お坊さんってのは、仏教かじってるから苦への対処方を知識として知ってるのかもしれないけど、それができてるかどうかとは全然別物で、僧衣で手を合わせてると、まわりからそこそこできるもんだと思われたり、そう扱われたりするうちに自分でも「知ってる」を「実践できてる」と混同しちゃってわかんなくなったり、そこでジレンマに悶々としたりもするのだと思う。
それに昨今、べつに僧侶でなくとも、聞く人の心を捉える言葉はあちらこちらで聞くことができるし、むしろその方がはるかに多い。結果そこに取って代わられてるわけだけど、そもそものお寺や僧侶の担ってた役割を。
でもお坊さんも一生懸命なんだ。それを自分のものにしようと。
あなかしこ。あなかしこ。じたばた。