認させる為には、それなりのプレゼンが必要になるし、お寺から費用を動かす場合であればそれなりの手続きが必要になるし、どういうリスクや問題点があるのかも考えなければならない。細かいこと言えば、お寺にいなきゃわからない部分でも考えねばならないことはたくさんある。通夜葬儀がかぶってる場合でも問題ない場所が確保できるかとかと

ざっとだけど、そういう諸々の条件をクリアして、何ヶ月で機動に乗せて、その効果はどれくらいあるのか、リスクは許容範囲に収まるのか、収支はどうなるのか、ということをしっかりとビジョンとしてして立てて、中期長期的にその目標をクリアしていく。

その責任をなによりも、寺の人間が自分の肩に背負うということが大事だということが言いたいのだ。

いままでお寺発信で行われるイベントや、社会への開かれ方というのは、ノーリスクに近く高リターンを狙っているものが多いような気がする。たぶん、お寺という付加価値をつけていれば、それなりに評価されるからそこに甘んじてしまうのではないだろうか。

それとさっき考えて思ったのだけど、たぶん自分はお寺という媒体を社会の為とか、開かれた視点でというのが第一なのではなくて、今後永代に渡って自分の寺が生き残れるための要因や種を自分の代にいかに蒔けるかということが最重要であり、なによりも自防の繁栄が一番だと考えている節がある。

でも、それが結果として誰かの為になるのだという大義名分のもとに動くからこそ、多少のリスクと勝負をしなければいけないのだろうと思うのかもしれない。

リスクなき繁栄はない。ただリスクは自分の努力次第で限りなく0にできるということを学ぶのが今だということがいいたかったのだ。

すっきり。







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Title: 質の高いコミュニティについて。
2012.02.16

自分への備忘と戒めの為にざっくばらんにまとめておこうと思う。

このご時世、あらゆるどん詰まりの風潮の中で、「絆」という言葉が合い言葉のようにあれだけ広まることを見ていても、みんな潜在的に人との関わりやつながりに飢えているし、求めていることがもう飽和しているような時代にはいってきたと思う。

フェイスブックがこれだけ広まり、あらゆるSNSで毎日イイネ!をつけて、コメントを書き合う、画面の上でのそのつながりでさえも、安心につながる時代なのだ。自殺者が年間3万人を越えると言うこともそうなのだ。3万人が自殺できてしまうこの世の中に蔓延しているのはきっと孤独と寂しさのような類であるし、なによりもそれを止める人間と、死にたいことに気づく人間、ガス抜きさせてあげられる人間が必要なのだと思う。

時代は回ると言うが、「家の時代」、「家」という縛りは絶対的な力があって、その中では「個」は「家」の下にあった、そういう時代の中では、今よりも個の自由度はきわめて低かったが、その分危機的状況に陥る確立もきわめて低かったのだろうと思う。なんだかんだ色々なしがらみがうっとおしく、どろどろとした暗部を抱えながらも、それなりに守られながら「家」というコミュニティの中で庇護されてきたのだ。

そして時代は高度経済成長に入り「家」から「個」になってきた、息子が親父を平気で軽々追い抜いて行く時代の中で、家の縛りを越えて「個」はどこまでも自由になった。そして自由と引き替えに、守るべき後ろ盾も失ったのだ。どちらがいいかはわからない、でも昔から思うのだけど、みんな「自由」という響きには無条件で憧れ、無条件で目指そうとするけど、自由ほど怖いものはないし、自由ほど実力がなきゃ生き残れないものはないということを見落としがちなのだ。

今の時代は、なんだかんだと数十年前にくらべて、家や出身にとらわれず、だれでも学校にいけるし、言い方は極端かもしれないけど、平民であっても官僚になれる時代だ。その自由の暗部がそのまま今の時代の暗部であり問題なんだろうと思う。

ここにきてそれも変わろうとしていると思う。

勝ち組や負け組なんて言葉があるが、これは何を指すかとよくよく考えたときに、はじめ、これは収入や仕事のことばかりが先行しているように感じたのだけど、最近はちょっと見方が変わって、ようは収入や仕事が安定すると、より質のたかいコミュニティがそこに付随してくるのだ。

それがあるかないかということが、勝ち組やリア充という言葉の根底には流れているような気がする。人とのつながりをみんな潜在的に欲していて、その価値が今高まってきているのではないかと、はっきりいって最近そう思い込んでいる。

人間は他者との関わり中で、許容されて、認められて、否定されてはじめて自分の存在を認知できる生き物なのだと思ってる、反応されないということが一番堪えるのだ。ぶつかりあうことを避ける風潮が最近蔓延しているけど、ぶつかり合わなくなるからこそなにか大事なものを失ってしまうのだとすら思ってる。

そう考えたときに、自分は道を歩いてすれ違ったやつがなにを言ってても反応しないだろうし、そもそも何かんがえてるかわからない。そもそも毎日顔合わせて、気を抜いて会話してなきゃそんな関係を築けるはずがないと思う。

だからまずはそういう場が必要なのだろうと思う。

でも、それはなにか「お話しましょう会」とか「悩みを話そう会」のような類ではなくて、「歎異抄の会」とかそういうポイントにしぼったものであっては駄目なのだろうと思う。もっといえば「ヨガ」とか「写経会」「フリーマーケット」のようなイベント的なソフトのような、気の合う人だけ、興味ある人だけがあつまる、SNSのコミュニティ的なつながりだけでは不十分で、

もっと社会的、一般的にサービスとして価値があり、またそこに入るのにハードルはきわめて低く、出入りの自由があり、それでいて、そこにいくことにある付加価値が、一見してコミュニケーションの価値を二の次にするような絶妙な位置づけを醸し出せるようなコミュニティがあればおもしろいと思ってる。

伝わりにくいかもしれないが、それは例えば駄菓子屋的なコミュニティであり、シェアハウスのようなコミュニティでもいいし、カフェ的なコミュニティでもいいのだけど、それならどこにでもある発想なのだけど、ここで大事なのは、それを1つのサービスとして0から100まで独立採算をとって運営できるぐらいの、もしくは赤字をださない中で運営し、決定的な継続性をもたせることなのだと思う。

継続性という点ではお寺というハードにはそうとうなアドバンテージがあるので、それを活用するのはありだけど、決してぶら下がったものではなく、両立させて平行線をたどれる立ち位置でないとだめなんだろうと思う。

そしてなによりも大事なのが、画竜点睛とはよくいうもので、目が入らなければ質の高いコミュニティは完成しないのだと思う。

簡単に言えば、それはつまりはすべて更地から建物を建てて、駄菓子やであれば、店に座り、シェアハウスなら自分がそこに住み、カフェであるならばそこにいつでもいるくらいの覚悟があるかということで、もっといえば自分自身がソフトになった時に大概の問題を自分で解決できるだけの力をもっているかどうかということで、

つまりは自分が龍の目になれるかどうかであり、それは言い換えれば、企画をした人間がそれをライフワークとして生きて、そこで死ねる覚悟を持てるかどうかと言い換えてもいいかもしれない。

そして、力というのは、資金力や、人間関係を円滑にするための技術だけでなく、社会的に最低限必要な知識と、経験まで含めてだと思う。

いざというときになって土地の売買もできなければ、仕入れもできない、利益をだすこともできない、決算の見方もわからなければ、人の使い方もわからないようじゃ、空中分解して終わりだ。それに一度失敗した企画をまた0から持ち直させるような経験もしておくべきだと思う。

そうじゃないと話にならない。

あと資金面に関して言えば、こう書くと誤解されそうだけど、40、50になっても自分の権限で4桁のお金を自由に動かせないような実力ではとても難しいのだと思う。それはお金だけの問題ではなくて、口だけでなく本当になにかを実行しようと思ったら、人生折り返す前に、4桁くらいのお金を自由に動かせるようになるのに要なくらいの信頼や地位を自分で確立できなきゃ、大きなことなんてできるはずない。

そして自分が僧侶という立場として、こういうことがしたいということを打ち出したときに、二つ返事で周りを納得させられるだけの僧侶としての説得力も。

以上のことを身につけなければ本当の意味で質の高いコミュニティはつくれないと思う。なんとなくお遊びならできるかもしれないけど、継続性の高い何十年も独立採算のとれる形のコミュニティはつくれないと思う。

民間にはない、お寺というアドバンテージがあるのだから、そのアドバンテージを生かしつつ、もういっぽ踏み込んだお寺つくりをしていきたいと思う今日この頃、この30代には、そういうものをつくる為に必要な経験と知識を身につけて、とにかくレベルアップしておくのだということを忘れないために、少々でかいことを書き残しておく。

これを数十年後に読んで恥ずかしい思いをするか、想像の上をいくかは自分次第。




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Title: ビーンボール。
2012.02.02

ある記事で徳光さんが言っていた。

最近のプロ野球は乱闘が少なくなった。昔は胸元へえぐるような一球を投げて、相手をのけぞらせ、のけぞらせたほうがなにくそと思って奮起する、そういうピリピリするような勝負の中で、選手は切磋琢磨してた、だからスーパースターというのが生まれるのだと。

最近の選手は仲がいいからね、なかなかそんな一球を投げるなんてことはできないし、だからこそスーパースターが生まれにくいのかもしれないねと。

これってどこの業界でも同じなんじゃないかと思う。

仏教界でもそうだと思う。

明治の頃、清沢満之先生を中心に全国から集まった若者の中には、月見覚了氏、暁烏敏氏、多田鼎氏、佐々木月樵氏など錚々たるメンバーが共同生活をして、のちにはそこに曽我量深先生も加わることになるのだけど、彼らの時代は日々熱く信仰について語り、清沢先生の「内観」の意義を問い返し、時にぶつかりあい、切磋琢磨をしてたのだろう、時に胸元へえぐるような一球を投げ合いながら。

昔じいちゃんが戦後、大学に行ったときに、講堂の中で、曽我先生が講話をしていたときの話をしてくれた。

小さい講堂の中に、何十人もの学生がひしめきあって、曽我先生の言葉の一つ一つを食い入るように聞いていたという、その中で、ぼそぼそと話す曽我先生の言葉の鋭さと、オーラにじいちゃんは、大学に残ることを決意したという。当時の谷大ではあちらこちらで、自分のご了解をぶつけあい、時には胸ぐらをつかみ合うぐらいに息巻いてる空気がただよっていたという。

インドのナーランダに行ったときも思ったんだ。

大昔、ここには全世界から、仏教だけでなく信仰をもった人間があつまって、息巻いて、あちらこちらで自分の持論をぶつけあって、信仰をぶつけあって、切磋琢磨してたんだろなと。いまは遺跡しかないけど、あの場所に行ってあの造りをみればその空気をリアルに感じることができたし、その熱はまだ消えてないようにすら感じた。

蓮如上人のいた吉崎御坊の復元図をみたことがあるが、それはまさにナーランダにも通じるような空気が流れていたのだろうと思ったことがある。

最近はなんでもかんでも正しいことを言わなきゃ叩かれるとか、うっかり自己主張すると炎上しちゃうとか、そういうのにびびって思ったことも言えなくなってんだ。僧侶だって同じだ。

そんなんじゃなんだって廃れていくだけだ。

自分への自戒も込めて。

志を高くもてば、むしろぶつかり合って火花散らすことはなによりの喜びのはずなのに、せっせとそれを避けて、強い主張や、熱い想いを振りかざす人間がいたときに、涼しい顔して、ああ熱いねぇなんていって遠巻きにみてるなんてくそくらえだと思ってる。

正しいとか間違ってるかとか揚げ足とるような議論じゃなくて、もっとお互いが根っこにある信仰や、体感や、思想を高め合うために、むしろ相手を打ち負かすだのどうじゃなくて、自分を必死に押し上げたいが為の議論がしたい。

お互いが胸元をえぐるような球を投げ合って、なにくそこのやろうと、時に乱闘しながらも次は絶対場外までホームランにしてやるからなと言うくらいの生き甲斐で仏教の話がしたい。

信仰とか思想とか、そういうものをもっと深く高く、そして広く押し上げていきたいのなら一人でしこしこ指くわえてたってたかがしてているのだ。

そういう空気を共有できる仲間とか、そういう人間が集まる僧伽がほしい。

岡本太郎もいってるさ。

「オレは進歩と調和なんて大嫌いだ」

「お互いに頭を下げあって、相手も六割、こっちも六割、それで馴れ合っている。そんなものは調和じゃない。ポンポンとぶつかりあわなければならない。その結果、成り立つものが調和だ」

ってさ。

それと、宗教や信仰の面白いところは、どんなに古い本を読んでも、どんなに昔の言葉でも、色あせてるどころか、斬新で新鮮で、いつだって目から鱗を落とされるような言葉を見つけられることだなと思う。

悶々。

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Title: 続聖道浄土。
2012.01.31

聖道・浄土についてのブログを書いたら、直接メールをくれた人や、コメントをくれたり、牽制をしてきた人などが何人かいたので、言葉が足りなかった部分と、自分の中にある気持ちをまとめておこうと思う。

きっと賛否両論あるし、自分にもまだまだ見えていない世界がたくさんあるので、あくまで自分の了解として、でもれっきとした主張としてすべてはき出しておきたい。

聖道・浄土の慈悲について書いて、聖道の慈悲は小悲であって、それでは本当の意味で人を救えなくて、浄土の慈悲は大悲であり、人間そのものに向けられたものであるから、衆生を救えるのは浄土の慈悲によってである。だから自分は、聖道から浄土へのかわりめを大事にしたいと。ざっくりいうと自分の主張はそうなのだけど。

だからといって誰かに手をさしのべたり、今目の前にいる人達に寄り添い、地に足をつけて活動したりすることを無駄だとか、否定しているわけではないし、自分がそういうことをしないと決めているかといえばそうじゃない。むしろ自分の中でそういう気持ちは強いと思う。すぐに感情移入するし、よけいなことまで首を突っ込んでなんとかしたいとか思ってしまう節があるのもいなめない。

それに炊き出しをしたり、自死対策に取り組んだりと活動している僧侶を心から尊敬しているし、そういう人達が現代では、僧侶としてのアイデンティティの一端を守ってくれているのだと思っているし、料理やイベントを通して、若い感性とやりかたで、今の仏教をあぐらをかくことなく発信してくれている人がいることで、世間での仏教や、お寺や、僧侶としての立ち位置をより垣根の低いものにしてくれて、そこにこそこれからの仏教の可能性はあると思っている。

なので誤解がないように言いたいのだけど、社会活動をしている人や、活動自体を無駄だとか否定しているわけではない。むしろ尊敬している。

ただ自分のできることという意味で考えた時に、仏教界では賛否両論あり、中にはあの寺は葬儀請負業者だと揶揄されることもあるが、自坊では頼まれた葬儀はどんな葬儀にでもいくという形なので、葬儀だけでも年間100件近くの葬儀を行う。もしかするとこれからもっと増えていくかもしれない。(今自分がやっているのはその3分の1に満たないくらいだけど)それでもその中で、死の現場にでてみて、たくさんの家族や遺族や、死に様をみる機会は多いと思うし、感情移入したくなくとも、自分の死に様や家族との別れのことや、死んだ後のこととか、いやでも自分に置き換えて考えることが多い。

だからこそ、いよいよ、いつか自分もああやって死んでいくのだなという怖さとか無常観とかも強くなったのかもしれないと思う。だから自分勝手なようだが、自分は外に目を向けている時間があるのであれば、まずは自分のその気持ちにどう折り合いをつけたらいいか考えることに時間を使いたいし、どうしたらそういう想いを払拭できるのか考えている。そしてたまたまこの環境にいれば、その答えを教典や聖人の言葉の中に探すのは自然な流れなのだと思う。

おそらく自分の考えや思考を突き詰めていくとこういう動機付けがあるのだろうと思う。

昔はそれでも、ただ自分の為だけに勉強したり、正直布教とか教化とかどうでもいいし、自分の中でもっと気持ちが楽になれて、安穏とできるところにいけるならそれだけでいいという想いに堂々と胸を張れない部分があって、外に出て行かなければいけないし、もっと僧侶としてのアイデンティティを確立させなければいけないと思っていた。

宗派を越えた若手僧侶の集まりにでたり、布教教化についての勉強をしたり、自分自身で話すことや伝えることを磨こうとしてきたのはそういう想いからだったのだと思う。

そんなこんなで、20代のうちに色々と活動してきて、怖いものを怖いと思う感性も、死んでいくことに折り合いをつけていくということも、こそうやって自分の為にやっていることがこれから先の人生で、誰かの為や誰かの役に立つこともあるのだと思えるようになった。だからきっとこれから先も自分の感性と感覚の中で、教典や聖人の言葉に体感を伴わせながら生きていくというのが、自分が僧侶として進んでいくべき道であると思っている。

大人げないかもしれないが、自分はそんな動機付けと、気持ちで生きているから、社会活動とは一口に言っても、幅は広くひとくくりにしてしまうのはとても難しいし、すべてがすべてではないのだけど、おそらく社会活動というよりも政治活動にあたるような活動に精をだしている僧侶が怒りをあらわに、自分のしていることはさも正しいことだと価値観を振り回している姿に、手元がおろそかになっているような違和感を覚えるのだろうと思う。

また簡単に僧侶は死の専門家だということを言ってしまう僧侶がいることにも違和感を覚える。自分は向き合えば向き合うほどわからなくなるのが死だろうと思っているし、向き合えば向き合うほど軽はずみなことが言えなくなるのが死だろうと思っている。だから「わからない」ということもれっきとした主張であると思うし、軽はずみにわかったようなことをいうような僧侶にはなりたくないと思っている。

ある人の言葉の引用だが、

聖道の慈悲と浄土の慈悲は、何もしない人の言い訳の理屈になっているでしょう。それは一番残念だわね。でもそういうことをいう人はおいておいたらいいのですよ。そういう人のお尻たたく必要もないし、そういう人はそういう人でまた考えることだし、争う必要もない。

これを言いたくなる気持ちはよくわかる。実際真宗の教えの中には、いくらでも言い訳にも逃げ道にもなるような解釈ができるものがたくさんある。実際、歎異抄が書かれた理由もそれが一番大きかったのだろうと思う。

しかしこの発言の中で「何もしない」ということは活動をしていないということを指しているのだとしたら、通夜と葬儀をこなしているだけの僧侶は何もしない僧侶に区分されてしまうようなニュアンスが含まれていることが残念に感じる。

僧侶として「何も活動しない」ということも自分は1つのあり方であると思うし、活動をしていることと同じくらいの比重を持っている場合もあるということを主張しておきたい。

そして外へ向けて、社会に向けて活動している人だけが意識が高く、志が高いのではないと思っている。

そして経験や活動を通しての言葉にこそに説得力が伴うというのであれば、自分は僧侶として当たり前のことをするだけで説得力を持たせられるだけの実力をみにつけてやろうと思っている。

それとこれも引用だけど。

紛争中に武装せずに入っていって、そして、その両方の立場を調停するというこの運動の日本側の運営委員は70歳代の在家出身の西本願寺のお坊さんです。

彼は、3年ほど前に出家したけれども、それまでは会社のサラリーマンですね。縁があって、西本願寺で得度はして、法名を名乗っておられるけども、彼はこれからは、非暴力・平和隊のような活動が一番大事だし、仏教に生きる人間はそういう活動を支える方にまわるということが大事じゃないかと言って、孤軍奮闘の運動を始めている。

それで彼を招いてこの間話をいろいろ聞いたんです。その時に、やっぱりお東の人が、聖道の慈悲と浄土の慈悲の話をあなたどう思いますか、と聞いたわけですね。

その人は、歎異抄の第4章のあの言葉は、親鸞聖人という人が、よほど人々を救おうと思って努力をされて、どうしても救うことはできないという体験に裏付けられて、おっしゃっているのであって、自分はまだまだそういう聖道の慈悲と浄土の慈悲があるのだということは言えない。自分としては、まだ全力を尽くして人々のために尽くすとか、困っている人を助けるという経験は、まだまだ足りないと。足りない人間には、あの言葉はまだまだ吐けない、と言われてね。

それはやっぱり、人を説得する力がありますね。だから、繰り返しだけど、いつもあれを出す人はもう相手にする必要ないですよ。

これも気持ちはよくわかるのだけど、聖人が救おうと努力されていたのは、何から何からを救おうとしていたのかという解釈によって受け取り方が違うのだろうが、自分の解釈では、聖人は荒廃した時代に飢えや飢饉や、災害などでたくさんの死に触れ、死と向き合うことで、人々の死に対する恐怖や想いをいかに掬い取るか、そしてどう生きていくかということを、お念仏の中に見いだしたと思っている。

聖人が佐貫の国に行かれたときに、地震と洪水と飢饉に見舞われたその国で、多くの民衆が疲弊しきっている姿をまのあたりにされ、三部経千部読誦を思い立たれ、読み始めるも、4,5日でそれをやめてその場を立ち去ったという記述があるが、

それこそがまさにのちに、和讃の中で、

小慈小悲もなき身にて、有情利益はおもふまじ
如来の願船いまさずは、苦海をいかでかわたるべき

と書かれた動機なのだろうと思う。

つまりは、三部経千部読誦という利益を差し向けるようなことでこの苦しみや悲しみは救えないということに気づいたと言うことではないかと思う。

この言葉の解釈を通しても、自分は僧侶として当たり前に、死に際して、法話をして、遺族と接して行く中で、無力を感じて、ではどうしたらいいかと考える姿勢を僧侶のあり方として間違っていないと思うし、外に向ける時間を内に向けることで、結果として何も活動をしていないとしても、それは活動をするのと同じくらいに大切な事であると思っている。

ただし、目に見えるか見えないかの部分で、言い訳や逃げ道をつくりやすいという点で「動かない」ということは難しくもあるし、いつだって動機付けが曖昧になりがちなのではないかと思う。

自分の中で、一番違和感を感じるのは、動くこと動かないこと、やることとやらないこと、その価値は必ずしもどちらかだけに依るものではないと思っているので、どちらかに偏ってそれを振りかざすということには違和感を感じるし、大きな意味で活動家というカテゴリーにはいる人達と自分はウマが合わないのだろうと思う。

なんていう壮大な自己肯定をしてみたくなったので備忘に残しておく。


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Title: 小慈小悲もなき身にて
2012.01.30
恵信尼さんの手紙の中に、聖人が42歳の時に、佐貫の国に行かれたときに、地震と洪水と飢饉に見舞われたその国で、多くの民衆が疲弊しきっている姿をまのあたりにされ、三部経千部読誦を思い立たれ、読み始めるも、4,5日でそれをやめたという記述がある。

それこそがまさにのちに、和讃の中で、

小慈小悲もなき身にて、有情利益はおもふまじ
如来の願船いまさずは、苦海をいかでかわたるべき

と書かれた動機なのだろう。

そしてその動機は、今回の震災に際しても同様のことが通ずるのだろうと思う。

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Title: 聖道浄土。
2012.01.30

最近の原発反対などの動きをみていて、なんとなく「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」という言葉が腑に落ちてきたような気がする、同時に「急ぎ仏になりて」ということの意味もおぼろげながら見えてきた気がする。なんか震災以後もやもやしてたことが歎異抄を読み直したことで少し晴れてきた気がする。

以下歎異抄4章原文


慈悲に聖道・浄土のかわりめあり。

聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり。
しかれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし。

浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、
大悲大慈心をもって、おもうがごとく衆生を利益するをいうべきなり。

今生に、いかに、いとおし不便とおもうとも、
存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし。

しかれば、念仏もうすのみぞ、
すえとおりたる大慈悲心にてそうろうべきと云々


簡単に言うと、おそらく、原発に反対する運動をすることや、被災地を物理的に支援することなども含め、つまりはその先に個別の対象(被災者・又は原発の被害に遭うであろう人達)がある場合の行動というのは、はっきりいえば、どこか側面的であるというか、常に正しいか正しくないかの判断で両極端の考え方が両立する可能性のあるもので、いわばその可能性を1%でも秘めている行動を「聖道の慈悲」と言い換えてもいいのではないかと思う。これは純粋に目の前の事象をあわれみ、かなしみ、はぐくむ心と言い換えてもいいのだと思う。

この個別の事象に対応した、「悲」をいわば小悲といってもいいのではないかと思う。

しかしその心をもって誰かを助けようと思っても、本当の所思うように誰かを救うというのは想像以上に難しい事だ。そして「小悲の慈悲」によって解決した問題の多くは、その対象における苦しみ(今回であれば、地震や津波、原発の問題)が解決されたとしても、次にまた同じような事象が訪れたときに同じように苦しみが生まれ、同じようにまたその苦しみに立ち向かわなければならない可能性があるということにもなる。 

しかし一方で、「浄土の慈悲」というものを考えたときに、震災に際していうのであれば、被災したこと、又原発が原因で苦しんでいることという個別の対象を越えて、たった一度のこの被災で、どんな幸せも吹っ飛んでしまう、又どんなに心穏やかに生きていてもこの、自分の外から来る要因で一気に心乱れ悲しみに暮れてしまうという事実に、人間というもののあわれ、そしてその現実の中で生きとしいけるすべての人のこの運命に対する「悲」

これは各個別というものを越えて、人間というものそのものに向けられた「悲」つまりは大悲ではないかと思う。そしてこの「大悲の慈悲」をもって問題に取り組めば、あらゆる事象における場面において、同じ答えで臨むことができると思うのだ。

震災以後自分の中でひっかかっていたのは、震災復興に対する立ち位置はどれもどこか側面的で、誰かにとってのベストは誰かにとってのベストではないというのが正直な気持ちだった。

その中で自分はどの立場の人間にとってベストな行動をすればいいのだろうか。ということを悶々と考え、考え過ぎなのもわかっているけれど、正直立ち位置を考えあぐねていたのです。

そして先日歎異抄を読み直しているときに、4章のこの言葉が自分の中にすとんと落ちてきた気がした、自分は、被災地に足を運んだわけでもない、原発反対を表明しているわけでもない、なにか継続して物理的な支援ができているわけでもない。

しかしこの震災を通して、人間のはかなさと、もろさと、幸せとはなんであるかということを痛いほど感じて、そしてそれをどうしたら払拭できるか考えている。そしてその考えたことや、感じたことの答えを仏法の中にみつけ、体感して、それを実践還元することで、少しでも今よりも人に向き合えるきっかけになるのではないかと思うし、そういう僧侶がいてもいいのではなかと思ってる。

そして同時にその中で、大悲に深く気づかされることではじめて本願に火が灯るのかもしれないと思っている。

結局の所自分自分に聞こえてしまうかもしれないけど・・・それをつきつめていくと、 正定聚ということも、いそぎ仏になりてということも繋がってくると思うのです。

そしてさらにいえばここではじめて、往相回向・還相回向などの言葉にも血が通ってくる気がするのです。

ともに真宗よりで真宗的な考え方であり、まだまだ熟考の余地だらけなのだけど、いまの自分の中で体感として感じる御了解を備忘の為に残しておく。


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Title: ぽっけ。
2012.01.19

震災以後、自分の頭の中のポケットのようなところに散らばっていること。

今自分が幸せは何であろうかということを、突き詰めて考えるとする。それを考え抜いた末に、自分なりの理論や持論をみつけたとして、それをせっせと自分の中に還元しながら、日々を安穏と、そして穏やかに過ごしていたとする。

そのまま年をとって老人になった時に、大きな地震がきて、もしくは津波がきて、家族や家や、友人を奪い去ってしまうかもしれない。どんなに自分の中で鍛錬をしていたって、どんな人生を歩んでいたって、その悲しみをぬぐい去れる術なんてないと思う。

つまりは「幸せ」というものはそういうものなのだと思う。

自分に関係ないところで、つねに動き変わり続け流れ続けているこの世界で、幸せもつねに動き流れているのだ。

数年後の未来や数十年後の未来の幸せの為に生きて、今なにかを積み重ねたとて、そんなものは砂上の楼閣なのだと思う。

災害に見舞われなくなって、10人に1人は60才まで生きられないそうだし、2人は1人は癌で死ぬそうで、自分も例外なくそこに組み込まれているわけで。悲しみに暮れてうちひしがれて死んでいく可能性を十分にもっている。

人間の人生なんてものは、事実を見開いて見つめればそんなものなんだ。

ただ、だから悲観して、どうせがんばってもしょうがないという類の話ではなく。

だからこそ、今この一息でこれを書いていることも、この一息で深呼吸することももっと大事に思えるような自分でありたいし、そういうことを思えるだけの余裕を持てるだけの自分を保っていられるための精進だけはしておきたいと思う。

社会の中で生活をしながら生きていれば、山里にいるわけではないし、稼がなきゃ食えないから、そんな余裕ないし、なにかに追われれば、そんな気持ちなんかすぐに忘れちゃうのだけど、でもせめてそれを思い出す頻度をもっと高めたい。

幸せなんて次の瞬間にはなくて、今の瞬間にあるかどうかみたいなものなんだきっと。

青い鳥の意味はそういうことなのだきっと。

こういうことを思える自分を保つということは大変な事で、その自分をどうやったら保てるかということを突き詰めていくことが仏教でもあるのかもしれない。


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Title: 梵。
2012.01.19

この寒い朝に、白い息をはく、その一息ごとに自分の体温が外に漏れ出して、冷たい空気を吸い込むその一息ごとに身体の中がぴりっと締まる。

なんか、こうやって自分の身体の中で暖められた空気と、きんきんに冷えた外気の交換を何度か繰り返しているうちに、自分の温度と外の温度が少しづつフラットになってくるような感じがして。

この感覚もある意味では梵我一如なのだろうかなんてことを思ったのです。

外と内を隔てているものは、身体ではなくて心なのだきっと。世界と自分を隔てているものも心なのだきっと。

その間にあるものを、少しづつ深呼吸をするように、時間をかけてフラットにしていく作業というのも、ある意味では仏道なのだと思う。きっと少しづつ深呼吸を繰り返していくうちに、自分となにかを隔てているものの正体を嫌と言うほどにたたきつけられて、その正体が紛れもない自分であることに気づかされるのだろうと思う。

世界には隔たりも、区別も裏も表もなくて、それを生み出しているのはいつだってくだらない自分のくそ頭の中なのだ。そのくそ頭のなかを少しでも自由に、すこしでもゆるく、すこしでも幅広くしたいと思っている。

一息一息をはく自分が紛れもない真実であり、それ以上でもそれ以下でもない。

一如という言葉に出会って、この言葉と向き合うと言うことは、きっと自分のライフワークになる。最近きっと人生の卒論を書くとしたら、このテーマ意外には考えられないと思う。

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Title: 備忘。
2012.01.11

人生於いて、年齢なんて記号みたいなもので、同じフェーズの人間なんて存在しなない。だからこそ、1つの行動や発言は、賞賛にも批判にも値するし、年寄りと若者はわかりあえないのだ。

方便を使うと言うことは、お互いのフェーズをよくよく知り、よく見るだけの観察力が必要だし、僧侶というのは、そういう能力と思考法を身につけなければいけないのかもしれない。

なんてふと。

誤解がないように。年長者を敬わないということではない。わかり合うとため必要なのは、まずお互いの立ち位置がはっきりと違うのだという認識をしっかりと持つところから始まるということがいいたいのです。

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Title: バケツの水。
2012.01.11

とある学校の校長先生が新年の挨拶で生徒に向けてこういったそうだ。

シベリアの刑の処罰は、二つの中からどちらか選択ができます。ひとつは、シベリアの寒い郊外でのレンガ運びなどのつらい肉体労働です。もうひとつは、室内の一室で、バケツがふたつあり、その一方には水が入っています。その水をもう一方の空のバケツに水を移すのをただ繰り返すというものです。 

皆さんはどちらを選びますか? 

そこでは圧倒的に室内の作業を選ぶものが多かったそうです。きっと皆さんもそうでしょう。しかし、室内の作業を選んだ者たちは自殺者が多数出たのです。室内の作業を繰り返す内に、その行動の意味を考え、意味があるのかと人は考えるのです。反対に肉体労働はつらいですが終わった後の達成感があります。わたしは、人は、目標や目的、あるものに向かっていく動物なんではないだろうかと思います。 

この話をきいて、なるほどと思って、目に見える目標に向かって達成感をもって進んでいくこと。ということを高校生に伝えるためにはなんて素晴らしいはなしなんだろうと思った。

でももう一歩踏み込んで考えてみると、宗教にかかわる人間としてはひっかかる部分もあるのだ。もっといえば、宗教を扱うと言うことは、どちらかといえば、2つのバケツの水をもう一つのバケツに移す作業を肯定し、自らもそれを繰り返すようなものなんじゃないかと思う。

目の前にある目的や、達成すべきラインを目指して足を動かしていくことってすごく大事だし、それを否定してしまうと原動力はなにも生まれないのだけど、これは人生のフェーズにおいての問題なのだろうと思う。

10代20代においては、達成感や目標を目指す意欲は絶対必要だと思う。だから高校生にこの話をするのは素晴らしいし、すごい校長先生だなと思う。

しかしそれは最終的なところではなくて、あくまでプロセスなのだと思う。目に見えるわかりやすい目標や、達成感だけで満足してしまうと決して見えないものがある、ということに気づくか気づかないかということは、その後30になり40になり、50になり、60になり、死が眼前に近づいてきたときにとても重要なことなのだと思う。

いうなれば。

いやがおうにもバケツの水を入れかえる作業をしなければなならないのが人生である。と宣言した上で、バケツの水を入れ替える作業の中で、作業の意味や生きる価値などを考えた時に死にたくならないように逃げ道を作るのが宗教の役割なのだ。

ほっておいても、年老いて老化して、頭と身体のバランスが崩れる時が来る、頭でおもった所まで足が上がらなくなる時が来る。宗教はそこにこそ価値を見いだすのだ。

この話をきいた高校生が、血気盛んに社会にでて、現実や壁にぶちのめされて、部屋の中でバケツの水を入れ替えることを強要されたときに、そこにある価値を見いだす心と、そこにいる自分にのりしろをもつ心を忘れないほしい。

なにごとも、メリットにはデメリットがくっついてる。

光には陰も。

それを仏教では一如と表現する。

光だけを放つ話も、光だけあたる価値も概念もこの世には存在しない。

それと、この話に絡めていうなら、宗教を扱うということ、もっといえば僧侶の姿としては、進んでひたすらにバケツの水をいれかえることを続けて、それを投げ出さずに最後まで続けるということが理想的なんじゃないかと思う。

そこでしか見えないもの、そうやって向き合わなければ捨てられないものがあるんじゃないかと思う。

出家とはそういうことなんじゃないかと思う。

インドには、ひたすらに立ったままでいたり、太陽を見続けたり、手を上げ続けたり、座っているだけという修行をしている人がいる。禅の世界には、只管打座というひたすら坐禅する修行があるし、ひたすらに箒を振り続けて悟った周利槃特もいる。他にも仏教には意味考えるということを放棄させるような教えがたくさんあるのだ。

それはなぜかと言えば、意味というのは執着だからなのだと思う。

誤解を恐れずにいうならば、バケツの水を入れ替え続けて自殺をしてしまった人達は、執着によって死んだのだ。その執着を捨てるための方法を仏教では説く。そしてその法を自分の生活の中で感じながら、今の社会、今の現代に合わせ、目の前にいる人に的確な言葉と方法で、説くのが僧侶の役割だと思っている。

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Title: 後生の一大事
2011.12.29

今年がどんな一年だったかを振り返る。

親鸞聖人750回御遠忌に法然上人800回御遠忌の節目の年である今年に震災があった。

この1年間を振り返り、震災の日から、現在も進行形で放射能の対応などに追われていたり、自分の中では今日に至るまで本当に震災一色だった。

いつも頭の中にどこか震災のことがべっとりとまとわりついているようで、漠然とした焦燥感があったり、自分のしたいことと、できることと、やらなければならないことの狭間でもどかしい想いを引きずりながらここまできたように思う。

その中で様々な形で足を動かす友人をみたり、様々な形で活動する僧侶仲間をみていて、自分にはなにができるのだろうか、自分はなにをしなければいけないのだろうか、そして自分はどうありたいのか、そんなことばかり考えていたように思う。

そこで右往左往して悩んでみても、結局の所、自分にできるのは、物理的な支援をすると同時に、今手の中にあるものの精度をもっともっと高めていくことだと思ったのだ。

ばたばたと付け焼き刃でなんでもかんでも手を広げるのではなく、自分の武器をもっともっと研ぎ澄まして、それで誰かの何かになれればいいと思う。

自分のお寺のお檀家の人たちとの会話ももっともっと丁寧に、子どもたちと関わる1日1日をもっともっと丁寧に。家族や仕事でかかわる人達や友達とすごす時間をもっともっと丁寧に。

目の前に起きていることがどんなことであろうととりあえず、もっともっと丁寧にこなしていけたらと思う。

1日1日の重みを質感として感じられるように時間を過ごそうと思う。体感として今日と同じ日はないのだと思えるように過ごそうと思う。

後生の一大事を心にかけて。

んで。

毎年同じことを言っているのだけど。

来年をどんな年にしたいかといえば。

がんばらず、かかえこまずに、せのびせず。

今を大切に。

是に尽きる。

今年もありがとう。そして来年もよろしくどうぞ。







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Title: 自灯明 法灯明
2011.12.26

なんか悶々してたらタイムリーな中村元先生の言葉にはっとした。
最後の自灯明 法灯明のくだりだけ備忘のために、文章に残しておく。
なんかやはりクシナガラに行きたくなってきた。

仏教の教えというものは、この上に輝く日月のようなものである。

太陽や月があらゆる人を照らすように、仏教の教えの真理というものは、あらゆる人に明らかなものであり、あらゆる人を照らすというわけです。

続けて釈尊はこういわれました。

もしも自分が人々を導くのであるとか、あるいはこの修行者の仲間が私を頼っているとか思うならば、私が死ぬということは大変な事であろう。しかし私は自分がみんなを導くなんて思ったこともない。

またみんなが自分を頼りにしているなどとも思わなかった。

自分はただ人々のよるべき真理、真の生き方というものを明らかにした、それだけなのだ。

だからなにも自分が消えて亡くなったからといって嘆き悲しむな。

およそこの世のもので、いつまでも破れないで存続し続けるものは何もない。

いつかは破れ消え失せるものである。その道理を私はおまえたちに今まで説いてきたではないか。ただ私はそこにある一貫した真理というもの、それを説きあかしてきた、だからそれに頼れ。

この変転常ない世の中では、まず自分に頼るべきである。

自分に頼るとはどういうことであるか。

自分はこの場合にどうするべきかということを、その場合、その場合に考えることでしょう。

その場合なにを判断基準にするのか。

それは「人間としての道」「法(のり)」インドの言葉で言うと「ダルマ」と呼ばれるものです。これを「法」と訳しますが、この人間の理法というもの、これに頼ること「自己に頼れ 法に頼れ」

これが釈尊の最後の教えでありました。





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Title: 遺書。
2011.12.23

こないだ遺書を書いたのだけど。

とはいっても死ぬきもなけりゃ、何か重い病なわけでもない。ただ肋骨が折れてるだけで。

この間若手僧侶が集まる会で、僧侶が集まって改めて真剣に遺書を書いてみようという試みがあったのだ。普段から死に触れて、人前で法話なんかしてる人たちがいざ自分の死に向き合いましょうってな意味で。

んで感じたこと。

多くの人が、遺された人たちに、ありがとうとか、ごめんなさいとか、そういう言葉を綴ったというのを聞いて。

自分の遺書にはありがとうも、ごめんさないも1つもでてこなかった。

それに正直言うと明確に誰かの顔を思い浮かべることもできなかった。

結局自分が書いたことをかいつまんでしまうと。

世の中は思い通りに行かないことが既存設定です、そう思ってるとちょっと楽になれるかもしれないです。

まあお先にいってますので、またいつかお茶でものみましょう。んじゃ。

ってな感じのことなのだ。

キレイにまとめすぎとか言われれば、そうなのかもしれないのだけど。

実はなんか感情移入しすぎて、言いたいことや想いがあふれすぎて、むしろ考えすぎちゃって、自分の一生や想いを、文章にまとめることなんて不可能だと思って、なにがいいたいかと思ったら、なんかお別れみたいなのは嫌だし寂しいから、この世もあの世もたいして遠くないよってなことがいいたかったのだ。残された人がそう感じてくれたらいいなと思ったのだ。

あの世とこの世の垣根を少しでも下げたかったのだ。

それと、自分が明確に誰かの顔を想定して言葉を残して、死んでなお自分の言葉や、想いで誰かや何かにバイアスをかけて、可能性を狭めるようなことが嫌だったのだ。

こうして生きてくれとか、自分が死んだらこうしてくれとか、寺はこうして、幼稚園はこうしてとか、あいつにこれを渡してくれとか。HDDのこのフォルダは開けないで黙って削除してくれとか。そういう残したい言葉や想いはたくさんあるのだけど、残したところで、残された人が思い通りにできることもできないこともあるから、まあそこはなるように、残された人がなんやかんやと理由を付けて、きっとあの人はこう思ってるよとか、こういう人だったからきっと喜んでるよとか、勝手なことをいいながら満足いくようにしてくれればいいやと思ったのだ。

秘蔵のコレクションが削除されずに形見分けだとかいいながらみんなが持ち帰ってもそれでいい。

むしろそれが嬉しいし、あの世から見えるかどうかはわかんないけど、もし見えるなら、自分の残した言葉や思い通りにみんなが動いているのを見るよりも、みんな思い思いに勝手なことを言ってるのを見る方がおもしろいなと思ったのだ。

それぞれ残された人達が勝手な想いで、満足して自分を思い出してくれるならそれでいい。そんであのやろう勝手なこといって都合いいこといいやがって、うらめしやなんて、いいながら、あの世でお茶でもすするのだ。

そもそも自分がいなくなったところで、世界はなにもかわならないし、いないならいないなりに日常は回っていくのだ。

なにか残したところで、いないやつの想いや願いなんてものはいづれ風化していくのだ。

なんかお寺にいて一番思うのは、これなのだ。

自分はいてもいなくても間違いなく明日から日常は、その人がいないなりに回っていくのだ。

ばたばたするのなんていいとこ数ヶ月だ。それになにかを残そうったってそんなもんは無理だ。

なぜなら3代前の先祖の残した言葉なんて自分は1つも知らないのだから、それがなによりの証拠だろう。

それが現実なのだ。

でもそれは寂しいことではなくて最高に幸せなことなのだと思う。

だからこそ、その現実こそが今を大事にするべきなによりの理由になるし、その現実があるからこそ、この瞬間が二度とないものであると思えるし、それが人生に彩りをくれるのではないかと思う。

今回こういう形で遺書を書いてみて。

なんかいろんなことを再確認できた気がした。

なむ。










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Title: ギルド。
2011.12.19

実は、というほどのことでもないのだけど。スープがすごい好きなのだ。昔から。

特にコーンスープ。

たぶん理由なんて考える必要はないのだろうけど。

最近子どもたちと絵本を読んでいると、絵本の中にはよくスープがでてくる。この時期に選ぶ絵本にはよくでてくる湯気の立ち昇る温かいスープをみるたびにああ・・・おいしそう・・・と思うのだ。

うちは昔から絵本がたくさんあったし、本ばかり読んでいるような子どもだったので、知らず知らずに絵本の中から受けた影響というのは大きいのかもしれないなんてふと思ったのです。

きっとスープの味が好きだというよりは、寒い日にのむスープというシチュエーションが好きなのだ。

なんか子どもたちをよくよく観察したり、自分の子どもとの関わり方をよくみるに、自分の好きなものや安心するものが子どもの時からの延長であるのかもしれないということを思わされる今日この頃。

いつか時間ができたときに読もうと思っていた、秋葉原通り魔事件の関係の本や手記、雑誌などのインタビューを一気に読みあさる。寝ても覚めても加藤智大のここ2,3日。

さっきのスープの話じゃないけど、自分をつくる要素や可能性は、自分の手を越えたところにたくさんあるのだ、それはいい方にも悪い方にも作用する種みたいなものなのだということを改めて再認識する。

強く感じたのは、生きているということは、心臓が動いていることだけを指すわけではなくて、人は生きながらに死ぬことも、死してなお生きることもある。そして孤独や寂しさや、満たされない思いというので人は生きながらに死ぬことができるのだ。

そして現代には、孤独や寂しさや、満たされない思いを簡単に味わうことだけの背景と要素があまりにも多すぎる。無意識に生きていれば誰でも簡単に落とし穴に落ちる、基本設定で人を孤独に追い込むシステムが当たり前のようにまかり通っているのだ。

「人間」という漢字を初めて作った人は本当にすごいな。

あたりまえのようだけど、人は人の間にいるということが大事なのだと思う。人の間にいるということは、煩わしいことも、めんどくさいことも全部含めて、よりかかられることであり、よりかかることなんだろうと思う。現代人の苦手なのは、よりかかられることじゃなくて、いつだってよりかかることなのだ。

そんなことを思いながら今年を振り返るに、この半年は宗派をこえて若手僧侶があつまる会の企画をしてきたのだけど、今一度僧侶とはなにか?ということを自分自身に問いかけるいい機会だった。

なんか。

今回この半年で思ったのは、やはり仏教は人のいるところにあるものなのだ。人のいるところに苦しみや悲しみがあって、僧侶はその人の顔の見えるところにいるべきなのだと思う。

あたりまえで簡単なようだけど。

人の顔を想定しないで、ああでもない、こうでもない、顔も想像できないところで議論を繰り広げると言うことが当たり前のように横行しているのだ。

脳死の議論1つとってもそうなのだ。

自分の大切な人がなるのか、他人がなるのか、自分の家族に提供を待つ人がいるのかいないのか。そんな違いでそこにある答えは様々なのだ。むしろ様々であることが既存設定なのだ。

その様々にある人間模様の一つ一つの顔の見えるところに仏教はあって、僧侶がいるべきなのだと思う。人の数だけ苦しみはあるし、その苦しみの数だけ僧侶のあり方があっていいのだと思う。

なんせ教えは八万四千もあるのだ。

すごく浄土っぽい考え方かもしれないけど、自分は真宗の僧侶なので。

なんか今回の会議を終えた帰り道、ふと、救うっていうのは掬うって言い換えてもいいのかもしれないと思った。

掬う為には、そっと両手を差し出せる距離にいなきゃ駄目なんだろうと思う。

願わくば、自分は人の顔の見えないところでなにかを動かすような僧侶になるのではなく、自分の手で直接誰かの顔を見て何かを掬えるような僧侶になりたいと思う。

自分の中にあるおぼろげなものが形になって、自然に1つの方向に押し出されて、結果として自分ができあがってくるのだ。

だから目指すべき自分なんてない。

夜と朝をなぞるだけのまともな日常。

まえにまえに。





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Title: 天上大風
2011.11.18

外で子どもたちが遊んでいるのをみていて。

子どもたちの遊びを大人におき換えたら、ほぼ間違いなく、おいおまえ大丈夫か?いっぺん医者に診てもらった方がいいんじゃないか?きっと疲れているのだよ。と言われるようなことばかりなのだ。サラリーマンならなにか心に問題を抱えてしまったか、老人であれば完全に呆けたと思われてもおかしくないようなものばかりなのだ。

例えば、ひたすらに穴を掘るとか、三輪車を爆走するとか、ひたすら線の上をぐるぐるまわるとか、網もって虫をおいかけたり、それこそ一心不乱に逆上がりをしたり、ぼけっとブランコにのるのでさえ、大人に置き換えると少しおかしな事になるのだ。

それはなんでだろうか考えたのだけど、思うにきっとそれは自分でそれが似合わなくなるように成長してきた結果だと思う。

子どもから大人になる過程で、背伸びしたり、一人前に見られたいが故に、子どもの似合うことを、似合わないように似合わないようにと、遠ざけてきたのは紛れもない自分自身なのだ。だからおかしな風に見えるのは当然であり、おかしな風に見えるということが、大人になれたなによりの証拠なのだと思う。

なのにそんな過程を忘れてしまって、子どもって無邪気でイイネ!あの頃に戻りたいねなんていうのだ。

でも本当にあの頃に戻りたい、もしくはあの頃の感性を取り戻したいのであれば、あくまで今の自分は自分自身がつくりあげたのだということを認めるところから始めなければならないのだろうと思う。

その過程でなんで自分は大人になりたかったのか、なんで背伸びをしたかったのか、背伸びしてまでなにがほしかったのだ。子どもにみられなくなることで得たものはなんなのだ。そこに答えをだせて初めて、大人のバイアスを取り払うことができるのだと思う。

大人のバイアスを取り払うということは、つまりはとらわれずに生きると言うことなのだ。

きっとそうやって生きていくと、いつのまにか、いくつになっても、穴を掘っていたり、ブランコに乗ったり、虫をおいかけてても、ひたすらに走り回ったり、逆上がりをしていたって、周りから見てなんの違和感もなくなって、なにして遊んでいたっておかしいと思われることもなく、それがその人らしさになっていくのだろうと思う。

良寛さんみたいに。

そうやって生きていけたらいいなと思う。










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Title: 癒。
2011.11.17

僧侶が癒しを与えてくれる存在だと思っている人がいるようなのだけどそれは違う。

僧侶は癒しなんて言葉を使わないし、むしろその言葉を懐疑的に受け止めていてもいいのじゃないかと思う。

癒しって、そもそも何によって消耗した何を癒しているのだ。

癒し癒しだといっていうる人ほど、自分が消耗する原因を外的な要因の性にして、それをまた外的な要因で回復させようとする。でもそんなことを繰り返していても目の前の現実をしっかりと受け止めて乗り越えない限り、自分の中に平穏なんて訪れるわけないのだ。

こういうと弊害があるかもしれないけど、今回の震災で被災された人たちに、いつまでも癒しをとか、癒されてほしいとかいう人をみると、ちょっと違うのになと思う。

いま被災した人たちに必要なのは、悲しみや苦しみから目を背けたり、考えなくてすむようになることではなくて、現実をしっかり受け止めて、そこから復興に向かって手を取り合って、一緒にその苦しみを乗り越えてくれる存在なのだと思う。

でもその苦しみや悲しみがあまりにも大きすぎて、一時的に応急処置として、絆創膏の役目を癒しで補うのはいいと思うんだ。でもいつまでも絆創膏をはっていても傷は治らないし、そこは化膿して、いつまでも傷がじゅくじゅくしたままになるだけなのだと思う。

大事な人を失った悲しみや苦しみも同じだ。

癒されて乗り越えられるなら、宗教なんていらないのだ。癒されても乗り越えられないものがあるから宗教があるのだ。

そこを勘違いして、宗教は癒しだなんて人がいるけどそれは違う。特に仏教は、癒しを与えてくれるようなものではないし、そういう勘違いした人からしたら厳しい宗教だと思う。

いつも自分の考えが正しくて、無意識にも自分本位なことを思う自分に、冷や水を浴びせかけてくれて、頭をトンカチで殴ってくれるようなものが仏教なのだ、それが見せかけではない本当の優しさなのだと思う。そしてそれは慈悲という言葉に「悲」という文字がくっついている理由じゃなかろうかと思う。

わかった顔して仏教ってさ。とかいうのも同じなのだ。

そういう自分に対してもつねに、おまえ調子にのるなよというのが仏法なのだ。

そんなことを思っていたら、求道ってあるラインまできたら、急速に指示を失い孤独になっていくのではないかと思う。

だって、ほんとのこといえば、あんた自分を棚に上げてるけど、原因は全部あんたの中にあるよ。ペテン師はよく人の間違いを大げさに騒ぎ立てて、自分の間違いから目を背けさせるのだけど、あんたのやってるのはまさにそれじゃないか。

それに、がんばれだの癒しだの言ってるけど、そういうあんたの自分本位な思い込みや気持ちで誰かを傷つけたり踏みにじっている可能性は0%なのかい?

ってことなのだけどそんなこと言ったら嫌われそうだし、そういう自分だってまさに渦中の人ってなもんで。

それこそまさに犀の角のようにただ独り歩めということなのだろうか。

なんて。


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Title: 慈心。
2011.11.08

11月だというのにこの気候。

身体もどのタイミングで冬眠すればいいのか考えあぐねているのだ。

今日身近な人を見送った。

久しぶりに親戚一同集まって思い出に花を咲かせたりして、いつまでもあの時代の話をしてた。

うちは親戚が多くて近いから、ことある事に親戚がみんな集まって、子どもたちは子どもたちでお寺の中を走り回ったり、写真やの親戚がくれた大量のフィルムケースの中で泳いだり、めずらしいカメラを見せてもらったり、メカニックのおじさんはいつも車の話をしてくれたり、山が好きなおじさんは山の話をしてくれたし、将棋も囲碁もみんなおじさん達から教わった。いつもわいわいああでもないこうでもないと話をしているのを横で聞いてるのが好きだった。

あの時代の自分は、いつまでもこれが続くのだと思っていた。

でもいつからだか、変化していくことを意識するようになって、変わっていくとはこういうことなのだなということを、自分は親戚たちから学んだ気がする。変化していくことがたまらなく嫌だったりもしたのだけど、最近は変化することを受け入れられるようになったのと同時に、いつのまにか自分も親戚の中で、ちゃんと「今」をつくる担い手みたいなものになっていくのだろうと漠然と感じるようになった。

こうやって身内を一人二人と見送っていくことで、気づかされたことや、大事な人を見送る人の気持ちもたくさん学ばせてもらったと思う。

通夜葬儀を自分でやるようになって、頭ではわかっているんだ。

自分が悲しくて寂しくて、つらければつらいほどに、ここが娑婆であって、兎角この世は苦しみにあふれている。でも亡くなった人の顔は、悲しむ自分たちをよそ目にとても安らかで、まさに仏さんみたいで、もう痛くもかゆくもないし、苦しいことなんか何もないし、間違いなく浄土へ還ったのだと思う。

間違いなくこの世とあの世は隔絶されているし、だからこそ、ここに救われるしかない自分たちがいるのもよくわかるし、そこに本願があることが本当に頼もしく思える。

だから暗い釜の中に送られるときも、お別れですの一言にも昔みたいに、どうにもならないくらいにモヤモヤしたりはしなくなったし、悲しみにも寂しさにもある程度納得できる自分ができたと思う。

今回も親戚が亡くなった日から、今日の葬儀まで時間があって、その間にいろいろなことを考えながらも、どちらかといえば晴れやかな気持ちでいたし、なんかお浄土も、親しかった人が増えてきて、だんだんいいところになってきたような気すらすしていたのだけど。

それなのに今日はいてもたってもいれないくらいに悲しくて寂しくて、そんな自分が垣間見えたときに、なんかいよいよ自力というものには限界があるのだと思った。昨日まで本当におどろくくらいに静かな気持ちだったのに。

こういう時に声をあげて泣けたらどんなにいいだろうと思った。

もう理屈じゃなくて、救われるしかないのだ。

人間は一人でなにかを乗り越えられることはできないのだと思う。

それと、もしかしたら「悟る」ということは、こういうときに声をあげて泣けることなのかもしれないと思った。まだまだ自分はなにかにしがみついてて、抗ってて、理屈をこねくり回してる。

それを手放さなきゃ見えるものも見えないのだろうな。

願わくば誰も死んでほしくないとすら思う。

でも、残された親戚の顔を見ながら、少なくともあとこれだけの数だけ自分は見送らなければならない可能性があるのだと思ったら、とてもつらいのだけど、でも同時にこれだけたくさんの縁に囲まれているのだということは本当にありがたいことなんだと思った。

それと、昔は誰かに名前をつけてもらうことが多かったのは、それは人間はだれかと共存して生きていくものだというのが当たり前だったから、だれか自分が大切だと思う人に名前をつけてもらうことで、その人との縁を子どもにつなげたいという想いもあったのかもしれない。それはつまりは、きっと今よりも縁と結びつきがつよかったということなのかもしれない。

縁なんだ。

全部。

生きるも死ぬも。病に伏せるのも老いるのも。

人と関わるのも関わらないのも。

涙を流すのも流さないのも。

いいこともわるいことも。

縁にいいも悪いもない。

縁なんだ全部。

縁は、願っても願わなくてもつながっていくものなんだ。



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Title: 輪。
2011.11.03

正直言うともうだれも身近な人が死なないでほしいとかむちゃなことを思うこともある。

ここ数日相次いで身近な人を送らなければならなくて、悲しいし、悔しいし、目を背けたくもなる。

でもそれがなによりも苦しみにあふれた娑婆にいることの証拠であり、これからももう少しここで生きていかなければならない証拠なのだ。この世はこうやって別れがあふれてて、悲しいこととか、寂しいこととか、苦しいことであふれていて、どんなに有頂天になっても、すぐにそこに捕まって地面にたたきつけられるのを繰り返す。

つらいとか悲しいとか思えば思うほどに、この世界は間違いなく娑婆なのだ。そしてだからこそ、この世とあの世は隔絶されてると認識できるわけで、亡くなった人は間違いなく自分のいる側でないところにいったと思えるのだ。その実感をもってはじめて救われるのだ。

そんなことを思いながら、亡くなった人の顔を見てたら、あまりにも静かでシンとしているもんで。

痛くもなく、寂しくも、悲しくもなく、苦しみが全くないところにいったのだな。まさに間違いなく仏になったのだなと思えた。

すべての人が必ずどこかのタイミングでこの世の縁尽きて、あちら側にいくのであって、遅かれ早かれなのだ。だから死というのは、ちょっとお先にお浄土へいくだけなのだな。

そしてその人が往生して浄土にいったかとどうかというのは、いつだってこの娑婆にまみれて生きている自分の頭の中にあることなのだ。

そして人が涙を流すのは、つまりは自分がさみしいからなのだと思う。

亡くなった人はもう自分なんかよりもずっといい世界にいるから心配ご無用で、むしろあっちからこっちをみて、もう少しそっちでがんばれよといってるんだきっと。

いままでずっと、あの暗い釜の中に、亡くなった人がいれられるのがたまらなく嫌だった。

でもこの世に縁尽きていくところは、安穏としたところなのだ。むしろよかったねと送り出していいのだと思うし、そして向こう側からこっち側を心配してくれる人が一人増えたことを喜ばなければいけないのかもしれないし、感謝しなければいけないのかもしれない。

またそちらであいましょう。

いつかこの世の縁尽きたら自分もいきますので。

その時はまた、車の話でもしましょう。


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Title: おのふ。
2011.10.19

なんだかんだ一人で全部こなしてやるんだなんて、息巻いて、はったりこいたって結局の所誰かに助けられて、行き詰まって一人もちゃってたって大声でそれを吹き飛ばすのはいつだって他人だったりするのだ。

言葉に捕まりすぎだなんてえらそうにいっておきながら、いつだって言葉に捕まっているのは他でもない自分なのだ。

結局はいつかは死ぬのだし、感情なんて一時の高ぶりなのだから、そんなところで右往左往したり、永遠を約束するなんて散臭い行為だなんてうそぶいたって、こころのどこかでは、そんな胡散臭いものを渇望しているのだ。

ほんと裏は表で表は裏だな。

某ネズミーランドが大好きだという人はある意味では、ものすごく現実的でリアリストなのだろうと思う。現実と夢の区別がしっかりできていて、自分のonとoffもしっかりできるりっぱな大人なのだ。

一方作られた夢の国を穿った見方をしたり、ネズミーマウスなんて中に人間がはいってるのさへへんっ。なんていってる人ほど心の奥底に、曇りないロマンを追い求めてるロマンチストなのだと思う。

それと完全な仮説なのだけど、ネズミーランドが好きな人とワンピースが好きな人は結構な割合でリンクするのではないかと思う。

それと。

攻め上手がSで、攻められ上手がMかといえばそうじゃない。

攻めてるときに、満たされるものが必ずしもサディスティックな面かといえばそうではないのだ、それに一方的に攻められているときに満たされる面も必ずしもマゾスティックな面かと言えばそうではない。

最近つくづく目に見えるものと本質は反比例しているのだなと思う。

だからこそ人間はおもしろいし、だからこそ人間は時にどん底まで落ち込むのだろうと思う。

でもなんてこたない。

ルールと仕組みがわかれば人間なんてそんなにやっかいな生き物ではないし、それほど複雑な生き物ではないのだろうと思う。それをややこしくしてるのはいつだって自分の願望と妄想なんだって。

*

朝から子どもたちと稲刈りをする。

んで、地べたに這いずり回ってしこたまバッタをとる。

20匹くらいつかまえて、虫かごに押し込む。

地べたにはいずり回るまでは、寒いし、こんなにくそ忙しいときに、なんで自分がこんなことをしなければならないのだ・・・とぶつくさ文句をいってたものの、1日が終わって、泥だらけの爪と靴をみてたら、いろんなものがこそげ落ちたような気がした。

なんか良寛さんみたいに、生きていくのも悪くないなとか思う。なんか10年前の自分では考えられないのだけど、最近幼稚園があってよかったなと思うことが多いのだ。

嫌で嫌で、どうにも投げ出したくても、投げ出せる状況じゃなかったからこそここまでこれたし、だからこそわかることがあるのだ。子どもの持っている感性や感覚や、物事への取り組み方やベクトルの柔軟さも、どこをすっぱ抜いたって、気づかされることだらけだと思えるようになったのは、自分にそれだけの視野が身についたからなんだろうと全く謙遜することなくそう思う。

大げさなようなのだけど、こないだ子どもたちと遊んでいるときに、ああこれはこれでみんな阿弥陀さんみたいなものなんだろうなと思った。そう考えたら、阿弥陀さんってどこにでもいるし、あるし、究極どれでもなんでもいいのかもしれないのだ。本願に届けば、すべては今現在説法なのだと思う。

ちなみに。

子どもはいいよ。純粋で無垢でなんていうキレイことだけを言いたいわけではないのだ。

子どもは時に大人よりも残酷で、捕まえたバッタの虫かごにカマキリをいれて、食べられる様をみんなで観察したりしながら、やはりお腹が一番おいしいのだろうねなんて言い合ったりする。それに平気で嘘もつくし、気に入らない奴は簡単に殴ったりするし、お世辞もくそもない、思ったままに思ったことを口にして平気で人を傷つけたりもする。

むしろそういう部分を持ち合わせているからこそ、学ぶことができる。

そして純粋と無垢という言葉はそういう部分を持ち合わせてはじめて成り立つのだということがいいたいのだ。

*

氏くんの歌ってる夕暮れをたまに聞き直すのだけど。

聞けば聞くほどにいい歌だと思う。

きっとそれは清水口っこだからなのだということも深く関係していると思うのだ。

なんか根源的に、あの頃に培われた感性や、人との関わり方とか、距離感とかは、無意識の中にも存在してるのだきっと。

*

年をとったり世代が交代したら自分の居場所がなくなるのではなくて、年をとったり世代交代をすればするほどに必要になってくるものをいま身につけておきたいのだ。

んで。

あわよくばしょぼくれても洒落とウイットにとんだ毎日をすごしたいのだ。

*

神楽坂も冬の装いになってきて、お品書きにもウキウキするような文字が躍り始めているのだ。こうやってまた季節の変わり目をこの街で旬を食べながら感じることができて嬉し。

*

やっぱ。

わかった気になってはすぐに忘れて、それを何度も何度も繰り返してきているのだけど。

結局、事実にはいいもわるいもないのだ。

悪い結果も良い結果も、それは縁のなせるわざで。

考えても考えなくても、がんばってもがんばらなくても、どこに立っていて、どこでどんな境遇にいたって、苦しいことも嬉しいことも同じように訪れるだけなのだ。

ただ流れていればいいのだな。

ぷかぷかと。

どこにいくかやない。

流れたところがいくべきところなのだ。

*

自分の欲望や、算段や、もっといえばずるがしこい部分に敏感であると言うことは、同時に他人のそういう部分にも敏感であるということなのだろうな。

自分のなかにある闘争心みたいなものともっとうまくつきあえるようになりたい。

頑なとか頑固とは別の部分で、理解されないことに屈さないで歩いて行ける人だけがみえる世界があると思うし、万が一にもそこがみえるなら見てみたい。

*

やっとかけた。

この一言にここ数週間は集約されるといっても過言ではない。




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Title: 一休。
2011.10.15

是は是、非は非にしておき、生は生、死は死、花は花、水は水、草は草、土は土。

あるがまま流れ流れて、思うままに思い、足を出したままに進めばいいし、座り込んだときには座り込めばいいのだ。


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Title: 一箱分の一日
2011.10.15

今日、ご本山での法話が終わったときに、一人のおばあさんが自分の所に来て、君のおじいちゃんがここで話しているときから、ここで法話を聞いているのよ、お孫さんなのね、今日はお話がきけて本当によかったわと声をかけてくれた。

なんかその一言に帰り道でろんなものがこみ上げてきたのだ、自分もおじいちゃんと同じ所に立つようになったのだな、なんて感傷に浸りつつも、今日の話をおじいちゃんが聞いたらなんと言うだろうか、きっと無駄が多すぎると言うかもしれないし、まだまだだと怒られるかもしれない。

まだまだまだまだ。

今日改めて思ったのだけど、僧侶というのは死んだ人の為にいるのではないのだ。お寺も死んだ人の為の場所ではないのだ。僧侶もお寺も生きている人の為にもっともっと開かれねばならないのだ。

生きてる人に関わって、絡んで、しがらみながら存在すべきなのだ。

なんて。

それとお坊さんは無邪気であるべきなのだとも思う。

へらっとさらっと熱いこと言ってきょとんとやり過ごせばいいのだ。

なんか何が言いたいのかよくわからない文章だけど、今日の気持ちの記録のために残しておくことにする。



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Title: 鴨南蛮。
2011.09.29

ある人とはなしていて改めて気づかされたのだけど。

例えば、自分が怒りとか、悲しみとか、好きとか、そういう感情的な部分について考えるときには、怒ることをなんとか押さえようとか、悲しみを忘れようとか、好きになっていいんだとか悪いんだとか、そういう思考になっていないのだ。

よくもわるくも湧いたものはしょうがないと思ってるし、思考のスタートはそこからなのだ。

ある人(45才未婚そばや店主)が、彼女に別れ話を切り出されたから、好きな気持ちをなんとか抑えなきゃいけないし、今忘れようと努力をしているのですといっていて思ったのだ。

好きな気持ちって、頭で考えてどうにかなるもんなのかね。

振られたから、よしゃ切り替えてってできるものなのかね。きっとそうじゃないのもわかっているのにそうしないと、どうしょうもないから努力をする気持ちもわかるのだけど。あるラインまでならそれでいいけど、あるラインをこえたらそんなことは無理なのだと思う。

はっきりいって見当違いな努力なのじゃないかと思う。

これは好きだけじゃなく、悲しみも怒りも同じ。

思うに、その好きな気持ちが湧いた自分を理屈でねじ込もうとしたり、とりあえず目を背けたり、物理的なことで一時的に回避する努力は、その感情が湧くこと自体を否定しているような気がして、なおかつ、いうなればそれは感情と裏腹の行動をするということで、そんなことを繰り返していたら、本当に大事なときに素直な気持ちになれなくなりそうな気がするのだ。

そしてそれが心に歪みとかギャップをつくるのではないだろうかと思う。

子どもたちを見ていて思うのだけど、子どものもつすばらしさはそういう心に歪みが少ないことだ。

だからまっすぐで、そこから発せられるものには芯に心を打つものがあるのだと思う。

大人になるのは、自分で勝手にそういう心と裏腹の行動を課して、心に歪みをつくることを習慣として、その習慣の中で、頭でっかちになって、そのうちにいろんなところが鈍くなって、本当の気持ちがなんだったかすらわかんなくなった状態のことをいうんだきっと。

その人(45才未婚そばや店主)には、まあ、そんな必死に忘れようとしてもなかなか難しいでしょうし、簡単にできるわけではないし、ゆるりといけばいいんじゃないですかねといったのだけど。

思うに、自分の中に湧いてきた感情を断ち切ろうとか、目を背けたりするのではなく、まずそれはそれであきらめて、せめてどこにも行き場のないようなその感情で自分とか相手とか、それこそ関係ない誰か傷つけないようにするにはどうすればいいのか考えることにシフトして、前に足を出す努力をすればいいんだと思う、

つまりは尖った感情の切っ先を丸めるように、感情に飲み込まれてそれを振り回すことがないように努力すればいいのだ。その為の努力や習慣づけを仏教的にいえば行というのかもしれないけど、まずは自分の中にあるものを認めるという所に立つと言うことが大事なのだと思う。

なんて。

きっと今、この話を自力と他力にうまいこと絡めながら、最後にその答えはこの教典の中で親鸞さんがこう言っているだけどね・・・なんていえば、浄土真宗に勧誘できるのかもしれない・・・なんてことを妄想しつつ、やっぱ自分の思考の中にはけっこう仏教とか真宗っぽい考え方が染みついているのだなと思ったし、すぐにそういうところに結びつけようとする癖をなんとかしなきゃなと思うのだけど、これもまたどうにもならないのだ。

なんか感情に裏腹な行動をしなきゃ保てないものなんかいらないと、必ずしも言い切れることばかりではないけど、できるだけその摩擦を少なくして生きるということがなんだかんだ幸せになるコツなんではないかと思う今日この頃。


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Title: ツイート備忘。
2011.09.19

どんなに幸せに安定した日々を送っていても、ほんの些細なことで自分の気分なんて有頂天からどん底まで落ち込むようなもので、日々綱渡りのようなものなんだということをしみじみ感じた。なにごともないってすばらしいのだ。

*

ここ数日を集約すると。人間どんなに自己を見つめたとしても、メンタルなんてものは外的要因で簡単に右往左往するということと、車はMTよりもATのほうがウキウキできることが多いよっていうことと、ヤプーはすごいってことなのだ。

*

エアコンを消してあちぃあちぃといいながら一日テレビを見て、自分ってば節電してると思っても、実際はエアコン付けてテレビ消したほうが節電になるらしい。ということを絡めてお彼岸の法話には軽く悪人正機に触れようか。

*

なんかここ数日自分をみていて、改めて人間のどうしょうもなさとか、どうしょうもないけど、どうにもならないこととか、どうにもならないのにどうにかしようとするのとか、そういうのがよく見えた。それを凡夫という言葉を使わずに説明できる?といわれてはっとしたのだが、凡夫ってすごい単語なのだ。

*

凡夫だからなにをしてもいいといってしまえば本願ぼこりなのだ。そうではなくどんなに安穏と生きようとも外的内的要因で常にそうはいられないのが人間なのだという自覚を持って、自分の中に湧いた感情を冷静に法にあてはめてやり過ごす術を身につけていくというのが、真宗的な生き方なのかもしれない。

*

でもそう考えると真宗において、苦をどううけとめるかということがポイントで、克服するでも、忘れるでも、他の何かに置き換えるでもなく、それと同居していく覚悟というか、嫌でも同居せねばならないのが既存設定だという自覚とあきらめみたいなものが結局のところ彼岸への鍵になっていくのだろうに。

*

なんかお彼岸やお盆が近づくと法話を考えねばならないという深層心理からなのか、ついつい現実と仏教を結びつけてしまいがちなのだ。それもある種のとらわれみたいなもので、そういうことを続けていると簡単に凡夫とかいう言葉ですべてを片付けてしまいそうになるから気をつけねば。

*

なんか改めて考えると、凡夫とか本願とか、阿弥陀としか表現できないものを簡単にそこに括ってしまうのは、それはそれで大事なのことなのだけど、それが慢性化すると、それが何であったのかという本質が失われてしまう気がする
し、

そうすると親鸞聖人が山から下りたという根本的な意義まで薄れてしまうような気がした。社会の中に生活があり、生活の中に人は生きていて、人の生きているところにこそ苦しみがあるのだ、凡夫を救おうとする阿弥陀の本願によってあなたは救われる。なんて言葉をキレイに吐いても誰も救えないのだ。

そこにもっと実感を伴わせて、血の通った凡夫であり、血の通った阿弥陀の本願を、血の通った言葉で表現できるようになりたいものだ。


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Title: ツイート備忘。
2011.09.13
なんか突き詰めていくと、究極の所、守りたいと思う欲求と、壊したいと思う欲求は同じなのだと思う。つまりは守って満たされる部分と、破壊して満たされる部分は同じ所なのだと思う。

*

人間は本当にどうしょうもない思い込みと、バイアスのかかった世界をすべてだと思い込んでいるのにも関わらず、平気で正義を振りかざしたり、自分はいいことしているんだと思い込んで生きるのだ。

*

人間に対して、自分に対して、ホント泣きたいくらいどうしょうもない生き物だなんて、悪態をつくたびに自分には仏教があって本当によかったと思う。言葉だけのきれい事だとしても、誓願にも慈悲にも血が通うのだ。

*

911から10年経っても、震災から半年経っても、人間はちっとも変わりはしないし、社会なんてそんなちっとも変わらない人間の中のたった一握りの思惑で右往左往して一瞬でどうにもなるくらいなものなんだ。

*

出家するということは、生きることにそういう制約と生活しなければならないことで無意識にかかるバイアスを意識的に取り払うことであるし、そこには生きて死すということを、自分の手中におさめて思い通りにしてやるという自由への渇望も含まれているのだ。

*

それは、言い換えれば、おらもうなにかに振り回されるのはごめんだぜってことでもあるのかもしれない。じゃなきゃ子どもにラゴラなんて名付けないだろう。

*

苦しみは思い通りにならないことである。というのはつまりのところそういうことなのだ。生きていくということは何時だって思い通りにならない外的要因と内的要因にふりまわされつづけることなのだ。

昔はそういうことを感じるために明日消えてもいいし、明日世界が爆発してもいいなんてことを思ってたのだけど、不思議と今はそんなことは思わないのだけど、それはもしかするとどんなに願ってもかき消えることはできないし、世界も爆発しないことが嫌と言うほどわかったからなのかもしれない。

*

月影のいたらぬ里はなかれども、ながむる人の心にぞ住む・・・か。

*

自分は。自分以外のために仏教を学んだ事なんて一度もない。

身勝手であるまじき発言だと思われるかもしれないが、仏教で誰かを救おうなんて思ったこともないし、誰かの為に生きようとか、自分が誰かを支えてあげなきゃとかも思ったことないから、そういうことを軽々しく言う人をみると違和感を感じる。

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Title: インド旅 ナーランダ編
2011.09.08

霊鷲山を後にした後はビンビサーラ王の幽閉跡地と竹林精舎へ。

幽閉跡地は今はもうほぼ野原のような場所で、わずかに石積みの跡があるだけで、そこに悠々と牛が闊歩しているだけの所なのだけど。ここで幽閉されていたのか、ここで阿闍世が・・・ここでお后が身体に蜂蜜を・・・とか妄想(ちなみに妄想はいつも手塚治虫のブッダのシーン)しながら思いを馳せる。そして竹林精舎へいったのだが、ここは特筆して書くこともそんなにないので割愛。


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【幽閉跡地、悠々と牛が闊歩する】

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【竹林精舎の池、仏陀が水浴びしたそうだ】

そして足早にナーランダへ向かう。

ナーランダにつくと、インドに来てから初めてではないかというくらいの快晴、ぎらぎらと照りつける太陽。そして観光客もいなくて、ほぼ貸し切り状態のナーランダ僧院は妙な静けさに包まれていて、なんかその雰囲気が、この遺跡の存在をとても印象深いものにした。

インドに行く前には、ここにそこまで感情移入するほど思い入れも知識もはなかったのだけど、ここにきた瞬間に心にぐっとくるものがあったのだ。

正直言うと、今回見た仏跡の中では一番よかったといってもいいかもしれない。


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【インド初の抜けるような青空】


ここの遺跡の造りをみながら、ここで当時何千人もの学僧が勉強していて、あちらこちらで議論をしたり、講義が行われたのだと思ったら、心の底からこみ上げてくるものがあって、その息づかいまでもが遺跡のあちらこちらから聞こえてくるような気すらしたのだ。

ここで仏陀や龍樹菩薩が講義をして、舎利佛尊者や西遊記にでてくる三蔵法師が勉強していたのだ。それだけではない、アジア中から、熱く熱を帯びた僧侶が集まってきたのだ、それを想像しただけでドキドキする。

そして当時ここの書庫には、膨大な書物と原典があり、それがしっかりとカテゴリー分けされて、部屋ごとに分けられていたそうだ。そして大きな食堂があり、寮のような部屋もある。仏教を学ぶ為の環境がすべて整っている。

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【書庫跡】


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【ここで色々な講義がされたそうだ】

遺跡を見ながら、ふと当時のことを想像していたら、いつのまにかその空気を共有した気になってきて、自分もそこの角を曲がりながら、午後の龍樹の講義だるいね・・・なんていいながら、木陰で授業をさぼったりしたかったなとか思ってしまうのだ。

しかし今、自分の目の前に広がっている風景は、破壊され、わずかに土台の残るこの姿なのだ。当時最盛を誇っていたナーランダ僧院も、歴史の中で破壊され、このような姿になってしまっていることに、まさに諸行無常を感じた。

ふと、夏草や兵どもが夢のあとなんて句を思い出す。

でも、ここがこういう姿で廃れてしまっていても、ここで説かれた教えは多かれ少なかれ形を変えてでも、間違いなく自分の所まで届いているのだ。

その事実に改めて教えとか、法とか、そういうものの持つ力の大きさを感じたのだ、外からどんなに弾圧されようと、破壊の限りをつくされようと、膨大な書物が燃やされようと、いま間違いなく仏教は生きている。それは大事に守られて生かされてきたからではないと思う。仏教の教えそのものの持つ力なのだ。

歴史の中で、必要のないものであればとうに消え去っているであろうものが、何千年たった今も、自分の手の中にあるというこの事実は、自分がこの先に進もうとするときにきっと背中を押してくれるのだろうと思う。

そして、今の自分なんて仏教の表面をなぞったぐらいにしか学んでいないし、表面をなぞっただけなのにわかったような顔をして、えらそうに法話なんかしていて、そんな自分が浮き彫りにされたような気がした。

きっと、目の前に広がる風景は、荒涼としたただの遺跡なのだけど、ここにあったであろう熱の欠片はまだ、この遺跡のあちらこちらに染みこんでいるのかもしれない、その残り香のようなものが自分をそういう気持ちにさせたのかもしれない。

この空気を感じられてよかった。

普段、当たり前のように仏教を扱っていて、教典を粗末に扱っているわけではないけど、つい大事にすることを忘れてしまったりするときもあるし、もっともらしくうまいことを言えるようになると、そこにかまけて自分自身学んだり、感じたりすることもおろそかになったりするし、なによりもたくさんの先人とか歴史があってはじめて、いま自分の手の中にこの教えがあるのだということを忘れてしまう。

それと、仏教は決して妄信的なものではない、たくさんの人が苦しみとは何であるかを突き詰めて考えて、その正体を明かして、その対処の方法を考えた結果の上にあるものなのだ。そしていつの時代でも人間の持つ根源的な苦しみは同じであるからこそ、今も仏教は死んでないのだ。

当たり前なんだけどでも、そういうことを忘れないようにしようと思った。

なんて。そんなことをこの遺跡を見ていて感じたのだった。


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Title: 火葬場。
2011.09.06

火葬場がずっと嫌いだった。

身内が死んで火葬場にいくのも嫌だし、自分が釜前でお経をあげるのも、取り乱す人を見るのも嫌だし、お別れですといって、あのほの暗い釜の中に入れられて、ごうごうと鳴り響く音を聞くのがたまらなく嫌だったのだ。それにあの火葬場のお香の匂いまでも受け付けないような時期もあったのだ。

でも嫌でもなんでも、火葬場にいかなければならないし、取り乱す人も見なければならないし、若くても年老いていても、こうやって最後は釜に入れられて骨になるだけなのだということをまざまざと見てくる中で、ある時、おじさんたちが立て続けに亡くなって、釜に入れられるときに、ふと、ああ、あのほの暗い扉の先はもう浄土なのだと、唐突にその言葉と体感が湧いてきたのだ。

お棺によりそって泣きくれる親族の真ん中で、あまりに安らかな顔で亡くなったおじさんの顔をみていたら、ああなるほど、死んだ人を仏さんというのはなんでかわかったような気がしたのだ。

残された自分たちは悲しみに暮れて、まだまだ苦しんで生きていくのだ。でもおじさんはもう痛くもないし、苦しむこともないし、なんてこたない安穏としたところにいくのだと思ったのだ。

そして、その時に、あの世とこの世は完全に隔絶されてるのだなということに実感が湧いたのだ。

そして金子大栄先生の法話の中で、この世とあの世は隔絶されたところにある、そんな当たり前のことをまずわからなければ、浄土教の意義は失われるというのを聞いて、その時にはよくわからなかったのだけど、それがなんとなく自分の中で了解できた気がしたのだ。

なんか教義の上では、亡くなったら即往生だから、死んだ瞬間にもう浄土なのだけど、でも自分には素直にそうは思えなくて、肉体が残っているうちは別離の情去り難しなのだ。

だけど火葬場で最後のお別れをする時に、あの扉の向こうにいく時には、自分はまだまだ縁があって、もがいて苦しいところで生きていきますので、お先にどうぞ、まあいつか行きますので、その時はお茶でものみましょうと思えるようになったのだ。

そしたら火葬場がそんなに嫌いじゃなくなったのだ。

ただそれは悲しくなったり、涙がでないようになったのではなくて、いまでも誰かが亡くなるのは悲しいし、時に感情移入してどうしょうもないこともあるのだけど、なんか、そうやって自分の感情が揺り動かされる度に、ここが此岸で、仏さんのいるところが彼岸なのだと、そのコントラストをはっきりと感じるできるような気がするのだ。

もしかするとそれは、自己防衛の一種なのかもしれない、月に何度も火葬場に行ったり、そういう場面に立ち会う自分を正当化して、こころの折り合いを付けるために身についたものなのかもしれないけど。

それでもいいと思ってる。

教義がうんぬんとかではない、自分の中では血の通った言葉と体感がなによりも大事なのだ。

先日、午前中葬儀に参列し、午後からは自分の勤めた葬儀で半日くらい火葬場にいて、改めて感じたこの気持ちを言葉に残しておこうと思ったのだ。


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Title: インド旅 ラージギル:霊鷲山編
2011.09.02

この日は朝からゲストハウスを移動。

そしてラージギルへ、朝から雨がしとしと降っていたのだが、まあそのうち止むだろうと高をくくって出発。途中いくつか村に止まり、一路ラージギルへ。

まずは霊鷲山(ブッダがたくさんの説法をした場所、法華経、無量寿教、観無量寿教もここで説かれたと言われている)霊鷲山は山の頂にあるのだけど、そこまでいく方法は2つ、山道をゆったりと登っていくか、ロープーウェイにのるか。

初めはゆったりと山道を歩こうとしていたのだけど、ロープーウェイと呼ばれるものを見た瞬間に、ドキがムネムネ。これにのるべきだなと決意したのだ。

そこにあったのは、ロープーウェイとは名ばかりの、今にも落ちそうなさび付いた、ゲレンデのリフトのようなものがぶらさがっていたのだ。そしてそれで山頂を目指すことに、なにげに、ラカンが若干びびり気味で、歩いた方がいいよ・・・と言っていたのだけど、強行突破。


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【ある意味絶叫マシン】

乗ってみるとさすがにちょっとこわい。インド人はすごいな、これでも平気な顔しているんだもんな・・・と思ったら、向かい側から下りに乗っているインド人の顔も心なしかひきつっていたので、なんか妙に安心した。

気持ちはみんな一緒なのだ。

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【不安げなインド人】

そして山頂にある日本のお寺(南無妙法蓮華経と書かれていたのでおそらく日蓮宗のものと思われる)を参拝して、いよいよ霊鷲山の頂へ。

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【ここには日本人僧が常駐しているそうだ】

舗装された道とはいえ、のらりくらりとあるくと20~30分はかかる。

のんびりと景色を眺めながら山頂へいく途中ラカンは茂みに入っていっておしっこをしていた。ラカンのおしっこのタイミングはどうにも間が悪い。

そしていよいよ山頂。

途中スリランカの巡礼の団体があちらこちらにいたので、山頂が混んでるかと思ったのだけど、ちょうどタイミングよく誰もいなくて、貸し切りでお参りをすることができた。

そこで「嘆仏偈」と「三誓偈」をあげる。


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【貸し切りの山頂で存分に声明】

なんか山の頂から、いろんなことを想いながらあげるお経はとてもすがすがしいの同時に、ここでこのお経を上げたことで、ここで説かれたものが、シルクロードを越えて、中国渡り、海を越えて日本に入り、長い時間と歴史を越えて、いま自分の中にあるというこの事実が、いままで頭ではわかっていたようだけど、その重みみたいなものがずしんとくるような気がして、本当にここにきてよかったと思った。

そしてお経を終えて頭を下げると、そこを管理してるおじさんが、これと同じものを置いてくれ、といって祭壇を指さすと、そこには茶ばんだ一万円札が置いてあったのだ・・・無論そんなお金のない自分は、ポケットの20ルピーだけおいたのだけど。

そして、ぼけっと眼下に広がる森を眺めながら、きっとこの景色はきっと何千年も変わっていないのだろうな、もしかすると仏陀もこの景色を眺めていたのかもしれないと思ったのだ。


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【眼下に広がる森】

そんな妄想に浸りながら、色々と考えているときに、なんか突然、仏陀が自分の子どもに羅睺羅 :ラーフラ(障害をなすもの)と名前をつけたエピソードが思い起こされて、なんかふともしかすると、羅睺羅というのは、自分にとっての障害という意味ではなく、生きとし生けるものすべて自分の子どもを持つという現実は、それだけで切りがたく離れがたい執着を得ることになるのだ。それを瞬時に悟った仏陀は、その目の前の子どもに羅睺羅と名付けたのかもしれないと思った。

言うなれば、自分の邪魔になるから羅睺羅と付けたのではなく、自分に子どもができた瞬間に、人間の根源的な執着に気づいたのではないだろうか、そして羅睺羅は自分の羅睺羅ではなく、人間の羅睺羅だったのかもしれないと思ったのだ。

そう思ったら、なんかいままで、なんて身勝手な親なんだろう、というよりも自分の子どもに障害なんて名前をつける親なんてどうかしてるぜ、なんて思っていたのだけど、仏陀の見ていたものは、もっと大きなもので、自分の道や、自分の生き方というのは、同時にそれは人間の悩みであり、根源的なものであることを知っていたのかもしれないし、同時に、自分の子どもに羅睺羅と付けた行為は、反骨的なものでも苦しみの中からでてきたものでもなく、人の根源的なものに対するいい意味での諦めと、それを何とかするという強い覚悟によってなされた行為であり、そこにはもしかすると後に慈悲と呼ばれる気持ちのきっかけがあったのではなかろうかとすら思ったのだ。

これは簡単に文章にまとめてしまったけど、自分の中ではすごい思考の変化であり、それを霊鷲山の上で思いついたということは自分の中で得難い経験だったのだ。

なんでこのタイミングで、なんでここでそれを思ったのか考えたら、少し高いところからどこまでも広がる景色をみていたら、なんか鳥の目というか、大きな目で物事を捉えられたからなのかもしれない。

仏陀の修行していた所には、高いところや見晴らしの多いところが多い(苦行をしていた前正覚山なども)それはもしかすると、視覚や環境が思考に与える影響を無意識にでも感じていたからなのかもしれないと思った。

そして同時にそりゃ毎日ここにいれば、もっといろんなこと思いつくかもしれないし、雑多なるつぼでは思いもつかないような思考の広がりを感じることもできるかもしれない。

でも自分は、自分だけでない、ここに巡礼に来ている多くの人は、山を下りたら自分の国に帰り、社会の中で生きていかなければいけないのだ。いつだって山に籠もっていられるわけではない。

なんて思った瞬間に、だから真宗があるのだ。この大きな流れの先に、間違いなく真宗があるのだという気持ちがむくむくと湧いてきて、なんか仏教が自分の手の中にくるまでに通ってきたであろうものが、ただ単に時間だけではなく、間違いなくそこに生きたであろう時代や息づかいとか、苦しみとかいろんなものがしっかりと根付いているのだという気がしたのだ。

なんかここに来て、自分の中にいろんなものがどくどく流れてくるような、いままで死に体だったものに血が通うような、大げさな言い方かもしれないけど、まさに画竜点睛のような経験だったのだ。


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【物思いに耽ったり】

なんかそんなことを一人で考えながらほくほくして、いつまでもそこにいたい気持ちがしたのだけど、ちょうどスリランカからの巡礼団が山頂に到着したので、場所を譲り下山することに。

帰り際にスリランカからの巡礼者を横目にみたら、ゆうに70~80才くらいの人たちも何人かいる。その人たちが文句も言わずにこの山道を杖をつきながら登ってきたのだと思ったら、想いというものの力のすごさは強いなと想った。ここがただの日本の観光地であったなら、もしかしたら手すりをつけろだの、車いすでもいけるように自治体が動けだの声が寄せられるかもしれないななんてことを想ったりもした。

途中阿難のいたという洞穴などもあり感動しつつも、とにかく雨が上がった空からは照りつける日差しが痛いほど降り注いできたので、足早に帰路につく。

他に下山はとくに特筆して書くこともなかろうか・・・と思いきや。どうしても歩いて降りると言い張るラカン(おそらくロープウェイにびびってる)に説得されしかたなく歩いていたのだけど。

ここでプチ事件がおきたのだ。

下山途中コーラを飲みながら意気揚々と歩いていると、目の前のラカンが牛のふんを踏んづけて派手に転んだのだ。周りの子どもも大爆笑、巡礼していた人たちも大笑い。

そして自分も大笑い・・・した瞬間にラカンがきれたのだ。

むっとした顔でさっそうと降りていくラカン・・・おいおい、そんな露骨に怒らなくても・・・そのあと車にのってもむっつりしたままのラカン・・・ふとみるとウンコまみれの足から血が出てる。

そこで消毒できるウェットテッシュと絆創膏を渡すしてキレイにしといたほうがいいよというと、それを受け取って傷をキレイにしたラカンはすこし機嫌がよくなったのだけど、それでもご機嫌斜め、結局、屋台で売っていた、ラージギル名物というお菓子のようなものを買ってあげるまで機嫌嫌が直ることはなかったのだ。


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【ラージギル名物というお菓子】

まあお菓子食べたらけろっと機嫌よくなってたけどね。子どもか・・・

そんなこんなで、その後は温泉と呼ばれる場所で入浴・・・の予定だったのだけど、びびりの日本人はまさかの温泉に入ることはできず・・・写真撮影だけにとどまったのだ。

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【入れと言われても入るスペースはなし】

そして、弾丸ツアーの一行はその後、竹林精舎、ビンビサーラ王の幽閉跡地などを訪れ一路ナーランダへ向かうのだった。

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Title: さだめとかそういう。
2011.07.01

もわっとした昼下がりに、原付にのって近所までお届け物に行く。

車道にでて、アクセルをまわした瞬間に、いろんなものがこみ上げてきて、夏が来たんだと思った。そんな気持ちを味わいながら、なんかいいことあるかもなんて根拠のない妄想をしながら回り道をしたりする。そして日が少し落ち始めた頃に神楽坂にいって、一杯あおって、深夜の静まりかえった街を横目に家まで歩いて帰る。

そして明日は園の盆踊り。

確実に着実に、頭も身体も、準備ができてきた。

もう線香花火買ってもいいんじゃないかと思う。

なんか昨日で今年が半分終わって、今年を振り返りつつ夜道を歩いていて、いろんな意味で、本当にいろんな意味で、結局のところ自分の幸せ指数というのは、こうやって手の届く範囲のことで十分なのだと思った。

それと、いろいろなことを総合して思うのは、結局のところ心から誰かを好きになるということは、その人のいろんな表情をみたいということなのだと思う。表と裏は対になっているから、それはいうなればポジティブな表情だけではなくて、ネガティブな部分も含めてなのだろうと思う。好きな人の悲しい顔は見たくないなんて言うのは、頭ではじき出した大義名分に過ぎなくて、きっと本能的に悲しんだ顔もみたいはずなのだと思う。そうじゃないと合点のいかないことが結構あるのだ。そしてそれはある種の覚悟でもあるのだ。

結局はその覚悟を愛と呼ぶのだと思う。

言葉ではうまく伝えられないのだけど。

なんか覚悟と言えば、最近、日本人も白人も黒人も、男も女も、15才でも、90才でも、結局は自分と同じ人間なのだということを妙に実感する。

そしてその実感の中にもなんかある種の覚悟みたいなものが見え隠れしているのだ。

覚悟というのはまだしっくりこないのだけど、言い換えればそれは、さだめという単語に表せるような類のもののような気がするのだけど、それをかみ砕いて味わうにはいまは時間が足りないから、もう少し反芻しながら保留。

この間ある人と議論をしていて思ったのだけど、きっとある程度宗教とか仏教を学んでくると、その視点や見え方を流用しつつ、武器にして相手を完全にたたききることってできるのだと思う。でもそれはきっと一番やってはいけないことなのだと思うし、仏教や宗教をそういう使い方をしてしまったら終わりなんだと思う。

例えば。

結局のところあんたは自分のことは棚に上げているだけだし、この間のあなたはこう言った後にこういう行動をとっていたけど、今言っていることと矛盾しているし、それに気づいてすらいない、それに自分の足下に踏みにじられてるものが見えてもいないのに、だれかをどうにかしてやろうなんて、おこがましいにもほどがある。まずはその一貫性のない自分の事を捕まえるところからはじめたら。

なんて相手を感情的にあおっておいて、くいついてきた瞬間に

そもそもそんなに感情的になって自分を見失うような人が、広く物事が見えているとは思えないし、感情的になった時点で、この議論は不毛なものになったし、自分の感情すらコントロールできない人がえらそうになにか語ってるのとかちゃんちゃらおかしい。

とかいいたくなるときもある。

たまに議論がどういうものかもしらずに、自分の意見だけを主張して、人の話を遮ってまで他人を批判して、結局自己満足の自慰のようなことしかできない奴とかがいて、本気でやりこめてやろうかと思うし、いっそのことひと思いに・・・なんてことがよぎるのだけど、それは脳内妄想だけにとどめておいていわない。結局はそこにのっかったら自分もスパイラルの中なのだ。と冷静に言えるようになっただけ大人になったのだと思う。

#

時間というのはなんて無情なんだろうか。

時が解決してくれたり、時がすべてを許してくれるなんてこともがあるけど、それと同時に幸せな時間とか、かけがえのない瞬間なんてものもどんどん飲み込んでいく。

なんか、時間という概念と、仏教における姿勢というものは通じるものがあるのだろうと思う。

究極に無情であることは、究極に寛容なのだと思う。




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Title: 77777キロの先
2011.06.15

よく仏教関係の人間が、災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。 死ぬ時節には、死ぬがよく候なんて良寛さんの言葉を引用して話をして、現実を受け入れよう的な話をしているのを聞くのだけど、原発の問題にしてもそうなんだけど、日本中の人がみんな災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。 死ぬ時節には、死ぬがよく候なんていいはじめて、それが心から浸透したら、普通に日本は滅びていくんだろうなと思う。

そりゃ一見理想的だし、仏教の至言っぽいのだけど。

でも絶対にそんなことにはならない。人間が人間である以上は、日本が滅びたって自分が安らかに涅槃にはいればそれでいいのだ・・・って・・・んなこたあるかい!というほうが自然だし、むしろみんなが指くわえてそれを受け入れるなんてことにはならない。

でも、人間がそうはならないからこそ、そんな言葉をつかって引っ張らないといけないのだろうと思う。

一見矛盾したこのパラドックスにこそ仏教のおもしろさがありミソがあるのだと思う。

たまにそれで日本が滅びるならそれまでだし、それが仏教の至極であり、それが理想だという人がいるのだけど、言葉を選ばずにいうのなら、そういう人は、自分がそういう囚われの中にいることにも気づかず、本質を見失っていることにも気づかない、かわいそうな人だなと思う。むしろ真っ先に救われるのだろうと思う。

言うなれば、もし万が一仏教ががんばりすぎて、本当に世の中が仏教者のいってることに迎合して、みんなが指くわえて涅槃に入ろうとしたら、またなにか教典の言葉を拾って逆側に引っ張らなきゃいけないのかもしれないと思う。それはきっと偏ることで、間違った解釈が広まって、本質を失うからだ。

人間は本来、本質をしっかりつかめるほどできちゃいないのだ。だからこそ、方便があるのだ、方便をつかって、心のバランスをとるのが仏教の意義なのではないかと思う。

そう考えたら仏教の役割ってのは、いつでも大きな流れに対して反比例の力を働かせることであり、その反比例の力が少しでも反対側に傾いたら、また反対側にバランスをとらなきゃいけないんだろうと思う。

それを中道というのだろうと思う。

誤解を恐れずにいうのなら、昨日と今日いってることが違ったっていいんだと思う。

なぜならそれが方便だからなのだと思う。

そんなの説得力ないし、意味わかんない、0なのか1なのかはっきりしてよ。昨日は1だっていったのに、なんで今日は0なのさ!という事がもう、自分は0か1でしか物事を判断できない狭い人間であるという自覚ができていないなによりの証拠であって、

そこが自分の立ち位置であるということを信じて疑わないからこそ苦しみが生まれているんだということに気づいていない証拠なんだろうと思う。

曖昧であるということは本質はつかめないところにあり、すべての現実は事象であり、つねに流れているということである。だから本当はつかめるものなんて初めからなにもないのだ。ただそこの流れの中で、溺れずに浮かぶ方法を仏教では説いているのだと思う。

急流を迂回することもあるし、時に深く潜って波をやり過ごすこともある、またある時は、上を向いたままぷかぷか浮かぶこともある。

それをこないだは浮かべっていったのに、今度は潜るの?こないだは潜れっていったのに今日は迂回なの?もうわけわかんない!ときれたところで、そりゃおかしな話なのだ。






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Title: 脈拍。
2011.06.14

ある人に言われたのだけど。

動物が一生のうちに打つ鼓動の数って決まってるんだって、そりゃ心臓だってたくさん鼓動すれば消耗するわけだし、だいたい人間だと20~23億回くらいで機能的に限界だそうだ。

その話に根拠があるかどうかはわかんないけど、自分の脈をとりながら、この一回一回の脈は死へのカウントダウンなのだと思った。生きてることはそれだけで消耗してて、日々は着実に死ぬことに向かっているんだな。生まれたばかりの子どもも、お腹の中にいる子どもも、友達も、自分も、親も、みんな毎日力強く脈打って、死へのカウントダウンをしているんだ。

それは紛れもない事実で、当たり前なのだけど、この脈が静かに止まるときには死ねばいいのだと思う。

なんかそんな話をきいて、今度から自分を見失いそうになったら、こうやって脈を確認して、生きてることと死にゆくことを確認してみようと思った。生きてるものはみんな日々消耗して衰えて、目に見える部分の抵抗なんて、無情にもなにごともないかのように無視して、死にゆくのだ。

そこから目を背けないでいることが、すなわち今を強烈に刻みつけるということなのだ。

なんかそう思えば、生も死も人間として大前提のルールである以上は、それ否定してしまうというのは横暴なことでナンセンスなことなのだと思う。

肉体に限界がきて機能を停止する。それまでの長い時間を各々が思い思いに過ごすことを人生を呼ぶわけで、その時間の過ごし方に本当は価値も意味もないかもしれない。

そこに意味や価値を見いだすのは結局は、究極の自己肯定であり、負の昇華なのだと思う。

あえて尖ったいい方をするのなら、ぐだぐだいわずにただ淡々と死にゆけばいいのだ。きっとそこに腹を据えることこそが、生を強烈に刻みつけることなのだ。

どうせ淡々と死にゆくのであれば、自分がこうありたいとか、あれがほしいとか、これがほしいとか、手の内にないものに右往左往するよりも、今宵の月がきれいだとか、風がきもちいいとか、いい日差しだとかいいながら、あたりまえに何もしなくても手の内にあるものに楽しみを見つけられる方が安上がりで長続きできるしお得な過ごし方だと思う。

んで、もしかしたら、死にたくなったり、にっちもさっちもいかなくなったり、もう地球が爆発すればいいのにとか、うんこみたいな奴はみんなくたばればいいのにとか思うときっていうのは、きっと自分が生きてることとか死にゆくことを忘れているときなのかもしれない。

我を忘れるってきっとそういうことなんだきっと。

その言葉に体感が伴った。

そんでほとんどの人は大概みんな我を忘れているのだきっと。

それが人間なのだ。

だからこそ救いというものに需要がなくならないのだ。


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Title: 太陽から月へ。
2011.06.08

ものの例えなのだけど。

昔はどちらかといえば太陽のを目指していたのだと思う。

でもいまはどちらかといえば月を目指したい。

それはどちらかが正解でどちらかが不正解なのではなく、フェーズの問題なのだろうと思う。ほんとは何かを目指してるということ自体がもう、なにかにとらわれているのもわかる。でも目標を掲げないまま強く歩みを進めるには自分はまだ力不足なのだ。

昔は、まぶしくて、どこまでも照らせるような存在に憧れるし、自分もそうなりたいし、宗教の可能性はそこにあると信じ切っていたけど、今は、まぶしすぎる光は影を生むこともよくわかったし、闇こそを照らせるような光の中に宗教の可能性はあるのだと思える。

社会とか世界の価値観は、いつでも太陽にあって、影をかき消すくらいの光がいつも時代を牽引していけると信じ切っている。

でも、強い光は強い影を生むだけだ。

少しづつその影が隠しきれなくなって飽和し始めたここ数十年をみていると、その影にいち早く反応した新興宗教が脚光を浴びて、それこそブームのように宗教法人が乱発されて、そうやって裾野が広がる中で本質を失った一過性の宗教観が、世論の中にこびりついてしまって、いうなればそこで、社会の中での宗教というもののイメージの価値が下がったのだと思う。

既成仏教に関していえば、正直言えば、くさった住職や、どうしょうもないお寺があるのなんて、ここ数十年に始まったことではないし、何百年も前、それこそ各派の宗祖開祖の人たちが生きていた時代からそんなに変わってない。

ただ、時代の中で様々な宗教が取りだたされて話題に上がると同時に、いままでよりも少し注目が集まったために、既成仏教のアラも目立ち始めたのだろうと思う。

そんな中で、そこに危機感を感じたり、社会での信頼や、価値観を奪還しようとして、既成仏教の中でも敏感な人たちが、あらゆるアプローチから社会の中での仏教の価値観を押し上げようとした。

そこが注目されて取り上げられ、社会の中では、宗教者=社会活動や社会貢献という構図が定着し始めた。社会の中でそういう位置づけができあがってくれば、意識の低い僧侶でも、それをやれば社会に求めてもらえるのだと勘違いして、猫も杓子も社会活動だ、社会貢献だと裾野を広げだす。

その中で、宗教を道徳や美学と混同して、本人すらもそこに酔っぱらったような状態になって、そもそも社会の中における価値が何かなんてことすら考えもせずにステレオタイプに仏教を語り、ファッションのように仏教を扱うような人もいる。

その結果、目的と手段はいつの間にか逆転して、その大きな流れの中から、抜け出せなくなって自分で自分の首を絞めているのじゃないかと思う。裾野が広がるということはそれだけで本質を失う可能性を秘めているのだと思う。

いま注目が集まっているからこそ、仏教は本質を失いかけているのだと思う。

こういうと弊害があるかもしれないが、宗教なんてものは、やみくもに信じるものじゃないし、ましてや社会的に有意義な価値のあるようなものでも、世の中を牽引するようなものでもない。

ただ一人、自分がよりよく生きていくための実践であり、その「よりよく」がなんなのかを教えてくれるものなのだと思う。

そして仏教のいう、平和とか幸せっていうのは、そのただ一人が増えていくことなのだろうと思う。

太陽はいつだって影を生む。

でも影を否定している訳じゃない。

ただ月は、影を影のままでいいといってる気がするんだ。

仏教は太陽じゃない。







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Title: かぞえうた。
2011.06.06

今日、園で小鳥が亡くなって、子どもが呼びに来たので、一緒にシャベルをもっていってドングリの木の下にせっせと穴を掘って、小鳥を埋めた。そして、今日だけは花壇から花を摘んできていいよといったら、子どもたちが何人か花を摘んできて、いま小鳥を埋めたところに花を敷き詰めた。

そして自分が目を閉じて手を合わせたら、みんながそれを真似て手を合わせると、それをみていた3歳の子どもが、なんでそうやって手を合わせるの?と聞いてきた。それはシンプルだけどとても深い質問で、一瞬なんて答えようか迷ったのだけど。

こう答えた。

例えばさ。

ピースしたまま、ごめんなさいっていうのはちょっとおかしいよね。

朝起きて万歳しながらおはようっていうのもおかしいよね。

あとさ、おうちに帰るときに変な顔したまま、さようならっていうのもおかしいよね。

こうやって手を合わせるのはね。

ありがとうを伝えるときのポーズみたいなものだよ。

いままでありがとうっていうときにはこうやって手を合わせるんだよって。

きっと教義とか、教えとかそういうものを厳密に突き詰めていったり、手を合わせる意味とかをちゃんと説明しようとしたら不十分だし、いい加減なように聞こえるかもしれないけど、それを聞いた子どもたちは、ふ~んといいながら、目を閉じて手を合わせて、いままでありがとういった。

3歳の子どもにそれを伝えているときに。

こういうのを方便というのかもしれないと思いながら、これから先の人生でその言葉の意味の何十分の一でもいいし、自分のいった言葉がどこかにつながって、その言葉に体感が伴ってくれたらいいなと思った。

なんか改めて、子どもたちの中に湧いてきた、本人すらもまだそれがなんなのかわからないような気持ちとか、そういうものにそっと手を添えて、その気持ちにベクトルを向けるということはとても大事な事で、とても責任の重いことなのだということを感じた。

でも。

こういう場面や、こういう日常に立ち会える仕事でよかったなと思った。

幼児教育は、宗教にも通ずるところがたくさんある。頭でっかちになって、言葉遊びばかりする自分をいつもはっとさせてくれるのは、だれでもない子どもたちだったりする。







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Title: 太陽黄経45度
2011.05.07

自分の周りにあたりまえにあったものが刻々と変わっていく様を感じたここ数日、それが色恋の話だったり、仕事の事だったり、メールアドレスを変えた友達のことだったり、最近は会わなくなった友達のことだったり、その一つ一つは小さな歯車の一つなのかもしれないけど、そんな小さな変化が積み重なって大きなうねりになり、そのうねりは知らぬ間に自分をのみこんでいるんだろう。

昨日話してた友達が、あの地震の前と後では、やっぱりなにか意識の奥底の部分で変わった気がすると言った。

きっと直接支援に関われなかったり、積極的に動けているわけでもないけど、心の奥底で小さな変化をした人が日本中にたくさんいて、その小さな意識の変化は大きなうねりになり、これから先の日本に大きな変化をもたらしたんだと思う。

そんでもって、いつだってこの目に見えないおおきなうねりみたいなものの中に、人は流されて生きていているのだろう。

あらがってもさからっても、結局のところどこかでは力尽きるのだ。

それなら、前だけみながら、必死の形相で力尽きる寸前まで泳ぎ続けるよりも、流れに逆らわず、うまいことぷかぷかと浮かびながら空を見上げていたい。

だからいま自分の身につけたいことは、うまく泳ぐことよりも、うまく浮かぶこと。

*

【武田三代】を読み終えて感じたこと。

最後まで鉄砲を導入せずに、騎馬にこだわって戦い滅びていった武田家は、本当に敗者なのだろうか。

やはり歴史物を読んで、時代錯誤で野蛮だと言われるかもしれないし、世界的に見ても理解されない風習(切腹も含め)の一つ一つをみても、古き日本にあった命以上に大切にされていたもの、命以上に重んじられていたものの価値観と、その文化を構築させた日本人は底知れない。もちろんそこで日に当たらない黒歴史がたくさんあるし、実際美談だけではないのは容易に想像されるけど、その影までも含めて日本人の個性なのだと思う。

どんなときだって個性というのは表側だけで構築されるものではない。

そして、死を劇的に意識することが生にはげしく光をあてることで、光の当たっていない生はときに軽んじられるのだと思う。

*

雑居ビルというのが結構好きだったりする。

歯医者が入ってるかと思いきや、司法書士が入ってたり、法律事務所がはいってるかと思いきや、いかがわしい店がはいっていたり、そんないろんなものが、雑多につめこまれているじがたまらなく心地よかったりする。

そういうビルに飛び込むときに感じる、あの例えようもなく自分の中に湧いてくる感じはある種の中毒性があるのではないかとすら思う。それとそんなビルの踊り場にある空気感は、そこでしか感じることができないものの一つだと思う。

雑多な中にある、ぽっかりあいたような自由みたいな、いうなれば制限付きの開放感みたいなものが、自分の中にあるなにかを満たしてくれて、その満たされた感じが脳みそに記憶されているのだろう。

今思えば香港を旅したときの記憶が、少なからずいまの自分のそういう部分の核になっているのかもしれないと思った。

*

ツイートのまとめ

感情的になれなくなったらなにも生めないのかもしれないと思うと同時に、感情的になっていると生めないものも確実にあって、その間でそれぞれの価値観に判断を迷うし、苦しむということが往々にしてある。なんかこの数年ずっとその間にいるような感じがする。

プロになるのがゴールなんじゃない。なってからの方が気が遠くなる程長いんだ。進めば進む程、道はけわしく、まわりに人はいなくなる。自分で自分を調整・修理できる人間しか、どのみち先へは進めなくなるんだよ。という幸田棋士の言葉がブッダの犀の角のようにただ独り歩め。という言葉とリンクした。

例えば、深度を深めようと思えば、着眼点は少なくなりがちになる。どちらもとれる超人ならいいが、自分はそうではないので、意識的にそのバランスの比重を考えなきゃいけないと思う。人生におけるフェーズと、その時の選択にもっと意識的にならねばと思う。

結局のところ、人生を楽しむということは、自分の着地点をどれだけ明確にイメージできるかということなんだと思った。イメージのないものは、計ることもできないし、取捨択一もできない。それがなにかもわからずに幸せという響きだけを追いかけるのは本末転倒だ。

*



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Title: satya
2011.04.29

震災から49日が経った昨日、ご本山では、御遠忌の法要に続き、追悼法要が営まれた。

法要が終わり、梵鐘の音とともに手を合わせお念仏をする。

その時に、ふと手を合わせる意味というのは、意識をちゃんと今にもってくるということなのかもしれないと思った。今、この瞬間に意識を持ってくるということはとても大事な事だと思う、それは簡単なようですごく難しい。

意識というのは今にないことの方がほとんどで、思い煩うことの原因もほとんどは今にないことなのだろうと思う。

過去を思い出し悔やんでも、未来を想像し悩んでも、それは自分の脳みそが作り出した妄想に過ぎないわけで、自分の想像できることや、思い描く通りに人生が進んだことなんて未だかつてほとんどないわけで、確実にあるのはこの一息しかないのだと思う。

手を合わせることで、この一息に意識をして、そこに意識がいけばいくほど、今の重みが増すのだと思うし、その重みはそのまま生きる事への感謝になるのだと思う。そして感謝して今できることをすればいいのだと思う。

そして昨日、法要の最後に静かに手を合わせながら、なんともいえない感覚を味わいながら、感謝というのは、言葉や理屈ではなくて体感の中にあるものだと思った。

その体感さえあれば、どんな言葉をつかっても、どんな立ち振る舞いをしていても正解なのだろうと思った。

この感覚は、タイで感じた感覚と少し似ている気がした。

自分が仏教に関わっていて、おもしろいと思うのは、いつだって体感が後からついてくるということで、そういう経験をしていくと、学ぶという事の本質はいつだって最後に体感に結びつけることなのだと思う。

正直言うと、お寺に育てば、お経もいつの間にか覚えるし、いつだってお念仏を口にするし、手を合わせる習慣というのは物心がついてから今まで、もう30年近くあたりまえになっているのだけど、でも恥ずかしながら習慣づいているものほど、形式に陥っていることが多くて、自分は、形だけのお念仏を平気で口にしているし、衣を着ていれば周りの目を気にして、格好付けてさらっと手を合わせることもできるし、お経だって意味も考えずに、体裁よくそらんじることもできる。

なんか震災が震災がというのもどうかと思うし、いまさらかよと思われるかもしれないけど。

今回のことを機縁にして、あたりまえにあったものに、いままでなかった体感が伴い、自分の中の仏教や僧侶という漠然とした定義が再構築されて整理された気がする。

この御遠忌の間には、葬儀も重なり、法要を勤めて火葬場にいき、悲しにくれる家族の方をみていて、一人の死にこれだけの悲しみと涙があるのだ、テレビで報道されている犠牲者の数字の一つ一つにこうやって家族がいて、友人がいるのだということをもっと強烈に意識しなければいけないし、そこでなにかを感じることと、その感覚を仏法の中に探していくことが、自分にできることの一つであり、これから先に絶対に必要になることだと思った。

なんか。

難しく考えれば難しい事のようだけど。

簡単に言えば、結局は、「ただお念仏」ここに尽きるのだ。

ぐるぐるといったりきたり、もちゃもちゃとしながら、シンプルになれない凡夫っぷりにいざ本願を頼もしく感じながら、スーダラ節を口ずさみながらこのGWを過ごそうと思う。





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Title: 動静。
2011.04.24

例えば、だれかすごく嫌な奴がいるとか、どうしょうもなく理不尽な思いをしたとか、そういう愚痴を聞くときに、目の前の人の気持ちをくみ取って、そうだね、わかるよとか。ほんとそいつは嫌な奴だね。そりゃほんと一方的に理不尽だね。と言えばきっと話している方は、自分の気持ちをわかってくれると思って肩の力が抜けたり、楽になったり、救われることはあるのだろうと思う。

そこで、いやそれは相手にも言い分はあるし、なんでそういうことをいうか考えてごらんよ。自分の中にも落ち度はないかい?とか、一方的に理不尽だというけど、自分も同じようなことをしたことはないかい?とか言おうものなら、あいつなんだよ、全然自分のことわかってくれない。わかったような顔してむかつく。と言われるのが落ちだろう。

でも最近思うのは、

もしも、気持ちが落ち着いて、冷静に自分のことを振り返られるようになったときには、一方的に自分の言い分をうけいれてくれて、一緒に誰かの悪口で盛り上がったり、世の中の理不尽を無条件で認めてくれた相手と、その時に自分の見えない部分を指摘して、思い通りの言葉をくれなかった相手がいたとしたら、きっと後者の方がなにかを自分の中に残してくれるのだろうと思う。

きっと気分を変えれば乗り越えられる問題くらいなら前者でいいんだ。でも、人生には決して目を背けるだけじゃ乗り越えられない問題にぶつかるときがくる、その時に自分が相談したいと思うのは後者だと思う。

もちろんいつも偏屈に、相手の言うことをぶったぎるのではなく、ちゃんと気持ちをくみ取りつつも、自分の内面に目を向けさせてくれるような言葉を選んで使えるということは大切なことだと思った。

それはいうなれば、動の中にもいつも静があるような生き方というのかもしれないと思う。

きっと方便を通して待機説法をするということはそういうことなのだろうと味わう。

つまるところ僧侶の本分というのはそういうことなんだと思う。

でもそれはものすごく難しいことで、使い方をあやまれば自分も傷つくし、とてもこわいことだと思う。生半可な自分じゃ頑なになって、意固地になるか、わかったような顔で相手を煙に巻くか、途中でびびって相手に迎合するのがいいところだろうと思う。

そんな自分だけど、今日法要をしていて思った。

なんか手前味噌な上に、気分が昂揚しているのもあるのだけど、きっと追悼法要をしたりしても、現地にいる人たちからしたら、法要なんかされたって、生活楽にならないし、それよりもいまは物理的な支援だと、そんなピントのずれたことをされても困ると思う人もたくさんいるだろうと思う。

でもきっと、それでも僧侶は祈るし願うし、手を合わせると思う。

時に本堂に何百人も集まって手を合わせると思う。

それは無条件にあるもので、きっとそれは今だからというものではなくて、いままでも、これからも。

それが僧侶の本分だからだと思う。

祈るだけかよ、何かを願うことしかできないのかよと思うかもしれないけど。

何を言われても、変わらないし、いつも変わらずに手を合わせられるようにありたいと思う。

そして、動の中にもいつも静を。

その静とはつまりは本願であり、もっといえば仏法なのだろうと思う。

きっと震災がなければ、自分は僧侶の本分なんて考えなかったかもしれない。

この震災の中にも、阿弥陀の回向はある。その言葉を何度も自分の中で反芻する。

一見誤解されそうな言葉だけど、本当にその通りだと思う。

月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ。

親鸞聖人750回、法然上人800回の御遠忌、この節目に重なるようにこのような震災が起こって、この1年というのは自分の人生にとってきっと大切な年になるのだと思う。

味わうように毎日を。


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Title: めめんともり。
2011.04.08

あんたにおれの気持ちがわかるか。

あんたなんかにがんばれと言われたくないとか。ぬくぬくとして何も失っていないのに、失った人に親切をして満足するなとか言われたとしても、がんばれと思ってしまう気持ちは湧いてくるし、それが湧いてくることは止めようもないし、止める必要もない。

いろんな事を加味したら、がんばれなんて言えないし、なんて言えばいいかわかんないというのが本音だとしても、そこで言葉がでなくなるくらいなら、口に出してたたかれるほうがましだと思う。

悔しくて泣きながらでも、それでもがんばれと言えばいい。

びびって言葉を選ばなきゃ口に出さなきゃいけないような世の中なんかくそくらえだと思う。

勘違いと、誰かの偏った思い込みと、自分本位な一言と、情報に基づいた根拠と、幅広い視点と、選び抜かれた一言と、どちらを使ったって、目の前の人間の心に与える影響なんてどちらも正解だし、不正解だ。

大事なのは使い手の問題だと思う。

正解だけを選びながら、さもそれが崇高であるかのような世の中くそくらえだと思う。

みんながびびりながら、自虐的になって正解ばかりを手探りして、あたりさわりない言葉のあふれるような世界はくそくらえだと思う。

正解だけが世界を動かすんじゃないと思う。

時に不正解を大きな声で叫ぶことで世界が回り出すことだってある。

そもそも。

はじめから他人の不幸を肩代わりなんかできないんだから、その時点で、すべての行為の根本は自分本位なんだ。

でもそれでいい、というよりもその中でしか生きられない。

それと、あんたが不幸になれと。とかいう人は、どんなに深刻な状況に置かれているとしても、被災者であろうとなかろうと、悲しいことだと思う。その人のために、それじゃだめだぞばかやろう。と本気で言える人間がいないということが、この世の中の弊害だと思う。

きっと仏陀なら、ばかやろうとか感情的な言葉を使わずに、その人が自分で気づいて、また歩き出せるような言葉をかけられるのだろうと思う。

くそう。




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Title: 尋
2011.03.25


1つの行動と、1つの発言は、賞賛と批判を同時に持ちうるもので、

その二面性こそが、この世のすべてで、人間が生きるということそのものなんだろうと思う。

1つの波紋はうねりになって、大きな流れを生み出す。

その流れは、正しいのでも間違っているのでもない。

ただ上から下へ落ちてゆくようなものなんだろうと思う。

自分にどうにかできるのは、自分の手の中にあるものだけだ。

ここにきて、なにかをあきらめたくなるのも通り越して、

ここから先の自分の立ち位置を探し始める。

人は一人で生まれて。一人で死んでいく。

この言葉をさんざん寂しいと思った先に喜びがあるのかもしれないと思う。

必要なのは強く前を見据えることではなくて、ふかく頷くことなのかもしれない。


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Title: 311
2011.03.18

自分では意識してるつもりはないけど、自分の発言は完全に「思想、哲学、宗教クラスタ」というところに分類されるそうだ。自分のツイートを見ている人からそういわれて、改めて自分の考えることを客観的に分類すればたしかにそうかもしれないと思った。

そういう前提の上で、ここ最近自分の中に散らばっていたことや、様々なツイートを見る中で感じたことを時系列に沿ってまとめておこうと思う。リアルに自分の感じたこのなので感情的な部分も含まれてて、きっと不謹慎だと思う人も、腹の立つ人もいるだろうけど、できるだけリアルなまま残しておきたいので、そのまま書き留めておもうと思う。備忘のために。

地震の起きたときは幼稚園にいて、ほとんどの子どもは降園していたけど、子どもたちとご父母の方々をあわせて50名近くの人と、職員が園内にいて、その子どもたち全員を無事に避難させて、帰宅させることができた時の安堵感は一生忘れないだろうと思う。それから家に8時間かけて戻り家族の無事も確認できたのだけど、、その時に自分でもびっくりしたのは、地震がおさまって、幼稚園の子どもたちを送り届けたときも、家族の無事が確認されたときも、家族に会えたときも、安堵もしたし本当に安心したのだけど、でも気持ちはしっかり保てていたのに、本堂に入って、少しはがれ落ちた壁にまみれたご本尊を見たときにはじめて、緊張の糸がきれて、いろんなものがこみ上げてきて、本堂でしばらく座り込んだ。

そこで自分の中で想像以上に阿弥陀さんの占めるウェイトは大きかったのだなとしみじみ感じた。同時に、きっと自分は何があっても、本堂さえあればいつでもお寺も自分も立て直すことはできるなと思った。

*

夜が明けて、被害の状況が報道され、テレビに映し出される被害状況を見て、はじめに感じたのは、人間の非力さとか無力さとか、一夜にして、こんな状況になってしまって、一瞬で日常がこんなに一変するなんて、人間はいつもこの世の支配者のような顔をしているけど、本当はこんなに無力なんだということを痛感した。

でもそれから、被災した方々の状況をみていて、はじめに無力だと感じた人間の中にある、底力とか、強さとか、そういうものをまざまざとみせられた気がした、各方面からの支援に関しても同様にそう感じた。この一夜で、人間の無力さと強さと、その両面を一気に見せられた気がした。

人間は儚くも強い。

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その後の世の中の流れをみていて、支援の為の義援金を募ったり、現地に足を運ぶ人たちがいるのをみて、自分はここでテレビを見てることしかできないのかと思ってすごく自分の無力さを感じた。

それと、義援金を送ろうと思った時に、なんか暖かい部屋で、テレビをみながらクレジットカードで義援金を送る自分の中にある矛盾とか、後ろめたさとか、なんかそういうジレンマを感じていてもたってもいられなくなるような感じがした。

それでもそれは大事な事だと思うし、理屈ではなく被災地を復興するのにはお金が必要で、そこにある思いや背景なんかよりもどんな形でもお金を集めることは急務だと思うし、自分がもちゃもちゃしてるうちに、そういう行動をすばやくできる人たちは本当にすごいなと思った。

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そんな中不謹慎狩りみたいのが始まって、自粛自粛、不謹慎狩りムードの中で、なにか物資を送ったり、お金を寄付したり、有益な情報を拡散することだけがそんなにえらいのかと思った。

アニメを流したテレ東が不謹慎だといわれたけど、あれに救われた子どももたくさんいる。

なにもしなくてもただこの数日を笑顔でいることだっていまできることの大切なことだとも思う。

東北に比べて状況は切迫してないけど、それでもこの首都圏でもはじめての大きな地震を経験して、その中で、自分の親や子どもを安心させることに一生懸命な人もいるし、なにかしたくても願うことしかできない人もいるし、それでも十分にいまこの状況でしかできない大切なことだろうと思ったし、こういうときだからこそ普通に生活する、そのあたりまえに全力を注ぐことを忘れちゃいけないと思った。

そういう人が普通のツイートをするのを批判している人をみて、自分の価値観でいいたい放題いいやがって、そういう人がいつも正義を振りかざして、何食わぬ顔で人を踏んづけてることにも気づかないんだとすら思った。

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スーパーのレジや駅とかで駅員や店員とかに怒ってる人とかみてて、ニュースはあくまで自分の生活とはかけ離れたところで起きているものだと思っているからそういうことができるわけで、もしかしたら目の前の店員さんや駅員さんが東北出身とか、親戚が東北にいるとか、そういうこともっと想像したらいいのにとか思った。ただの想像かもしれないけど、そういうことをすこし頭に入れて行動するのを「思いやる」ということであり、自分の中に落とし込むということなんじゃないかと思う。

自分の中に落とし込まないところで、表面的なところだけいい人っぽいのはすごい嫌だから、自分はできるだけそういう人にならないようにしようと思う。

なんか他にも、みんなが自分の事として受け止めていれば、そんなこと言えないだろうな・・・と思うような発言をする人が多いように感じた。なにか行動をする時、目の前の状況に、しっかりと自分を置き据えて考えれば理屈じゃなく、おのずと答えが出てくるし、行動できるんじゃないかと思う。目の前の人を我が身と同じように考えるというのは簡単なようでむずかしいのだと思った。

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支援とか心配とか祈りとか、こういうときこそ、目に見えるアクションが必要なのは誰でもわかる。だからこそそこで大事なのは、アクションにだけにスポットをあてるのではなく、そのアクションを通して、その先にいる人にまでスポットがあたるようでなければならないんだろうと思う。

目的と手段はいつだってごちゃごちゃになりやすい。

義援金も物資の支援も、それだけが目的はなく、あくまでそれで一人でも多くの被災者の方が笑顔になれるかどうかであって、その目的から逆算して考えれば、支援の方法にも幅をもたせることができるのだろうと思う。

ただ状況をよめない勘違いした支援だけには気をつけなければいけない。ものには順序とタイミングというものがあるから。

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ツイートを見ていて、ツイッターのすごいのは、世の中の空気みたいなものを感じられることだと思った。

それに、この短い文章を何度も発信することで、その人の人柄みたいなものがほんとによく浮き彫りになっている気がする。積極的に発言する人(拡散やデマも含め)、周りの様子をうかがいながら最低限の発言する人、正論に反証する人、一歩引いてる人、開き直ってる人、身内の心配をする人、ひたすら共感する人、テレビに文句ばっかいってる人。

こういうときこそその人の人間性がよく見えた気がした。

口ではりっぱなこといってても他人事な人がいるなと思うこともたくさんあって、自分も自分目線になってることすら気づかない他人事のような発言には気をつけようと強く思った。

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買いだめ騒動で思い出した逸話。

極楽も地獄も、食事の時には1mもある長い箸を使っていて、自分の箸で自分の口に食べ物を入れることができない。極楽では、テーブルを囲んでいる人が、お互いに食べさせ合っている。地獄では、お互い争っていて、食べることができず空腹のままであるという逸話がある。

いま被災地では、少ない食べ物をお年寄りや、子どもたちに先にと譲り合い、みんなが協力をして、みんなでがんばろうとしている。あの地獄ような状況において、佛の心のようなものがみえた気がした。 

一方この首都圏においては、我先に必要以上のものを買い占めるということが起こっていて、水にも食べ物も切迫しているわけではないところでこのようなことが起こる。

被災地と首都圏どっちが地獄の様相だと思った。

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支援が日本レベルから世界レベルに広がってきて、いろいろな思惑があるだろうこともふまえても、はじめに日本人って本当にすごいな、日本人でよかったなと感じた気持ちが、だんだんと人間っていいなと思うようになった。

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物理的なケアだけでなく、メンタルの部分のケアがこれから必要になるんだろうと思う。メンタルがしっかり保てれば人間は大概のことががんばれるんだと思う。逆にメンタルが保たれなければ何億円あろうと、物資が整おうと、本当の意味での復興には時間がかかってしまうんだろうと思う。

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地震のあと白骨の御文を読んで、いままでにないくらい自分の中に腑に落ちた。

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誤解を招きそうな表現なんだけど、災害に遭うのが不運なんじゃなくて、何事もなく生きていることが奇跡なのかもしれないと思う。

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昨日幼稚園で、朝子どもを迎えるときに、お母さんたちから子どもを宜しくお願いします。といわれたり、地震の時に園にいた子どものお母さんから涙ながらに、子どもを守ってくれてありがとうございますといわれて、改めて人の命を預かるというのはこういうことなんだと思って、その重さになんかいろんなものがこみ上げてきた。

昨日の卒園式も今日の終業式も、全員を家に帰すまで、気が抜けなくて、胃が痛いくらいで、もう全部放棄して正直逃げ出したいくらいの気持ちのときもあるのだけど、そんな一言をかけてもらえてありがたいし、たいしたことはできないけど、これから先も自分ができることは精一杯やろうと思えた。

被災にあった地域の幼稚園や保育園でも、たくさんの保育者たちが全力で子どもたちを守ろうとして奮闘したんだろうと思う。きっと救いきれなかった命とかもあったんだろうと思うと、本当にやりきれない気持ちになる。

きっとこれから被災地でも保育者の力が絶対に必要になるときがくる。その時にその人たちが顔を上げて子どもたちに向き合ってくれることを切に願う。

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なんかいまだ不安も心配も続く毎日だけど、今回の地震の件で、はじめは被災地に向けてなにかしなきゃとか、なにができるかとかいろいろ考えて、無力を感じたり、その中でも自分にできることをしたりしながら、今日まで過ごしてきて、ここにきてなんか自分の中でばらばらになっていた行動原理みたいなものが、やっと1つに集約されてきた気がする。

なんかまだうまく言葉にはできないけど、こういうときだからこそ、あたりまえのことをあたりまえに精一杯やろうと思う。

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Title: 浄土の機縁
2011.02.07


金子大栄さん(先生も呼び捨てもおかしいと感じたので)の「浄土の機縁」の直声の法話のデータをもらったので聞いたのだけど、これはすごい。なんなんだろうかこの言葉の一つ一つが腑に落とされるような感じ。これこそがまさに「ご了解」なんだと思った。自分の感じたことをつらつらと語って、感想文みたいなものをこれが我がご了解だなんて言っている自分があまりにも小さくあまりにも恥ずかしい。すごすぎる。この人の見ている世界のかけらでも自分に見える日が来るんだろうか。なんて大それた事を思うもすぐにそんな日はこないだろうと思い直す。

「浄土はこの世ではない。したがってこの世にいる限りは悟りを開くということはできない、悟りはこの世とは陸続きではないところにあるということ。そこを理解できなければ浄土教はなりたたない。本願も念仏も意味を失う」

「如来の本願と人間の理想はかけ離れている、だからこそこの世を浄土にすることができない。この世と浄土は断絶されている、しかしながら人間の理想を断念することで感じられる本願の世界は、もっと深い意味においての理想の世界であるとも言われるかもしれないが、ともあれ、浄土教に説かれる浄土はこの世でなく来世である」

「親鸞聖人の生涯を貫いてみられることは、時代悪のうちおける人間の悩み、あるいは社会悪に悩むところの個人の悲しみと言い表せるかと思う」

一見あたりまえな事を言っているんだけど、この発される言葉の一つ一つになんか自分にはのせられないものがのっている気がした。あたりまえだが、同じ事を自分が言っても誰にも伝わらないだろう。そこに実感は伴っていないし、実感を伴えるほど勉強もしてないし、体感もついてきてないからだと思う。

なんかいろんな人の話を聞いたり、いろんな場所に行ってみて、言語とか、言葉の字面とかじゃなく、言葉には、発する人しかのせられない特有のものがあるという思いは最近核心に近い。

そこをしっかりくみ取れば大きく意思疎通で食い違うことはないと思うし、真剣に目を見て会話をすれば、その人の会話のどれだけに実感が伴っているかなんてことはわかるんだろうと思う。どんなに背伸びしても、ボキャブラリーを駆使しても伝わらないものは伝わらない、伝わるものは伝わる。

字面でいい法話をできるようになるのはそのうちできるようになるだろうけど、同じ字面でも伝わるか伝わらないかの違いというのがあって、その間にあるものがいま自分の身につけなきゃいけないものなんだろう。

それと。

やはり思ったのは。

「凡夫」である自覚というのは言葉にするのは簡単だが、これに体感を伴わせるのは並大抵ではない。

戦争を望むのも平和を望むのも、相手を受け入れるのも批判するのも、希望を見いだすのも、絶望にうちひしがれるのも、自己保身と、欲望と自己愛の中から生まれてくることで、いつも自分は正しく相手が間違っている。という思い込みから生まれるのだ。社会的評価やどちらが多数決で多くの賛同を得るかなんてことは関係ない。

自分の怒りはそのまま相手を肯定する唯一の証拠でもある。

浄土教はよく、自虐的だとか、あきらめすぎとか、そんなこといってたら弱肉強食のこの世の中で生き残れないとか言われるけど、自虐的でも弱肉強食でも、それで自分が生き残れないならその時は地獄も一定すみぞかしですよ。その時はサラバイバイですよ。

でも、言うが易し、それを本当に貫くとなると、やはりそこにどうしても「お念仏」というものがなければならないのだろうと思う。

なんか宗教離れとか、仏教離れなんて言われて、あたふたしているお坊さんもいるようだけど、自分は正直言うとなんの心配もしてなかったりする。

だってこれほんとすごいと思うもんね。

なむなむ。

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Title: ホスピスでの法話
2011.01.28


年末に「ホスピスで話をするなら、君はなにを話す?」と問われた。

それが年を明けてからもずっと自分の中にこびりついていて、その話の後に、おじさんが亡くなり、身近な人が癌になったこともあり、死に際して自分が一僧侶としてできることとはなんなんだろうと改めて自分のアイデンティティの確認というわけではないけど、「おまえになにができる?」と突きつけられた気がしていた。

正直いうとはじめに「ホスピスでの法話」という話をもらったときに、自分は阿弥陀経の話でもしようと思っていて、極楽の様子を話したりして、最後には倶会一処のあたりに落ちをつければいいんじゃないかくらいに考えてた。

そして年が明けてから、ホスピス関係の本を読み、終末医療の本を読んだり、実際に病院で緩和医療に携わる人にも話を聞かせてもらい、いかに自分が大きな勘違いしていたのだと思い知らされた。

自分はホスピスというところを、最後に人が死を待つ場所、もう病気の治ることのない人たちの行く場所だと思っていた。でもそこに関わる人たちの話を聞くうちに、ホスピスは、決して人間の「死に場所」ではなく、最後まで人間らしく「生きる場所」なんだと思うようになった。

終末医療という事にも、自分はいままでなにも知らなかったけど、例えば、余命の数ヶ月の肺がんの患者が、肺炎をおこしたとする、普通医療というのは、悪いところを治すのが目的だから、肺炎を治すために、抗生物質を投与するのが普通だけど、肺炎は抗生物質によってのみ治るのではなく、病気というのはなんでもそうだけど、自己治癒力が正常に機能しているものを薬によってサポートするというのが正しい認識だそうだ、しかし余命幾ばくの末期の患者さんにはその自己治癒能力が失われている場合が多くその多くは空振りに終わることも多いという。

であるならば、病気の根治を目指すのではなく、呼吸がしやすいように、気道を広げる薬や、痛みを和らげる方法に切り替えた方が、患者にとっての身体の負担、そしてなによりも身体の負担は心の負担を重くするので、そこをいかに少なくし、健やかな心を保ち、いかに自然体でいさせてあげられるかという考え方にシフトするというのが終末医療、緩和医療の考え方だという。

専門的な話は長くなるので割愛して、興味のある人はコチラをどうぞ。「死ぬときに後悔しない医療」大津秀一

そして終末医療に関わる先生の言葉の中に、目の前の患者さんの苦痛を取り除くには、もちろん物理的な部分もそうだけど、本当に大きいのは精神的な部分をフォローできなければいけない、つまりは「病気を診るのではなく病人を診る」ことができなければいけないという言葉があった。

その医師は、勤務医として大きな病院にいるときには、患者さんのカルテとデータを元に、患者さんをベットの上から見下ろして、病気とその症状にばかり目を向けて、その人がどんな人であるのか、どんな顔をしていて、どんな人生を歩んできたのか、そんなことよりも命の終わりを後ろにずらすことだけが医者の使命だと思いそれを疑っていなかったそうだ。

しかししばらくして、余命幾ばくもない人が、合併症をおこし糖尿になったときに、血糖をコントロールして毎日身体に針を刺す必要があるのかどうか、最後に息を引き取った時に、心臓マッサージをされて、強心剤をうたれ心臓をうごかされ、人工呼吸器で生かされることに意味があるのかどうか、余命が数ヶ月延びると言うことは、末期の苦しみにあと数ヶ月耐えなければならないということになるわけで、その間で葛藤をするようになったという。

そこで行き着いたのが終末医療、緩和医療というものだったそうだ。そこでは、患者さんの目線になって、いうなれば、目の前の患者さんの状態や気持ちをくみ取って、信頼関係の上で、オーダーメイドの治療を行っていくようなものだそうだ。

目の前の患者さんが、いかに「人間らしく」生き抜いて、そして死んでいくのかを考え抜いて、行き着いたのは、人間と向き合って、そこにある命そのものに寄り添うということだったのだと思う。

こちらの一方的なモノを押しつけるのではなく、生きることにそっと手を添えるような感覚なんだろうと思う。それは自分には、甲斐甲斐しい世話や、一方的な押しつけではなく、それぞれしっかりと自分に向き合う時間をつくってあげること、そしてその時間の中で、それぞれがしっかりと自己に目を向け、自分自身の死を受け入れていく環境を整えていくことだということなのだと思えた。

その医師の姿勢みていて、それはまさに待機説法みたいだと思った。相手の目線にたち、感情をしっかりとくみ取った上で、その人にあった方法を選択するということはまさに仏教の根本姿勢ではないかと。

そう思った時に、自分自身がはじめに「ホスピスでの法話」という話をもらったときの気持ちを思いだして、自分の勘違いに気づかされた。

自分は、死に行く人たちに、その苦しみを少しでも楽にしてあげよう、自分の話でなんとか死の恐怖を和らげることができるのではないか、そんな法話をしようと思っていたけど、それじゃまさに大学病院の医療と同じじゃないかと。相手もみないで、通り一辺倒になにを話したところで、それは違うと気づかされ、今回、終末医療に携わる人たち、そしてホスピスにいる人たちの話を聞く中で、彼らからなにか真宗の中で生きる上で、また仏教を扱う上で、大切なことを教えていただいたような気がした。

そして、その目の前の人や事実と真摯に向き合う姿勢こそ、まさに聞法なのだと思い知らされた。

そして医師も、そこにいる患者も、自分なんか足下にも及ばないくらいに、後生の一大事としっかりむきあって、生死の問題に向き合っていると思い恥ずかしくなった。

そんなことを考えているときに、ある詩を見つけた。真宗のお寺に生まれた方が、余命を宣告された中での言葉。

説法はお寺でお坊さまから聞くものと思っていましたのに、肺癌になってみたらあそこ ここと如来さまのご説法が自然に聞こえてまいります。このベッドの上が法座の一等席のようです。「今現在説法」肺がんになってここあそこから如来様の説法が少しづつきこえてきます「今現在説法」真只中でございます。

この姿勢、生き方こそがもう法話であり、自信教人信であるんだと思った。

そして、山谷に「きぼうのいえ」というホスピスがあり、そこの院長さんがこういった。

この病院では、まだ誰も死にたくないといって死んでいった人はいない。

このホスピスでは、とことん目の前の人に向き合い、できる限り本人の想いを尊重するそうで、部屋のシーツにたばこの焦げ後がたくさんあるのけど、その数がホスピスの居心地の良さだという話もあるくらい、その人の生き方や、性格を十分に理解して、まるごと受け入れた上で、そこにただ寄り添う。自分から距離を詰めるわけでもなく、距離を離すわけでもなく、ただそっと横に寄り添う。これがホスピスで一番大事なこと。これにいきつくまでに長い時間がかかったなといった。

それはいうなれば、死に際した人の、心と体の苦痛をケアすることで、しっかりとその人が、自分自身に矢印を向けられるような時間をつくり、生死の問題に真っ向に向き合える環境を整えると言うことなのかもしれないと思う。

はじめに自分は「ホスピスでの法話」と聞いたときに、難易度高いなぁと感じたけどでもそれがそもそもの間違いで、法話に難易度も何もなくて、生死の問題はホスピスであろうと、そうでなかろうと同じだということに気づいた。

人生は余命80年そこいらのホスピスにいるようなもんだと思えば皆同じだ。そしてよほど今ホスピスにいる人たちのほうが後生の一大事を我が事として受け入れている。それなのに、自分がなにかそこで説いてやろうだなんて、はじめに「ホスピスでの法話をするなら」というとの問いに疑問をもたないということが、なによりも自分が救われる証拠なのかもしれないとすら思った。

ホスピスであろうと、どこであろうと、法話には違いはないということ、そこに違いを見いだしていたのは自分の至らなさであったこと、そして、法話とはやはりつまりは聞法であるのだということを実感した。

自分は、いい法話作りをするような僧侶になるのではなく、目の前の人と向き合う姿勢そのものが法話になるような僧侶になりたいし、その姿勢でなにかを伝えられるようになりたいと思う。


法話なんていうのは、難しく考えずに、目の前の人間と腰を落として同じ目線でまっすぐに世間話ができれば、心の通った会話ができれば、もうそれで十分なのかもしれない。その生き様でなにかを変えていけるような人間になりたいと強く思った。

ほんと今現在説法だ。

なむなむ。

 




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Title: プロセス。
2011.01.17

 何がといわれればたぶん何でもと言えるのだろうけど、、プロセスとしてかなり簡略化すると。

わからないことを知る。

わかろうとする。

壁にぶつかる。

のりこえる。

わかったようなきになる。

さんざんそれを振りかざす。

なにかのきっかけでわかったようなきになっていた事を知る。

悶々とする。

突然なにかが腑に落ちる。

それを実践させようとする。

実践させようと試みて挫折。

自分の無力さをしる。

うちひしがれる。

これでいいのだと気づかされる。

晴れ晴れとする。

こんな感じなんだろうか。むろん行ったり来たりを繰り返し、3歩進んで2歩進むどころではないのだけど。「気づく」ではなく「気づかされる」というところが真宗的にはミソなんだろう。
 

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Title: 伊達直人の件
2011.01.12

伊達直人の件について、違和感を感じるというツイートをみて思ったこと。

なんかすぐに自分の手の中にあるものと結びつけるのは悪い癖だと思うけど、でもこれこそまさに「悪人正機」のいい例じゃないかと思う。親鸞聖人は、「善人なをもて往生をとぐいわんや悪人をや」といった。自分なりに要約するなら、善人だと言われている人が救われるのだとしたら、当然悪人が救われるはずだということだ。

一見おかしなロジックに見えるけど、今回の伊達直人の件にぴったり当てはまるような気がする。

伊達直人の名前で寄付をしていることが美談として取り上げられて、それをしている人が善人だとしたら、そこに疑問を持って、ちょっと違和感あるな、だって相手にだって都合もあるのだろうし、一方的にそれを押しつけるのもどうかと思うし、他にもたくさんの寄付者がいるのに無名の人たちだけにスポットがあたって、こういうときだけ美談として取り上げるのはおかしい。自分って冷たいしひねくれてるののだろうか・・・と思う人は善人ではないのかという話で。

伊達直人が善人であるとして、それに違和感を感じる人が悪人であるしたら、1つの美談になんの違和感もなく、善人だと思い込めることよりも、1つの問題を自分の中に落とし込んで、足下を確認しながら、ひねくれているんじゃないか、冷たいのじゃないかと自分を内省しながら生きている人が救われないはずはないという理論になるわけだ。

でもここにあるパラドックスは、じゃあ自分は自分を省みてるから救われているんだ、と開き直ればいつだって自分も伊達直人になるわけで、それを「本願ぼこり」といって、元も子もないぞということになる。

浄土真宗の中で善行とはなにを指すのかという定義は難しい。もちろん今回の件で、無名で寄付をするという行為はとても心温まる話ですばらしいと思うし、もちろんそれを頭ごなしに否定するつもりはない。

でもここで大事なのは、人間というのは気を抜けば、簡単にその大義名分の上に胡座をかいてしまい、本分を見失いかねない危うさを持っていることを頭においておく事が大切だということで、それ同時には紛れもなく自分の中にもあることを忘れてはいけないということなんだろうと思う。

いい行いをすることは大事だけど、いい行いとは何であるのかというところに言及をすること、そこに自分なりの想いを巡らせて生きる姿勢というのが仏教的な生き方なのかもしれないと思う。

 

 

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2000.08.18

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1999年~2011年

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