Title: 満月とスカイツリー。

今年もあと1枚。

毎朝の通る道にあった大きなビルが取り壊されて、新しく基礎工事が始まった。

壊しては建てて、建てては壊す。その繰り返し。

どっちが先かはわかんない。

結局生きていくことは、建てては壊すことの繰り返しで、その行為を不毛と呼ぶか、意義があると呼ぶかは気分次第みたいなもんだ。ほんとはそんなことはどちらでもいい、人類が誕生してこのかたずっとその繰り返しなのだということがただの事実。

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幸せはいつだってねばっこくて、なまあたたかい。

幸せというのは1つの状態なのだと思う、それは心の体感温度として、寒い冬にこたつにはいっている状態に近いようなもので、そこに包まれていると心地よくて、いつまでもそこにいたくなるような、ちょうどいい温度で、ぬくぬく感がたまらない状態なのだろうと思う。

よくもわるくも、本当によくもわるくも。

ただそれだけのことなのだと思う。

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この間。

ある人が「あの先生はきさくでいい人だよ」と言った。

そしてその後、その先生と話したのだけど、きさくはきさくなのだが、全然いい人だと思えなかった。

「あの先生はきさくでいい人だよ」も「あそこの店のからあげおいしいいよ」も自分にとっては真実ではないということはよくある。同時に自分の言う「あの映画おもしろいよ」も「あの店のサービスは最高だぜ」も真実ではない。

そう考えたら真実なんてものは1つもなくなるのだけど、真実が本当は1つもないということだけは真実なのだと思う。だからこそ世界はバラバラで、人と人がわかり合うと言うことはほぼ不可能に近いということを認識するということが、相手を知ることであるし、理解することであるし、歩み寄ることであるし、思いやることでもあるのだと思う。

だからこそおもしろい。

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「慣れる」ということは、選択肢が増えるということ。

なにをするにも、はじめは通り一辺倒のことしかできなかったものが、洒落や遊びやを効かせたりできるようになるし、経験の浅いときには対処できなかったことに、その時には思いつきもしなかった方法で対処できるようになるということ。

その反面、小手先で対応できるようになる分、通り一辺倒にやっていた自分を支えていたモチベーションや動機を忘れがちになる。

「慣れる」メリットとても大きいので、デメリットの部分をしっかりと消しておきたいと切に感じる。自分は通り一辺倒なにをしていたのか思い出さないと。

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人は承認されるということで得る充実感や快感にはめっぽう弱いのだな。

今の自分にとって"承認"とどう向き合っていくかということは大きな課題。

薬はただしく服用しなければいけないというけど、"承認"は用法用量をまもらないと本末転倒、自分を見失う大きな要因になる。







POSTED @ 2012.11.29 | Comment (0) | Trackback (0)

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