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![]() Title: 映画『PERFECT DAYS』とノンフィクション『酒と涙と女たちの歌 3』を観た日
2025.02.12 映画『PERFECT DAYS』とノンフィクション『酒と涙と女たちの歌 3』を観た日 「こんなふうに生きていけたなら――ヴィム・ヴェンダースと役所広司の美しきセッション」 映画『PERFECT DAYS』の紹介文にはこうある。 確かに、序盤は役所広司演じる平山の変わらぬ日常、その静かで慎ましい生きざまが心地よく映る。変わらない生活の中にある小さな幸せ。そのあり方は、固定観念からの解放であり、「こういう生き方もあるのかもしれない」と思わせる。 だが、物語が進むにつれ、その日常がどのようにして形作られたのかが見えてくる。諦観と悲哀。人生の思い通りにならなさ。混沌と滑稽さ。そうした清濁併せ持つ矛盾こそが『PERFECT DAYS』なのだと、ラストシーンの平山の表情が物語っていた。 この映画を観た後、多くの人が「こんなふうに生きられたら」と言う。 けれど、その生活の美しさは、平山の視点の深さにある。その視点は、今の生活の中で自然と培われたものではなく、喪失を経ることでどうしても獲得せざるを得なかったものなのかもしれない。 あの深度で世界を見られるようになるためには、ある種の喪失が必要なのではないか。 ふと、アウシュビッツを生き延びた人の手記にあった言葉を思い出す。 「小さな幸せを見つけ、前を向く力にしていました。どんな環境下にあっても、悲観して絶望せず、淡々と目の前のことをできる人が、一番したたかなのかもしれない。」 人が普段目を向けないような場所にこそ、本当の美しさや真実がある。そして、その美しさに気づくことは、何かと引き換えなのかもしれない。あるいは、その「小さな幸せ」すら、生き抜くために生み出した幻想なのかもしれない。 たとえ幻想でも、人は幻想を生きる糧にする。 幻想だと気づかずに握りしめる人もいれば、幻想だと知りながら、それでもなお握りしめる人もいる。 「この世界には、たくさんの世界がある。つながっているように見えても、つながっていない世界がある。」 平山の言葉には、そうした分断された世界を認めつつ、自分の立つ場所を見極めようとする意志が感じられた。 そんな『PERFECT DAYS』を観た夜、私はもう一つの作品に手を伸ばした。 「酒と涙と女たちの歌 3」 番組の紹介文にはこうある。 「トタン張りの小さな建物が肩を寄せ合うように立ち並ぶ飲み屋街。茨城県日立市の国道沿いに、まるで終戦直後にタイムスリップしたような佇まいの不思議な一角がある。12軒の小さな店が並ぶ『塙山キャバレー』。ここには、様々な事情を抱えた客が夜な夜な集う----。」 店に立つママたち、そこに通う客たち。人生の岐路で行き場をなくした者たちが、静かに息をついていた。 『PERFECT DAYS』で感じたことが、ここでも重なっていく。 幻想だと気づかずに握りしめる人もいれば、幻想だと気づきながら、それでもなお握りしめる人もいる。 その幻想が持つ無条件の寛容さに、人は救われる。 それはもはや、宗教のような深さにも近い。 「きれいごとだけでは世界は回らない。だが、きれいごとがなければ、世界は回らない」 この二つの作品を同じ日に観て、心の中にあった点が線になるような感覚があった。 結局のところ、何が言いたいのか。 『PERFECT DAYS』も『酒と涙と女たちの歌』も、人間が前を向いて歩くためには「理由」が必要だということ。 そして人は遅かれ早かれ、多くのものを喪失していく。その喪失の中でしか見えない世界がある。 カメラのF値のように 最初は、すべてにピントが合っているように見えていた。しかし、喪失を重ねるたびにF値が下がり、背景はぼやけ、やがて目の前のほんの小さなものだけが、くっきりと浮かび上がるようになる。 最後にはF2.8、いや、F1.4くらいにまで絞られた視界の中で、名もなき草花にフォーカスがぴたりと合ったとき、人は、それを「美しい」と呼ぶのかもしれない。 その「美しい」が、最後の最後で人が人を持ちこたえさせる「理由」になるのだ。 皮肉を言うつもりはないけれど、『PERFECT DAYS』を観て「こんなふうに生きていけたなら」と言う人の多くは、F32のレンズを首からぶら下げながら、そのレンズでは決して撮ることのできない一枚の写真を見て、「あんな写真が撮りたい」と言っているようなものだ。 それでも、人はその美しさを我がことのようにロールプレイし、一時的な逃避を繰り返しながら、それでも毎日を生きていく。 そう考えれば考えるほど、人間の不確かな脆さが浮き彫りになってくる。 でも、人間の不確かで脆いからこそ愛おしく、おもしろい。 そんな不確実で不安定な人間のありのままの姿が生み出す寛容さのようなものが、結局のところ、一つの救いのようなものにつながっていくのかもしれない。 なむなむ。
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