Title: 人間模様哀愁交差点。

桜が散って、ツバメが来て、桃が咲く。

季節は巡り巡る。

巡り巡って堂々巡り。どうせ巡るのなら堂々と巡りたい。

人生は結局はただの暇つぶしみたいなものなんだ。どうせいつか終わる時間を過ごすなら自分の為に、もっともっとわがままに楽しんで、自分の舞台の主役はあくまで自分なのだ、誰にも主演を譲る気はないぜってなもんで生きていってなにが悪い。

誰かの為とか、社会の為とか、あの人の為とか、そうやってがんばってる人よりも、自分の行動が自分の何を満たしていて、満たされるからこそやめられないのだと開き直れる方がよほど信用できる。

自分の問題をなにかにすり替えかえたとしても、昇華させたとしても、あくまで自分の中にある問題がなんであるのか問い続けてなんぼだと思ってる。

はてさて。

昨日は自分のVAIOを忘れて仕事場に来てしまった、たぶん初めてだと思う。さて仕事仕事と思って愕然として、さてどうしたもんかと思ったのだけど、でも結局他のパソコンを借りて予定してた仕事を終えることができたのだけど。

でもなにげに自分のパソコンがない方がものすごく仕事がはかどったし頭が活性化された気がする。

自分のパソコンで仕事すると、合間にメールをチェックして横やりが入ったり、SNSをのぞき見したり、こうやって文章を書きたくなってしまったりして仕事が中断するのだけど、でもそれもできないってなもんで、案外集中できるということに気づいたのですな。

てもちぶさたとか、暇とか。そういう時間は大事なのだと言うことを久しぶりに感じた。てもちぶさたと暇は、無駄ではなく、それにはそれのちゃんとした意義があるのだな。

それと「てもちぶさた」の使い方にこそ個性ってでるのだろうなと思った。

はてさて。

ヒーローっていうものがマイノリティを黙殺した象徴であるとしても、ヒーロになりたいという気持ちがどこかにある自分は好きだし、でもヒーローであり続けたいとは思わない自分も好きだ。

こないだ原発職員の人と話をした。自分とさほど年もかわらない中で、地元に残り原発に勤めて、子どもと家族を支えている彼の目を見て、それでも原発は不要です。根絶すべきです、自分は人生をかけて再稼働を阻止しますと言える人とは友達にはなれないと思った。

いいかわるいかじゃない。ただ自分は友達にはなりたくない。ただそれだけのこと。

それとそういう僧侶には絶対になりたくないし、本音と建て前を使い分けるなんてまっぴらごめんだとも思う。

はてさて。

はてさて。

いいかわるいかまえがどこかわからなくてもはしるしかない。

哀愁交差点。


POSTED @ 2012.04.18 | Comment (0) | Trackback (0)

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