Title: サマーメメントモリ

でっかい入道雲ながめながら竜の巣や。というのもこれまた夏の風物詩。

毎年毎年、夏がくると幸せだなと思いながら、あと何回夏を味わえるのかという気持ちにもなるわけです、ある種のメメントモリ。今年も島に行って朝から夕暮れまで死ぬほど潜ってごはんをたべたら即ばたんして、そして明け方にセミうるっせぇ!といいながら布団から這い出して、また昨日のデジャブかのようにひたすらに潜るのです。気が狂ったように。

からっからっになった身体になにかを詰め込むかのように、これでもかというほどに夏を浴びるつづけて、あてられてのぼせて鼻血が出るまでやめないのです。ツクツクボーシよまだ鳴くな!と言い続けるのです。

写真を見ていて、写真に写っているものに目を奪われるのと同じくらいに、そこでシャッターを切ろうと思った心にも同じくらい心奪われるのです。ここが撮りたいという一瞬にあったであろう想いは、目には見えないけどちゃんと写ってる。だから写真っていうのはとても特別なものになりえるのだろうな。それがちゃんとのってるものはきっとピンぼけでも手ぶれでも、特別な1枚になるんだろうなと。

真っ暗な空で満天の星空をみているときにふと、そこに闇があるのではなくてただ光がないだけとも言えるという言葉を思い出して、それがすごく体感として腑に落ちたわけです。光がないだけ。

島から帰ってきて、扁桃腺が3倍くらいに腫れて、気道を圧迫してる上に鼻が詰まってるので、いまとても呼吸ということのありがたみを感じながらこの文章を書いていて思ったのだけど、夏に感じる格別な気持ちも、好きなことをゆったりと考える時間も、平和も、きっと健康で、すくなくとも痛い苦しみのない肉体の上にあって成り立つものなんだろうな。

でもそれは永遠に続くものではなくて、やがて衰えて、それに伴って気力も衰えて、生きることにわくわくすることもなく枯れて死んでいくのだろうなと。

いつか自分が蝉の声にも、波の音にも、浜辺の缶ビールにも、まぶしさを感じなくなる日がくるのだろうかと、メメントモリしてみるのだけど、でもそれを考えてもしかたないから、今は今年の夏を存分に味わうだけなのさと言い聞かせるだけですねん。

まだおわらんぞ。

ガガガが勇気をくれるな。

青臭くありたい。













POSTED @ 2015.08.11 | Comment (0) | Trackback (0)

コメントを書く。