Title: しょうろんぶん。

物置の整理をしたのです。結構大がかりに。

そしたらでるわでるわ、おもひでぽろぽろ。

手書きで曲名の書いてあるカセットテープに、なんか変なサイズのシングルCDに、夜な夜なこっそり再生したVHSに、BOYSBE全巻など言い始めたらきりがない、ゴミみたいな、でもいまだ輝きを失わないがらくた達が次々に発掘されたのです。

傑作なのは写真です。ここにとても載せることのできないようなものから、自分だけではなく間違いなくここに写ってるあいつやこいつにとっても黒歴史に違いないであろうものがざくざくです。

そんな中、今回の大発掘でひときわ自分の心にささったのは、1枚の小論文の原稿用紙の中の、担任の国語の先生(辻先生)が添削欄に書いてくれていた言葉です。

「気軽に書いているいるようで、けっこうな小論文になってしまうのはすばらしい所だ。だが、つきつめて緊張感をもって考えつめないと小手先の小論文になってしまうことも事実だ。よく読み返して、よりよい文にしようという努力を怠っていることは、あいまいな句読点の打ち方をみてもわかってしまう。気をつけよう。内容は悪くない。」

頭をがつんとトンカチで殴られたような気持ちになりました。

これを読んで、この小論文を書いたことも、こういう言葉をかけてもらっていたこともすっかり記憶から消えていたのだけど、この言葉がいままさに自分の悪いところをそのまま指摘されたようで、17年を経て自分の心にささったきたわけです。まああの頃から悪いところが全然変わっていないということでもあるのだけど・・・

あの時の自分には、これを指摘されることがどれだけありがたいことなのかということは全然わかっていなかったけど、今になってこういう言葉をかけてくれる人がいたということはとてもありがたいことなのだと思った。

きっとあの頃の自分に言葉をかけられるとして、おい!ちゃんと話はきいとけよ!なんていったところで、うるせえ大きなお世話だくそおやじ。おれはお前みたいにはならないとかいわれてしまうのだろうな。

でもこうしてその言葉が時間をこえてささってくることもあるわけですね。

人生とはおもしろいものです。

句読点の打ち方が気になっちゃうぜ。



POSTED @ 2014.04.07 | Comment (0) | Trackback (0)

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